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どうせ異世界に来るのならもっと特別な能力が欲しかったよ  作者: まゐ


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18/40

18、エリスと絵里子

 テーブルの上には、この世界に来てから初めてお目にかかる豪華な料理が並んでいた。


 生のまま焼いたと思われる何かの肉、地野菜を使ったスープ、見た事のない大きな豆と(イノシシよりも良い肉を使った)干し肉の煮物、炭火で焼いた甘い穀物、等々。


 恐る恐る口に運ぶと、その全ての料理の味が濃かった。


「美味・・・」


 思わずそんな言葉が、無意識のうちに口から飛び出した。


「口に合った様で良かった」


 そう言って、エリスは微笑んだ。


 『阿部絵里子』と同じ顔で。


 見れば見る程『阿部絵里子』にしか見えない。同じ顔、同じ髪型。


 でも、少し違う。


 エリスの方が少し背が高い。エリスの方が少し脚が細い。エリスの方が大分胸が大きい。


 そして、エリスの方が、『阿部絵里子』よりも大人びている。


 表情筋の動かし方、指先の弄り方、そう言った細かな事の一つ一つが『阿部絵里子』なのに、何故違いを感じるのか。考えながら、俺はエリスを見詰めた。


 結論、エリスは『阿部絵里子』では無い。


 俺の正面に座るエリスの前に料理は無い。


「食べないの?」


 そう聞いた俺に、エリスは「必要無い」と短く答えた。頭に直接響く声、というか思念で。


 そう。彼女は声を出さない。


 ・・・必要無いとは・・・、今は満腹なのだろうか。


「エリスさんは、何故この街に?」


 考えている俺の横から、トールがそう聞いた。


「失礼、詮索するつもりは無いのです。ただ、この街で暮らしている様には見えませんでしたので」


 エリスを真っ直ぐに見ながらそう聞くトールは、食事には手を付けず、左手は剣の柄に掛けたままだ。どうやら何かを警戒しているみたいで、それが何なのか分からない俺は、目の前の食事に手を付けてしまっている事実に何となく罪悪感を感じてしまう。


「人を、探している」


 トールと目を合わせてエリスは言った。テーブルに両肘を付いて両手を組み、その上に顎を乗せている。トールとは対照的に余裕があり、警戒の影もなくリラックスしている様に見える。


「人を、探しているんですか」


「どんな人?」


 鸚鵡返しに聞くトールの声に被せる様にしてノワが聞いた。こちらは俺と一緒で、目の前の料理を端から順番に口に入れて味わっていた。右手にスプーン、左手には肉の付いた骨。両方とも忙しなく動かしていて、警戒の()の字も見当たらない。


「分からない」


 今度はノワを見てそう答えるエリス。そして、何かに気付いたみたいに少しだけ目を大きく見開いた。


()()()()()か」


「あ、僕の事?そうそう。正確には()だけど。何でだかみんな()()()()()って言うんだよね。子供は僕の父さん。その息子だから僕は()


 口をモグモグと動かしながらノワが答える。食べながらでも意思の疎通が出来る点では、この口を使わない思念会話は便利だ。いつもは声を発しながら思念会話をするノワだが、今は食べる事を休みたく無いのだろう。声を出さずに喋っている。


 因みに、声を出さない思念会話は、やろうと思えば俺も出来たりする。


「で、人を探してるのに、誰を探してるか分からないの?どういう事?」


 ノワは肉の欠片を口の中に放り込みながら聞いた。


「情報が少ないんだ。名前も性別も歳も、何も分からないまま探し始めた。だが、()()()()()()


()()()ね」


 エリスの答える思念会話に、これまた思念会話で答えるノワ。目線だけ合わせて声無く会話する様は正にファンタジー。


「その探し人は、この街に?」


 トールが聞く。勿論、普通に喋ってだ。


「ええ」


 エリスは答えて、そして俺を見た。


 綺麗な目だ。『阿部絵里子』と同じ目。黒目がちの焦茶色の目。その目の中に俺が写っている。


 いや、『阿部絵里子』と同じじゃ無い。『阿部絵里子』よりも大人びた、色っぽい目だ。


 そうだ。エリスはとても色っぽいのだ。


 俺を目の中に写したままで、エリスが笑った。


 胸がキュッとなった。


「そんなに見ないで」


 頭の中に響くエリスの思念に、痺れた。


 その瞬間、上から何か物音が聞こえた。同時にトールが剣の柄を少し引き抜く。


 ノワがトールの肩に手を置いて「落ち着いて」と言う。さっきまで肉を持っていた手だったから、油がトールの肩に付く。


「明日、セーライ神殿に行く」


 物音にも、トールの様子にも動じずエリスが言った。


「え?」


 何をしに行くのだ?


 俺はそう思った。


「あそこで何が行われているのか、気になるの。だから見に行く」


 俺の目を見たまま、そう言うエリス。


「危ないよ。だってあそこは」


 若い女性を沢山集めているんだ。そんな危険な場所に、若い女性であるエリスが行くなんて無謀過ぎる。


 そう思った俺に見せる様に、エリスは一枚の紙を広げてテーブルの上に乗せた。例の巫女募集のチラシだった。


「丁度募集してるみたいだから、これに乗ってみようかと」


「そこに、探してる人が居るの?」


 チラシを横目にノワがそう聞く。


「探し人とは別。ただ、気になるから。見ておきたい」


 エリスが答えて、そして右手で小蠅でも払う様に宙を払う。


 それを見てなのか、トールが剣を鞘に戻して柄から手を外す。ノワもトールの肩から手を外した。


 俺には、何があったのかは分からなかった。けれども、トールが警戒しなければならない()()があって、それが今、解消されたのだという事はわかった。


「だったら、一緒に行くよ」


 反射的に俺はそう答えていた。エリスを1人で行かせる事は出来ない。それは絶対だ。


「アキラ何言ってるの?」


 ノワが驚いた声でそう言った。今度は声が出ていた。


「だって、1人じゃ危ないだろ?」


 エリスを見たままで俺はそう言った。


「色ボケもいい加減にしてよ。ココナちゃんと一緒に行くんでしょ?」


 色ボケとは何だ。ただエリスを見ていただけじゃないか。


 そう思いながら俺はノワを見て(というか睨んで)言う。


「だったら、皆んなで行けばいいじゃないか。とにかく1人はダメだ」


「皆んなでって、え?本気?()()も一緒にって事?」


 ()()と言いながらエリスを指差す。


 エリスは指を差されても特に気にはしていないみたいだった。でも俺は、その行為にちょっと腹が立つ。だからノワの、エリスに向いた指を掴んだ。そして「やめてよ」と言う。ノワは「あ、ゴメン」と謝る。


「・・・」


 ふと、トールがあらぬ方向を見ているのに気が付いた。視線を追ってみると、そこには時計が有る。


 この世界の時計は、あちらの世界とほぼ同じだ。12進法で24時間、それで1日。ただ、1週間が10日で4週間でひと月になる。1年は10ヶ月からなり、閏年は無く、1年間は400日という計算だ。世界は平らで地の果てには壁が有り、日は東から登り西へと沈む。月は一つで常に同じ位置にある。


 その時計の針の位置を見て俺は、トールが何故今時計を見たのかという理由に気付いた。そして、言う。


「ココナ、遅くない?」


 食堂に来てから、既に1時間近い時間が過ぎていた。

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