13、距離感とデコの痛みと
「大丈夫です。ココの事を聞いて来るだけですから」
街に着くと、ココナはそう言って1人でセーライ神殿へと向かおうとした。
「いやいや危ないよ。だってココナちゃんは、募集要項に当てはまっているじゃん」
そう言って止まらせようとするノワ。
俺達は道中何度か、若い女性の連続誘拐事件の事をココナに話した。真剣にそれを聞いて、事の危険の度合いを分かっているはずなのに、それでも単身乗り込もうとするその姿勢に3人で驚いてしまう。
自分は大丈夫。
そういう、根拠の無い過信に見えてしまって仕方がない。
「そんなに心配して下さるんですか?ありがとうございます!」
心から感動したような表情で顔の前で両手を組み合わせて、忠告したノワにグッと顔を近付けるココナ。
距離感が近いんだよ、この子は・・・。
呆れながら道中の事を思い出した。驚いたり、感激したりという感情の振れ幅が人よりも大きいらしいのだ。俺と再会したその時しかり、ちょっとした事で俺達3人それぞれにこんな風に急接近してくる。息が掛かるし、彼女が炊いている御香の匂いはするし、体温も感じるし。時によっては、その柔らかい体がぶつかって来ることもあったりするのだ。
困る。
そう、困るのだ。こっちは子供じゃ無いんだから無意識にそう言う事をされては!
しかも、全くの無自覚無意識だからタチが悪い。下手に言おう物なら、反対にこっちがエロいみたいに思われてしまいそうで強く言えない。
俺もトールも、それをされると何とかやんわりと距離を取る様にしていた。苦笑いを浮かべながら。
でも、己の欲に正直なノワは、いつも逆に手を出しそうになる。現に今も、近付いたココナの背中に手を回そうとしていた。
気付いた俺は、ノワの手の甲をペシッと引っ叩く。同時にトールがココナの肩を優しく引いてノワから離した。
・・・いちいち疲れる・・・。
「イテテ」
名残惜しそうにココナを見ながら、手の甲をさするノワ。
顔に「?」と浮かべるココナに、俺は言った。
「とりあえずさ、泊まる場所見付けて荷物置いて、ついでにメシ食ってから様子を見てみようよ。それから皆んなで一緒に聞きに行っても遅く無いだろ?」
ココが神殿に行ってから既に1ヶ月も経ってるんだ。今更そんな早急な問題でも無い。まして近く無い距離をそこそこ苦労して移動して来たのに、焦って失敗するのは馬鹿みたいじゃないか。
それに・・・。
俺はデコを押さえた。
何だか、痛い・・・。
ナバラの森の前の時程では無いのだが、ジンワリと止む事なくずっと痛みを感じる。
嫌な予感がする。
その後ココナの説得に成功して、俺達は街の入り口から建ち並ぶ宿を端から訪ねて回った。
ここは国境の街だった。
俺達が入って来た入り口は西側で、そのまま東へと進むと大きな河があり、その先の対岸がもう隣の国だ。
マジール王国。
真ん中とは違って、転生者に優しい国らしい。
「こう言うのは余り、いえ大分違っているかも知れないのですが」
トールがそう前置きして言った説明によると、この真ん中の国は、かつての日本が海外の文化をシャットアウトしていた『鎖国』に近い事をしているそうなのだ。
『転生者』からの知識・文化を拒むのと同様に、その『転生者』を優遇して発展させた他国の文化をも国内に持ち込ませない様に厳しく取り締まっている。他国との行き来、物資の輸出入には厳しいルールが設けられていて、それ故に国境付近では、その検問の順番待ちが長時間に及び、簡単に通過する事が出来ない。
「だから宿屋が沢山あるんだ」
ノワが、何故か自慢気にそう言った。
その言葉通り、メインの通りの両側には、宿屋と思われる建物とその宿泊者相手の食事処や、手造りの土産物屋が所狭しと並んでいる。その日のうちに国境を越えられない位に時間が掛かるという事だ。
「へぇ・・・」
見回しながら俺はそう呟いた。トールにそうじゃ無いと言われたものの、戦国時代の侍達がオランダとの外交の窓口として開いていた長崎の『出島』を思い浮かべてしまう。
キリシタン達の最後の砦となった島原や、天草四郎とその独特な襟の和洋折衷な服装。
俺は周囲を見回してみた。
人の通りは多い。その人達の服装は、今迄に通って来た街々で見かけた人々と同じく、たっぷりとした布を被って紐で縛って調節する様な簡素な者が大半を占めていた。他には役人と思われる制服、軍服みたいなのを着た奴等と、そしてシャツにパンツ、スカート等の現代日本でも見掛ける普通の服装の人が居る。
・・・文化、か。
ここに来るまでに通って来た街や村、その何処でも、俺は『服屋』を見なかった。多分みんな、自分達で作ってるんだ。
服屋だけでは無い。家具屋も雑貨屋も。時には商店自体の影すらも無く、桶を担いで野菜や肉等を売り歩く者しかいない村もあった。基本は自給自足、或いは物々交換。
働き先は、富豪の家か土地を多く持つ家での畑奉公や、公営の鉱山やら役所やらの勤め。または神殿関係。
女子供は動物の毛や植物の繊維を織り、竹を編み、土を捏ねて器を作り・・・。
江戸時代とか、1600年代位の文化レベルなんじゃないかと思う。
そこに、転生者が混ざり込んだらどうなるのか・・・。
普通に日本で暮らした事のある者ならば、今のこの国の有り様よりも暮らし易くする方法を知っている。純粋で素直なこの国の人達に、その術は簡単に広まるだろう。
確かに、暮らしは豊かになるだろうけど、失う物も多いんだろうな・・・。
「アキラ、ここ部屋あるってよ」
考え事をしていると、ノワが呼んだ。
「・・・ああ」
返事をしながら側に行くと、トールが主人と思われるオッサンと話していた。
「2部屋取りました。ココナさん1人と、我々3人とで分かれてで宜しいですよね?」
トールが振り返りながらそう言う。
「え!私の分まで押さえて下さったんですか!ありがとうございます!」
すかさずトールに接近して感謝を伝えるココナ。
「いえ、お気になさらずに。もう少し離れましょうか」
手の平を向けて距離を取るようにアピールするトール。
何だか、新しいルーティンが出来たな。
困り顔のトールを見ながら、俺はそんな風に思った。
と、その時だった。
「あの、もしかしてバロー卿の御令息ではありませんか?」
横からそう声を掛けられた。
俺達は揃ってそちらを向く。見ると、揃いの鎧に身を纏った男が2人、トールを見ていた。トールよりも少し若く見える2人組は、何処と無く緊張した面持ちをしている。姿勢正しく背筋を伸ばして、背の高いトールを見上げるその目が、期待に満ちて輝いて見えるのは気のせいでは無いだろう。
「はい、そうですが。何か・・・」
不思議そうにそう答えるトール。それに被せるように2人組は大きな声で喋り始める。
「やはりそうですか!お噂は予々!私はアリ・ド・カロンと申します」
「先月の闘技大会の優勝、おめでとうございます!勇士をこの目で見させて頂きました!私はジョセ・ド・カルランド。どうぞお見知り置きを」
言いながらトールの前に立ち、順番に手を握り締めて上下に揺する。その興奮した様子から、彼等がどうやらトールのファンみたいなものらしいと伺える。
「わわ、トール様は実は有名な方だったのですか?私そういうのには疎くて・・・」
俺の横で驚いてその様子を見るココナが言った。同じく驚いてポカンと見上げる俺が、それに答えるように呟く。
「そうらしいな・・・」
そう言えば以前出会った転生者の少女は、トールの事を知っていた。『雷神』と言う二つ名があるとか何とか言っていた気がする。
「割と有名人だよね。王都の近衛では5本の指に入るかなぁ。まぁ、知名度で言ったら僕の方が全然上だけど」
と、負けず嫌いなのかノワがそう言った。ちょっと機嫌悪そうに言いつつも、フードを深く被り直すのは何なのか・・・。
これは振りなのか・・・?フードを捲り上げて顔を晒した方が良いのだろうか。周囲の人にノワの存在をバラして、トールよりも注目を集めさせた方が良いのだろうか。
少し悩んで、俺はノワのフードに手を掛けた。そしてゆっくりと捲っていく。
「アキラ!ちょっと何してんの!?」
「バレたか。ぅわ!」
途中で気付いたノワが、声を上げてズレたフードをより深く被り直す。そして俺の脇腹を突いてきた。
小学生かよ。
思いながら俺も仕返しにノワの脇腹を突いてやる。そのまま暫く2人で突き合っていた。
「何してるんですかー?」
と、和やかに言いながら横でココナがクスクスと笑っていた。




