11、巫女募集
翌日、俺は完全復活した。
「ご迷惑をお掛けしました」
そう言って謝る俺に、トールとノワとココナの3人は、それぞれの反応を見せてくれた。
「全然迷惑ではありませんよ。具合の悪い時はお互い様です、助け合って当然ですもの。またいつでもお助け致します」
と、これはココナ。元々、王都の聖母神殿から各地へと医療奉仕に出向いている彼女にとっては、日常業務と変わりない普通の事らしい。
「まぁ、しょうがなかったんじゃ無い?塩高いからねーこの辺り。味薄いの我慢してたのに災難だよね。これから色々と美味しく食べてよ」
ご機嫌にそう答えてくれたのはノワ。朗らかで常に笑顔だけど、どことなく他人事でどうでも良いような言い回しなのはコイツの通常運転なのだろう。段々ノワという奴が分かってきた気がする。
「迷惑等と・・・元々私の所為ですから。アキラには何の落ち度も有りません。謝る必要など有りません」
「いやでも、ゲロ掛けちゃったし」
「気になさらないで下さい。昨日も言いましたが、アキラは簡単に謝らないで下さい。もっと威圧的に、全てを私の所為にして良いのですから」
と、こんな感じでトールにはちょっと自虐的に逆に怒られてしまった。融通が利かないというか何というか。相変わらずで面倒臭いが、それがトールらしいって事なのだなと思った。
「実は私もセーライ神殿に向かっている途中だったのです」
トールの馬に相乗りさせて貰っているココナが言った。目的地が同じなので、同行する事になったのだ。必然的に馬の扱いに1番慣れているトールと同乗する事になったのだが、それを悔しいと思ってしまうのは何故なのだろうか。
ココナの話では、昨日俺が意識を失って落馬し、困っている所にたまたま通り掛かったらしい。
「まぁ、アキラが倒れたんだから、癒し手がたまたま通り掛かるのは当然なのかもねー」
ノワがそう言う。
「何それ?」
「だってさ、アキラ呼ぶから。僕も呼ばれたしさ。必要な人を呼び寄せる力があるんだよ。自覚無い?」
「知らないよ」
そんな自覚なんてある訳が無い。俺は何もしていないんだから。
「まぁまぁ。それで、ココナさんはどんな用事でセーライ神殿に向かわれていたのですか?」
トールが俺とノワの話を宥める様に中断させて、ココナに続きを促す。
「人を、探しているのです」
「知り合い?」
俺がそう聞くと、頷きながらココナが言う。
「はい。私は仕事柄、国内の多くの地に出向いて『金糸』の力を施したり、医療の知識を広めたりという奉仕活動をしているのです。どこの地に行っても、教育の行き届きにくい孤児院等の施設には立ち寄る様にしているのですが、そこで以前、ある少女に出会いまして」
「孤児の女の子ですか?」
トールが聞く。と、ココナは頷きながらトールを見て言った。
「ええ。孤児と言うか、育児放棄をされた子だったのですが、ココと呼ばれている子でした」
「ココとココナ、似てるね」
ノワが笑いながらそう言う。
似た名前で同じ性別。何となく親近感が湧いてしまいそうだ。
「そうなんです。私も幼い頃に両親から『ココ』と呼ばれていましたので何だか他人とは思えなくて。だから本当は『ココナ』とか『ココミ』と言う名前で愛称が『ココ』なのかと思い、聞いてみたんです。そうしたら「本当の名前は捨てた。新たに自分で付けた名前が『ガブリエル』で、愛称が『ココ』だ」と言われたんです」
自分で付けた名前の『ガブリエル』、何がどうなると『ココ』になるのか悩んでしまった。
俺が頭を捻っている横で、ノワが「成る程」と呟く。
俺は「へっ?」と言ってノワを見た。
「転生者ですか」
と、今度はトールが言う。今度は振り返ってトールを見た。
何故だか2人は解っていて、俺だけが付いて行けていない。何でその名前から転生者というワードに繋がるのかが分からない。
「そうなんです!良くお分かりで!」
ココナが感心した様に顔の前で手を叩いて合わせて、2人の顔を順番に見て称えた。どうやら2人の予想は正解だった様だ。
悔しい・・・。
「あのさ、どう言う事か聞いても良い?」
俺は、不貞腐れながらもそう聞いてみた。
「えっ?アキラ、現役日本人なのに分からないの?」
ノワが面白がって揶揄うようにそう聞いて来る。
そうだよ、分かんないんだよ。
少しイラッとしながら、フンッと息を吐いて顔を背けた。
そんな俺とノワの様子に、元から下がった眉を更に下げて、困った様な笑みを浮かべながらココナが言った。
「『シャネル』と言えば分かるでしょうか?」
「うん、知ってる」
日本中、いや世界中のほとんどの人が知ってるだろう、有名なハイブランドだ。
「私も詳しくは知らないのですが、あちらの世界の有名なデザイナーさんなのでしょう?その方のお名前がガブリエル・シャネルさんで、愛称が『ココ』だそうです。ココは、その方が大好きだと言っていました。なのでその方からお名前を取ったのだと」
その、シャネル好きの女の子『ココ』が、ひと月程前にその孤児院から出て行ったのだそうだ。孤児院の院長に理由を尋ねると、あるビラを見ての事だったらしい。
『巫女募集』
そう書いてあったそうだ。
「ああ、なんか聞いたことある」
そう言ったのはノワ。
「そうそう、1ヶ月位前だよね。あちこちの町や村で見たなぁ。『巫女募集、条件・女性である事、12歳以上20歳未満である事、未婚の乙女である事。仕事内容・神殿内の清掃、雑務他』とかそんな感じだったよね」
「はい。その時私もそのビラを見せて頂きました。家柄や身分を問わないその募集が、転生者であるココには魅力的だったみたいで。その孤児院の中でも、転生者だと言う理由で他の子供達から空気の様な扱いを受けていましたから」
この国では、どこでも「転生者は差別的扱いを受ける」と言うのが、事実なのだという事を実感させられる。
逃げ出したい環境で過ごしている人には魅力的な求人情報。そんなのを見て自分が条件に合っていたなら、行きたいと思ってしまうのだろう。
「ココはまだ12歳です。いくら転生者でしっかりしていると言っても、体は小さいですし心配で。しかも出て行ったっきり何の便りも無いと言われて、私もう、居ても立っても居られなくて。お節介なのは承知の上で、様子を見に行こうと」
「成る程ー、心配だよね。全然お節介じゃ無いよ。僕も話聞いただけで心配になって来ちゃった。12歳なんてまだ小学生じゃん。あ、小学生って分かんないかな」
ノワの話の中にはちょいちょい向こうの世界の話が出て来る。ハイブランドの事も知ってるし、日本に対して転生者の孫であるトールと同じ程度の知識を持っていると思えるのは気のせいでは無いだろう。
訳あって平民に降った王妹の息子。
トールから以前聞いたノワに対する説明を思い出す。
訳あって。
その訳が、もしかしたら『転生者』だったのでは無いか?と勘繰ってしまう。
『転生者』を蔑視する国の王家に産まれた『転生者』。
もしそうだったとしたのなら、それはかなり苦労のある人生だったのでは無いだろうか。
顔を見ればいつもニコニコと笑うノワ。目が合えば冗談を返して来る。お調子者で飄々としていて、それでいて何事にも当事者意識が薄くて他人事として片付けがちな、近い様で常に遠い距離感。
母親も、そしてノワ本人も、色々な苦労を乗り越えて来た人なのかも知れない。
「ねえ、アキラ聞いてる?」
考え事をしていたらノワにそう言われた。
「え?ゴメン。何か言った?」
「もう、ちゃんと聞いててよ」
怒りながらぷぅっと頬を膨らませるノワ。あざとい仕草が癖になっているこの少年の見方が、俺の中で少しずつ変わっていくのを感じた。
「12歳から20歳っていうのが気にならない?って聞いたの!」
怒った様なその言葉に、余計な考えを振り払って反応する。
「年齢が?」
「そう。12歳から20歳までの、未婚の処女を募集してるって事でしょ?」
処女・・・?そんなワードどっから出て来た?
「ノワ様、処女ではありません。乙女を募集していたのでは?」
すかさずトールが真面目なツッコミを入れる。
「同じ事じゃん。良く考えたら神殿で募集するのにそんなのおかしいよ。清掃員なんて男でも女でも年寄りでも出来るのに」
確かに。言われてみればそこだけを限定する事に違和感を感じて来た。
そして、12歳から20歳の女性の募集に、先の誘拐事件の被害者達が当てはまる事に気付く。
「その、募集を出しているのが神殿、セーライ神殿なのですか?」
トールも同じ事に気付いたのだろう。そう聞いてきた。
「はい。そうです。なので様子を見に向かっている途中だったのです」
答えるココナの声。
その声に重なるように、周囲から人の声が聞こえてきた。気付けば俺達と同じ様に街道を行き来する人の影が増えていた。街が近いらしい。
所々に荷馬車やテントを張って商売をする露店が現れ始める。その壁や置かれた台の縁に貼り付けられているビラ。目に付くそれらは全て同じ物で、安っぽい再生紙に茶緑色の文字が忙拵えの判で押されていた。
俺は字が読めない。だから聞いた。
「あれ、何て書いてあるの?」
それに答えてくれたのはココナ。
「えっと・・・、巫女、募集、です・・・」
ひと月前に募集していたものが、また募集されているという事なのだろうか。
思ったよりも人が集まらなかったという事なのだろうか。
それとも・・・。
「変だ、って思うのは俺だけ?」
そう呟いた俺の声に、答える人は居なかった。




