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 1943年11月9日の『ミュンヘン一揆』記念日に、最新鋭のティーガーⅡを運用する第510重戦車大隊の新規編成完結式がミュンヘンで行われた。アドルフ・ヒトラー総統も参加した祝日の各種行事は、ティーガーⅡの大々的なお披露目でもあった。帝国啓発宣伝省は、ラジオ・新聞・ニュース映画で、その様子を大々的に取り上げた。さらに、宣伝中隊も、東部戦線での目覚ましい「パツィーフィク(太平洋)」の戦果を、一度の実践経験もない第656重戦車駆逐連隊のフェルディナントと、架空の第104SS義勇重戦車大隊(イギリスと自治領の捕虜)のティーガーⅠの成果にして大々的に報道する。それは、「パツィーフィク」を隠す大掛かりな欺瞞工作でもあった。すでに、”ツィタデル(城塞)”作戦に投入予定だったフェルディナント以外のパンター、Ⅳ号突撃戦車、ホルニッセ、フンメル、ヴェスペで編成された部隊は、それぞれが東部戦線での戦略的撤退へと注ぎ込まれていた。


 1944年1月1日東部戦線に従軍するドイツ将兵と軍属に、新年を祝う焼き菓子”グリュックシュヴァイン(幸運の豚)”の配給がなされる。だが、本来ならば、拳ほどの大きさであるべきグリュックシュヴァインは、25mmほどの大きさしかない。その焼き菓子を受け取ると、「公益は私益に優先する! フローレス(幸福な)ノイエス(新しい)ヤー!(年を!)」と大袈裟にそれを食べる者もでた。第二次世界大戦の勃発で、戦略物資であるニッケル回収が始まった。そして、ナチス政権下での発行が始まったニッケル貨の1ライヒスマルクには、『公益は私益に優先する』という標語が刻印されていた。


 1944年1月3日ドイツ軍は、”コーンブルーメ(矢車菊)”作戦を発動する。その作戦名の由来は、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトが、1806年プロイセンに攻め込んだときまで遡る。当時のプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の妻であるプロイセン王妃ルイーゼ・アウグステ・ヴィルヘルミーネ・アマーリエ・メクレンブルク=シュトレーリッツが、ベルリンから逃げる際に、子供たちと麦畑に隠れたことがある。ルイーゼ王妃は、コーンブルーメで花冠を作って、子供たちへのお(なぐさ)みにした。


 その時の次男が、初代ドイツ皇帝としてヴェルサイユ宮殿で戴冠式を執り行ったヴィルヘルム1世となる。そして、麦畑に生える雑草だったコーンブルーメは、青い花を咲かせるドイツの国花になった。その縁起を祝う作戦名であり、縁起のいい数字である3の日での作戦実施だ。1943年12月に実施された東部戦線全ての攻勢防御に参加した「パツィーフィク」8個小隊30名の戦果は、戦車だけでも2800両以上を撃破していた。その代償として、ヤマブシ3名の戦死者を出した「パツィーフィク」は、7個小隊27名に再編となる。



 アドルフ・ヒトラー総統にとっての”コーンブルーメ(矢車菊)”作戦とは、1942年の失敗に終わった夏季攻勢”ブラウ()”作戦の雪辱を果たすことでもある。エストニア、ラトビア、ベロルシア、ウクライナを確保したまま、スターリングラードを包囲乃至(ないし)は占領する。そして、ウリヤノフスクに根拠地のあるヴォルガ川小艦隊を封鎖し、バクー油田からのヴォルガ川経由のタンカー輸送も阻止する。さらに、アストラハンまで進出することで、バクー油田からの鉄道輸送も断つことも。最終的には、バクー油田の占領までを視野に入れていた。


 それには、アストラハンの根拠地を回復したカスピ海小艦隊も、前回と同じように、スターリングラードやコーサカスでの障害になる。1941年8月から、コーカサスに隣接するパフラヴィー朝イランの枢軸側での参戦を恐れて、カスピ海小艦隊も、イギリスとソ連によるイラン占領作戦に参加していた。枢軸国寄りの中立の立場を取ったレザー・シャー・パフラヴィーが、同月イギリスとソ連による連合国側での協力要請を拒否したからだ。そして、同年9月モハンマド・レザー・パフラヴィは亡命した父親に代わって帝位を継いだ。イタリア降伏の翌日の1943年8月15日、ドイツ軍によるイタリアとその占領地域への進駐が始まる。それを知ったモハンマド皇帝から、翌16日にドイツへの宣戦布告が行われた。


 ヒトラー総統は、バクー油田を直接占領しなければ、ソ連は新たな石油輸送経路を開拓すると主張した。だが、陸軍総司令部(OHK)の猛反対により、”コーンブルーメ”作戦の展開次第という制限をかけられることになった。陸軍参謀総長クルト・ツァイツラー大将が、「総統閣下。詩人のハインリヒ《ノヴァーリス著『ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン(邦題:青い花)』》のように青い花を求めるのはおやめください。またスターリングラードでの敗北を繰り返すおつもりですか?」と申し立てたからだ。それでも、もう、ヒトラー総統のバクー油田占領の決意が揺らぐことはなかった。


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