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シーユー・アゲイン!ネオンエイジ・バスターズ  作者: 抵抗世代 七曲
case:1 - I'm Confessin' (That...)
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Track:6 - Between The Devil and The Deep Blue Sea



 Qはひた走る。薄暗い地下通路を全速力で駆けていた。


 なんとしてでも彼女よりも先回りをして足止めをしなければならない。リオンが連れ去られてしまったら最後、自白しようとしていた真実を、Qよりも先に彼女が告げてしまう。

 それだけは避けたい、その一心だった。


「もしもし、俺だ! 手を貸してほしい」


『はァ! また!?』

「俺は大丈夫なんだが……リオンが連れ去られた」


『Qじゃ何とかできないの?』

「顔を見られたら、俺の墓が偽物だったってバレちまう」


『それって……Qの知り合いがいるってこと?』

「同じ釜の飯食って育った性悪女だ。やっと縁が切れたと思ってたんだがな」


『え? それってどういう――』

「――とにかく来てほしい。頼んだぜ」


 アーデントの地下には、“アサイラム”と呼ばれる3次元の迷宮が張り巡らされている。

 その入口のひとつを守っていたのがフランクだ。彼の検問を越えられて初めて、“アサイラム”への立ち入りが許される。

 近隣の他の入口は完全自動化済み。一見さんお断りのシステムになっている。Qはその出入り口を目指していた。


 だが、相手はかつてQと一個違いの順位を持った大物。悠長なことは言っていられない。


 パッチワークのように継ぎ接ぎされた通路が用水路跡に合流する。Qは小さな穴を這って、はしごを登った。

 重い(マンホール)をどかし、夜明け前の地上へと出る。協定違反の不正侵入口だ。出口で使ってもアウト。後でフランクに渡す始末書の項目が一つ増えるくらい、どうってことはなかった。



 この時間でもアーデント表通りの人通りは少なくならない。

 服の汚れも周囲からの視線も気にせず、彼は血眼になって保安局の車を探す。


「アレか……!」


 並んで停めてあるホバーバイクを2台見つけた。ヘックス保安局の標章がペイントされている。

 Qは腰から愛銃を抜き、片方のバイクのエンジンキーにマグナム弾を撃ち込んだ。


 鋭い音とバイクの警報音で通行人の注目を集めるが、Qはそれよりも素早く銃を胸の内に隠す。

 すぐにその場を離れて別の路地の陰に入った。


 バイクが2台あるとなれば、彼女の他にまだ1人いるということだ。1台を潰せば、1人はリオンを乗せてバイクで帰るだろう。


 ――もう1人は残る。そこを狙う算段だ。やられたままではいられない。


 路地から頭だけを出して様子を伺う。


「さぁ……出てこい、カレン」



「お望み通り出てきたわよ」



「――――ッッ!?」



 上機嫌そうな声。背後の存在に気付いたときには遅かった。

 心臓が一瞬、動くことを忘れてしまうほどの衝撃。動悸が襲いかかってくる。


 思わず壁に背をついてしまった。


 彼女は既に王手(チェックメイト)をかけていたのだ。大きい傷跡のリボルバーがQの眼前にある。その弾倉越しには性悪女(・・・)の顔。

 ヒールを履いているわけでもないのに、Qと同じくらいの背丈。彼女は優しく微笑んだ。


「今度は顔が見れた。ここの地理について下調べしていないとでも思った? 私を見くびったんじゃない? ねぇ、ハリー」


「そりゃ人違いってもんだぜ……」


 Qは冷静を装い、いかにもバツが悪そうに彼女から視線を外そうとした。

 しかし、眉間に銃口が押し当てられる。『ハリー』という呼びかけもQに向けられたものだ。


「ふふっ、私の名前を呼んでおいて、言い逃れができると思ってるの? それとも照れ隠しかしら」

「……6年ぶりだろ? 気恥ずかしいのさ。だから少しあっちを向いてくれるかい?」


「断るわ」


 彼女が声色を変えると同時に、リボルバーに再び力が入った感触がした。


 ――落ち着け、殺されはしないはずだ。Qは胸の中で自身をたしなめる。


「貴方、本当に今の今までずっと“ヘックス”から隠れてコソコソとつまらない生活してたのね。悲しみ損だわ……全く」

「殺してきたのはそちらさんだろ。悲しむ義理なんてねェはずだぜ」


 6年という年月を経ようとも、昨日会ったばかりのような調子の会話だった。

 しかし、立場は変わった。Qにとってカレンは自身の死で欺いた相手として、カレンにとってQはかつての裏切り者として、それぞれが憎しみを抱えて向き合っている。


「貴方が“あの子”の父親を殺したのが先でしょ。シドはその落とし前をつけた…………良い結末じゃない。何が不服だったの?」


 彼女も、Qがリオンの父親を――コーエン博士を殺したことを知っている数少ない1人だ。

 路地で攫っていった子供がリオンだと知らないワケがなかった。


「……リオンはどうするつもりなんだ」

「貴方の返答次第ね」


 その返答を聞くまで気付けなかった。

 今日この日に、リオンを連れて出た日にカレンが現れたのは偶然ではなかった。最初からQを狙っていた。


「――クソ! 狙いは俺のほうだったのか。俺ァてっきり、あんたがヘマやらかして飛ばされてきたのかとばかり」


「あら、人聞きの悪い。私はあなたを誘いに来たのに」

「これじゃ脅迫だぜ。銃を下ろしな」


「…………同意。私も貴方の意思を確かめたいから――」


 彼女が手を下ろそうとした。


 ――Qはリボルバーを掴む。逸れた銃先から火花が飛び散った。彼の背後に弾痕ができる。


 掴んだままの右手を引っ張り、カレンに膝蹴りをお見舞いした。



 お見舞した。そのはずだったのに、膝蹴りを食らったのはQのほうだった。


「――ぐッ! は……」


 想定していないダメージだった。ほとんど不意打ちに近い。

 Qはリボルバーを持っていて、カレンと弾痕のある壁に向かっている。


「6年もあれば、人は変わるものね……昔の貴方なら話し合いに乗ってくれたんじゃない?」


 彼女は勝ち誇ったような表情を浮かべている。QにはQ自身の苦い顔が映っているように感じた。


「位置が、逆転したのか……」


「話を聞いてすらももらえないものね。残念だわ」


 6年前の彼女はペンデュラムの能力を持っていなかった。

 カクテルを飲んでいなかったわけではない。能力発動のトリガーとなる“絶望”の経験を持ち合わせていなかったのだ。



 今ここで起きたのは“位置逆転”。そう形容するに相応しい現象。

 ……しかし、これで彼女の手元から武器は消えた。



「ねぇハリー。私と組んでみない?」

「…………はぁ?」


 これも想定外の言葉だった。不意打ちに続く不意打ち。


「食いついてくれたわね。貴方ってば、すぐ自分の世界に入りたがるんだから大変だわ」


 武器を手にしていないとはいえ、そのお喋りな口は止まることを知らない。

 Qはリボルバーをポケットに差し込み、代わりに取り出した真っ赤な愛銃を構える。


「“ヘックス”への忠誠心は在庫切れ、おまけに生産中止だ。それとも逃避行をご所望か? バカ抜かすんじゃ――」

「――その通りよ。私は貴方に一緒に来てほしいの。逃げるワケじゃないけどね」


 カレンは動じることなく悠然と構える。


「“ヘックス”だって一枚岩じゃないの。落ちぶれた保守派もいれば、トップについた急進派もいる。権力争いに興味のない連中もね……」

「俺には関係ないの話だ」


「ハリー。私はね、私だけの部隊を作ってるの……」


 カレンはおもむろにQに歩み寄り始めた。銃を握る手に力が入る。


「“ヘックス”とは全く別の指揮系統、自主性と自制の利いた隊員たち。ハリー、貴方は有望な隊員の1人なのよ……?」


 彼女は気が触れている。そう感じると同時に、自身の身に降り掛かった厄災で気が滅入った。


「チームメイトたちには貴方が生きてること、黙っておいてあげる。根回しをして新しい戸籍も作ってあげる。手当も弾むわよ」


 まるでセールスマンだ。気のいいことを並べ立ててQの気を引こうとしている。(はなは)だしく浅ましい。

 唯一セールスマンと違うのは、いま彼女が浮かべている笑みが心の底からの歓びの表れであることだけだ。まるで既に勝ったかのような喜びが伝わってくる。


「レオナルド君にも、父親殺しの犯人と悲劇的なストーリーを仕立ててあげるって言ってるの。援助もする。貴方のためだから」



 彼女は後ろ手を組んだまま、Qに歩み寄った。悠然たる笑みを浮かべながら彼に顔を近づける。


 Qが一歩引き下がるごとに、彼女は2歩も3歩も距離を詰めてくる。彼はまたもや壁に追い詰められた。



「……ねぇ、ハリー」


真紅の瞳。深い赤の瞳。宝石のようで、まるで異界への扉。引き込まれそうになる闇を(たた)えていた。


彼女の顔から目が離せなくなるほど、お互いの息がかかるほど、近づく。

2人を邪魔するものは何もない。



「いい加減にしな。俺はもう――」



 ――――彼女は口づけをした。言葉を遮るように。彼の拒絶を黙らせるように。


 衝撃とともに我に返ったQは、反射的にカレンを突き飛ばした。

 


 遠ざけられても彼女は動じない。

 彼女は自分から、Qの銃に左胸を押し当てた。そして首を傾げる。



「私は本気よ? 貴方と添い遂げるなんて、まんざらでもない」



 Qは息を呑んだ。

 カレンの言うことに従って部隊とやらに所属するのであれば、リオンにQが犯人だと知られずに済む。ヘックスに怯えなくて済む。殺される必要がなくなる。



 天秤にかけられたのは、彼自身の安全と彼の贖罪。



 満を持して、Qは言葉を発した。



「それがプロポーズの言葉かい? 長ったらしくて華が無いねェ……」


 Qは左手で煙草の箱を取り出す。一本咥えて、彼女に向かって吐き捨てた。そして、鼻で笑う。


 悩むまでもない。

 天秤の傾きを覆すには、分銅がいくつあっても足りなかった。




「どう、して……? どうして私についてきてくれないの?」


 目を丸くしたカレンはマグナムを押しのけてQに肉薄する。再び鼻と鼻がくっつくほどに近づいて、彼女はあることに気付いた。



「その眼は、どうしたの……? 貴方の綺麗な瞳は? どこへやったの……どこへやったの!!」


 激昂したカレンは乱暴に彼の首を掴む。



「……“イービルアイ”は死んだのさ。お前が求める人間はここにはいない。人違いだって言っただろ? 諦めな」


 Qは赤い愛銃を仕舞う。そして彼女の足元にリボルバーを投げ捨てた。



「そッ、そんなつまらないウソつかないで! レオナルド君がどうなってもいいの!?」


「真実を伝えてやるがいいさ。どのみち俺はリオンに殺されるつもりだ」


 彼女は弱々しく手を離し、その場にへたり込んだ。



 ――Qは心のなかであるひとつの覚悟を決めた。

 そしてその覚悟を伝えなければならない。他でもない、シュガーに。



「カレン……俺はもう仲間じゃない。俺には俺の仲間がいてくれてる。昔のことは忘れな」


 カレンに無防備な背中を向け、路地を出る。

 ホバーバイクが1台無くなっているのを見て、Qは痛む右足を抑えるのであった。

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