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シーユー・アゲイン!ネオンエイジ・バスターズ  作者: 抵抗世代 七曲
case:1 - I'm Confessin' (That...)
5/19

Track:4 - I'll Follow You

 


 リオンを地下へ連れて行く――バーに戻ってきたQはそう言い出し、強引にリオンを連れて大通りにやってきた。

 地下とやらへは徒歩で向かうらしい。



 ネオンの看板は道路の上にまで突き出し、それらが上下左右に重なり合っているため、夜空は見えない。夜は明るく、昼は暗く、それがアーデントの常識だった。


 看板の下、車や通行人の交通量もまだまだ多い。

 しかし、一般的で善良な市民の姿はほとんどない。酔っ払いや素行不良の少年少女たち、見るからに危ない大人などが大半を占めている。


 リオンにとって、この時間帯のアーデントを歩くことは未知への恐怖でいっぱいだった。



「……なァ、あんた、ウォークマンでホルスト聴いてたよな」

「え? あ、はい……」


 突然の質問がリオンに襲いかかる。Qのほうも、思い出したから訊いたというような素振りだ。

 それを選んで聴いたことに深い理由はなかった。ただ『惑星』という題名が気になっただけ。


「好きなのか?」

「まぁ……嫌いではないですけど」


「はっきり言って、頭は良いほうだろ」

「へ? ま、まあ……少しは。父も研究職でしたし、本を読む機会には恵まれてました」


 意図の読めない質問だった。リオンは面食らいながらも謙虚に答える。


「それなのに単身バーに乗り込むか…………まァ、“ぽい”けどな」

「ええ~?」


 リオンは好意的とも否定的ともとれる声で誤魔化す。Qの真意が読み取れないため、リオンもどう答えればいいのか分からなかった。


「心配しなくてもいい。ここじゃ頭のいいヤツが生き残る。ただ……あんたの性格を考えれば、銃弾を食らっても歩けるくらいのタフさはあったほうがいいがな」


 そういう彼は真っ白なタキシードに着替え直し、リオンと歩幅を合わせて歩いていた。

 右足の動きに不自然な点はない。だからこそ事情を知っているリオンからすると不自然極まりなかった。


「どうして徒歩なんですか? 近場ならバスでもタクシーでも、いくらでも交通手段はあるじゃないですか」

「あ? 言ってなかったか。俺とシュガーは“名無し子(バスタード)”だからな。交通機関は使えねェ」



 ――“名無し子(バスタード)”、つまり、戸籍なし。アーデントを実質的に取り仕切る“ヘックス”の戸籍がないとなれば、ヘックスの“保安局”によってお縄にかけられる。捕まった“名無し子(バスタード)”がどうなるのかはリオンも知らない。


「だ、大丈夫なんですか……? こんな人通りの多い場所に来て」

「人通り? そういうヤツらばっかなんだぜ。うちらを狙って取り締まりに来るワケがねェ」


 確かに。納得せざるを得ない答えだった。


「それで、あんたは何がしたい? 仕事のアテはあるのか?」

「……わからないです」


 ん、とQは短く答える。


「ぼくも質問していいですか……? Qさんは、どうして何でも屋を?」

「はじめはシュガーが誘ってくれたんだ。ドン底だった俺を元気づけるために、な」


 リオンにとっては意外な答えだった。Qのほうがシュガーに働きかけたものだと勝手に思い込んでいた。


「じゃあ……Qさんは何かやりたいことはなかったんですか?」

「その質問は意趣返しか?…………俺はある音楽を探しててな」


 彼は胸ポケットからラジオを取り出す。


「毎晩毎晩、『ネオンエイジ・バスターズ』って海賊放送を聴いて、その曲が流れないか待ち続けてる」

「……それだけですか?」


「バッカやろ――それだけってなんだよ。自然への畏怖、宇宙への憧憬、地球への郷愁……人類が地球に遺してきた音楽には全部が詰まってるんだぜ?」

「宇宙……ですか」


 ああそうさ、とQはラジオを空に掲げながら続ける。


「通信衛星テルスター、地球の文化アーカイブを乗せたまま宇宙の闇へと消えた伝説の存在。どういうワケか『ネオンエイジ・バスターズ』はそのアーカイブのアクセス権限を持っているらしい」

「宇宙、いいですね!」


 話半分ほどにしか聞いていなかったリオンも『宇宙』という2文字には魅力を覚えた。

 ――宇宙。宇宙探検家。もしも宇宙探検家になれたなら、これほど胸が躍ることもない。



「お袋さんはどうしてる?」


 Qの一言で、リオンは一気に現実に引き戻された。

 ――母親。今、リオンが抱えている最も大きな悩み。変わってしまった人。もう戻ってはこない人。


「母は……その、もう……」

「病気か?」


「当たらずとも遠からじって感じです。宗教にのめり込んでいってしまって……。“拡張体(ローデッド)”を良しとしない最近のもので」


「だから母子ともども生身ってワケか。あんた自身、そのことはどう思ってるんだ」

「そう、ですね……もとに戻って欲しいです、全部」


「……やっぱり、親父さんを殺した相手を恨んでるか」

「もちろんです」



「そりゃ……まァそうだよな。俺だってそいつのことが許せない」



 許せるわけがない。それがリオンの心だった。

 父親殺しの犯人を見つけ出せず“絶望”のまま死ぬか、この手で犯人に復讐を果たして“絶望”を乗り越えるかの二択だ。



「Qさん、絶対に見つけてくださいね。それで300万で美味しいもの食べてください」

「え? あ、ああ。おう……」


 しどろもどろの受け答え。Qは何か考え事をしていたようだった。

 彼ははぐらかすように尋ねる。


「そんなことより、最後の質問をしよう。復讐を遂げたらどうすんだ」

「えっ? えーと、自分の人生を生きる……とか?」


 まったく考えたこともない事柄だった。復讐のことに気を取られて、そこまで頭が回らなかった。

 出来合いの回答しかできないリオンに、Qは立ち止まった。



「借りてきた言葉は偽物だ。もう一度聞く。親父さん殺した相手を片付けられたら、きっぱり立ち直れんのか」


 それまでの話しぶりとは打って変わって威圧的な言葉。リオンは臆した。



「…………わから、ないです」



 そう白状すると、彼はQに腕を捕まれ、ビルの間の路地に引っ張られる。一気に視界が暗くなった。

 足元の缶ゴミを蹴飛ばしたようで、缶の転がる音がどこまでも響いた。



 振り返ってみると、通行人のシルエットだけが目に映る。眠らない街の逆光がか細く切り取られていた。上を見仰いでも、空は遠い。

 高層ビルがもたらす影、それこそがアーデントの裏世界の入り口だった。



「2日、遅くとも俺が殺人犯を引っ捕らえる前に、答えを見つけるんだな」


 それだけを言い残し、彼は深さを増す闇へと歩みを進めた。



「復讐を遂げたら、どうするか…………」



 Qの後ろ姿だけを頼りに、闇の中を歩いた。ほとんど何も見えない。現実を離れ、夢の中にやってきたようにすら思える。


「怖がるこたないさ。ここまで深い場所には誰も来ないからな」


 ――誰も来ない。だからこそ怖いというのに。何の気休めにもならない言葉だった。



 ずっと歩いていくと、先に明かりが見えてくる。

 Qが声を上げた。すると、それに答えるようにライトが照らされる。暗さに慣れかけていたリオンにとっては辛い眩しさだ。


「フランク! 俺だ!」


「おぅ、Q。その子は何だい?」

「依頼人さ、スパイキッズじゃない。頼むよ」


 ライトが壁に立て掛けられ、その場全体がぼうっとした光に包まれる。


 酒焼けした声。そこにいたのは白い顎ひげをたくわえた中年の男だった。そこの壁際にはドアがあり、それを背にパイプ椅子に座って本を読んでいたようだ。

 まるで、路地裏の真ん中にあるその扉を守っているような印象。


 彼が何者なのかリオンには分からないが、バケットハットを被り、布を包んだような格好のため浮浪者にしか見えない。


「そうは言ってもな。坊主、ちょっとツラ貸しな」


 リオンはQに背中を押されて、フランクの前に出る。間近で見ると、フランクは透き通った青色の、宝石のような目をしていた。


「名前は?」

「リオン・コーエンです」


「本名はレオナルドか」


 フランクは手元の本をめくりながら、反射的にそう聞き返してきた。


「あ、え、えっと……」


 リオンは助けを求めるように、Qへ顔を向ける。


「ちっと照合するだけさ。大丈夫。あんたが心配してるようなことは起きない」


 本名は戸籍の不正利用に繋がる。だから簡単に教えてはいけない、そう両親に厳しく言いつけられた。

 ハッカーに本名を知られたら、戸籍が不正使用されたら――そのときはヘックスが黙ってはいない。漏洩させた本人にも責任が追及される。本名とはすなわち重要な個人情報だった。



「……レオナルド・リー・コーエンです」



「ひとつ。坊主、俺のことが信用ならないかい?」


 フランクはリオンをじっと見据えた。バーでQに向けられた眼差しと同じだ。心の内側が見透かされるような、本物の眼。

 またも振り返ろうとした。Qに聞こうとした。


 だが、フランクに両手で顔を掴まれる。


「ガキか、お前は。俺はお前に訊いてるんだ。Qに訊いてるんじゃねェ。俺の眼を見て答えな」

「は、はひ……。信用というか、こ、怖くて……」


 正直に胸の内を打ち明けた。それでもフランクは手を離さない。それどころか顔に近づけてくる。鼻息が、鼻息がかかる。



「――ッ! 誰だ!?」


 突然、フランクは2人の背後に向かって声を上げる。リオンを押しのけ、足元の本を急いで胸に仕舞った。

 彼はQとアイコンタクトを交わす。


 Qは慌てながらもリオンに駆け寄り、ささやきかけた。


「後で合流だ。最初に会った場所で」


 リオンには理解が追いつかない。

 Qはフランクの背後にある扉を開け、逃げていった。



「何だ! 保安局の新入りか!? ここは“プラグ商会”の縄張りだぞ!」


 リオンは壁際に避けて、フランクのライトが照らす先を見た。



「おや、眩しいですね。光の照射でも傷害罪にできること、ご存知ないようで」



 そこには緑髪の女性。“ヘックス保安局”の制服を着た役人が、ほほえんでいた。

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