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シーユー・アゲイン!ネオンエイジ・バスターズ  作者: 抵抗世代 七曲
case:2 - The Name of This Band Is Speed Blue
18/19

Track:17 - Water No Get Enemy



 男は無言のまま、ラヂオとマエダに水を。Qにはアイスミルクを出す。彼女は酒を飲めないラヂオに合わせた。


「マスター、これで何日分寿命が伸びたかな」

「0.05日分だ。だがお前が無料(タダ)飲みするせいでパーだこの野郎」


「……寿命っすか? 誰かビョウキで?」


「この店の貧乏症で」


 Qの冗談には、マスターと呼ばれた男の拳骨が下される。

 彼はさらに“拡張体(ローデッド)”の親指で後ろを示した。そこにあるのはダンボールの山、それと年季の入ったジュークボックスが2つ。


「お前のモン全部売っ払うぞ」


 マエダは気の毒そうにQを一瞥した。彼の趣味なのだろう。この街(アーデント)は物で溢れてるとはいえ、よく集めたものだと思う。

 彼の言う通り、マスターには悪いがこの店は滅多に客など来そうにない。道端で光学迷彩を被るより、この店にいたほうが幾分かは安全だろう。


 隣に置いていた楽器ケースに手を伸ばす。我が子のように大切な“それ”を抱きかかえた。


「しかし、意外なほどに無口なんだな。もっと口うるさいキャラだと思ってたぜ……生意気な口とその枯れ声からしてな」


「アタシだって疲れたのよ。まさかアンドロイドがあんなにうじゃうじゃいるとはね」


 彼女はコップに口をつけて、潤いを流し込む。海の上からずっと求めていた水分だ。


「光学迷彩なんかに頼らずとも、あんたならハッキングでもできたんじゃねェのか?」


「――自分がお願いしたっす。ハッキングをしないようにって」


 彼が口を開く。

 マエダの興味本位で一蓮托生となってしまった彼が。刀を杖のようにつきソファーに鎮座する彼が。


「気になるな。アレルギーだったか?」

「……その通りっす。自分、“裏切り”が嫌いで……アレルギーって言えるかもしれないっす」


「さっきは『最初から裏切るつもり』つって俺たちのことだまくらかしたよな」

「その度はとんだご迷惑を……」


「バカ言ってんじゃねェよバカ野郎。褒めてんだぜ」


 爪楊枝を咥えたQは笑みを浮かべる。不敵な笑み。

 あるいは脅し。2人が“裏切り”をしないように釘を刺すかのような鋭い目つきだ。


「……ねぇQ。あなた、何でも屋だって言うなら、アタシのお願いを聞いてくれないかしら?」


 もう二度とあんな目には遭いたくない。そんな思いから出た提案だった。


「もちろん構わない……が、まずは名乗ってみたらどうだ?」

「イヤよ。助けてくれた恩義はあるけど」


「何でも屋が依頼をこなすためには、双方の信頼関係が最も大事なんだ。分かるだろ?」


 マエダはそれでも渋る。この悪名高い3文字はそう簡単に教えられるものではない。


「――自分はラヂオっす。自分が依頼をするっていう(てい)じゃダメっすかね」

「忠実だな。いや、サムライは自ら名乗りを上げるんだったっけな…………ラヂオ、あんたが責任を取るんならそれでもいい」


 Qはアウト缶を手に取り、ラヂオの眼を覗き込む。それに対して彼も頷き返した。

 勝手に話が進んでいく。


「ちょ、ちょっと待って! 分かった! 分かったわよ! アタシの名前でしょ? アタシはマエ――」



 その時、バーの入店ベルが鳴った。



 誰かが来た。客が来ないはずのこの店に。「ダ」、喉元まで出かかった最後の一音が引っ込む。


「おいおい……良いところで来てくれやがる」


 ――もしや、ここに逃げ込んだことがバレたのではなかろうか。


 危険を察知した彼女はケースの中から光学迷彩を取り出し、ラヂオとともにテーブルの下へと緊急退避した。

 警備アンドロイドならともかく、人の目であれば化かすことができる。誰とも知らぬ来客が、Qのように眼球を換装していないことを祈った。



「…………あ〜〜、大丈夫そうだぜ。顔見知りだ」


「奥にどなたかいらっしゃるので?」


 そのQの言葉を信じ、2人は入り口の方へ顔を出した。


 まず目に飛び込んできたのは機械の頭だ。“拡張体(ローデッド)”に換装された漆黒の半球体(ヘルメット)。この分だと光学迷彩は効かなかっただろう。

 続いて気になったのが紫色の装束。服というよりも装束。何らかの儀式で使いそうな服装だった。その印象を裏付けるかのように抹香臭い香りが漂ってくる。


「ご機嫌いかがですか? 死んでみません?」


「――――ッ!!」


 ラヂオが刀を抜く。気が付いたときには、機械頭の喉元に刀の腹が当たられていた。


「嫌ですねぇ……冗談ですのに」


 機械頭は全く動じない。彼は向けられた刃を気にかけることなく店の中を見回した。

 刀を手で払うと、カウンターテーブルを指でなぞりながら曲がり角のジュークボックス前へ。ダンボール箱を開けて、レコードを物珍しそうに見物している。


「教会録音の賛美歌もあるんですねぇ……つくづく深い感性です」

「そりゃどうも。来週には質屋に入れるが」


「なるほど。それではQさんに稼がせるワケにはいきませんね」


 Qと機械頭の2人は談笑している。気が置けない仲なのは傍から見ても分かった。ラヂオは刀を下ろす。


「しかし噂には聞いていましたが、こんなにも死にかけだとは……お葬式はぜひ私に」

「ん? 誰のこと言ってんだ、葬儀屋」


「こちらのバーのことです」


「――うッせェよ!!」


 葬儀屋、その呼び名で合点がいく。


 しかし、宗教とはもはや旧時代の遺物であるこの時代。機械の頭がそんな胡散臭さを漂わせているのはアンビバレントな光景という他ない。


「……で、何の用だ。まさかこの店の客じゃあるまいし」

「一言余計だぜ、Q」


「私はQさんとシュガーちゃんに依頼をしに来たのですが……彼女はいらっしゃらないようで」


「隣のベッドにぶち込んでやろうか。あいつはシナイ病院さ」


「あら、そうでしたか……お見舞い申し上げます。しかし、こういう時だからこそ仕事は大事になってくる。そうは思いませんか? 保険未加入者のQさん」


 葬儀屋に顔はない。それでも彼は笑っているように見えた。

 後方からまじまじと眺めているこちらに気付いて、彼は手を振ってくる。不気味なくらい愛想が良い。


「申し訳ありませんが、少しの間Qさんをお借りします。一刻を争う状況ですので」


 スピーカー越しに聞こえる彼の声にも抑揚がある。しかし彼は2人の返答を待たずしてQの手を引っ張っていった。


「……なんか、変な人っすね」

「変っていうか、怪しいっていうか……」


 マエダとラヂオの2人は奥のソファに座り直し、彼らの話に耳を傾ける。


「――単刀直入に言って、Qさんにはとある人物を掴まえていただきたく」


「商会に裏切り者でも出たか……?」

「『裏切り者』……」


 ラヂオが小さく復唱する。


「違いますよ。私が紹介するのは史上4番目の賞金首――」


 マエダは何か、嫌な予感を肌で感じ取る。緊張を誤魔化すようにコップの水を煽いだ。



「――――その名も、マエダ。9000万のハッカーです」



 名前を呼ばれた彼女は水を吹き散らした。

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