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シーユー・アゲイン!ネオンエイジ・バスターズ  作者: 抵抗世代 七曲
case:2 - The Name of This Band Is Speed Blue
15/19

Track:14 - City of Dreams



 この街は砂漠だ。

 モノは溢れていても、それらは金がなければ交換できない品物たち。金が無ければ水が無いも同然だった。


 Qは空っぽのグラスを眺めながら毒づく。


 喉が渇いた。バーの中だというのに、一向に飲み物が出てこなかった。

 マスターはいる。注文もつけた。ただひとつ、客ではない男が入ってきたのだ。



 彼は尻目で出入り口のやり取りを見る。


 マスターが老人に頭を下げている。相手は大家なのだそうだ。

 腕っぷしで挑めば片手でひねり潰せるような相手であっても、マスターは謝るばかりでそのハゲ頭を上げられずにいる。



 視線を反対側に。ジュークボックスの前にはダンボール箱が並んでいる。中身はレコードだ。1箱100枚程度。それが3箱並んでいる。

 ちょうど来週、質屋に入れる予定のものたち。人質ならぬレコード質だ。


 300枚でやっとQが滞納している分の上納金は返済できる。

 音源収集に東奔西走した日々。その結末がこんなものだと、悲しくなってくる。


「はァ〜〜っあ。泣けてくるぜ」


 眼に“拡張体(ローデッド)”を埋め込む手術で涙腺を摘出していなければ、本当に泣いていたかもしれない。



 ――この街は砂漠だ。

 モノは溢れていても、それらは金がなければ交換できない品物たち。金を収めなければ許されない安らぎ。



 ベルが鳴ってバーの中がいつもの2人だけになるとマスターが切り出してきた。彼なら世界が終わるその時でも真顔だろうに、深刻な面持ちだった。


「……あと1週間で店を畳めだとよ」


「あ……!? い、1週間?」


 予想だにしない事の重大さに、Qは面食らう。マスターの比にならないくらい動揺した。

 レコードを手放すのも1週間後だ。Qのレコードで得た金で返納するのでは間に合わない。


「1日も待ってくれないのかよ!?」



 マスターは首を横に振る。もう言葉を発する気力すら残っていないようだった。


 ――尽きた。ありとあらゆることに資源が尽きた。その一言に尽きる。今持っているものでは太刀打ちが利かない。



「……要は金だろ? いくらだって?」


 マスターはその太い指で5と2、つまり7を示す。


「7万……なワケないか。70万だな」

「違ェよ。700万だ」


「バッ…………ウソだろ!?」


 舐めてかかっていた。想像以上の金額に言葉を失ったQ。口の中はもう乾燥しきってしまっている。


「Q、俺たちには……俺には後がない。今更、店の方針を変えることもしない。お前とシュガーは好きに生きりゃいいさ」


「待てよ。そいつはひでぇだろ――」



「――なら足で稼いでからモノ言えバカ野郎ッ!!」



 マスターがカウンターに腕を叩きつけると、木製テーブルの繊維に従って割れ目ができた。Qのグラスも倒れた。

 工業用“拡張体(ローデッド)”の出力だ。驚くようなことでもない。


 ただひとつ驚くことがあるとすれば、マスターが自身の感情をあらわにしたことだろう。

 Qは臆さず、遮られた言葉を続ける。


「俺だってここに世話してもらったんだ。ここが無けりゃ、あんたがいなけりゃ、俺はあの夜に死んでたさ……」


「Q、俺はお前に命を救われるほど落ちちゃいねェよ。思い出は過去だ。未来じゃない」

「今の俺は、6年前のあんたに助けられ、今日まで世話になり続けてきた『未来』だぜ。違うか?」


「言うは易し……」

「手厳しいな」


 マスターも強情だ。Qの言葉に微塵も安心を見出さなかった。彼はQのことを信頼していても信用していない。

 相棒でもなければ弟子でもない。単なる見習いの存在に寄せる信用などその程度のものだろう。


 分かっていても、無力感が込み上がってきた。

 煙草の箱を開けたQは、最後の1本を恋しげに見つめる。ほとんど無一文の彼にとってはかけがえのない1本だ。


「はァ……もう煙草買う金も残っちゃいない」

「素直にリオンのお礼を受け取っときゃよかったのによ」


「義理立てってモンさ。受け取れない」

「ほざけ」


 マスターはそう言いながら酒瓶をQに出してきた。



「まァ…………飲めよ。ここは俺のバーだぜ」



 ここは元々、マンションの地下に設けられた倉庫だった。それを改装し、マスターは自身の店を持つという夢を叶えた。昔はそのことを楽しそうに話していたが、今それを聞き出しても重い沈黙が返ってくるのみ。そもそも、そのエピソードを尋ねるような客は訪れない。


 マスターの人生は山頂を通り過ぎ、残りは下り坂と言わんばかりだ。その下り坂への背中を自分が押してしまったという事実。

 グラスに注がれる酒。罪の意識がQの中にも流れ込んできた。


 Qは最後の1本に火をつける。


 いま彼が持っているグラスの中身も、マスターへの“借り”だ。積み重ねてきた“借り”はまだ返しきれていない。

 タダ飲みしてきた分を返す――その約束を条件に、Qの何でも屋の拠点にさせてもらった。それなのにバーへ返す金はおろか、Q自身の上納金すらも稼ぐことができていない。



「……昔のお前は死にたがってた。楽に死ぬことを夢見て、そうやって酒を煽いでたよな」


「そりゃ昔話だぜ。『思い出は過去だ。未来じゃない』」


「そしたらシュガーのヤツがじいさん連中を引っ連れてやってきて、お前の手を止めて叱るんだ。『未成年なのに飲酒したらダメでしょ!』なんつってな…………」


 マスターは遠くを見つめていた。

 Qにサングラスは通用しない。半透明の黒の向こう側で、マスターは穏やかな目をしていた。彼らしくもない色の目だ。


「フッ、酒の飲み方を教えたのはあんた自身だぜ。マスター」


「いや、俺が教えたのは最低限だったぜ。悪いのは酔っ払いのウスノロどもさ……」


 ウスノロ、それは店に入り浸っていた連中のことだろうことはQにも分かった。いまQだけが座っているカウンター席にも、かつては見慣れた顔ぶれが並んでいた。


「……あいつらが来なくなって、もう2年ほどだったか」

「だな。何でも屋が一番忙しくしてた時期だった」


 閑散としたバー。思い出はたくさん詰まっている。6年しかいなかったQですら感慨に浸ってしまう思い出たち。



 煙草の煙に、かつてのバーの賑わいが映って見えた。


「マスター。こいつは俺に頼めないのか?」


「…………正直なところよ、Q。俺はこんな終わりでも納得できそうなんだ。引き際ってヤツだと思えちまう」



 Qは、自分が出る幕ではないことを直感した。Qが納得できなくても本人が受け入れようとしているのなら、口を出すのは野暮だ……そう思えた。



「行ってくる。俺もレコードを失いたくないもんでな。忙しくなるぜ。火の車はいつまで経っても乗り慣れない」


「勝手にしやがれ」



 席を立ち、床に煙草の灰を落としながらマスターに後ろ手を挙げた。バーにマスターただひとりを残して、店を出る。



 ――この街は砂漠だ。

 モノは溢れていても、それらは金がなければ交換できない品物たち。


 思い出話で腹が膨れることは、なかった。

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