表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シーユー・アゲイン!ネオンエイジ・バスターズ  作者: 抵抗世代 七曲
アーデントへようこそ
1/19

introducing... - Best Foot Forward

挿絵(By みてみん)




 その青年が目を開けても、小汚いアスファルトと水たまりの向こうのネオンしか見えなかった。


 しかし、彼の視力をもってすれば舗装の上に残った足跡すらも()える。

 どんなものでも正確に視ることができる彼だが――同時に、そのネオンの輝きに虹を見る心も持っている。


 彼は壁のグラフィティに背中を預け、煙草に火を付けた。

 夜空を見仰ぐ。好きな銘柄の煙と人工の月。その遥か先には母なる地球があるという。



 ここはサイバーパンクの面影が残る街、新都市(ネオンシティ)アーデント。



『シーユー・アゲイン! ネオンエイジ・バスターズ、また明日!』


 威勢よく今日の海賊放送(お楽しみ)が終わった。ヘッドホンからは砂嵐(ノイズ)が流れ、すぐに正規の放送へと逆戻りする。


「昔は良かったんだけどな」


「――過去を想う心は尊い。しかし、その心は“今”に向けてやることで真価を発揮するもの……」



 あてもなく呟いたひとり言に、答えが返ってきた。

 声のする方に身体を傾けて見やると、そこには黒猫を抱きかかえた老人が佇んでいた。青年はヘッドホンを外して会釈する。


「なんだ、長老さんか。抜け出してたらまた怒られちまうぜ」

「お主こそ、4ヶ月も上納金を滞納していると聞くが?」


 長老の言う通りだった。青年は頭を垂れて黙りこくる。

 返す言葉もない。今すぐ返せるほどの所持金もなかった。



「よく分かった……むぅ、これ、ベル!!」


 青年は片目を開ける。すると、車道に飛び出す黒猫の姿が目に入ってきた。


「おっと」


 そしてあろうことか、乗用車のライトが猫を照らし出している。このまま轢かれてしまう悲惨な未来は、誰の目にも明らかだった。



 ――過去は変えられないが、未来は変えられる。



 “今”、青年は瞬発力を持って駆け出した。右手を内ポケットにかけ、左手で黒猫を掴み上げる。

 幸いなことに車は全高が低かった。


 力の限り水たまりを蹴って飛び上がる。車のルーフに片足をつき、身体を翻らせた。靴の先から飛び散る水しぶきが半円状の軌跡を描く。


 危機が通り過ぎた後のアスファルトに華麗な着地を見せた青年と黒猫。



 続けざまに彼は後続の車に得物を向ける。右手に持つそれはオートマチックのマグナムピストル。赤銅色(しゃくどういろ)の愛銃だった。

 ブレーキ音が辺りに響いた。ウィンドウの向こう側で両手を上げる運転手。



 青年は突然に口を開ける。器用なことに、彼は口の中から火が付いたままの煙草を咥え戻した。そして空笑う。


「ご協力どうも。良いドライブを(ゴッドスピード・ユー)


 運転手はその一芸を見て、交通局に通報することを止めた。というより呆気にとられた。




 眠らない街として一世を風靡したこの街は、巨大企業連合“ヘックス”による自治化によってディストピアの様相を呈していた。愛憎入り乱れるカオスにも再開発ジェントリフィケーションの手が加えられ、かつての人情世間には冷たい風が吹きつけている。



 それがサイバーパンクの面影が残る街、新都市(ネオンシティ)アーデント。



「昔なら猫相手でも停車したもんですよ。今の人間には心を感じられません。地下(アサイラム)の人間や俺みたいな名無し子(バスタード)なら、あるいは……」


「合格じゃ。これは1ヶ月分としよう。残り3ヶ月」

「『合格』?……あんた鬼か。せめて2ヶ月分――」


「――思っているだけでは何も変わらない。ではな」



 長老は有無を言わせずに立ち去っていった。彼は青年を試したらしい。

 1人残された青年は頭を下げる。もう一度ヘッドホンを着けて、型落ち(ビンテージ)のウォークマンにプラグを差し込んだ。



「ま、3ヶ月くらい何とかなるか……」



 そう何気なく目を向けた先で、小さな影を見る。


 背丈からして10歳あたりの子供。たった1人で酒屋の中へと入っていったのだ。周囲を警戒しているような挙動不審はワケありのサイン。

 青年は両目を研ぎ澄まし、その子が扉を開けた一瞬の間に酒屋の中を覗く。物騒な連中が見えた。


 彼はひとりでに頷くと、内心ほくそ笑む。


依頼人(エモノ)、だな」


 ぼさついた青い髪をかき上げ、吸い殻を雑に踏み潰す。その足で西部劇風のサルーンに入っていった。


 次なるお楽しみを求めて――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ