7、13番目の呪われ姫は最後の日に想いを馳せる。
昔々のその昔、まだ世界の境界線が曖昧だったその時代。この国に取り残された最後の純血種であったその魔女は、とある男と取引をした。
『あなたに"力"を授けてあげる。でもね、忘れないで。魔女はとっても嫉妬深い生き物だってことを』
その最後の純血種である魔女がこの国にもたらしたものは2つ。
『祝福』と『呪い』
それがこの国の王家の、そして呪われた血のはじまり。
それ以来ずっと続く、最後の純血種の魔女との血の約束。
「と、まぁそんなわけで私は魔女の末裔なのですよ!」
と、ドヤ顔で自作の絵本を見せながらこの国の王家の歴史を語った彼女の名前は、ベロニカ・スタンフォード。
この国の13番目王女様であり、呪われている張本人である。
「はい、せんせー」
と突如始まった教師と教え子ごっこに付き合って、教え子役をやる羽目になったキース・ストラル伯爵は、ベロニカの説明を一通り聞き終わった後、律儀に手を挙げてベロニカに声をかける。
「はい。どうぞ、伯爵くん」
「俺の名前伯爵じゃないけど、まぁいいや。先生の絵が下手過ぎて内容が一切入って来ないんですけど、苦情はどこに入れたらいいですか?」
と、伯爵はいつもと変わらない無愛想な表情で内容以前の質問をベロニカに投げかける。
「なっ!! 絵は苦手なのに、伯爵が分かりやすいようにって一生懸命絵本作ったのにっ」
ひどいです、とベロニカは持っていた指し棒で机をバシバシ叩いて抗議する。
「すみません、姫の渾身のボケかと」
だいぶ捨て身だなぁとは思ったんですけど、ボケたのに拾わないと拗ねるかなってとものすごくいい笑顔で伯爵にそう言われ、
「うぅ、ひどいです。伯爵はスマイル有料のくせに、今年一いい笑顔じゃないですか!」
普段スマイル有料と言い切る伯爵が思わず見惚れそうになるほど素敵な笑顔で毒を吐くので、むぅと頬を膨らませたベロニカは自作の絵本で伯爵のことをバシバシ叩いた。
この国の王家は呪われている。
『天寿の命』
寿命以外では死ねなくなる呪い。
王の子として13番目に生まれて来た者にそれは否応なく降りかかる。
残念なことにその13番目を引いてしまったのがベロニカだ。
陛下が法外な褒賞をつけて伯爵家以上は最低1回、呪われ姫の暗殺を実行せよなんて命令するものだから、侍女も護衛もいないボロボロの離宮に住まうベロニカは常に数多の暗殺者に狙われている。
そんな暗殺者の1人だったお人好しの伯爵は、うっかりベロニカに気に入られ、今では彼女の専属暗殺者もとい所持品扱いとなっているのだから人生何が起こるか分からないなと伯爵は思う。
「で、せんせー? いつまで拗ねてるんです?」
話進まないんだけど、とため息混じりに伯爵が聞くと、
「伯爵くんのせいで私のやる気メーターゼロどころかマイナスです。先生は激おこですよ。ご機嫌取ってくれないと質問は受け付けませーん」
ベロニカはプイッとそっぽを向いて自作の絵本をパラパラとめくり、昨日徹夜で頑張ったのにぃと文句を述べる。
「この先生面倒くさいな。ヒトの事バシバシ叩くし、すぐ拗ねるし、機嫌取り強要するし。体罰の上にハラスメント。問題教師に師事する事もなさそうなんで俺退学しますね」
伯爵はいつも通りのローテンションで淡々とそう言うとさっさと荷物をまとめて帰ろうとする。
「にゃーー伯爵っ!! 今日はまだ暗殺だってしてないじゃないですか!?」
本当に帰る気ですか!? とベロニカは慌てたように伯爵の方を見る。
「時間がもったいないので、姫の機嫌が直った頃にまた来ます。いつになるかは保証しかねますが」
自宅で会議資料と報告書読みたいんで帰りますと身支度を整え上着を羽織った伯爵は、ベロニカを放置で帰ろうとドアに手をかける。
「上着掴まれたら俺帰れないんだけど」
ガシッと上着の裾を掴んだベロニカは、うぅっと小さくうめいて、
「……帰っちゃ、嫌です」
かろうじて聞こえるくらい小さな声でそう言った。
「俺に何か言うことは?」
「叩いてゴネてごめんなさい」
しゅんと小さくなったベロニカが素直に謝ったので、伯爵はベロニカの銀色の髪をくしゃくしゃに撫でながら、よくできましたと少しだけ表情を崩してそう言った。
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「それで、急にどうしたのですか? 今更王家が呪われた理由を聞きたいだなんて」
魔女に呪いをかけられたなんて話、この国の人間なら子どもに寝物語として聞かせるほどよく知っている話ではないですか? とベロニカは伯爵に古くなった緑茶で作った自家製のほうじ茶を出しながら尋ねる。
「些細な事でもいいので、まずは情報が欲しくて」
呪われ姫を暗殺するのではなく呪いを解く事を目指すといった伯爵は、ベロニカの猫のような金色の目を見ながらそう答える。
「当事者から聞けばまた違った情報が出てくるかもしれないと思いまして」
実際、俺の知っている話と少しちがいますし、と伯爵は先程ベロニカが語った内容と寝物語に子どもに聞かせる魔女の話の違いを考える。
子ども向けのお話はもっと教訓めいていて、"約束を守らなければ悪い魔女に呪われる"と言った内容だった。
「そうなのですね。私はほとんどこの離宮や王城敷地内から出ないので、てっきり同じ内容かと」
この話も母に聞いた内容ですしとベロニカは絵本を差し出す。
それを受け取った伯爵は質問いいですか? と尋ねる。
「こう、姫の絵が独特過ぎて内容が頭に入って来ないんだけど」
「今更オブラートに包まなくていいですよ」
さっき下手ってはっきり言ったじゃないですか、とベロニカはため息をつく。
そんなベロニカの頭を軽くポンポンと叩きながら、伯爵は絵本をめくり指をさす。
「"呪い"は分かるんです。13番目に呪われた子が生まれてくるから。じゃあ"祝福"は?」
何を指すか知っているかと問われたベロニカはゆっくり首を振る。
「与えられた"力"が王として国を治めることなのだとして"祝福"として何を得たのかは分からないのです」
子が"呪われる"代わりに得られる"祝福"の何か。
それは一体なんだろう? と伯爵ははじまりの日に思いを馳せる。
「姫が魔法が使えるのは、その最後の純血種の魔女の血を引くから、ですか?」
「分かりませんが、おそらくは。でも、私も私以外に魔法が使える人間に会ったことはないので、確証はありません」
この世界において魔法が使える人間などごく稀だ。
「大抵の場合は、魔力を持っていたとしても微量過ぎて気づいていないか、あるいは魔法が使える事を隠しているかのどちらかだと思いますよ」
ヒトと違うと言うことはそれだけで好奇の視線を向けられる。理解されない力など圧倒的大多数の常識の前では、迫害の対象にしかならない。
「王家の人間なら魔法を使える、というわけでもないんですね」
ベロニカは肯定するように小さく頷く。
「魔女の血を引けば必ずしも魔法が使えるわけではないようです。13番目に生まれてきた人間が呪われているのは共通ですが、魔法が使えたとの記録はないですし」
魔法は嫌厭されるが、一方で使いこなせるならば有用でもある。
もし歴代の呪い子達がそうであったなら、こんな風に予算すらつけられないボロボロの離宮に打ち捨てられているわけないか、と伯爵は考える。
もっとも呪われると分かっている13番目の子なんてまともな王の時代には生まれてこないので、記録自体があまりなくハッキリとしたことは言えないが。
「姫は、なんで魔法が使えるんです?」
「……自分でも、よく分からないんです」
ベロニカは初めてそれが魔法だと認識した日の事を思い出すように、ゆっくり目を瞬かせる。
「お母様がいなくなって、1人で離宮に取り残されて、誰にも……それこそ送り込まれてくる沢山の暗殺者にすら見つけてもらえずに、寂しくて、寂しくて、寂しくて、膝を抱えて泣いていたら、目の前に真っ黒な金の目をした猫ちゃんがいたんです」
その猫達はいつでもどこでも音もなく現れてベロニカのことを見つけてくれた。
「そのうちこの子達はみんな生き物ではない、私の願望が形になったものなのだと気づいて、それからはいつのまにか魔法が使えていました」
だから、私にもどうしてなのかよく分からなくて、とベロニカは静かに言葉を紡ぐ。
「猫ちゃん達がいてくれるようになってからはとても便利にはなったんですけど、でもやっぱりお話できる人はいないから、寂しくて」
この離宮での暮らしは、誰も見つけてくれない、終わりのないかくれんぼのような生活だった。
「私はここにいるって、誰かに見つけて欲しくて。誰か、って願っていたら伯爵が殺しに来てくれました」
鈍く光るナイフを一本だけ持ってやって来た伯爵が、それを振り翳すことなく置いて行ったあの日のことを思い出す。
ベロニカのひとりぼっちのかくれんぼは、その日終わりを告げた。
「最後の1人になってしまった魔女が最後に残したかったものは一体なんだったのでしょうね?」
ベロニカが自分の指先に視線を落として、ふとそんな事を口にする。
「たった1人残されて。混ざりたくてもみんなと違うから混ざれなくて」
ベロニカはそう言って金色の瞳を瞬かせる。
13番目に生まれて来たばかりに呪われていると後ろ指をさされて、沢山の暗殺者を送り込まれて、国中から死ぬことを望まれて。
嫌になるほどそんな毎日を繰り返しても、呪われているせいで死ねなくて。
割り切れない気持ちもあるけれど、それでもとベロニカは思ってしまう。
「寂しくて、悲しくて、忘れられたくなくて残したモノが"呪い"なら私は最後の純血種の魔女を責めることができません」
誰かの中に"何か"を残したい気持ちがベロニカにも少し分かるのだ。
呪われ姫はヒトとは少し違うから。
「でも、できたら私が最後の"呪われ姫"だといいなと思います。やはり呪われているなんて、いい気はしませんから」
ふふっと楽しそうに笑ったベロニカの頭をゆっくり撫でた伯爵は、
「ベロニカ様らしい」
と優しく笑った。
「まぁ、今の話を掘り下げつつ、解呪の手段がないか探ってみましょうかね」
急ぐわけでもないのだし、と伯爵はベロニカが用意してくれたほうじ茶をゆっくり飲んで美味しいとつぶやいた。
「ああ、そういえば俺の名前キースっていうんです」
ほうじ茶ご馳走様のついでのように伯爵が突然自己紹介をはじめる。
「存じておりますよ? キース・ストラル伯爵でしょう?」
それがどうしましたか? と首を傾げるベロニカに、
「"伯爵くん"じゃないんですよ、先生?」
揶揄うようにそう言った伯爵の黒曜石のような瞳を見て、ベロニカは驚いたように目を見開く。
「誰か、じゃなくて、俺の名前を呼べばいいでしょう? 俺はベロニカ様の専属暗殺者なんだから」
そういえば一度も名前で呼ばれた事ないなと今までを振り返った伯爵は、
「ほら、キースって呼んでみ?」
とベロニカを促す。
淡々とした口調のいつも通りの伯爵を見ながら、
「……キ……ぅう……」
伯爵を名前で呼ぼうとしたベロニカはじっと自分を見つめてくる伯爵の視線に急に恥ずかしくなり、顔を伏せる。
「伯爵だって、私の事姫って言うじゃないですか! それに、伯爵の方が年上だし」
名前を呼ぶだけなのに何をそんなに恥じらうのかと苦笑しつつ、
「俺はさっきから名前で呼んでますよ、ベロニカ様? 俺がベロニカ様に不敬を働く事はできないが、逆は問題ないでしょう。ほら、早く」
揶揄うように伯爵は意地悪く口角を上げてベロニカを覗き込む。
「は、伯爵はっ……伯爵なのですっ!!」
キッと顔を上げたベロニカは、伯爵をまっすぐ見つめてそう言い切る。
「いや、伯爵名前じゃないし」
「伯爵は一生伯爵です。結婚してもずっとずっと伯爵です!!」
耳まで真っ赤に染めたベロニカは、突然そう宣言する。
「それ社交の場で呼んだら結構な人数振り返るけど?」
「それでも伯爵です。私にとって伯爵は伯爵しかいないので伯爵ですっ!」
そう言って確固たる意思でベロニカは迷言を押し通そうとする。
「家督譲ったらどうする気ですか?」
「元伯爵にします」
「そこはせめて先代じゃないでしょうか?」
俺伯爵クビになったみたいになってますけど? と肩を震わせて笑う伯爵は、
「いいですよ。じゃあ、俺ずっと伯爵でいます」
家督誰かに譲るまでですけどと言って、ベロニカの金色の目を見つめると、
「代わりに本当に一生俺の隣で"伯爵"って呼んでくださいね」
伯爵はクスッと笑ってそう言った。
「私、人生最後の言葉『伯爵』にします」
はわわっ、伯爵がデレたっと両手で顔を覆ったベロニカは、
「トキメキの過剰摂取で死にそうです」
ソファーに沈み込んだ。
「そのネタもう使いましたけど」
まぁ今日は暗殺してないし、いいけどと伯爵は苦笑する。
「将来万が一陞爵するなんて話が出ても蹴るけど、文句言わないように」
「侯爵になったら、伯爵って呼べないのでぜひ蹴ってください」
「……没落寸前の貧乏貴族が何寝言言ってるんだ、って言わないんですか?」
「言いませんよ、だって伯爵ですよ?」
数多の暗殺者を差し置いて、唯一ベロニカの部屋までたどり着き、殺すのではなく呪いを解こうとするお人好しの伯爵ならいつか誰も思いつかないような面白い事をやり遂げそうだとベロニカは思う。
「私の勘はよく当たるんですよ!」
とドヤ顔でそう言ったベロニカは、
「でも……気が、向いたら…………名前、呼ぶ、かも……しれません////」
ぽそっと小さな声でベロニカがつぶやく。
そんなベロニカを見た伯爵はふむ、と頷くと、
「じゃあ、呪いが解ける最後の日までに練習しておいてください」
「…………善処します」
期待していますね、とベロニカに宿題を残して伯爵は帰って行った。
そんな約束を伯爵と交わしたベロニカが、こっそり伯爵の名前を呼ぶ練習をしたけれどやっぱり本人を目の前にすると恥ずかしくなって呼べず、いつのまにか伯爵呼びが定着し過ぎてその後本当に伯爵と呼び続けることになるのも、そんなベロニカに伯爵と呼ばれるのが嫌いでない伯爵がベロニカのために陞爵の話を蹴るのも数年先の未来のお話。
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