6、13番目の呪われ姫は約束の履行を主張する。
「騙されました」
彼女との約束通りこのボロボロの離宮にやってきた伯爵に対し、銀髪金眼の麗しの美少女はぷくっと頬を膨らませ開口一番にそう不満を訴えた。
彼女の名前はベロニカ・スタンフォード。この国の13番目の王女様である。
「騙された、とは?」
いきなりベロニカに詰め寄られて覚えのない訴えをされたキース・ストラル伯爵は、はて、一体なんのことだろうかと首を傾げる。
「伯爵のヘタレっ! 石頭! 真面目っ!」
そんな伯爵に対し、ベロニカは思いつく限りの悪口を述べるが、
「約束通りちゃんと今夜も暗殺に来たというのに、随分な言われようですね、姫。あと最後のは悪口になってないですよ?」
せめて生真面目って言わないといつもと変わらないローテンションで伯爵はさらっとそう言った。
一国の姫と貧乏伯爵。本来なら関わるはずのないこの2人の関係は、暗殺対象者と彼女の専属暗殺者だ。
この奇妙な関係はベロニカがこの国の王家の13番目に生まれてきたことに起因する。
この国の13番目の王の子は呪いを受ける。
『天寿の命』
寿命以外では死ねなくなる呪いにかかっているベロニカは呪われ姫と呼ばれ、呪い子を暗殺せよという陛下の命令でベロニカには莫大な褒賞金がかかっている。
数多の暗殺者に狙われるベロニカがこんな生活に終止符を打つために自ら選んだ暗殺者。
それが離宮に忘れ物をして行ったお人好しの伯爵だったのだが。
「伯爵のお家の子にしてくれるって言ったのに、全然そんな気配ないじゃないですかっ!」
と、ベロニカは全力で抗議する。
「姫は俺の養女になりたいんですか? 5つしか変わらない娘かぁ。ちょっと悩みますね」
うち借金まみれの貧乏伯爵家ですけど、そんな家の養女になりたいなんて姫は変わっていますねと伯爵は揶揄うように笑う。
「違っ……伯爵の……お嫁……さんにしてくれ……」
真っ赤になって顔を伏せ、語尾が小さく消えそうな声のベロニカに、
「自分でプロポーズしてきたくせに、何を今更照れているんです?」
と伯爵はそんなベロニカを見てニヤニヤ笑う。
「うぅ、伯爵意地悪ですっ」
まさか伯爵と恋に落ちるとは、正直思っていなかった。
そして、うちの子になる? なんて言ってもらえるとも思っていなかったベロニカは、初めての感情を持て余しつつ、今日も伯爵に上手くあしらわれているのだった。
「ヘビさんの名前なんにしましょう」
とベロニカの首に巻きつきすっかりベロニカに懐いてしまった毒ヘビと目を合わせて、ニョロ子とかどうです? と尋ねるがヘビに首を振られたのでニョロ子は却下らしい。
本日伯爵が企てた暗殺は毒蛇による毒殺。連れてきたヘビは、最初ベロニカに威嚇し襲いかかったが、ベロニカがヘビに笑いかけた瞬間に大人しくなり、次の瞬間にはベロニカにべったりするほど懐いてしまった。
「ふふ、それにしても伯爵。私に生きていて欲しいって言ってくださったのに、暗殺は律儀に続けてくださるのですね!」
本当に伯爵は真面目なんですからっと歌うように言葉を紡ぐベロニカを見ながら、
「それが今のところ俺の唯一の存在価値でしょう。そうじゃなかったら、俺が姫に近づける理由なんてないんですよ」
ベロニカがヘビを手懐けるまでの光景をじっと見ていた伯爵は、いつも通り無愛想な顔でそう言った。
「さて、今日の暗殺も失敗してしまった事ですし、お茶の時間にしましょうか。今日はよもぎ茶を作ったんですよ」
沢山生えている場所を見つけちゃってと上機嫌でお手製のお茶を用意するベロニカに、
「暗殺は失敗しましたが、得るものはありました」
と伯爵は淡々と話す。
「俺も騙されましたよ。暗殺が失敗する要因は全部呪いの効果だと信じ込んでいました」
呪われ姫であるベロニカへの暗殺は100%失敗する。
ナイフで刺せば血が触れた瞬間ナイフが朽ち果て刃は届かず、その細い首に紐を巻きつければ首が絞まるよりはやく花飾りに早替わり。
呪いの効果で彼女の命を脅かす全ては無効化されるからだ。
「姫、あなた魔法が使えるでしょう?」
ずっと不思議だったんです、と今までの暗殺データを記録したノートをめくりながら伯爵は確信に満ちた声でそう言った。
どうして、離宮に追いやられているはずのベロニカがこっそり王城に出入りできているのか。
なぜ、人目を引くほど美しくこんなに目立つ容姿をしている彼女が、誰にも気付かれることなく、情報や食べ物や物品を王宮から持ち出して来れるのか。
呪いの解呪方法を探すとともにそれらの現象の合理的な説明を伯爵はずっと探していた。
魔法なんてほとんどの人間が信じないような非科学的な存在だが、稀にそういう体質の人間がいるらしいと聞いたことがある。
ベロニカがそうである可能性を念頭に仮説を立て、そして今日の暗殺でそれが立証できた。
「毒蛇が暗殺道具であるならば、ヘビ自体が別の物に変質して無効化されなければ、今までの呪いの法則との整合性が取れない。でもそのヘビは今も生きていて姫に懐いている。ということは、天寿の命の呪いが発動する前に姫がなんらかの方法で使役した、と考える方が自然です」
合ってますか? と尋ねる伯爵に、
「騙しただなんて人聞きの悪い。聞かれなかったから答えなかっただけです」
ふふっとイタズラがバレた子どものように笑ったベロニカは、
「いつか、私が魔女なのだとその正体に辿り着く人がいるなら、それはきっと伯爵なのだろうと思っていました」
猫のような金色の瞳を瞬かせ静かな口調でそういった。
「すっごいネコの数ですね」
部屋を埋め尽くす金色の目をした黒猫を見ながら伯爵家は感想を述べる。
「使い魔ちゃん達です。他にも認識阻害の魔法とか、色々できます」
お手製のよもぎ茶を差し出してベロニカはネタバラシをするように魔法の存在を明かす。
「あと、ものすっごく気になるんで聞いていいですか? その手に持ってるやたら作り込んであるボードは何ですか?」
伯爵はベロニカが手に持っているお手製のボードを指さす。
ものすごく細かく細工の施されたボードには"ステータス"と中央に大きく書かれ、ベロニカの自己申告による彼女のステータスが書き込まれていた。
『NEW!→闇属性魔法 職業:呪われた魔女姫』
も気になるが、
「持ち物:伯爵ってなんですか。俺、いつの間に姫の所持品になってんの?」
知らない間に所持品扱いになっており、伯爵は突っ込まずにはいられない。
「私の専属暗殺者なので!」
いつかこんな日が来た時のために作っときました! とベロニカはドヤ顔で伯爵に見せる。
このためだけによく作ったなコレと呆れつつも感心しながらボードを眺める伯爵を見つめ、
「……怖くなりました? 私のこと」
とベロニカは金色の目を伏せて小さく聞いた。
ベロニカは今まで呪われ姫と後ろ指をさされ、死ぬ事を望まれ、ずっとバケモノのように扱われてきた。
もし、伯爵にまでそんな風に思われたらと思うと怖くて、魔法が使えるだなんて言い出すことができなかった。
「いや、別に。特に俺に害ないし。解呪の可能性探る上で、呪いの特性を正確に把握しときたかっただけ」
伯爵はベロニカが魔法を使えるなんて大した事ではないとばかりに彼女の黒猫を抱き上げて、
「これ生物じゃないから、ネコアレルギーでも飼えるんじゃ……1匹欲しいな」
と羨ましそうにそう言った。
「ふふ、本当に伯爵は変わってますね」
ほっとしたようにそういって笑ったベロニカは伯爵の隣に座って、
「私のことお嫁さんにしてくれたら、この猫ちゃんたちもれなく全員ついてきますよ?」
とドヤ顔でアピールする。
「いいな、それ。ちょっとやる気出てきた」
そんなベロニカの言葉を聞いて伯爵は黒曜石ような目を細めて笑う。
いつも無愛想な顔をしているのに表情を崩して猫を愛で続ける伯爵にむぅっと頬を膨らませたベロニカは、
「猫ちゃんじゃなくて私の事一番に構ってくれないと嫌です」
と伯爵に体当たりする。
「ちょっ、何張り合ってるんですか!?」
「にゃあー」
ソファーに座る伯爵の隣に勢いよく座ったベロニカは猫のような金色の瞳を向けて、
「にゃあーにゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ」
と何度も猫の鳴き真似を繰り返す。
「えーと、ベロニカ様?」
「……伯爵が構ってくれないなら猫ちゃんもう見せないにゃあ」
ベロニカは猫ちゃんばっかり撫でられてずるいと拗ねた口調でそう言った。
「またそんな子どもみたいなことを」
「……だって、伯爵全然恋人っぽいことしてくれないじゃないですか」
とベロニカはそう訴える。
ベロニカだっていくら冷遇されて命を狙われていても自分が王族で伯爵とは身分差がありすぐに婚約も結婚もできない事くらい分かっている。
いや、たとえ身分差がなかったとしても呪われ姫である以上、きっと結婚はおろか離宮から出て暮らすことすら許可されないだろうと思う。
だからこそ、と思ってしまう。
「私が正式に伯爵の妻になるなんて夢のまた夢だって、分かってます。ならせめてイチャイチャしたいです!」
と伯爵に向かってベロニカは全力でそう主張する。
「私、花盛りの16歳ですよ! 陛下が呪いの事なんて忘れてうっかりお手付きしちゃうくらい絶世の美女のお母様に瓜二つの可愛い私を前にして、うっかり手を出しちゃうくらいないんですか!!」
「いや、普通に手を出しちゃまずいでしょ。アンタまだ未成年のくせに俺の事うっかりで犯罪者にする気ですか?」
いやいや、ないからと伯爵はベロニカの主張を即却下する。
「伯爵のヘタレ。そんなのバレなきゃいいんですよ」
「未成年じゃなくても王家の姫君になんて手出ししませんよ。そんなことして俺が処刑されて伯爵家が取り潰されでもしたら路頭に迷う奴何人もいるんで」
無理なものは無理とスパッと言い切られ、ベロニカはむぅぅと拗ねる。
「……じゃあせめて、話し方崩すとか、名前呼び捨てにしてくれるとか」
「王族に不敬な態度とって莫大な慰謝料請求されても払えないので、ご容赦ください」
うちが莫大な借金抱えてるの知ってるでしょと伯爵はベロニカの要求をことごとく却下する。
「私の事姫扱いするのなんて、伯爵ぐらいですよ」
王族として生活するための予算すらつかないボロボロの離宮に追いやられ、仕えてくれる侍女も護衛もいないのに。
「……無駄に高い身分が憎い」
ぼそっとベロニカは毒付いて、
「いっそのこと、呪われ姫らしく王家を滅ぼしてしまいましょうか」
冗談なのか本気なのか分からない口調でベロニカはそんな事を口にする。
「伯爵の嘘つき。騙されました。うちの子になる? って言ったくせに」
両思いになった後も全く態度が変わらない上に恋人らしいことすらしてくれない伯爵を前に自分だけがヤキモキする毎日を送るなんて、伯爵にプロポーズした時は想定していなかった。
膝を抱えて顔を伏せすっかりヘソを曲げてしまったベロニカに伯爵は盛大なため息を漏らす。
滅多なことでは怒らない伯爵を怒らせてしまったかもしれない、とびくっと肩を震わせたベロニカは謝罪を口にしようと顔を上げると、
「ああ、もう。アンタって人は……」
と呆れた顔をする伯爵と目が合った。
「自分だけ我慢してると思うなよ」
はぁっと再度ため息をついた伯爵は仕方なさそうにベロニカの手を取って、
「本当は17歳の誕生日にやるつもりだったけど。当日プレゼントないからな」
とシルバーの指輪をはめた。
「伯爵、これ……どうしたんですか?」
「銀細工得意な奴に習って作った。石付きの本物の指輪はお金なくてすぐは買えないから当分はそれで勘弁してください」
「伯爵、本当に器用ですね」
銀細工ってそんな手軽に作れるんですねとベロニカは指輪を眺めて驚いたように目を瞬かせる。
「すぐ、は無理だけど、嫁にしないとは言ってない。それまで大人しく待ってなさい」
ポンポンと軽くベロニカの頭を叩いて伯爵は微かに笑う。
「まぁ何年かかるか約束はできませんけど、そのうち本物の指輪買ってそれと交換してあげますので、王家滅ぼしちゃダメですよ」
ベロニカ様はやるっていったら本当にやりかねないからと伯爵はベロニカを止める。
「……嫌です」
「嫌って」
ベロニカは大事そうに指輪ごと手を握りしめて、
「ずっとこの指輪がいいです。伯爵のお手製の指輪なんて世界でひとつしかないじゃないですか。他はいりません」
とても幸せそうにそう言って笑った。
「ベロニカ様は安上がりですねぇ」
「ふふ、だって借金塗れの貧乏伯爵家に嫁ぎたいくらいですから」
コテンと伯爵側に身体を倒したベロニカは、
「こんな幸せな夢を見せて、騙さないでくださいね」
と伯爵に笑いかける。
「夢じゃないし、騙してませんって。期日未定なだけで」
なので、諸々は結婚するまでお預けという事でと伯爵はいつも通りの口調でそう言った。
「今度の伯爵のお誕生日期待しててくださいね!! 今日のお礼に一生忘れられないくらい盛大なドッキリ仕掛けますから」
「……すごくいらない」
キラキラした笑顔で期待しててくださいと張り切るベロニカに、当人の意向は無視の方向かとため息をついた伯爵は、きっとこれから先もベロニカに振り回されるんだろうなと苦笑した。
そんな予感があったにも関わらず、ベロニカの"誕生日にドッキリ仕掛けるね"宣言をこの時強く止めなかったことを伯爵が後悔するのはもう少し先のお話し。
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