5、13番目の呪われ姫は永久就職を希望します。
この離宮の主人、この国の13番目の王女様ベロニカ・スタンフォード(通称:呪われ姫)は、猫のような金色の眼をきょとんとさせながら、目の前で無心でタイピングを続けるキース・ストラル伯爵に興味本位で尋ねる。
「伯爵、今もしかして切羽詰まってます?」
「姫、今の俺に余裕あるように見えます?」
問いかけが問いかけで返ってきた。
以降部屋にはカタカタと伯爵が高速でタイピングする音だけが響く。そんな様子をベロニカはじっと見つめて観察する。
確かに伯爵には余裕がないのだろう。いつもなら律儀に何かしら必ず暗殺を仕掛けてくる伯爵が、今日は何もしてくれない。
仕方ないので、自作したドッキリグッズで心臓を刺された死体の真似などしてボケてみたが完全スルー。血糊まで用意してリアリティを追求したのにコメントすらない。
構ってくれない伯爵にむぅっと頬を膨らませて不満を訴えていたら飴玉を口に放り込まれたので、大人しく口の中でコロコロ転がし今に至る。
「私専属の暗殺者が暗殺しないなんて、職務怠慢です」
「フリー契約なんで、今日は勘弁してください」
伯爵はベロニカには目もくれず、資料の山に視線を流しながら、タイピングを続けていく。
目の下にクマを作るくらい寝ていないだろう彼は、まだ昼間だというのに離宮に突然やって来て、
『場所貸してください』
と言ったきりずっとこの調子だ。仕方がないので、ため息をついたベロニカは本日は暗殺されるのを諦めて、伯爵のために苦めのコーヒーを淹れに席をたった。
「やっと、伯爵の事独占できると思いましたのに。とんだ誤算です」
ベロニカは王宮からこっそりくすねてきたコーヒーを淹れながら盛大にため息をついた。
この国の王家の13番目に生まれてきた子は呪いを受ける。
『天寿の命』
寿命以外では死ねなくなる呪い。そんな呪いにかかっている呪われ姫であるベロニカの首には陛下の命令で莫大な褒賞金がかかっている。
そんな生活に嫌気がさしたベロニカが先日ようやく邪魔な暗殺者達を排除して伯爵を専属の暗殺者として雇用できたというのに、肝心の伯爵が暗殺してくれない。
「社会人って、大変ですね」
まぁ、王女なのに生活費ももらえず、王宮の物品や食料ちょろまかしたりしつつ自給自足でボロボロの離宮に住んでいる自分の言えたことではないかとベロニカは再度ため息を漏らした。
「伯爵って結婚しないんですか?」
ようやくひと休憩入れられた伯爵にコーヒーを差し出し、自身は甘いカフェオレを飲みながらベロニカは伯爵に尋ねる。
「何ですか? 藪から棒に」
「この前の舞踏会で何番目か忘れましたけど、私のお兄様だかお姉様だかが婚約したらしいので。伯爵顔がいいのでモテそうですし、あわよくば逆玉の輿で借金返済とか、女主人に領地管理お任せできるのでは、と思いまして」
そしたら伯爵も時間ができて私と遊んでくれるかもしれないし、とベロニカは内心で付け足す。
そんなベロニカの心情など知らない伯爵は、
「俺の顔目当てで寄ってくる女に興味ないです。あと実家金持ちと見た目だけ美人は生活水準落とせない上に浪費多いから、借金背負いまくってる貧乏伯爵家のうちじゃ無理。俺が今欲しいのは妻じゃなくて優秀な従業員です」
ドキッパリとそう言い切った。
この超絶忙しい時期に急にひとり辞めて今大変なんですと伯爵はため息を漏らす。
「偏見が大分入ってますね〜伯爵」
ふふっと笑いながら伯爵に結婚予定がないと聞き何故かほっとした自分にベロニカは首を傾げる。
んーっと思ったところでふと目にした伯爵の書類の間違いに気付き、ベロニカは指でさして伯爵に指摘する。
「あ、ここ間違ってますよ。税率変わったので。あと、特例申請出すと節税になりますよ」
税理士さん雇った方がいいのでは? 慌ててやると間違いますしとベロニカはそう助言する。
その他にもざっと書類に視線を流したベロニカは、いくつか旧様式になっているものや新法が適用されていないものについて指摘した。
そんなベロニカを驚いた顔で見た伯爵は、
「ベロニカ様! 短期でバイトしませんか?」
彼女の両手を掴み、真剣な顔でスカウトする。
「いいですよ〜。伯爵の頼みごとなんて珍しいですし」
伯爵構ってくれないと暇ですし、とあっさりオッケーを出したベロニカは短期で伯爵の会社のアルバイトをすることになった。
短期のアルバイトとして伯爵の会社に勤めて数日。伯爵はなかなかのやり手らしいという事が分かった。
会社は急成長中だし、業績も上々。にも関わらず先代が作った莫大な借金と赤字領地の改善の問題はまだまだ解決しそうになくて、全部をこのまま伯爵が一手に引き受けていたら、いつか伯爵が倒れてしまうんじゃないかと心配になるほどだった。
だが、ベロニカが一番気になったのはそこではない。
「伯爵のスマイルって本当に有料だったんですね」
取引先との商談での様子を思い出し、伯爵のあんな満面な笑顔見たことないとびっくりしたようにベロニカはそういう。
「バカな事言ってないで、仕事してくれないか? 時間ないんで」
流石に王女様雇用しました、はまずいのでベロニカは髪色を変えて変装し、伯爵も敬語なしで接している。
それがなんだか新鮮でベロニカは嬉しくなる。
「もう終わってますよ。あとは書類提出するだけです。良かったですね、監査までに終わって」
はいっと整えた書類を伯爵に渡して微笑むベロニカに、
「本当に優秀だな。このまま継続雇用したいくらいだ」
感謝を述べて、切実にそう言った。
「ふふふ、もぉーと褒めてくださってもいいのですよ」
ドヤ顔でそう言ったベロニカの金の眼を見ながら伯爵は、本当に助かりましたと彼女の頭を撫でて優しく笑った。
予定より早く終わったので、伯爵はベロニカを夕食に誘う。
うち、大したもの出せませんけどと言われたが、誰かのうちにお呼ばれすること自体初めてなので、ベロニカのワクワクは止まらない。
案内された伯爵家はベロニカの離宮といい勝負なくらいボロボロで、沢山の修繕箇所が見られた。
「伯爵! 大工仕事が必要なら呼んでください。私、かなり得意です」
ふふっと上機嫌なベロニカを見ながら、
「言ってなかったけど、俺も割と得意分野です」
いつも無愛想な伯爵が、いつもより柔らかい口調でそう言って笑う。離宮で会う伯爵との違いに何故かベロニカの心臓が速くなる。
「……伯爵、今日は何か暗殺仕掛けてます?」
「いや、何の準備もしてませんけど?」
流石に余裕ないの分かったでしょと言われ、ベロニカは前もこんな風に心音が速くなった事があったなと思いを馳せる。
ベロニカの思考が答えを出すより早く、ひょっこりと可愛い少女が顔を出す。
「わぁーお兄様が女の子連れて来た。ついにお嫁さんまで拾ってきたの?」
「何でそうなるんだよ。失礼だろうが」
「だってお兄様のお人好しって筋金入りじゃない。昔からお兄様、犬でも猫でも妹でも弟でも従業員でも老人でも拾ってくるし。だから次拾ってくるならお嫁さんかなって」
「え!? 本当? おねえさん、お兄さまのお嫁さん?」
会話を聞きつけてどこからか小さな男の子も駆けてきた。
「何ですか!? このかわゆい子達は!! ちっちゃい伯爵っ!! はぅわぁーかーわーいいっ! 破壊力ヤバいです」
特に男の子の顔が伯爵にそっくりで、見上げてくる可愛い瞳にベロニカは悶える。
「なんでしょう。この胸のトキメキ。伯爵! 伯爵と結婚したらこんな可愛い子達にお義姉様なんて呼ばれちゃうんですか!? 伯爵! 今すぐ結婚しません?」
可愛いすぎると胸を抑えたベロニカは、笑いながら伯爵にそういう。
「わぁーお兄様おめでとうー」
「おめでとー」
「するかーー!! ベル、ハルも悪ノリするな」
べしっと弟妹に軽くデコピンする伯爵に、
「「「えーー」」」
と、ピッタリ揃った声が抗議する。
「えーじゃねぇよ」
「じゃあせめてこの2人お持ち帰りしても?」
きゅっと2人を抱きしめたベロニカが上目遣いに伯爵にお願いするが、
「他人の弟妹連れ去ろうとすんなぁぁ」
べしっと強めに鉄拳が落ちてきた。
「本日の伯爵ツッコミいつもの2割増しですね!」
「あーもう。疲れる。マジで疲れる。おーまーえーら、ホント、いい加減にしろよ?」
夕飯作る前にすごい疲れたんだけど、と伯爵は盛大にため息をついた。
ベロニカはなんだか寝付けなくて部屋の小窓から星を見上げ、微笑む。
「ふふ、まさかお泊まりする事になるなんて思いませんでした」
そうつぶやいたベロニカは幸せそうに今日の出来事を思い出す。
とても賑やかな夕食だった。伯爵が作ってくれたごはんはとても美味しかったし、伯爵の母もとても優しかった。
彼の性格はきっと伯爵のお母様に似たのねとベロニカは微笑む。2人の雰囲気がとても似ていて心地よかった。
「ニャー」
ベロニカは鳴き声に反応し、暗闇を見つめる。そこには金の目をした真っ黒な猫がお行儀よく座っていた。
「あらあら、私が呼んでいないのに勝手に出てきてはいけませんよ」
ベロニカは自身の魔力から生まれる使い魔の猫に手を伸ばすと、嬉しそうにニャーと鳴いてベロニカに擦り寄り、ベロニカの手の上に一冊のノートを置いて消えた。
「まぁ、また勝手に持ってきちゃって。王宮ではないのだから、持ってきちゃダメなのに」
どうやって伯爵に返そうと考えながら、何気なくノートをめくってしまったベロニカは書かれている内容に驚いて部屋を出た。
コンコンっとノックをするとすぐに伯爵が顔を出す。
「伯爵、コレって……」
ばっとベロニカは手に持っていたノートを伯爵に見せる。
「……何であなたがコレを持ってるんですか?」
「ご、ごめんなさい。勝手に見てしまって。たまたま、偶然、拾って……なんて信じないですよね」
「部屋に入ったんです?」
隣の部屋を指差しながらじっと見つめてくる伯爵にたじろぎつつ、使い魔が勝手に持ってきたなんて言えないベロニカは他に言い訳が思いつかず謝罪とともに頷く。
「勝手に、ごめんなさい」
「いや、鍵かけてなかった俺の落ち度なんで」
伯爵はいつも通りの仏頂面で淡々とそう言う。怒ってはないらしいと胸を撫で下ろしたベロニカは改めて伯爵に尋ねる。
「何で、呪いについて……こんなに、いっぱい……こんなことしたって、伯爵には何のメリットも」
そのノートに書かれていたのは、ベロニカの呪いの規則性と考察、そして解呪のための仮説が沢山の書き込まれていた。
『呪いが解ければ、彼女は自由に生きられるだろうか?』
伯爵の几帳面な文字をなぞり、ベロニカは泣きそうになる。
「何で? ただでさえ忙しいのに。こんな、呪いについて調べなくっても私を殺してしまえば終わるでしょ?」
これではまるで、とベロニカは思う。
「あーもう。だから、確実な事言えるまで黙っておこうと思ってたのに」
まるで、生きていてもいいと言われているみたいだ。
そうベロニカが思ったのと同時に、
「そんなの、ベロニカ様に生きていて欲しいからに決まってるでしょうが」
と、伯爵の声が落ちてきた。
「だって、私が生きてたら褒賞が貰えないのに」
「いいですよ。別にウチの借金は俺が何とかするんで」
まぁすぐには無理ですけどと肩を竦めた伯爵を見ながら、
「あーほらまた泣く」
ベロニカの金色の目から大粒の涙が溢れ出す。
「……ても、いいんでしょうか? 私、生きたいって思っても」
それは、ベロニカがずっと目を逸らしてきた願望。
「ベロニカ様の人生なんだから、ベロニカ様が決めればいいでしょうが。コレはまぁ、俺の勝手な願望です」
そのベロニカの願望を肯定してくれる人がいる。
そして、同じ願いを望んでくれる人がいる。
そう思ったら、ベロニカはもう自身の願望から目を逸らす事ができなくなった。
「……です。私、ホントは死にたくない、です。生きていたくて、でも、誰からも望まれないのが辛くて……」
だけど、生きて行くには一人ぼっちはあまりに寂しくて。
がらんとした離宮に取り残された自分の時間がしんどくて。
「じゃあ、俺が望んであげます。生きていて欲しいです。俺は、ベロニカ様に」
ポンっとベロニカの頭に乗った伯爵の手の重みがひどく心地よくて、ベロニカは心音が速くなる理由をようやく理解した。
「ああ、もう。泣き方までうちのチビ達と一緒なんだから」
放っておけないと子どもをあやすようにベロニカの涙を拭って頭を撫でる伯爵に、
「伯爵、暗殺依頼じゃなくても……離宮来てくれます?」
ベロニカは子どもみたいにぎゅっと伯爵の服を引っ張って尋ねる。
「そうですね、とりあえず呪いの解き方解明するまでは」
そう言った伯爵の言葉を聞き、ベロニカは金色の瞳を大きく瞬く。
じゃあ、呪いが解けたらもう来てくれない?
そんなの、絶対嫌だとベロニカは強く思う。
「責任、取ってくださいっ!」
きゅっと決意したように涙目の顔でベロニカは伯爵を見上げる。
「はい?」
「だって、私死ぬ気満々だったのに、生きていて欲しいとか、希望をいだかせたのです。最期まで見届けて頂かなければ、割りに合いません」
困らせるだけなのはわかっている。
無茶苦茶な事を言っている自覚もある。
「責任って……」
「伯爵の人生、全部ください」
それでも今、言わなければ後悔するとベロニカはそう思った。
「…………マジか」
ベロニカの発言に固まったあと、伯爵がようやく言葉を紡ぐ。
「あー困ったな」
そして、おかしそうに笑い出す。
「一生、大事にしますよ?」
私、お買い得ですよ! とベロニカは自身の売り込みを始める。
「私、元々自給自足生活だから浪費しないし、大工仕事得意ですし、王宮内出入りしまくってるので政治、経済明るいですし、書類作ったりとかも得意ですし。それから、ええーと」
そんなベロニカの一生懸命なアピールを聞いた伯爵はベロニカにストップをかける。
「そうじゃなくて、だ。ベロニカ様は手順飛ばしすぎ。しかも俺とあなたじゃ身分差もあってですね、とか何も考えてないんだろうし」
「伯爵みたいにガッチガチに色々考えてたら人生1回じゃ足りないですよ」
むぅっと頬を膨らませるベロニカの顔が可愛くて、ああもう多分この人から逃れるのは無理だろうなと伯爵は笑う。
「ふっ、ベロニカ様らしい。じゃあ、まぁ。うちの子になります? ベロニカ様」
しょうがないなと、観念したように伯爵はベロニカにそう聞いた。
「ハイっ!」
元気よく手を上げて返事をするベロニカに、
「ちなみに、あとうち嫁かペットしか枠空いてませんけど?」
どっちにします? と揶揄うようにそう尋ねる。
「そこ同列なんですか!? 悩みます」
「……冗談ですよ。ていうか、悩むなよ」
伯爵と目が合いふふっと楽しげに笑うベロニカは、知っていますとつぶやいた。
「とりあえず、目指すのは解呪かな。それ以外はおいおい」
まぁ今の状況は問題しかないんだけど、という伯爵をじっとみたベロニカは、
「伯爵」
と彼を呼ぶ。
「ハイ?」
「私、伯爵の事大好きみたいです。なので、明日からも覚悟してくださいね」
そう言ったベロニカは、両手を伸ばして伯爵に飛びつき抱きついた。
こうして呪われ姫に捕まってしまったお人好しの伯爵が、伯爵への気持ちを自覚してしまったベロニカに振り回されつつ暗殺以外の方法で彼女を救うために奮闘するのはまた別のお話し。
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