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3/13

3、13番目の呪われ姫はシンデレラに憧れる。

 恥をかかされたと泣き喚いて去っていく名前も知らない令嬢の背中を見送りながら、キース・ストラル伯爵は盛大にため息を漏らす。その顔には隠す事なく面倒くさいと全面に書かれていた。


「伯爵は、ダンスが苦手なのですか?」


 するとどこからともなく聞き慣れた澄んだ声が降って来た。


「……姫、覗きははしたないですよ」


 面倒の2連コンボかよと愛想笑いの一つも浮かべず、伯爵は死角になっている階段の方に向かって声をかける。

 音もなく暗闇から現れた彼女は、心外だとばかりに口を尖らせて、


「失礼な、私の方が先にここにいたのですよ?」


 そう抗議した後に流れるような動作で淑女らしく礼をする。


「ごきげんよう伯爵。ふふ、今夜は誰も殺しに来てくれないと思っていたのに、こんなところで伯爵にお会いするだなんて思いませんでしたわ」


 まるで猫のような金色の大きな瞳を楽しげな色に染めた彼女はそう言って笑った。

 彼女の名前はベロニカ・スタンフォード。この国の13番目の王女様である。


「姫こそこんなところにいていいのですか? 今日の舞踏会は王家主催でしょう?」


 伯爵家以上は全員出席が義務付けられている夜会。そうでなければわざわざ大枚はたいて来たくもない夜会に参加などしなかったと伯爵はため息をもらす。


「伯爵こそ面白い事を言いますね。確かに王家の主催ですが、呪われ姫の私が参加できるとでも?」


 伯爵はしまったという顔で、ベロニカから視線を逸らしたが、彼女は気分を害するどころか心底楽しそうに笑っていた。


『天寿の命』


 寿命以外では死ねなくなる呪い。13番目に王の子として生まれてきてしまったためにベロニカにはそんな呪いにかかっている。

 そして呪われ姫であるが故に彼女の首には陛下の命令で莫大な報奨金がかけられ、いつも暗殺者に狙われていた。


「ふふ、伯爵が気にすることじゃありませんよ。暗殺者が来るのはそれこそ私にとっては日常ですし。まぁ、でも私としてはなるべく早く伯爵に殺して頂きたいと思っていますけど」


 いつになったら伯爵は私のこと殺せるのでしょうね、と小首を傾げて可愛らしく笑うベロニカは歌うように物騒な内容を口にする。


「姫、まだ諦めてなかったんですね。俺でなくてはなりませんか?」

 

 ため息混じりに伯爵はそう尋ねるが、


「何を言っているのです、伯爵? 私の辞書に諦めるなど存在しないのですよ! 無事暗殺されれば、私だって呪われ姫と後ろ指さされるこんな生活終了ですし、伯爵だって私を殺せれば借金完済! みんなウィンウィンじゃないですか!!」


 拳をぐっと握りしめ、ベロニカはそう力説する。


「姫のその前向きさ、別のとこで使えばいいのに」


 呆れた口調で伯爵はチッと舌打ちするが、そんなことでベロニカがへこたれるわけもない。


「暗殺してくれるまで、逃しませんよ! 伯爵」


 ベロニカはにっこり笑ってそう言い切った。


『伯爵家以上の貴族は最低一回、どんな手段を使っても構わないから、呪われ姫の暗殺を企てろ』


 という傍迷惑な陛下からの命令のせいでうっかりこの呪われ姫と縁ができてしまった伯爵は、


「あーハイハイ。知ってた」


 どうせこの国にいる以上逃げ場もないしな、と諦めた。


「はぁー肩凝った。姫の離宮落ち着く。まさに安息地帯だな」


 会場に戻るの面倒臭いと言った伯爵におさぼりする気なら離宮(うち)来ます? と誘っておいてなんだが、少々寛ぎすぎではなかろうか? とベロニカは苦笑する。


「私の離宮を安息地帯だなんて言うの、伯爵くらいですよ」


 ベロニカを狙う暗殺者が蔓延り、ベロニカのペットのドラゴンが跋扈し、ベロニカが生産した人喰い植物がそこら辺に生えているボロボロの離宮だが、慣れてしまえば居心地は悪くない。

 少なくとも無駄な腹の探り合いと噂話が飛び交う夜会の会場よりも、と伯爵は思う。


「ところで姫は舞踏会会場に何しに行っていたんです?」


「こっそり音楽鑑賞に。あの階段下が意外と穴場なのですよ」


 ちなみに夕飯とスイーツとジュースもくすねてやりましたと、ドヤ顔で戦利品をテーブルに並べる。


「良くまぁそれだけ持ってこれましたね」


「ふふふ、物品のちょろまかしには私ちょっと自信ありますのよ? 良かったら伯爵も召し上がってくださいませ」


「褒めてねぇよ。仮にも一国の姫君がそんなことでドヤらないでくれます? 俺ら城内に入るのにバカ高い会費払ってんですけど」


 無銭飲食かっとベロニカを嗜めつつ、高い会費を払った割に今日の夜会は本当に得るものが何もなかったなとベロニカに勧められた軽食に伯爵は手を伸ばした。


「文句を言いつつちゃっかり食べるあたり伯爵らしいですね」


 小さなケーキを口に運びながら、ベロニカはそう笑う。


「あ、姫。口開けて」


 思い出したようにそう言った伯爵は素直に口を開けたベロニカの口に小さな丸い塊を放り込む。

 次の瞬間、目をぱちくりさせたベロニカはあまりの衝撃に口を抑え、小さな体を折って悶絶する。


「〜〜〜----っ!! な、なんですかっ!! これ」


 テーブルの上の水を一気飲みし、むせながら涙目になって伯爵を睨むベロニカに、


「ふむ。わさびは効くんだな。ショック死はしないみたいだけど」


 伯爵は悪びれる事なくそう言った。


「あ、当たり前じゃないですかっ!! 命の危険性が無ければ普通に効きますよ」


 涙目で苦しむベロニカは口直しにケーキを食べながら、伯爵に全力で抗議する。


「毒は砂糖水に、絞殺しようとした紐は花飾りに変わるのに、わさびはわさびのままかぁ。今までで一番効いてません?」


 ベロニカは呪いの効果で彼女を殺そうとするあらゆる事象を無効化する。故に彼女は死ぬ事ができないのだが。


「こんなの、こんなの、暗殺じゃないですから!! 伯爵のばかっーーー!!!!」


 命に関わる事のない純粋な食べ物は食べ物のままらしい。

 わさびの大量に入ったチョコボールを食べさせられたベロニカを見ながら伯爵は新たな事実をノートに記載した。


「えーっと、姫? そろそろ機嫌直し」


「伯爵のバカっ、あんぽんたん、ヒトでなし。伯爵なんか、伯爵なんかぁ、大っ嫌いです」


 いつも元気でへこたれないベロニカがソファの上で膝を抱えてすんすんっと啜り泣く。

 よほどわさびが辛かったらしい。プイッとそっぽをむいてヘソを曲げたまま、許してくれる気配がない。


「もう伯爵の顔なんて見たくないです」


 そう言われた伯爵はチラッと外に視線を向ける。


「まぁ、俺もそろそろ帰りたいのは山々なんだけどね。気になることがありまして」


「……なんですか?」


「さっきから外でヒト……じゃないものっぽい叫び声が聞こえるんですけど」


 いつもならドラゴンに追いかけられる暗殺者の叫び声なんかが聞こえるが、今日は暗殺者来ないんじゃなかったっけ? と伯爵はベロニカに尋ねる。


「この間裏山で掘り起こしたアンデッドさん達が宴会でもしてるんだと思いますよ。仲間に引き入れられないといいですね? お帰りの際はお気をつけて」


 知らない間に離宮の外に人外の何かが増えたらしいという事を伯爵は知る。そして伯爵がこの離宮を出入りして無事なのは、ベロニカがそれを許しているからだ。

 ベロニカから顔も見たくないと言われた以上、無事にここから出られる保証はない。

 盛大にため息をついた伯爵は、すんすんと啜り泣くベロニカに傅くと、


「ベロニカ様、本当にすみませんでした。反省してます」


 と素直に謝罪した。


「命が惜しいからとりあえず謝っとくかって顔に書いてます」


 名前呼ばれたくらいじゃ喜びませんからねとベロニカの機嫌は直らない。


「まぁ、命が惜しいのは確かなんですけど、悪かったとも思ってます。なので、ベロニカ様、どうしたらお許しいただけるか、教えていただけますか?」


「……なんでも、お願い聞いてくれます?」


 膝を抱えたままチラッとだけ伯爵の方を向いたベロニカがそう尋ねる。


「知ってると思いますけど、うちの伯爵家は莫大な借金抱えてるんで、多額の賠償金請求されても払えません。あと、今すぐベロニカ様を殺すのも方法が分からないんでできません。けど、俺にできる範囲のことであれば、まぁなんでも。できれば労働系だと助かります」


 切実にそう訴える伯爵に、


「ふふ、こう言う時は普通なりふり構わず嘘でも"なんでも"と答えるものだと思ってましたが、やはり伯爵は変わってますね」


 ようやく顔を上げたベロニカは、クスッと小さく笑ってそう言った。


「……できない事をできると言っても、姫の機嫌は直らないでしょ」


「まぁ、そうですね」


 願い事と口の中で言葉を転がしたベロニカは、


「笑わないで、聞いてくれます?」


 と尋ねる。


「俺の笑顔は有料なんで、無駄に笑わないからさっさと言ってください」


 相変わらず不遜な態度の伯爵は何を今更とばかりにそう答える。

「シンデレラに……なりたくて」


 ぽそっと小さくつぶやくようにベロニカは願い事を口にする。


「憧れていて。……舞踏会。私が呼ばれる事は、絶対ありませんから」


 金色の猫のようなベロニカの瞳が伯爵の事を覗き込む。


「……シンデレラ、ね」


 16歳にもなって可笑しいですよね、と苦笑するベロニカを笑うことなく見返した伯爵は、さてどうしたものかとシンデレラについて考察する。

 呪われ姫のベロニカは、一国の姫君だというのにずっと冷遇されていて、基本的に自給自足、侍女の1人もいない生活だ。

 他のきょうだいのように公務に就くこともなく、国から暗殺者を差し向けられる彼女の事を迎えに来る王子はいない。


「どの部分です? 再現したいのは」


「えっ?」


「シンデレラ、ごっこですけど。なりたいんでしょ? シンデレラ」


 と伯爵はベロニカに尋ねる。


「ドレスを着て、舞踏会でダンスしてみたいです。で、12時の鐘が鳴るまでに帰ります。魔法解けちゃうので」


「ああ、なるほど。それならなんとか」


 今日はちょうど舞踏会ですしねと言って時計を見た伯爵は時間的にギリギリだなとつぶやいて立ち上がる。


「姫、化粧道具一式とあと手持ちのドレス全部見せてください。装飾品とあとDIYの道具も」


「……伯爵、何をするおつもりですか?」


「まぁ、俺、伊達に貧乏貴族してないんで。それっぽく整えるのは割と得意分野です」


 まぁ俺魔法は使えませんけどとぼそっとつぶやく無愛想な伯爵を見ながら、なんだか面白そうだと機嫌を直したベロニカはワクワクしながらその手を取った。


「すごいです、伯爵っ!!」


 ベロニカはドレスの裾を持ち上げ軽くふわっとその場で一回転して見せる。

 彼女が着ている衣装は元は流行から外れてしまったベロニカの母親のドレス。伯爵はそれをベースに装飾品やレースを駆使してあっという間にレトロモダンなドレスに仕立て上げてしまった。

 その上彼女の美しい銀糸の髪を綺麗に編み上げて生花で飾り、ドレスにあった化粧を施した。

 青いドレスを可憐に着こなし、カツンとヒールを鳴らして微笑む彼女はまるで絵本から出てきたお姫様のようだ。

 まぁ、ベロニカは元々本物のお姫様なのだが。

 大したことはしていないのにここまで見違えるのは、彼女の生まれつきの美貌によるものかと伯爵は美人はそれだけで5割得だなと苦笑した。


「伯爵にこんな特技があったなんて知りませんでした」


「まぁ、妹を着飾るのに慣れてるんで。うちも新品のドレスなんて何着も買ってやれないし、自分でできた方が自由度上がるでしょ」


 まぁ、プロには負けますけどといつも通りのローテンションで伯爵はそう答えるが、すごいすごいとはしゃぐベロニカが年相応の女の子に見えて、こんなに喜んでくれるならやって良かったなと無意識のうちに伯爵は微笑んでいた。


「で、せっかく着飾って舞踏会に出られるようにしてあげたのに、姫はなんでまた階段下にいるんですか? 早く会場に行かないと舞踏会終わっちゃいますよ」


 早く行けとばかりに手で払う伯爵に苦笑したベロニカは、


「中には入れません。着飾っても私は私。呪われ姫ですから。顔が割れてるので、みんな引いちゃいますよ」


 だって、私は呪われてますからと少し寂しそうに笑ったベロニカは、


「それにほら、この国の王子様はもれなく私のきょうだいで、私の事殺そうとしてる方たちですし、見つかると厄介なんです」


 金色の目を閉じて会場から流れる音楽に耳を澄ます。


「こんな素敵な格好で、ここに来られただけで十分です。伯爵、ありがとうございます」


 機嫌直りましたと満足そうにそう言うベロニカを見て伯爵は頭をガシガシとかいてため息をつく。

 本人がこれでいいと言っているのだから、これでおしまいにしてしまえばいいのだろうし、本来なら伯爵程度が一国の姫にこうするのはきっと正しくない。

 けれど、これではきっと彼女にとってのハッピーエンドではないはずだから。

 伯爵はベロニカの前に傅くと、


「姫、私と一曲踊っていただけますか?」


 と、とても慣れた動作でベロニカをダンスに誘う。

 驚いたベロニカは金色の目をぱちぱちと瞬かせその手を取っていいのか迷った様子で伯爵を見返す。


「でも、伯爵、ダンス苦手なんじゃ」


「無駄な事しない主義なだけで、できないわけじゃありません。まぁ、王子じゃなくて悪いんですけど、ダンスしたかったんでしょ? 一曲くらいなら付き合ってあげます」


 曲が終わりますよ? とベロニカを促す伯爵に、


「私、実は誰かと踊った事なくて。足、踏んでしまうかもですよ?」


「いいですよ。公の場ではないですし、下手っぴでも。ちゃんとリードしてあげますから」


 遠慮するなんて姫らしくないですねと伯爵が苦笑する。


「ほら、お手をどうぞ。ベロニカ様」


 再度促されベロニカはおずおずと伯爵に手を重ね、月明かりに照らされた踊り場でダンスを踊る。


「なんだ、上手いじゃないですか」


「伯爵こそ、お上手です。あの、気持ち悪くないですか? 私なんかと手を繋いで。私、その呪われたバケモノですし」


 お世辞ではなく、ベロニカのダンスは上手く、月明かりの下で輝く銀糸の髪も彼女の金色の目もどんな宝石にも負けないくらい美しい。


「わさびくらいで撃退できる化け物なんて可愛いもんです。普段相手にしてる腹黒な化け物に比べたらずっと」


 ふっ、と笑った伯爵の顔に見惚れそうになったベロニカはつられて笑う。


「ふふ、もう少し飛ばしますよ」


 イタズラをするように楽しげにそう言ったベロニカがテンポを上げて踊り出す。

 それになんなくついていく伯爵は、くくっと喉を鳴らして笑った。


「姫、飛ばし過ぎでしょ」


「ふふ、だって、とっても楽しくて」


 笑顔は有料だ、無駄な事はしない主義、だなんて言った伯爵が、まるで子どもみたいな顔をして自分と楽しそうにダンスをしてくれるだなんて、夢みたいで。

 こんなにも心臓が踊るのはきっと、呪い以外の魔法にかかってしまったのかもしれない。

 実は伯爵は魔法使いなんじゃないかしら? ベロニカはそんな事を考える。


「本当にシンデレラになったみたいです」


 そう言って踊るベロニカが、今日会ったどの令嬢よりもキレイだと見惚れそうになったなんて、普段自分の事を振り回すこの姫にいうのはなんとなく癪なのでベロニカには言わず伯爵は心の中だけでそう思った。


 結局その後魔法の解けないシンデレラに何度も何度もダンスに付き合わされた伯爵が筋肉痛でダウンするのは次の日のお話し。


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