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〜始まり〜



次々とトレイに乗せられた商品がレールに乗って流されてくる。

ただただ無心に商品を梱包してまたコンベアに流していく。

この商品たちのように苦い記憶も一緒に流され、

求められる場所へ揺られていければどれだけいいかーー


『ねぇ、いつパパのお家に帰れるの?』


数日前。離婚届を役所に出しに行く道中。

辿々しい言葉の羅列の中、やけにはっきりとした口調で無邪気に問うてくる声に耳を塞ぎたくなる。


よりによってこんなタイミングで…。



『うーん。もうちょっと先かなぁ。』


重くのしかかる罪悪感ーーー

嘘をついてしまったことか、この子から父親という存在を引き離してしまったことか

はたまた密かに胸の隅に淡く浮かんでくる《彼》がいることか。



混乱していく。呼吸が浅くなっていく。どこからか顔を出す過去の自分。可哀想な。

目の前が涙で霞んでいく。

苦しい、、、、、辛い、、寂しい。


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。


『謝ることないよ、大丈夫。』

聞き慣れた声。彼女の声に余計に涙腺が緩んでしまう。

私より一回り上の彼女。付かず離れずだけど一番心地よい距離感でいられるお姉さんの様な存在。


アテもなく只管謝罪の言葉を繰り返す私に、少し戸惑う様に優しく声をかけながら、医務室への道のりを私を支えながら送ってくれている。


申し訳ないという気持ちはあるものの、これ以上謝罪の言葉を使うと、かえって気を遣わせてしまう。


泣きじゃくりながら浅くそんなことを考える。

むやみに話せる様な状態でもないのがどこか救いだった。



医務室にたどり着き、ベッドへへたり込む。

浅く苦しい呼吸が止まらない。いつになればこの苦しみから解放されるのだろう。

そもそも解放されるのだろうか。私は、きっとこのままーーーーーー


『お、落ち着いた?大丈夫?』


優しい笑顔で問うてくるのは《彼》だ。

私より5歳年上の、部署の責任者。細身の長身で、お洒落ないまどき男子いったところ。

目にかかる長い前髪から覗く瞳は、どこか悲しげな色を宿らせている様に感じる。何がそんなに切ない色を作らせているのだろうかと、密かにずっと気になっている。


『…お忙しいのにすみません。大丈夫です。』


『あぁ、俺は大丈夫よ。それよりどうしたん、なにがあった?』


ベッドのそばの椅子に腰掛けながら語りかける高いとも低いともとれないまっすぐな声。

そんな声の持ち主の彼には、嘘がつけない。

気持ちを吐き出してしまいたくなる。


『この前、やっと離婚届、出しに行けたんですよね。その時に娘が【いつパパのお家に帰るのー?】って言ったんです。子供ってやっぱ何かわかるんでしょうかね。それでなんか、罪悪感とか、これから1人で子供を育てるって漠然とした不安とかで、気持ちがぐちゃぐちゃになっちゃった。みたいな。』


出来るだけ明るく話す。


『あぁ、離婚届を出したタイミングだったんだ。んー、娘ちゃんは元旦那のこと覚えてんだ?』


『そうみたい。会いたいともいったりしますしね。』


『俺も、子供に最後に会った時はまだだいぶ小さかったし子供は俺のこと覚えてもないだろうけどな。娘ちゃんは覚えてるんやな。』


彼も、私と同じくバツイチだ。子供さんは元奥さんへ。最初は面会をしていたが、自分のためにも、子供さんや元奥さんの未来のためにも、半ば無理矢理に面会を絶ったそうだ。

ただ、そう話す彼の瞳に宿る色はそれだけで作り上げられるとは思えないほど複雑に見える。


『私にとってどんだけ嫌いな相手でも、娘にとってはたった1人の父親だし娘が会いたいっていう限り、私だけの判断で元旦那との関わりを絶つことはできないなぁって。それもまたしんどいっていうね。』


『別に元旦那とは切っちゃってもいいんじゃねえの?だって養育費とかは?貰ってないんやろ?』


『うん…。』


『娘ちゃんのことを思う気持ちも分かるけど、俺は、志田ちゃん自身の幸せとか、もっと自分のこと考えてあげてもいいんじゃないかって思うよ?』


『そうなんですかね…。』


『そうだよ、…あ!ごめん、戻んないと!ゆっくり休んどき!また終業くらいに様子見にくるわ!』


仕事用の携帯が鳴り、慌ただしく戻っていく彼。

やっぱりその背中にはどこか悲しさを感じる。

その背中を見るたびに、触れてしまうと簡単に壊れてしまいそうな彼の心を知りたくなってしまう。

ダメだと分かっていても、触れたくなってしまう。

触れてしまって壊してしまったとしても、治してあげたい。優しく、優しくーーー


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