片想い相手が屋上で飛ぼうとしていたので引き留めて友達から始める話
あと一歩踏み出せば、楽になるのだろうか。
この手すりを乗り越えれば。
そんな勇気すら私にはないのだけど。
「私は……何なんだろう」
呟いた声は放課後の少しオレンジがかった空に吸い込まれていく。
冬の空は澄んでいて綺麗だ。
世界は美しい。なら私は?
進路さえ決まっていない宙ぶらりんな存在。
高校生ってのはもっとキラキラした明るいものだと思ってた。
体育祭や文化祭では盛り上がって、テストも部活も両立して、恋もして、なんて……。
だけどそんなのは甘い幻想で 現実はやっぱり現実だ。
周りが輝いていても自分がその中に馴染むことは出来ないのだから。
いや、恋はしていた。
過去形だけど片想いを。
二学期の始まり、その子は後ろの席だった。クラスで誰とも話さず休み時間に黙々と課題をこなすその姿が素敵だと思った。
「他にすることないからしてるだけ」と彼は言ったけれど、することないからって出来るものでもない。
始めは一人の彼が心配なだけだと思っていた。
元から私は変わっていて、一人の人を見つけたら声をかけたくなる質だったから。それのおかげで友達ができたくらい。
今回も同じだと勘違いしていた。
違うと気づいたのはいつかよく覚えていないけど、今はもう考えるだけで胸が痛い。
私なんかが叶うわけのないひとで、見てるだけで楽しかった。
あれだけ嫌だった学校に行くのに、足取りが軽くなったほど。
話しかければ会話の上手な人だと分かった。相槌も打ってくれたし、誉めてもくれた。
だけど、ほら言うじゃん。
優しい人は誰にでも優しいって。
彼も該当者だった。
あまりに話しかける私のことを面倒って思われたんだろう。
ある日を境に素っ気なくなって、会話もメールもまともにしてくれなくなった。
これは完全な脈なしだ。
それなら…好きな彼に迷惑をかけるくらいなら………もう関わるのは止めよう。
クラス替えないから三年でも同じクラスだけど、遠くから見守ろう。
そして学期が終わり、年が明けて、三学期。
やはり彼と話すことはあれからなかった。
当たり前だ。
私が話しかけていただけで、彼からは話しかけられたことすらなかったのだから。
「これでいいのよ」
窓を閉めて誰もいない教室に呟いた。
ストーブなんてホームルーム終わってすぐに切られたから寒いし、みんな部活だからがらんどうだ。
あっ、そういえば部活行きそびれたな。
今から行っても掃除だけすることになる。
今日くらいいいか。
幽霊部員だらけの部活で、一度もずる休みしたことがなかったのだけれど…。
鍵を閉めて暗い廊下を歩く。
光の入らない廊下はぼんやりとしかみえない。
遠くからかすかに吹奏楽部の練習が聞こえてくる。
この音のどれか一つは友達の音なのだろうけど、音楽方面に明るくないのでどれかはわからない。ちなみに金賞を取れる程らしい。
「こんにちは」
「っす。こんばんは」
階段から降りてきたのは工事のおじさんだ。
室外機の点検とか先生が説明していた。
挨拶、笑顔、勉強の我が校の校訓をしかと守って挨拶したらこんばんはと返された。
そろそろ夜だもんね。
まだ、夕日になったところだけど。
通りすぎてまた静かになる。
なんとなく、おじさんが降りてきた階段が気になった。
8階……というよりは屋上に続く階段。
私は昼休みよくここに来る。
と言っても残念ながら屋上はどういうわけか解放されていないので、一歩手前の踊り場所のことだ。
行き止まりなので人は先生含めて誰も来ない。だから昼休み、友達とよくここでご飯を食べているのだ。
秘密基地みたいで楽しいからという単純な理由で。
そこをなんとなく上がった。
しいていうなら、このまま帰り道に向けて歩くと部長と鉢合わせしそうだったからという理由で。
当然だが屋上の扉はしまっていてそこにはいつ使うのか謎な掃除ロッカーとなにもない空間がある。
ちなみにこのロッカーは誰も使わないははずなのに中身がいっぱいいっぱい。
教室なんて箒が全然足りないのだから分配すべきだ。
降りよっか。
そもそも用があって来たとかでもないし。
なんとなくって説明したらミキちゃんにはまた呆れそうだな。
そう。私は何となく行動することが多いのだ。
そんなの自分もという人もいるだろうけど、私は尋常じゃなく多いから洒落にならない。気まぐれな猫みたいとまで言われたこともある。
仕方ないじゃない、気分が変わるのだもの。
三人グループで話してて突然一人になりたくなるし、宿題してて途中で別教科を開くこともざらにある。
だから何となく窓をみて、見つけてしまったのだ。
「南京錠……」
おそらく先程のおじさんがかけ忘れたのであろう。
まったくいい大人が何してるのよ。
ふふ、私は優しいからちゃんと施しておいてあげるわ。
でも………。
屋上って全国の高校生の夢なのだ。
今は放課後で生徒も先生も少ないから人目がない。
少しくらいなら、いいよね……。
開けたらそこはなにな開けた場所だった。
もともと立ち入ることを前提にしていないのだろう。柵がない。
だから、人なんて簡単に落ちてしまうわけで。
その空間の端に人が立っていた。
「嘘……」
逆光でよく見えないけど、学ランを来ていることから男子ということは分かる。
気が付いたら駆け出していて、次に意識が戻ったのはその子の袖を掴んでいた時。
「敷田さん?なんでここにいんの」
名前を呼ばれた。わたしをしっているひと?
敷田はわたしの名字だ。
やっぱり影になって見えないけど、でも、
「声的に、宗くん?」
「なんで下の名前……」
「だってクラスに田中って名字三人いるし………」
「まぁよくある名前だからな」
噓だ。
本当は宗くんが好きだから心のなかでそう呼んでた。今だってつい下の名で呼んでしまった。習慣とは恐ろしい。
「で、なんでいんの」
「私は通りかかっただけ。で、鍵空いてたから好奇心で……そっちこそ」
言ってから後悔した。
だって屋上で縁の方に立つ理由なんてひとつしかないじゃないか。
聞かれたくないだろうに。
「俺さ、疲れたんだ」
そう言って自嘲気味に見せてきた腕にはたくさんの線が入っていた。消えかけの薄いものから、つい最近ついたような赤いかさぶたのついたものまで。
「何かわかる?こんなの見たら引くでしょ?ヤバい奴って」
これが何かを知っている。
幼い頃、目の前でお母さんがしていたし、それに……。
「引かないよ。私もあるから」
見せた腕には一筋の跡。
産まれてこなければ良かったのにと言われたとき、存在価値を求めていて気が付いたら切っていた。
今はもうしていない。
「たった一本だけどね。お揃いだね」
寒いね、とお互いに腕をしまった。
「それは宗くん生きようとした証。だから偉いよ」
彼が縁に腰かけたので私も隣に座った。
「落ちたら危ないよ。俺はそのつもりだからいいけど」
「私も落ちてもいい。自分が嫌いだから、それはそれで運命だったと思って諦められる」
父に暴言を吐かれた日から何かが壊れたのだろう。遊び半分で試すネットのチェックシート。
鬱病、病み、アダルトチルドレン、ストレス、精神異常………。
どれもかれも胡散臭く全部当てはまる。
「真面目な敷田さんが意外だね」
「真面目なのはキャラだよ。成績は最底辺なの。そっちこそ成績優秀じゃん。模試の成績トップで掲示されてたよ」
「そうなんだ。順位見てなかったからはじめて知った。…………あのさ、話聞いてくれない?」
「聞くことしかできないけど、それで良ければ」
彼が語ったのは日々の苦痛。
彼が語ったのは日々の苦痛。
シングルファザーの家庭で育った彼は母親代わりとして生きてきたらしい。掃除洗濯を始めとするあらゆる家事をこなし、やんちゃな弟たちの面倒を見つつ、学校に行く毎日。
部活もせず、同年代の友達と遊ぶこともできず。
普段空き時間がないから流行に乗れず、クラスメイトと馴染めないから休み時間ですら話せる相手がいない。
そもそもその間に課題を終えないといけないから暇がない。
だから友達はできない。
休み時間は誰にも話しかけられず孤独を感じるだけだし、楽しそうなクラスメイトを見るのも辛い。
時々、睡眠不足で休むけど友達なんていないから課題の連絡も時間割変更の連絡も来ない。
それで忘れ物をしたと言えば、よく休む忘れ物魔とレッテルを貼られる。
辛い、消えてしまいたい、楽になりたい。
自分がここにいる理由はなんだ?
自分がいなくても世界は回る。
弟たちも親父がいるから死ぬことはない。
それならシンドイしもう消えてもいいよね。
「いなくなってもいいよな……」
その目は助けを求めているようだった。
「私は話を聞くだけで何をする力もないし、偽善をするつもりもないよ。宗くんが決めることだから望んでいなくなるなら止めないよ」
そっか、と俯く彼。
そのまま落ちてしまいそう。
「止めるなんて無責任なことできない。でも、私は宗くんにいて欲しいな」
だって、私はあなたに片想いしてるのよ。
言えないけどね。
「教室でね一人黙々と課題をする姿がカッコいいと思ったの」
「見てたんだ」
「ごめん、話しかけることはできなかったの。迷惑かなって」
「どうせ一人だから迷惑じゃないよ」
「なら今度から話しかけていい?」
「ん?…あぁ、まぁいいけど」
今度から……。
それはさりげなく未来を表している。だってこのまま終わらせるつもりなんてないのだから。
「席近くなってから、欠席した時のプリントがやたら綺麗に折られてたんだけど」
「あ、それ私」
話しかけられないからせめて、と。
休みの人ののプリントは、わりと折られずに空虚な机の中にそのまま入れられることが多い。
それでは味気なく感じたから……。
「友達になりたかったんだ」
「お前いっぱいいるじゃん。クラスにだって三人も」
みきちゃんとメグさんと安音のことか。ちなみに他クラスにも何人かいる。
だけどみんな上辺だけの関係。
みんなそれぞれに他の1番がいて、私はその子がいたら構ってもらえない。
自分を出せていないし、一度出したことあるけどその子には離れて行かれた。
そこから偽ってしか友達と関わられない。
「嘘だらけなの。友達ってなんだろね」
「……お前も聞かせろ。俺ばかり話してるから」
「私の話、面白くないよ」
そう言ったのに黒曜石のような、でも澄んだ瞳でじっと見られる。
「私ね……」
小さな時からお母さんがよく倒れたの。
文字通りじゃなくて自傷の方。
お母さん大好きっ子だったから、それを見るのも悲しかった。
私じゃあ、生きる理由にはなれないのかって。
第一発見者の時は特にそれを実感したわ。
最も記憶に残ってるのは手首をお風呂で切って見せられた時。
石鹸の匂いに混じって鉄の匂いがした。
流れ出る血は川のようだったわ。
止めたのにやめてくれなくて、やっぱり私じゃダメなのねって。
お父さんは仕事で疲れてるのか家に帰ってくると、イライラを家族にぶつけるし。
それで不安定なお母さんは影響受けるし。
宗くんみたいに勉強出来たらまだ救いがあったんだけど、正直この学校もギリギリで受かったようなもんだから。
「ね、つまんなかったでしょう?ゴメンね」
「いや……」
「話聞いてくれてありがとう」
「俺も聞いてもらったからお互い様だ」
しばらく無言だった。
冬の凍てついた風が頬に当たって寒い。思わず両ポケットに手を突っ込みカイロを出す。
「あげる」
そのうち一つを押し付けたが受け取ろうとしない。
「いや敷田のだろ。いいよ」
「いや、もう一つあるんだよね〜スペアカイロ!」
ポーンとお手玉のように二つ出して見せる。
今度は受け取ってくれた。
お腹と背中、それに両足の裏とポケットにカイロ×2を仕込んでおいてよかった。
カイロを揉んでまた沈黙。
それを破ったのは、次は宗くんだった。
「なってもいい」
何に?首を傾げる。
話が見えなかった。
「俺なんかでよければ友達になってもいいって言っている」
「本当に?真面目に!?やったー。──ねえ、ところで知ってる?」
「何を?」
「心の綺麗な人はね、目が澄んでいるのよ。人付き合いしてるうちに学んだことだけど。宗くんの目はとても綺麗だわ。だから俺なんかって自分を卑下しないで」
「でも……」
友達いないし。
それは宗くんが頑張ってる証拠。
英語苦手だし。
そんなの翻訳機がどうにかしてくれる。
忘れ物もするし。
一日頑張った後の夜にするからだよ。
得意なことない。
足速い。プリント折るの丁寧。
プリント……そこまで見てたの?
あ、うん。隣の席だったときに。
暗いし。
寝不足なだけでしょ。いつもお疲れ。
「………ありがと。なんか、元気になった」
急に宗くんが立ち上がった。
まさか……と思い見上げるが苦笑されてしまった。
「今日はやめておく」
そして踵を返して校舎の入り口に向かっていった。
良かった。まだ、生きていてくれる。
アイドルとかは詳しくないけど、例えるなら彼は推しのようなものだから。
いてくれないと学校が寂しくなる。
片想いは諦めたけど、友達になるくらいなら神様は許してくれるよね。
「おい、帰らないのか?」
振り返ると南京錠のアーチの部分を指に通して回し、扉にもたれていた。
「詳しくないけど、友達って一緒に帰るものなんだろ」
「うん!今行く!!」
走って入口の方に走った。
冬の日は短い。
校舎に差し込む夕日は、私たちの影をどこまでも長く伸ばしていた。
翌日、放課後。
「今日もお疲れ様ー。ねぇ、時間あるときでいいから勉強教えてくれない?」
放課後の帰り道。
お互いに部活動無所属。いわゆる帰宅部なので途中まで一緒に帰る。
友達特権を行使して、休み時間に一緒に帰る約束をしておいたのだ。
私は自転車で宗くんは徒歩だから。
ちなみにもっと上の学校に行けたけど、一番家に近かったからという理由だけでこの凪高を選んだらしい。
「うんー。文系科目は苦手だよ。英語とか現文とか古典とか」
「反対なのね。私は理系科目が無理なの」
「理系なのに?」
「理系なのに」
将来の夢が看護で、夢で選んだらそうなっただけで数学や物理が好きなわけない。
「文系科目教えるからお願いっ!」
「いいけど……」
「けど?」
「家のことがあって忙しくて……」
そういえば昨日言ってたな……。私の記憶力て。
「そうだ。今から家行っていい?」
「いいよ。誰もいないし」
「家事手伝うよ。これでも料理なら自信あるんだから!!」
他もそれなりに手際よくできる自信はある。少なくとも、調理実習でやたら張り切るのに何もできない女子よりは。
大体私は洗い物担当になるのよね。
「確か世莉はゆで卵しか出来ないって、昼休みに豪語してなかったか」
あっ名前。
そっか友達だもんね。私もなんやかんや下の名前で呼ぶのやめてないし。
「あれは演技だよ。女子に女子力アピールしても恨み買うだけ」
女子は怖い。自分より女性としてちょっとでも優れている者を排除しようと働く。そして自分アピールを欠かさない。
だから、調理実習の焼き物とか煮物担当は陽キャ女子の独占なのだ。
まぁ、勝手に一人で他の洗い物担当と競ってどれだけ速く洗えるかって遊びを楽しめたからいいのだけど。
「どこまでが嘘なの」
「んーー。学校ではごちゃ混ぜ。宗くんといる時はホントだよ。色々話したから隠す必要ないし」
「あっメール交換しよー」
「いいよ」
良かった。断られなかった。
面倒とか、言われたら立ち直るのに時間がいるから。
前々から気になっていたクラスグループに入っていない理由を聞けば、誘われなかったからと。もちろんすぐに《招待》のボタンを押した。
もっと早く聞けばよかった。
「ここ家」
近っ。近い学校選んだと行ってたけどホントに近っ。
なんなら此処から体育館見える。
典型的な日本家屋だ。青い瓦屋根に壁は一面濃い木目。
「お邪魔します」
自転車は庭の適当なところに置かせてもらい、家に上がらせてもらった。
男所帯にしては片付いている。宗くんが頑張っているのだろう。
洗濯して掃除機かけるらしいので、その間にキッチンを貸してもらうことにした。
慣れてそうだったから変に私が手出しをしないほうがスムーズにできるだろう。ほら、家電て物によって使い方全然違うし。
また今度教えてもらおう。
とにかくその間に料理だ。
はじめは大根の煮物。野菜室の奥からしなびかけの大根が発掘されたから。
こうなってしまっては下ろしには不向きなので似てしまうのが一番!
似てる間にポテトサラダ用のジャガイモと卵茹で……。
あっなるほど、ポテトサラダよく作るから咄嗟にゆで卵が話題に上ったのか……。
メインは……育ち盛りな弟さんもいるし肉もやし炒めにしよう。
もやしは最強だ。安いし、美味しいし、かさ増しにもってこい。
その他にも作り置きのできるものを作って、こめをあらって。
冷凍する用のハンバーグをラップに包み終わったときに、宗くんはキッチンにやってきた。
時間にして約1時間。
「めっちゃいい匂いする。えっ……これ全部今の時間で、世莉が?」
動揺しまくってて面白い。料理の手際だけは自信あるんだよねー。
ドッキリ大成功!みたいな。
「そうだよ」
「手際よすぎだろ……。なんなのゆで卵しかできないって。鯖読みすぎ………手伝うことってあります?」
「なぜに敬語。もう料理終わったよ。他に家事ある。あったら手伝うよ」
「あとは風呂洗いだけだし、まだ風呂入ってないから今のところはない」
聞くところによると、いつも料理に2、3時間はかかるらしい。そりゃあ時間なくなるわよ。
「ただいまお兄ちゃん!!ってか靴が多い、友達でも来たの?えぇー!!お姉ちゃんがいる!彼女?彼女だよね」
騒がしく帰ってきたランドセルボーイこと凪沙くん。宗くんの弟だ。
彼女というパワーワードに焦りながらも、何とか友達だよ、と訂正しておいた。
それから宗くんに誘われて、宗くんの部屋で勉強を教えてもらえることになった。
ん?ヤバい!!
私、好きな人の部屋にいる。尊い。
とても片付いてる。男の子、だよね?
「どこの問題が分かんないんだ?」
いきなり本題が来た。
問題だけに。
えと、数Ⅱの教科書………あったあった。
「ここの大門5のカッコ3のとこなんだけど……」
「これか。これはまず円の中心の座標を求めて、移動する軌跡の式に代入して──」
要約するととても分かりかすかった。
すごく分かりやすかった。
例えるなら割り算の計算が足し算になるくらい分かりやすかった。
ある程度教えてもらったら隣合って宿題をする。
明日は提出の物が多いのだ。
古典文法ドリルで宗くんが固まった。どうやら彼はホントに文系科目が苦手、かつ人に聞くのも苦手みたいだ。
「そこの修飾語は下にかかるから、活用が変わるのよ。文法集の五十ページくらいに詳しく載ってたと思う」
「……あ、ありがとう」
少し慌てるところが可愛い。
私たちは互いにわからないものを教え合って過ごした。効率的すぎる。
数学と漢字の小テストは山を張って対策した。翌日、全部当たってお互いに歓喜することになる。
「今日はありがとう。色々助かったよ。本当にごはん食べてかないの?」
「うん、自分ちのも作んなきゃだから」
まだ七時だし、お父さんの帰宅時間には余裕で間に合う。
やっぱり驚いてるね。
ゆで卵の話を女子友としたとき、家事なんて一切しないと言いきったから。
ふと目をやると玄関にはごみ袋があった。
私ばかり誉めるけど、宗くんも手際がいい。料理する前はなかったから、私が帰る用意してる間にしたのだろうか。
「じゃあまた明日ね」
「じゃあ」
下り坂から見える夕日は昨日よりも少し明るかった。
「おはよーっ」
早朝、七時。
学校の方向から少しそれて宗くんの家まで来た。
「おはよう……」
何をしに来たんだ、と顔にかいてあるがそれはともかく右手にあるゴミ袋をみてしめしめ、と。
「自転車の荷台にのせて。楽でしょ」
「まさか、そのために来てくれたのか」
友達だからね。とは言っても、女子の友達とは関係が浅すぎてこんなのしないから、どこまでが友達がする範囲か曖昧なのだけど。
手伝いたいと思ったら実行して間違いないだろう。
歩いて降りる坂道。
振り向くと、朝日がとても綺麗だった。
あれから毎日放課後に家事と勉強をして1ヶ月。
「マジか………」
たった今返された模試の成績表と向き合い、教室の通路で立ちすくんでいた。
前は平均点しかなかったのに、今回の偏差値が60ぴったりまで上がった。
こんな漫画みたいなことがあっていいのだろうか。
しかも、しかもだ。
E判定だった志望校は全てD判定より上になり、一つはC判定になった。
夢かな。夢オチだよね。
目を開けたらそっちが現実で、Eだらけの判定で。
宗くんに見せたら「だろうな」と返された。「地頭いいんだから勉強したらそうなるって」と。
えへへへ……。誉められた。
いやいや、違うし。調子に乗ってはいけないわ。
教えてくれた人が良かったから。私だけなら勉強しても理解する能がないもの。
チラッと見えたのだけど宗くんの志望校、あの有名な元大学の理工学部じゃないか。
県外にある名門学校。
元大ってだけでもすごいのにその中でも難しい理工学部……。すごい。
語彙力が足りなくなるほど、すごい。
宗くん……偏差値72!?
それは元大を目指してるだけのことはあるな。もう目標に届いているのでは??
私はそっとスマホを取り出して調べた。
元大 看護学部
「宗くん、学校で見えたんだけど元大希望だよね。私……私も同じところの看護学部目指す」
「そっか」
本日も彼の家にて勉強してたのだが、その最中に告げた。
だけど、無謀なことと自分でも自覚はあるのに彼は大きなリアクションを取らなかった。
「それだけ?もっと驚いたりとか、無理だとか言わないの」
「ちょっと勉強して一気に偏差値10あげたんだろ。世莉なら無理ではない。偏差値は?」
「理工学部より5低い70」
「余裕だ、行ける」
そこから私たちは二人とも猛勉強した。
宗くんは時々欠席するけど前よりは断然減った。
家に行くようになったことで、休んだ日もプリントを届けたり明日の時間割りについて連絡しやすくなり課題を忘れることもなくなった。
三学期、春休み、
学年が変わって一学期、その中間の模試で私たちはトップツーに並んだ。
もちろん一位が宗くん、二位が私。
このころ私の成績のことと、宗くんの出席率や課題の提出率が上がったと職員室での話題になっていたらしい。
だけど、それを知るのは何年もたった後の同窓会の時。
夏休み、二学期。
中だるみなんて一度もなく、どんどん成績は上がっていき冬休みを迎える頃には第一希望の学部は、私も宗くんもA判定。
よく志望校なんてなかなかA判定にならないって噂あるけどA判定だった。
だから、本番で落ちるフラグっぽくて怖いけど。
でも私たちなら大丈夫だ。
合格発表の日。
一緒に結果を見に来ておきながら、何も話さなかった。
気まずくはない。
どちらも緊張してると分かってるから。
大丈夫。
模試の判定も良かったし、本番の問題も全部解けた。数学以外は時間が余ったから見直しもした。
時間は厳守するタイプだが、今日ばかりはそうでなくていいと思った。
ドキドキしすぎて張り出されるのが恐怖でしかない。
物理教科書のコラムにあったな。
怖いものは後になるほど痛みが増加するのだと。
まさしく今それだ。
そのときは人に抱きついたりすると和らぐらしいが、宗くんは学部が違うため少しはなれた場所で発表。
合格発表のあとは広場で待ち合わせしているからそこまでは会えない。
「今から、20○○年度の合格発表を行います」
いよいよだ。
大きな紙が広げられる。
そこにはたくさんの数字が並んでいて…….。
私の番号。私の番号はっ────。
待合せの場所に彼はちゃんといた。
「宗くん、うかったよ!!!」
走ってきた勢いで飛び付く。
人間嬉しいとテンションがぶっ壊れるらしい。
このノリで発表のとき一人でジャンプして喜びの舞をしていたのだけど、恥ずかしいと思わないほど嬉しさが勝った。
「俺もうかった」
「うん。表情でそうだろうと思ったよ」
一見、表情が顔にでないタイプの宗くん。だけど、一年も毎日観察してたら読めるようになった。
「ホントの本当にありがとう。一年前の私に今日のこと伝えても、絶対にそんなとこ受かる訳ないって笑われる自信がある。宗くんのおかげだよ、ありがとう」
「俺こそお礼言わないと。世莉がいなかったら俺は今ここにいない。こんな自分でも生きてて誰かの役に立てるんだなって」
あの頃、片想いをしていなければしていなければ。
あの日、屋上の工事がなければ。
あの日、工事のおじさんに会わなければ。
あの日、なんとなく屋上に行かなければ。
あの日、鍵がかかっていたら、見つけられなかったら。
あの日、屋上を見てみようとしなかったら。
小さな軌跡の積み重ねで私たちはこうして生きていて、ここに立っている。
少しでもずれたなら、ただのクラスメイトのままだった。
でもそっか。学科が別なんだ。
絶対に同じクラスにはならないだろうし、高校よりも圧倒的に敷地が広い。
だんだん会うことも少なくなるのだろうか。
実家暮らしでなくなったら家事もしなくてよくなる。そしたら余裕ができて友達だってできるだろう。
接点が減ったら、疎遠になるのかな。
それってなんだか嫌だな。
このままこの関係が無くなってしまうくらいなら。
「あのね、宗くん。私、宗くんのこと……」
「俺から言わせて。俺、一応男なんだ。いつも世莉にばかり助けてもらってばかりはなんか嫌だから。その……あの屋上で話した日から世莉、お前が好きだ。付き合ってくれ。側にいてくれ」
「へ?」
驚いた。
このパターンは予測してなかった。
まさか、宗くんから告白されるなんて。
「大学生になっても離れないで。あ、でも学部違うから勉強教えられないし、俺の利用価値が……」
「宗くんオッケーだよ。屋上で話す前から好きでした。だから付き合いたいです」
「いいのか?」
「もちろん。あと、利用価値とかそんなの考えたことないよ。そんなのいらない、ただ私も側にいたい」
桜が咲くにはまだ早い。
梅の花が咲き誇る中、私たちも静かな開花を迎えた。
青春ものが書いてみたくて衝動的に書きました。
お読みくださりありがとうございました(*^▽^*)
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