#9 秋祭りの大役
「七曜神楽?」
マリアは、初めて聞く言葉に、首を傾げた。
今、マリアは、黒石神社の社務所内にある、会議室の中に居る。
今日は、日曜日なので学校に行く必要は無く、一日中、黒石神社の手伝いをする予定だった。
しかし、午後になると、神社に自治会の人達がやって来て、琴音は勿論、新太や元暁、陽菜乃など、黒石神社の関係者は皆、社務所内の会議室に入ってしまった。
それでも、マリアが黒石神社でやるべきことは決まっているので、箒で境内の履き掃除をしたり、拝殿内の拭き掃除をしたりしていた。
マリアを呼びに来たのは、凪だった。
琴音は離れていても、容易く凪に声を届けることが出来た。
凪に呼ばれ、社務所内の会議室に向かったマリアは、今年、黒石神社で催される秋祭りで、七曜神楽を舞うことになったと、琴音に告げられた。
同席していた自治会の人達は、目を輝かせていた。
「今年の秋祭りの目玉です。近隣の町からも、大勢、人が来ますよ。」
「こんなにも若い娘の七曜神楽なら、話題性もばっちりです。」
「地方紙にも連絡しますか?」
「テレビやラジオとか、取材に来たらどうします?」
マリアの疑問には一言も触れず、少し興奮している様子だった。
自治会の人達の、その様子にも疑問を持ったマリアに、こちらは少し様子の違う元暁が言った。
「七曜神楽は、次の宮司になる人が舞うものなんだ。だから、今回、七曜神楽を舞うことになれば、55年ぶりになる。おばあちゃんの七曜神楽が最後だからね。」
驚いてはいるが、元暁は、信じられないという思いの方が強そうだった。
続いて陽菜乃が、落ち着かない様子で言った。
「去年までは、子供達がお神輿を担いで町内を回って来る他、神社では新米を奉納して祈祷するぐらいのことしかしてないの。でも、そろそろお神輿以外の何か、神社で催しは出来ないかって、自治会の方々が相談にいらして、そうしたら、お母さんが、あ、いえ、宮司がね、今年は七曜神楽を舞うって、突然言い出して……。」
驚きで、うろたえているのは、新太も同じだ。
「マリアさんは、あの、知っていたのかな?」
「何をですか?神楽のことは知りませんよ?」
「いや、次の宮司になるってことだよ。もう琴音から聞いていて、知っていたのかな?」
「いえ、そんな、宮司だなんて……。まだ、巫女の仕事もままならないのに……。」
マリアは、元暁と陽菜乃と新太は、今年、55年ぶりに七曜神楽を舞うことになったことよりも、それをマリアが舞うことに驚いているのだと、感じた。
「なーに、気にすることは無いよ。」
明るい声で、琴音は言う。
「何も、それを舞ったからって、次の日から宮司になるってわけじゃないんだから、難しく考えることなんて無いんだよ。わたしは12の時に初めて舞った。何も出来ない子供だったけど、何とかなったよ。だから、大丈夫。マリアは、もう16で、お披露目まで、まだひと月以上もある。心配せずとも、充分、舞えるよ。」
琴音は、微笑みながら気軽に言っているが、マリアは、不安と疑問で一杯だった。
「おばあちゃん、わたし、宮司になるの?」
「マリア以外に誰が居るの?わたし以外に視えるの、マリアだけでしょう?」
それを言われてしまえば、誰も、何も言えなかった。
「誰に教えてもらうの?おばあちゃんが教えてくれるの?」
「まさか。この歳で一から教えるのは無理だよ。舞って見せることも出来やしない。」
「じゃあ、誰が教えてくれるの?」
「この神社に一番長く居て、七曜神楽を一番多く見て来ているモノだよ。」
当たり前のことのように、琴音は言っているが、マリアは、そのモノが、御弥之様が関わることには、兎に角、厳しいことを知っている。
「いやだって言わなかった?」
これは。マリアの希望だ。
「言うわけないだろう?いずれは、絶対に教えることになるのだから。どうせ教えることになるなら、早い方が良いに決まってる。練習は今日からね。伝えておくよ。」
あっけなく散ってしまったが……。
「舞で一番重要なのは、姿勢だ。」
マリアの予想は、間違っていなかった。
現れたマリアを見るなり、凪は、早速、指導を開始した。
「背筋は常に伸ばす。弓を射る時と同じだ。頭の先から串刺しになっているのをイメージしろ。」
「弓を射る時に、串刺しなんてイメージしたことないでしょ。」
練習には、琴音の家に住むようになるまで凪の寝床だった本殿の裏手を使った。
人目につかずに練習するには、都合のいい場所だった。
「何度言ったら分かる!肘を曲げるな!」
「なんだ!そのへっぴり腰は!みっともない格好をするな‼」
怒鳴り散らしている凪の姿など、神使を特別視している人たちに見せるわけにはいかなかった。
「違う!そこは左回りだ!」
「もう一度、初めからだ!」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
遠巻きに、B・Bと使い魔達が見ていた。
「ただいまぁ。」
「あ、マリアだ。」
「やっと帰って来た。」
「へとへとじゃん。」
「ごはん、持って来てあげるね。」
「おかず、温めて来てあげるよ。」
初日から酷いしごきに遭い、へとへとになって帰って来たマリアを、迎えに出て来てくれたのは、使い魔達だった。
最近は、電子レンジの使い方も覚えて、望が作って置いてくれたおかずを、温めてくれる。
「そんなになるまで練習しなくてはならないモノなのか?」
B・Bは、食後のお茶を飲んでいた。
マリアは、用意してもらった夕食を、こくりこくり、居眠りしながら食べていた。
「どうだい?マリアは。何とかなりそうかい?」
琴音が凪に聞いた。
凪は、食べ終わった琴音の食器を重ね、琴音の為のお茶を入れていた。
「ならなくても、なるようにするしかないのでしょ?なんとかします。」
「ふふ…。よろしく頼むよ。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
B・Bと使い魔達は、睡魔と闘いながらも食事をしているマリアを、哀れんでいた。