#8 妖が棲み着いた神社
黒石神社にも、動物は棲んでいる。
リスやスズメ、ネズミやモグラだ。
そのほとんどが黒石神社を囲む森の中で暮らし、木の実や虫を食べている。
神域であるため、外から入って来た鳥も獣も棲み着くことは出来ない。
外から見えない場所で暮らしていれば、襲われることはないので、肉食の動物に狙われやすい彼らには、安心して暮らせる居心地の良い場所だった。
なのに、突然、肉食の動物が、なぜか棲み着いた。
カラス、ネコ、イタチの姿を見つけたスズメが、他の動物達に危険を知らせたのをきっかけにして、黒石神社内の動物達は大騒ぎとなり、それぞれの代表動物が凪の元に集まった。
「どうして、外から入って来た動物が、ここに棲みついているのですか?」
「なぜ、追い出してくださらないのですか?」
「なんのことだ?」
「カラスとネコとイタチのことです。」
「コウモリとカエルも居ます。」
「凪様がご存じないはずありません。」
黒石神社を守る為に存在している神使である凪に対して、外から侵入して来た動物の棲みつきを、なぜ許しているのかと、動物たちは抗議した。
凪は、使い魔達が時々動物の姿で外に出ていることを知っていたので、やれやれと思いながら、溜息を吐いた。
琴音は人間の目ばかりを気にして、動物たちの目を気にしていない。
使い魔達の中には、神社内に棲む動物を好んで捕食する動物が居ることを、琴音は知らないからかもしれない。
実際には、使い魔達が彼らを捕まえて食べることは絶対にしないのだが、捕食される側の身になれば、騒ぎ立てずには居られないだろうことは、凪にも分かった。
しかし、動物達の抗議を聞き入れ、使い魔達を追い出すことは出来ない。
凪は、詳しいことまでは話せなくても、動物達に納得してもらえるように、説明をするしかなかった。
「あれらは、お前たちとは違う動物だ。正確には、動物に見えるが、動物ではない生き物。もっと細かく言うと、実在はしない、妖に近い生き物だと言ってもいい。捕食する必要は無い。彼らに必要な物は、もっと別のモノだ。だから、安心して良い。今までと同じように暮らしていて大丈夫だ。」
神社に棲む動物たちは、凪の言葉を信じ、自分達の身は安全であることは理解した。
しかし、代わりに別の不安を抱くことになった。
黒石神社に妖が棲み着いた?
神使である凪が、なぜ落ち着いていられるのか分からなくて、動物たちの不安は、消えることがなかった。
「神使様が黙認していると?」
「実際、神使様は、妖たちを追い払おうとしていない。」
「御弥之様のお力が、まさか弱まってしまっているのかしら?」
「ここが妖に占領されてしまうなんて、信じられない!」
「妖たちは、何処を住処にしているの?」
「妖たちは、神社内のどこをねぐらにしているんだ?」
動物たちは、それぞれ集まり、あれやこれやと詮索していた。
「………。」
外から入って来ていたムクドリが、聞き耳を立てていたことにも、気付かずに。
パタパタパタと、小さな翼を羽ばたかせ、一羽のムクドリが、とある神社に入って行く。
本殿近く、とぐろを巻いて休んでいる大きな白い蛇の傍にあるイチョウの木の枝に止まり、ムクドリは告げた。
「大変です。黒石神社に妖が棲み着いたらしいです。妖に占領されるかもしれないと、黒石神社に棲む動物たちが騒いでおりました。」
「なんですって?黒石神社が?」
話を聞いていた蛇は、閉じていた目をカッと開き、鋭いまなざしをムクドリに向けた。
「黒石神社には、白狐の凪様が居るはず。琴音様も、お歳とはいえ、まだ現役。妖にしてやられるはずはない。これは何かあるかもしれない。すぐに報告しなければ。」
白い蛇は、言うなりヒトの姿に変わって、急いで走って行ってしまった。
「なぁなぁ、ここって、動物、棲んでないの?」
「そんなわけないよ。」
「でも、巣とか、無くない?俺、見たことないんだけど……」
境内から森に入ってすぐのタブの木の枝の上で、日向ぼっこをしているカラスとイタチが話をしている。
お昼のおにぎりを食べた後の、食休みをしているところだ。
子供達が学校に居るだろう時間では、ヒトの姿で人目に触れる場所を歩いてはいけない。
これは、琴音とマリアに約束したことなので、使い魔達が破ることは無い。
その為、日のある時間のほとんどは、人目のない森の中や神社裏の掃除ばかりをしている。
しかし、一度も動物を見掛けたことがないことを、クロは不思議に思っていた。
「おそらく、わたし達とは会わないようにしているのだろう。」
タブの木の根元で、タブの木に凭れながら、本を広げ、食休みをしているB・Bが言った。
日本語の勉強の一環として、B・Bは日本の本を読むようにしていた。
小説は勿論、雑誌や漫画など、手当たり次第に読破している。
今は、日本の古い歴史小説を読んでした。
「どこの国にも、どんな生き物にも、縄張り意識というものがある。わたし達はよそ者だ。そう簡単に受け入れてはもらえまい。」
「そうだね。きっとそうだよ。ぼく達には分からないところで暮らしていて、ぼく達に会わないようにしているんだよ。」
イタチが眠たそうな声で言った。
おにぎりは食べたし、ここはポカポカして温かいし―――で、今にも寝てしまいそうだった。
「多分、そうなんだろうね。さっき、スズメが慌てて飛んで行ったの、僕、見たよ。スズメ、居たんだね。今日、初めて見たよ。」
森に入って来た真っ白なペルシャ猫が、歩きながら言った。
「え?本当?どこに居たの?」
カラスが興奮して羽ばたいた。
慌てて周りを見渡してみるも、スズメの姿は、もう何処にもなかった。
「ぼく達を見て、驚いて逃げたんでしょ。やめなよ、クロ。可哀想だよ。」
イタチは、本格的に眠るつもりで目を閉じた。
近付いて来たペルシャ猫は、本を読んでいるB・Bの足の上に飛び乗り、喉を鳴らして丸くなった。
「僕達、襲ったりしないのにね。」
「あぁ、でも、それは彼らには分からないからな。」
残念そうに呟くノラの背を撫でながら、B・Bは穏やかに言う。
日に三度の食事と、午前と午後に一度ずつの小休憩が、ここで暮らす人達の決まりらしい。
仕事をして、休んで――を、繰り返す生活に、B・B達も徐々に慣れて、穏やかに暮らしている。
まだ、見えない壁に阻まれてしまう場所はあるけれど、ここの暮らしに慣れていくことが、B・B達には嬉しかった。
もう少ししたなら、お昼の後片付けの手伝いをしているバトとドドが呼びに来る。
そして、また、神社の敷地内の清掃を始めるのだ。
夕方になれば、マリアが学校から帰って来るだろう。
今日は何をしたのか、何処の掃除をしたのか、聞かれるのも、答えるのも、楽しみだった。
日本に来て良かったと思えることが、何よりも嬉しかったのかもしれない。