#7 B・B達の新しい環境
日本に来たばかりの頃のB・B達は、見るもの全てが珍しく、やること全てが初めてのことばかりだった。
琴音の家に住むことになった時も、B・B達には、見るもの全てが珍しく、やること全てが初めてのことばかりだった。
まず、玄関の扉は、横に引いて開けた。
玄関に入ると、そこには少し広いスペースがあり、更に中へと入る為には一段高い場所に上がらなければならなかった。
そこで、履いていた靴を脱ぐよう、指示された。
靴を脱いで、別の履物、スリッパというものに履き替えなければならなかった。
スリッパを履き、板張りの細長い狭い通路を進む。
辿り着いた部屋の前では、今度はスリッパを脱ぐように言われた。
部屋の中には、別の履物は用意されていなかった。
B・B達は、脱いだり、履いたりを、繰り返す意味が分からなかった。
入った部屋は、見たことの無い部屋だった。
天井は低く、剥き出しの木材が何本もあった。
なのに、床は木ではなかった。
石でもなかった。
絨毯が敷いてある訳でもなさそうだった。
何かを織ったもののようにも、何かを編んだもののようにも見える床だ。
その上には、直接、小さくて脚の短いテーブルが置いてあり、その周りには、つぶれたクッションのようなものが置かれていた。
その他、部屋の中には、小さいアンティークなキャビネットと、今の時代、何処の国の人間も、生活には欠かすことが出来ないらしい、テレビがある。
「さぁ、座って。」
B・B達は、琴音に促されて、マリアと同じように、薄くつぶれたクッションの上に座った。
どう座ればいいのかわからないので、座り方もマリアを真似た。
膝立ちから腰を落とし、ふくらはぎに太ももを重ねる。
「足は崩していいよ。」
この言葉の意味も分からなかった。
「まず、今日から、お前さんたちは、ここで暮らすことになったからね。」
「なんで?」
なんでも思ったことを、すぐに口にしてしまうクロが、またしても、何の躊躇いも無しに聞いていた。
琴音は、すらすらと答えた。
「人の目があるんだよ。子供たちを森の中で寝泊まりさせていると、非常識だとか、不親切だとか、勝手に周りに噂されて、ここの評判がどんどん落ちてしまうんだ。それに、学校にも行かないで、日中、子供がうろうろしていると、警察に通報されてしまうかもしれない。誰が説明するの?わたしは嫌だよ。だからね、姿を隠すためにも、此処に住んでもらった方が、都合がいいの。全部、こっちの都合だから、気にせず、ここに住みなさい。部屋の用意は、もうしてあるわ。悪いけど、6人は一緒の部屋ね。許可なく人の姿で外には出ないこと。動物の姿なら自由にしていいけど、ちょっとでも問題を起こしたら、以後、外出禁止にするからね。その他、細々としたことは、マリアと相談して決めなさい。食事は今まで通り。部屋は一番奥の部屋。マリア、案内してあげなさい。それじゃあ、おやすみなさい。騒ぐとわたしが眠れないから、騒がず、すぐに寝なさいね。」
よいしょ―――っと、勢いをつけて、琴音は立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。
「部屋まで案内するわ。行きましょう。」
マリアが言った。
マリアに驚いた様子はなかった。
唖然としていたB・B達は、マリアに言われて、立ち上がった———が、
「いっ!」
「うっ!」
「がっ!」
「うわっ!」
「っ‼」
「‼」
足が痺れてしまっていて、誰一人、まともに立つことは出来なかった。
全員が体勢を崩し、痺れる足をどうすることも出来なくて、もがき、苦しんでいた。
「だから、おばあちゃんが、足は崩していいよって、言ったのに……。」
足が痺れている様子が全くないマリアは、痺れに苦しむB・B達を見て、呆れたように苦笑いを浮かべていた。
「ここの部屋よ。」
案内された部屋は、先程まで居た部屋と同じような造りの部屋で、何も無い部屋だった。
がらりとした何も無い部屋に、畳まれた布団が置かれていた。
「じゃあ、布団を敷きましょう。」
そう言って、マリアは、B・B達に、畳まれた布団を直に広げて敷く、手解きをした。
最初にスポンジが入った厚みのあるものを広げた。
その上に布団を敷き、シーツを広げて包んだ。
タオルケットを掛けて、枕を置くと、他には何も残っていなかった。
「これだけ?」
「そうよ。これだけ。冬になれば、上に掛けるものが増えるわ。ベッドは無いの。例えるなら、これがベッドの役目をしているのかしら。」
ベッドはなく、ただ部屋に敷き詰めただけの布団を見詰め、違和感しかない様子のB・B達に、マリアは言った。
スポンジの入った厚みのあるものを指差し、これがベッドの役目をしていると言われても、こんなにも低いベッドは、見たことがなかった。
「朝、起きたら、マットレスを畳んで、その次に、シーツはそのままにした敷布団を畳んで載せる。で、タオルケットを畳んで載せて、この枕を載せれば、OK。いい?じゃ、また明日ね。おやすみなさい。」
マリアは、呆然としているB・B達をそのままにして、部屋を出て行った。
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………とりあえず、横になってみよう。」
B・B達は、マリアが立ち去った後も、しばらくの間、布団を見詰めたまま、躊躇い続けていた。
しかし、このまま見ていても埒が明かないと判断したB・Bが、意を決して言うと、使い魔達も覚悟を決めた。
きっと、マリアも同じような布団で寝ているに違いない。
おそらく、これが日本流の正しい寝方なんだ。
自分達だけじゃない。
これに慣れるしかない。
「………。」
地べたに寝るみたいで、抵抗があった。
こんなにも低い場所で寝るなんて、屈辱だとさえ思っていた。
しかし、横になってみたら、意外にも柔らかくて驚いた。
天井が低い訳が分かったような気がした。
「………。」
目を閉じた後の記憶は無い。
チュンッ……チュンチュン……
「………。」
次に目を開けた時、部屋の外は明るくなっていた。