#4 浄化の代償
「これは、浄化だね。」
琴音は、マリアがヴィゼの手首を掴んだことで起きた現象を、そう告げた。
「まぁ、浄化と呼ぶには少し弱いが、内にある悪いもの……、悪意とか、邪心とか、悪魔が悪魔と呼ばれる所以のような、そういう毒素を排出させているんだと思うよ。以前、マリアに触れて、同じ現象が起きただろう?きっと、その時に、幾らかの毒素が既に抜けていたんで、今回、ここまで内に入ることが出来たんだと思う。なら、もっと内に入る方法は簡単だ。毎日、マリアに触れ、その上で、善行を重ねていれば、やがては見えない壁など無くなり、神社を自由に出入りすることが出来るようになるだろう。まぁ、頑張りなさい。」
「毎日、触れる?ゼンコウ?」
「え?触れる?マリアに?いや、ゼンコウって、何?」
「ゼンコウ?」
「ゼンコウって?」
「???」
使い魔達は、衝撃的な言葉と意味不明な言葉に、頭を悩ませていた。
「毎日、マリアに触れることで毒素を排出させる———ということは分かった。で、ゼンコウとは何だ。何をする?」
B・Bは、階段を上り、戻ろうとする琴音に、問いかけた。
琴音は、足を止め、振り向いて言った。
「清掃だよ。神社の敷地内で、お前さん達が動ける範囲を、全部、綺麗にすること。それが、お前さん達の善行となる。善行とは、それくらいのことでも十分なんだよ。あとで着替えと道具をもって来させよう。そうそう、食事もね。人が思いを込めて作ったものには力がある。それを知るには、いい機会だと思うよ。」
そう言って、琴音は戻って行った。
マリアも、「あとでね。」と、言って、行ってしまった。
「わたし達は、これからどうすれば?」
残されたB・Bと使い魔達は、他に聞く人が居ないので、その場に残っている凪に聞くしかなかった。
「すぐにマリアが戻って来る。それまでは、森の中に入ってじっとしているといい。」
言って、凪も階段を上って行ってしまった。
「………。」
これ以上、先に進めないB・Bは、階段を見上げることしか出来なかった。
今の自分が、マリアにも凪にも、手すら届かないほど低い場所に居るしかないことに、胸が締め付けられるようだった。
「主様……。」
ノラがB・Bの腕に触れた。
「B・B……」
クロがB・Bの顔を覗いた。
「B・B……」
「B・B…」
「B・B…」
バトもヴィゼもドドも、B・Bの近くに寄って来た。
1人ならば、挫けていたかもしれない。
だが、B・Bは1人ではない。
ずっと昔から、何百年も一緒に居る、今では家族のような存在である、使い魔達が居る。
「お前たちが居てくれてよかった……。」
口に出して言ったのは、初めてかもしれない。
それくらいに今、1人ではないことが心強かった。
「B・B?どこ?」
森の中で隠れていたB・B達は、近付いて来るマリアの声を聞いた。
しばらくすると、ジャージ姿のマリアが、大きなリュックを背負い、手籠を持って、生い茂る草木を掻き分け、森の中を進んで来るのが見えた。
「何やってるんだ?こんな所まで。向こうで待っていればよかっただろう。」
B・Bは急ぎマリアに近づき、背負っていたリュックと手籠を奪い、よろつくマリアに手を貸した。
シューッ‼
「っ‼」
「きゃあ!」
マリアに触れた瞬間、B・Bの手から煙が噴き出した。
驚き、B・Bの手を振り払ったマリアは、バランスを崩し、倒れそうになった。
「危ない!」
それを防いだのは、クロだった。
慌てて、倒れそうになるマリアの身体を横から両手で捕まえた。
シュワーッ‼
「くっ‼」
「ダメ!」
物凄い量の煙が噴き出し、マリアは尻もちを付くような格好で後ろに倒れることで、クロから離れようとした。
しかし、ここは草木生い茂る森の中。
マリアのお尻の下は、フカフカなベッドでもソファでも芝生でもない。
「「「「危ない!」」」」
ノラとバトとヴィゼとドドが、倒れるマリアの身体を止めた。
脇から、前から、後ろから———と、伸びて来た四つの手がマリアを支えた。
シューッシュワーッ‼
尋常ではない量の煙が噴き出した。
辺り一面、噴き出した煙で真っ白になった。
だが、マリアには、もう逃げようがなかった。
「ごめん、ごめん、ごめんね。」
シューッシュワーッ‼
「え?あれ?え?」
煙で何も見えない中、マリアは自分の身体が浮き上がるのを感じた。
自分の身体を抱えている“腕”があるのが分かった。
「じっとしていろ。」
B・Bの声が聞こえた。
どこかに座らされた後、マリアを抱えていた“腕”は離れた。
同時に、煙が噴き出す音は消え、辺り一面の煙は徐々に薄くなった。
「やれやれだな……。」
ようやく煙は消えて、森の中が良く見えるようになると、マリアは、自分が大きな木の枝に座っていることを知った。
B・Bは、隣の枝に座り、幹に背を預けていた。
震える両手を握っている。
使い魔達は、下の方で、全員がぐったりとなっていた。
「なんか……、本当にごめん……。」
マリアは、自分に触れたことで、全員が痺れて動けなくなっていることを知った。
自分に触れないように———と、すればするほど、裏目に出ていたような気がした。