#3 マリア到着
黒石神社がある山は、たくさんの大きな木々に囲まれていた。
見えない壁伝いに森の中を歩き、B・B達は、黒石神社がある山を一周することにした。
草木が生い茂り、道らしい道は無く、歩くだけでも大変な山の中を、ひたすら歩いた。
B・Bは、人の姿のままで歩き、魔術は一度も使わなかった。
身体が小さな使い魔達にとっては、B・B以上に辛い道のりだったので、途中、動物の姿に戻ることを、B・Bは勧めた。
クロはカラスになり、イタチになったヴィゼを運び、バトはコウモリになり、カエルになったドドを運んだ。
ペルシャ猫になったノラは、B・Bが抱えて歩いた。
途中で弱音を吐く者は居なかった。
森の中は静かだった。
獰猛な獣も居なかった。
動物の巣らしいものすら見当たらない。
普通の森とは、どこか違う気がした。
空を見上げると、木々の隙間から星が見えた。
少し欠けた月も見えた。
もわっとした蒸し暑い夜なのに、空気は澄んでいるように感じた。
神に守られているからだろうか?
この地に神が居るからだろうか?
不思議な感覚だった。
ただひたすらに黙々と歩き、歩き疲れたB.Bは、森の中の人目に触れない場所の大きな木の上で腰を落ち着かせると、いつの間にか眠っていた。
何かを考える間もなく、スーッと眠りに落ちていた。
使い魔達も、同じ木の上に落ち着く場所を見つけ、それぞれが、すぐに眠りについていた。
「………?」
B・Bは目を覚ました。
既に周りは明るくなっていた。
車の音、バイクの音、自転車の音。
人の声も、遠くから聞こえる。
人間達の一日が、始まっているようだった。
マリアは?
「………っ‼」
B・Bは、がばっと身を起こした。
マリアは、もう着いただろうか?
B・Bは、お札が貼られていた杉の木があった方向を見詰めた。
凪は、朝の8時頃にマリアは着くと言っていた。
だが、時計を持つ習慣の無いB・Bに、時間を知る術は無い。
今、森から出て、マリアではない人間に見られても大丈夫だろうか?
人目に触れない時間に来たことを、凪が幸いであるかのように言っていたことが、B・Bは気になった。
「オレ、様子を見て来るよ。」
B・Bの不安を察し、カラスの姿でクロは言い、飛んで行った。
クロは、杉の木を目指した。
杉の木が見えるところまで来ると、杉の木の傍にある鳥居の上に、大きな狐の姿をした凪が居るのが見えた。
凪もクロに気付き、声を掛ける。
「じきにマリアと琴音がここに来る。全員、人の姿になり、ここに来い。人が近づかないように、わたしが見ててやる。早く戻って伝えろ。」
クロは頷き、急ぎ戻って、B・Bに伝えた。
B・B達が森から出て来た時、マリアと琴音は、階段を下りて来るところだった。
鳥居の上に居た大きな狐姿の凪は、飛び降りて来る一瞬の間にヒトの姿へと変わり、マリアと琴音の到着を、階段の下で待っていた。
「夜中に着いて、山を一周した割に、目覚めは早かったようですね。」
階段を下りながら琴音は、優しい口調で言って、微笑んだ。
外国人顔のマリアとは、似ていないように見えるが、目の形と口の形は、似ていると思った。
「わたしが到着時間を言っていなかったからなんだよね。時差のことも言っていなかったし、びっくりしたでしょ?ごめんね。」
マリアは、申し訳なさそうに、苦笑いを浮かべた。
おそらく、B・B達が夜中に着いたことを、琴音は凪から聞いていたのだろう。
マリアは、琴音から聞いたに違いない。
「「「マリア!」」」
マリアを見た途端、使い魔達は目を輝かせ、やっと会えたと言わんばかりに駆け寄ろうとした。
だが、見えない壁に阻まれてしまった。
「……。」
「……っ‼」
「んむっ!」
「いたっ!」
「あ……。」
つま先が当たって気付いたノラは立ち止まり、立ち止まったノラの後、バトは急ブレーキをかけた。
止まり切れずに、見えない壁にぶつかったのは、クロとヴィゼ。
クロは、思いっきり顔から激突し、止まろうとしたが止まらなかったヴィゼは、肩をぶつけた。
一歩も二歩も出遅れていたドドは、見えない壁の少し手前で立ち止まり、激突したクロを見て、痛そうに顔を顰めた。
B・Bは、ゆっくり歩いて来て、使い魔達の後ろに立った。
「ほう……、そこまでは入って来られるのかい。思っていたよりは、内に来ているね。」
琴音が感心した。
「境界には見えない壁があるように感じるんだったね。あ、そうだ。やけどをした子が居ると聞いたよ。ちょっと見せてごらん。」
言いながら琴音はクロを見て、クロの焼けた手を見せるように促した。
「………。」
クロは、ぶつけた顔を摩りながら、包帯を巻いた拳を差し出した。
琴音はくすりと笑った。
「包帯を解いてやりたいが、マリアがダメだったのに、わたしが大丈夫だとは思えない。申し訳ないが、自分で解いてもらってもいいかい?
クロは、包帯を解いてもらうつもりだった自分の行動に、ハッと気づいて真っ赤になり、慌てて自分で包帯を解いた。
「なにやってんだよ。」
「恥ずかしいヤツ。」
「バカなんだから……。」
「………。」
他の使い魔達まで恥ずかしくなっていた。
「すぐに冷やして普通のやけど薬を塗ったんだったね。」
「はい。」
「うん。効き目はあったようだ。よかった、よかった。」
琴音はクロの拳を見ながら、凪に聞き、安堵した。
話を聞いた限りでは、爛れて痕が残るのではないかと心配したが、クロの拳は、大して酷くなってはいなかった。
まだ赤味は残っているが、爛れてはいないので、赤味が引けば痛みも無くなり、いずれは痕も残らず治るだろうと思われた。
「じゃあ、次は、マリアが触れるとどうなるのか、見せておくれ。今後の対策を考えよう。」
「はい。」
琴音に言われ、マリアは前に出た。
一番近くに居たのは、クロだったが、やけどをしているクロに触れるのは気が引けたので、その隣に居たヴィゼを見た。
「……え?ぼく?」
「ごめんね。少し触れるだけだから、我慢して?」
「………。」
ヴィゼは驚いたが、マリアに言われ、仕方なく、ゆっくりと手を差し出した。
「ありがとう。」
マリアはお礼を言い、ヴィゼの手首を掴んだ。
シューッ‼
「‼」
「っ‼」
火に水をかけて消したような音がして、ヴィゼの手首から大量の煙が噴き出した。
マリアは、驚いて、手を離した。
ヴィゼは、煙を噴き出した手首を掴み、膝を付いた。
大量に出た煙は、すぐに消えた。
「なるほどね。」
様子を見ていた琴音が言った。
「煙の量は、触れる面積と時間で決まるのかもしれないね。痺れるのだろう?痺れて力が抜ける感じかな?」
琴音の問いにヴィゼが頷くと、琴音は合点がいったように微笑んだ。
「何かわかったの?おばあちゃん。」
マリアは聞いた。
琴音は頷き、その場に居る全員に、自分の考えを伝えた。
「これは、浄化だね。」