#29 黒石神社の新しい年
「あけましておめでとうございます。」
巫女姿のマリアは、微笑んで言った。
「交通安全のお守りと、合格祈願のお守りを一つずつください。」
「交通安全のお守りと、合格祈願のお守りを一つずつですね。」
マリアは、目の前に立つ人の言葉を繰り返し、お守りを一つずつ取り出した。
「どうぞ、お納めください。」
巫女姿のマリアは、黒石神社の授与所で働いていた。
日本のお正月という行事は、1月1日になった瞬間から始まる。
中でも、新しい年になってから、初めて参拝する初詣というものは、夜中であっても行われるというのだから大変だ。
黒石神社は、特に有名な神社というわけではないので、夜中にたくさんの参拝客が、どっと押し寄せて来ることはないという。
しかしながら、どうぞご自由に―――と、参拝客だけにしてしまうわけにもいかない為、夜間にも何人かが神社に居なければならなかった。
祈祷式は、新年であっても夜には行わない。
なので、当然、琴音は、いつも通りの時間に帰り、いつも通りの時間に就寝することが出来た。
新太も歳なので、無理はさせられない。
そういうわけで、お守りやお札を渡す授与所には陽菜乃が入り、拝殿や授与所以外の場所に参拝客が迷い込まないよう、参拝客を誘導する役目には元暁がなり、2人は新年を迎える日の夜、黒石神社に居ることになった。
少しばかりの夜店も出ていた。
初めて知った日本の新年の迎え方に、マリアもB・B達も興味津々で、夜中に、こっそりと神社を覗きに行った。
普段着の人も居れば、着物姿の人も居た。
お祭りほどの人の多さではなかったが、夜中とは思えないくらいには、参拝客は来ていた。
しかし、寒いし、朝早くには、マリアは陽菜乃と、B・Bは元暁と、交代することが決まっていた為、マリア達はすぐに家へ戻り、就寝した。
『あけましておめでとうございます。これは、お正月のあいさつだ。朝でも昼でも夜でも、初めてあった人には、必ず言うこと。わかったな。』
有無を言わさぬ口調で、凪に言われたのは、お正月の三日前だった。
凪は、お正月の間、琴音が行う祈祷式の手伝いをする。
ずっと見張っていることが出来ないので、それはそれは厳しく指導された。
『新年を失礼から始まってはならない。慎重に、ゆとりを持って、ゆっくりと話せ。神職であると、周りの人間達に見られていることを忘れるな。言動にはくれぐれも注意すること。すべてが丁寧語だ。いいな。』
そうして、お正月の黒石神社でマリアとB・Bがやるべきことのリハーサルは、何度も繰り返された。
『あけましておめでとうございます。授与所は左です。お帰りの方は、右に出てお帰りください。ご苦労様です。』
実際には参拝客など居ないのに、意外にもB・Bは、真剣に練習していた。
そして、その成果は出ていた。
「あけましておめでとうございます。授与所は左です。お帰りの方は、右に出てお帰りください。ご苦労様です。」
B・Bの誘導はスムーズだった。
袴姿も凛々しく、立派な神主さんに見える。
「学業のお守りをください。」
「縁結びのお守りをください。」
津谷美羽と、沢井萌々だった。
「あけましておめでとうございます。」
思わず、マリアは笑顔になった。
「あけましておめでとうございます。」
「あけましておめでとうございます。巫女さん、いいなぁ。あたしもバイトしたい。」
きちんとお辞儀をする津谷と違い、沢井はさらりと言って、マリアの巫女姿を羨ましそうに見た。
「ありがとう。でも、働くって、結構大変よ。はい、学業のお守りと、縁結びのお守りね。」
「そうよ。神様に近い所で働くなんて、沢井さんには無理だと思うわ。」
「ひどーい。」
お財布からお金を出しながら、津谷はぴしゃりと言い、沢井は文句を言った。
マリアは、2人のお陰で、少し、息抜きが出来たような気がした。
「来てくれてありがとう。はい。どうぞ、お納めください。」
使い魔達は全員、動物の姿で神社に居る。
何か異変を見つけたら、すぐにB・Bかマリアか凪に、報告することになっている。
例えば、迷子。
迷子を見つけたら、その子供を社務所まで連れて来るのが、使い魔たちの仕事だ。
《自動販売機の傍に迷子っぽい女の子が居る。》
木の上から境内を警戒していたバトが、他の使い魔達に思念を送った。
《僕が行くよ。》
ペルシャ猫のノラが、自動販売機に向かった。
「にゃーん。」
「………ぐずっ。」
今にも泣きそうな顔で、周囲をきょろきょろとしていた女の子を見つけ、ノラは、ひと声、鳴いた。
女の子は、ノラを見て、ぽろりと涙を流した。
「にゃーぉん。」
ノラは、女の子の足元にすりすりと身を寄せ、甘えるように鳴いた。
そして、社務所に向かって歩き出した。
「………。」
女の子は、また取り残されることを恐れ、ノラを追った。
ノラは、時々振り返り、女の子を呼ぶように鳴いた。
「にゃーぉん。」
《鳥居の所で、女の人が誰かを探しているみたい。きっと迷子のママだ。》
空を飛び、境内を見回っていたクロは、迷子の母親らしき女性を見つけた。
《ぼくが向かうよ。》
すぐにヴィゼが答えた。
イタチの姿のヴィゼは、素早く人ごみの中を進み、鳥居に向かった。
「………。」
青褪めた顔をして、必死な様子できょろきょろと、子供を探している女の人を見つけた。
「きゃあ。」
突然、足元に現れたイタチに、女の人は驚いていた。
しかし、足元でぐるぐると周り、数歩進んでは振り向き戻って来る―――を繰り返すイタチの様子に、女の人は聞いた。
「………あの子の居場所……知っているの?」
こくりと頷き、歩き出すイタチの後を、女の人はついて行った。
「あ、ママだ。」
社務所に着くと、社務所の前には、凪が女の子と一緒に居た。
女の子は、母親の姿を見つけて、笑顔でかけて来た。
女の人も、はぐれてしまった娘の姿を見つけて、ようやく表情を和らげた。
「良かった、麻衣ちゃん。本当に良かった。ありがとうございます。」
娘を抱き上げ、母親は凪にお礼を言った。
ここまで案内してくれたイタチにもお礼を言おうとしたが、イタチの姿は無かった。
「……?」
「あのね、ネコちゃんが連れて来てくれたの。」
耳元で女の子が言った。
「でも、ネコちゃん、いなくなっちゃったの。でね、カエルちゃんと一緒にいたの。でも、カエルちゃん、いなくなっちゃった。」
「そうなの……。お礼、言いたかったね。」
「うん。」
「こちらの神社では、ネコとカエルと…、あと、イタチを飼っていたりするんですか?」
母親に聞かれ、凪は笑顔で答えた。
「神社で飼っているということはありません。ですが、この神社に住んでいることを否定することは出来ません。」
凪の答えを理解できたかどうかは分からないが、母親は、「本当にありがとうございました。」と、深く頭を下げて、帰って行った。
使い魔達もまた、お正月の間、自分達の仕事をこなしていた。




