#21 選ばれた者
「では、少し休憩にしよう。」
くたくたなっているマリアに、凪が言った。
文化祭の前より、七曜神楽の練習は、難しくなっていた。
文化祭が終わってから数日後、マリアは、寸法を合わせる為、七曜神楽の衣装を着てみることになった。
初めて見た七曜神楽の衣装は、明らかに巫女装束とは違っていた。
琴音が神事に着ているものとも、違っていた。
七曜神楽は、次に宮司となる者が舞う神楽なので、衣装は、男にでも、女にでも、着られるようなものでなくてはいけない———と、琴音は言った。
巫女神楽を舞った結衣と朝衣花は、巫女装束の上に、綺麗な薄い衣を着ているような衣装だったが、マリアが着る七曜神楽の衣装は、凪が着ているような白い袴姿の上に、煌びやかな厚手の着物を、もう一枚、着ているような感じだった。
厚手の着物は、腰のあたりから下が、前と後ろに分かれていて、後ろの裾は、ものすごく長かった。
引き摺りながら舞うようになってしまうが、それが正しい長さであるようだった。
そして、その次の日の練習から、弦が張られていない弓と、刃は無く、鈴が付いている矢を、凪はマリアに持たせるようになった。
綺麗な装飾を施されている弓と矢は、七曜神楽に使う為に、作られた物らしかった。
「代々、黒石神社の宮司となる者は、この神具を持って、七曜神楽を舞う。御弥之様が弓を引いて邪気を払っていたからだ。その為、黒石神社の宮司も、邪気払いには弓を引く。琴音もそうだし、いずれ、マリアもそうなる。だからこそ、琴音はお前に、弓を習うよう勧めたのだろう。まぁ、七曜神楽の為でもあっただろうが……。」
確かに、弓を習っていて良かったと、マリアは思った。
舞の中で、弓を射る真似をするところが、幾つもあった。
弓を引いたことが無ければ、弓を引く姿勢を覚えるところから始めなければならなかった。
弓の重さにも、矢の長さにも、慣れているからこそ、動きに手間取ることはなかった。
それでも、美しく舞うのは難しかった。
「精が出るね。どう?お祭りまでに間に合いそう?」
地べたに座り、汗を拭きながらスポーツドリンクを飲んでいるマリアに、元昭が声を掛けた。
元昭は、マリアの母・朔乃の兄である新太の息子だ。
禰宜である父・新太を見て育ち、黒石神社で働く道を選んだらしい。
いつも笑顔で、爽やかな好青年。
元昭の怒った顔を、マリアは見たことがなかった。
「難しいです。でも、なんとかなるように頑張ります。」
マリアは、情けない笑みを浮かべ、元昭に答えた。
秋祭りまで、あと2週間を切った。
足の先、指の先までも、美しく見せて舞うことは、まだ出来ているとは思えない。
去年の夏祭りで見た結衣と朝衣花の巫女神楽は、足の先、指の先まで、美しかった。
「マリアちゃんが、次の宮司なんだね。」
元昭が、ぽつりと言って、マリアの隣に座った。
いとこではあるが、ゆっくりと二人で話したことはなかった。
「視えるって、どんな感じなの?」
「え?」
突然に、予想外なことを聞かれ、マリアは驚いた。
元昭は、マリアからの返事を待つことなく、続けた。
「ぼくはさ、視えるようになりたかったんだ。凪様の本当の姿を視ることが出来なければ、宮司にはなれないって、父さんから聞いてね。それからずっと、視えるようになりたいって思っていたんだ。マリアちゃんが視えるって聞いた後も、いつか、ぼくも視えるようになるかもしれないって、ずっと思っていた……。」
「宮司になりたかったんですか?」
マリアは聞いた。
話を聞いた限り、宮司になりたいから、視えるようになりたいと、言っているようにしか聞こえなかった。
元昭は、「まぁね」と言って、少し笑った。
「神社で働くからには、宮司になりたいって、そりゃあ、思うさ。子供の頃、どうして父さんは宮司じゃないのかって、聞いたことがあってね。その時、父さんが言ったんだ。神使である凪様のお姿を視ることも出来ない自分が、宮司になれるわけがないってね。怒っているみたいだった……。でもね、今は、あの時の父さんの気持ちが、少し、分かるんだ。どうして自分には視ることが出来ないんだろうって、悲しかったんじゃないかな?って……。」
「怒っているのに、悲しいの?」
「そう。悲しいって、認めたくなくて、怒ったんじゃないかなって、思う……。ぼくは認めちゃっているから……。」
「元暁さんは、悲しいの?」
マリアは、元昭の顔を覗いた。
寂しそうではあるが、泣いてしまいそうではなかった。
「うん。どんなに望んでも、無理なものは無理なんだって、諦めなきゃならないことが悲しいよ。ぼくは、マリアちゃんが羨ましい。ごめんね。視える所為で色々と大変だったってこと、聞いているのに、羨ましいなんて、冗談じゃないよね?でも、覚えておいて?君は、この神社の神様に選ばれたんだ。御弥之様が、自分の神使である凪様と共に生きる宮司として、君に奇才を与えた。視えることは、選ばれた者の証だ。誇るべきだよ。」
元昭は、まっすぐにマリアを見て、力強く言った。
「………。」
マリアは驚いて、言葉が出て来なかった。
視えることを、誇りに思ったことは、一度もなかった。
知られたくないと思い、ずっと隠してきた。
羨ましい———と、言ってくれる人が現れることも、言われる日が来ることも、考えたことなどなかった。
元昭は、言いたいことを言い終えて、立ち上がった。
「七曜神楽、頑張ってね。応援しているよ。」
マリアに声を掛けた時よりも、晴れやかな顔をしていた。
話すことで、思いが晴れたのかもしれない。
マリアは、目の前が、ぱぁっと、明るくなった。
「元暁さん、わたし、頑張ります。」
マリアも、力強く言った。
疲れが一気に吹き飛んだようだった。
視えることも、七曜神楽も、頑張ろうと思った。
次の宮司として、みんなに認めてもらえるように。
選ばれた者として、元昭に認めてもらえるように。
選んで良かったと、御弥之様に思って貰えるように。
そして…
琴音と凪に、安心してもらえるように。
「ありがとうございました!」
マリアは、手を振りながら立ち去る元昭に、頭を下げた。
叶わなかった望みを口にするのは、勇気が必要であることを、マリアは知っている。
それでも、元昭はマリアに伝えた。
諦めるためだったのかもしれない。
だが、元昭は、責めるわけでも、貶すわけでもなく、勇気づけてくれた。
励ましてくれた。
懐の深い、温かい人であることが伝わって来た。
「………。」
マリアは、元昭から元気と勇気をもらったような気がした。




