#2 B・B達の誤算
B・B達が日本に向かったのは、マリアがイギリスを出発してから、6時間ほどが経った頃だった。
マリアが出発した後、すぐに日本へ向かっては、日本へ行くことを楽しみにしていて、待ちきれなかったみたいに思われてしまうようで、プライドが許さなかった。
「そろそろいいだろう。」
充分に時間が経った頃、B・B達は、準備万端整え、魔界の城を出た。
後腐れが無いように、全てを消し去り、城があった痕跡なども微塵も残さず、ただの更地に変えた。
天使から堕とされ、悪魔としてしか生きることが許されないと思っていた。
遠い昔に抱いた願いは、もう叶わないと思っていた。
なのに、別の生き方が許されるかもしれない機会を、人間が与えてくれた。
もう叶わないと思っていた願いを、もう一度抱く機会を与えてくれた。
この機会を逃したら、絶対に後悔する。
このチャンスを絶対に掴み取りたい。
新たな期待を胸に、B・B達は日本に向かうことにした。
マリアから渡されたお札は、B・Bの胸の内ポケットに入っている。
B・Bは、胸に手を当て、「場所を示せ」と、念じた。
光が見えた。
そこが目的の場所なのだと、B・B達は理解した。
「………え?」
思わず声が出た。
イギリスでは、まだ日は高く、明るかったのに、現れ出た場所は、夜だった。
夜中ではないかと思うような静けさだった。
今までに見た何処の景色とも違っている。
のんびりとした田舎町のようだが、イギリスにはない建物ばかり。
赤い、大きな物体。
木々が生い茂る山には、階段がある。
その階段の上にも、同じ形をした赤い物体があり、どちらにも、白い飾り紙が付いていた。
目印となっていたお札は、階段下にある赤い物体の傍にある大きな杉の木に貼られている。
マリアの姿は無かった。
マリアは居ないし、誰も居ない。
「どういうことだ?」
どうすればいいのか、全く分からなくなったB・B達は、途方に暮れた。
どれくらいの時間が経っただろうか?
「何をしている?」
声を掛けられた。
聞き覚えがあり、だが、あまり好ましくない印象しか持っていない声だった。
「………。」
見れば、やはり———と、B・Bは思った。
「何だ、狐かよ。」
クロが言った。
「マリアは?」
ヴィゼが聞いた。
いつも凪はマリアと一緒に居たのに、今、凪は一人で、マリアは一緒ではなかった。
「マリアなら、まだ飛行機の中だぞ。イギリスからは12時間かかると言っていた。時差というものもあって、ここに着くのは、朝の8時頃だろうと聞いている。こんなに早く、しかも夜中に来るとは、思いの外、期待値は高かったと見える。」
上下白の袴姿の凪は、両腕を前で組み、見下すように顎を上げて、にやりと笑った。
B・B達は、よりにも寄って凪に言い当てられ、恥ずかしさと悔しさで居た堪れなかった。
だが、今更、魔界に戻ることは出来なかった。
今、魔界に戻ったら、二度と日本に来ることは出来ない気がした。
「まぁ、人目に触れずに来るなら、この時間、間違いではないな。とりあえず、こっちに来てみるか?」
凪は、後ろを指差した。
凪の後ろには階段がある。
「この階段の上に黒石神社はある。そこの赤いモノは鳥居と言い、神域と俗界との境界線だ。つまり、そこからこっちが神の領域という訳だ。自分達が、どこまで立ち入ることが出来るのか、今のうちに知っておくのも、いいんじゃないのか?」
使い魔達は、互いに顔を見合わせ、B・Bを見た。
B・Bは、凪を見詰め、凪に他意は無いと感じ、考えた。
神社には、日本の神が居ると、マリアは言った。
日本の神は、B・Bが思う神とは違うとも、マリアは言った。
教会には入れない。
教会に居る神は、決してB・Bを受け入れない。
ここの神も、簡単には受け入れてはくれないだろう。
だが、絶対に受け入れないという訳でもない筈だ。
『———あなた達の拒否反応を見てみないことには何とも言えないけど、でも、それも、繰り返すことで、いずれは無くなるはずよ。———』
マリアの言葉。
どこまで入ることが出来て、どんな拒絶を受けるのか……
マリアが来る前に、理解した方がいいのかもしれない。
何が出来て、何が出来ないのか……
「わかった…。」
B・Bの意志は決まった。
B.Bの了承を聞いた凪は、早速、使い魔達を見て、言った。
「まずは、お前達だけで、わたしの所まで来てみようか。」
「俺たちだけ?」
B・Bだけが一緒では無いことに、バトは聞き返す。
凪は説明を加えた。
「お前達に入れる領域には、B・Bにも入れる可能性がある。お前たちに入れない領域には、おそらくB・Bにも入ることは出来ないだろう。そして、入れない領域に達した時、なんらかの拒絶があるはずだ。その拒絶が、どんなものであったとしても、お前達なら安心だ。なぜなら、B・Bが受けるものより、絶対に軽いはずだからだ。これで、分かってもらえただろうか?」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
使い魔達は、自分達だけが先にやる理由は分かったものの、心境は複雑だった。
B・Bよりは軽いとはいえ、どれだけの拒絶を受けるのか、全く見当が付かない。
使い魔達は、互いに顔を見合わせた。
互いに頷き、意志の確認をすると、それぞれがそれぞれのやり方で呼吸を整え、再び顔を見合わせた。
そして、息を合わせ、歩幅も揃えて、一歩ずつ前へ進んだ。
一歩、二歩、三歩と、慎重に進み、四歩目の足を前に出すと、見えない壁に当たった。
「あれ?」
「……?」
「何かある?」
「こっから先に行けない。」
「うん。行けない。何かあるみたい…。」
両手を前に出して確かめると、やはり見えない壁があり、ペタペタと、手のひらが付いた。
「なんだよ、これ!」
クロが見えない壁を殴った。
「うわっ‼」
クロの拳は弾かれ、弾かれた衝撃で、クロは体ごと後方に飛ばされた。
「いててて……」
クロは、地面に打ち付けられた腰を摩りながら、立ち上がった。
クロの拳は焼けたように黒くなっていて、くすぶるように白い煙が上がっていた。
「大丈夫?」
ドドが心配そうに聞いた。
黒くなった自分の手を見ながら、クロは答えた。
「バーン!って、雷が手に落ちたみたいだった。痛いって思った時には、もう吹っ飛ばされてた。」
マリアに触れた時とは明らかに違う。
拒絶された感が強くあって、クロはしょんぼりと気落ちした。
「殴ったからな。攻撃をすれば報いがある。何もしなければ何も起こらなかったのに……。」
クロを見て、気後れしてしまった様子の使い魔達に、凪は正確な所見を口にした。
「見えない壁は、入れる場所の限界を示している。どうすれば、入れる場所を広げられるのかは、マリアが来てから考えるとして、マリアが到着する前に、その限界の壁がどこまで続いているのか、それを知っておくのも悪くないかもしれない。この森は黒石神社を囲んでいる。琴音の家も、この山の上にある。入れない以上、しばらくはこの森で暮らすことになるのだから、森の中の様子は知っておいた方が良いだろう?良い寝床が見つかると良いな。とりあえず、その手の治療だ。冷やすものと薬を持って来よう。」
言って、凪は階段を上がって行った。
自業自得だと、言われてしまったクロは、しゅんとしたまま、黒くなった拳をペロリと舐めた。
「森に入って、少し休もう。休んでから、森の中を歩いてみよう。」
B・Bは言った。
使い魔達は頷いた。
B・B達は、見えない壁を辿りながら森の中を歩き、山を一周してみることにした。