#14 沁みついた毒素
B・Bは、マリアのクラスがやっている甘味処の前に居た。
マリアは、次の1時間半は配膳係になるので、引継ぎの為、教室の中に入って行った。
「ここに並んでいれば入れるから———」という、マリアの言葉に従い、大勢の人が甘味処に入る順番を待っている、その列の中に居た。
「………。」
誰が見ても外国人のB・Bは、列の中でも目立っていた。
いつもの作務衣姿ではなく、黒ずくめのスーツでもなく、ラフな私服姿は、雑誌の中のモデルではないかと、目を疑いたくなる。
周りに居る女の子達が、うっとりとした目で見つめるのも、仕方なかった。
「あの…、日本語、わかりますか?」
2人の女の子が近づいて来て、恐る恐る話し掛けて来た。
B・Bは、マリアと同じ年頃の私服姿の女の子2人を交互に見て、小首を傾げた。
「分かりますが、あまり得意ではありません。」
嘘ではなかった。
日本語は分かるけれど、日本語の意味は複雑で、理解するのは難しい。
「分かるってぇ。」
「やったー。」
女の子2人は、B・Bが、日本語が分かると言ったことに喜んでいた。
頬を少し赤くして、互いに何か話せと促している。
「………。」
B・Bは、はしゃぐ2人の女の子を眺めながら、昔の自分なら、これをチャンスに、言葉巧みに誑かして命を奪っていただろうと、思った。
若い娘2人分の命だ。
どれほどのエネルギーが得られるだろう。
「………っ‼」
考えて、ハッとした。
今、悪魔としての自分を、はっきりと感じた。
マリアに触れても何も起きないのは、抜け出る毒素が無くなったからだと思っていた。
しかし、そうではなかったのだ。
抜け出る毒素が無くなったからといって、全ての毒素が抜け出たわけではなかった。
沁みついてしまっているのだ。
沁みついてしまった毒素は、そうそう簡単には取り除くことが出来ないのかもしれない。
そして、沁みついてしまっている毒素こそが、悪魔たる所以のようなものなのかもしれなかった。
「………。」
よくよく考えてみれば、ヒトではない本来の姿に、B・Bは日本に来て以来、一度も戻ったことがなかった。
戻ろうとも、戻りたいとも思わなかった。
無意識のうちに戻ることを、拒んでいたのかもしれない。
使い魔達が身を削り、蘇らせてくれた、継ぎはぎだらけの恐ろしい姿。
使い魔達以外、誰にも見せたことは無かった。
もしも、あの姿のままならば、マリアには絶対に見せたくない。
沁みついてしまった毒素は、どうすれば取り除くことが出来るのだろうか……。
ようやく、手が届く所まで来ることが出来たと思っていたのに、やっぱり、まだまだ手は届かないのか……と、B・Bの気持ちは、落ち込んだ。
「どうしたの?美味しくない?」
「………っ!」
突然、目の前にマリアの顔があって、B・Bは驚いた。
B・Bは、マリアのクラスの甘味処の中に居て、抹茶アイスクリームを食べていた。
B・Bを案内したマリアのクラスメイトは、B・Bを一番目立つ真ん中の席に案内しようとしていたが、それに気づいたマリアが、そのクラスメイトにお願いをして、マリアと話がしやすい隅の席に、B・Bを案内した。
抹茶アイスクリームを頼んだのは、一番無難なものだと、マリアが薦めたからだ。
毎日、お茶を飲んでいるので、抵抗なく食べられると、思ったのだろう。
マリアは、B・Bの本当の姿を、見たことが無い。
本当の姿を見たら、どう思うのか………
どんな顔をするのか………
そんなことを考えて、ぼんやりしてしまっていた。
「いや……、おいしいよ、とても。」
B・Bは笑顔を見せた。
「あれ?」
「?」
廊下の方が、急に騒がしくなり、マリアとB・Bは、振り向いた。
「あの、すみません。順番をお待ちください。」
「すまない。急用があって、人を探している。」
止めるクラスメイトの横から顔を出したのは、凪だった。
「凪!」
「!」
マリアとB・Bは驚く。
マリアの声で、マリアの居場所が分かった凪は、入り口からまっすぐマリアとB・Bが居る席に向かって歩いて来た。
もう1人現れたモデル並みのイケメンが、またもやマリアの知り合いだと分かり、甘味処の好奇の目が、マリア達に集まった。
「どうしたの?凪。」
凪は、B・Bが座るテーブル席の向かい側に座り、B・Bを見てにやりと笑い、言った。
「琴音に言われた。おチビさん達が居ない。多分、マリアの学校の文化祭に行ったに違いない。だが、お金を持っていないはずだ。B・Bを探したが、B・Bも居ない。おそらく、B・Bもマリアの学校に行ったのだろう。B・Bもお金を持っていないはずだから、お金を持って行ってくれないか————とな。無銭飲食では、マリアが恥をかく。仕方がないから来た。」
言われて初めて、お金が必要であったことに、B・Bは気付いた。
お金を使ったことの無いB・Bは、お金を必要としたことが無かった。
しかし、人間社会には、必要な物だ。
「す、すまない。」
「まぁ、いい。わたしにも同じものを頼む。」
凪は、マリアに、B・Bと同じ抹茶アイスクリームを頼むと、ぐるりと甘味処を見渡し、聞いた。
「で?おチビさん達は?」
「………分からない。会っていない…。」
「………。」
「………。」
B・Bと凪は、これから起こる不安に、何も言えなくなった。
「お待たせしました。抹茶アイスクリームです。」
マリアだけは、まだ何も気付いていなかった。