#13 都ヶ丘高校のお祭りの始まり
「わぁ、かわいい。」
「ちゃんと、和風してるぅ。」
「甘味処の雰囲気、出てるね。」
マリアのクラス、1年3組は、大盛況だった。
「お団子、三つ、お願いします。」
「おしるこ、四つ、お願いします。」
「あんみつとお団子、二つずつ、お願いします。」
厨房は文化祭開始から大忙しで、今、調理係のA班は、こんなはずではなかったと思いながら、汗だくになっていた。
B班は今、配膳係で、C班は今、呼び込み係、D班は今、自由行動になっている。
それぞれの係と自由行動は、1時間半ごとに交代する決まりになっていた。
「1年3組で甘味処をやっています。よろしかったらどうぞ。」
C班になっているマリアは、校舎の中を、チラシを配りながら歩いていた。
『少なくても20人には、絶対に声を掛けてくださいね。』という脅しの言葉と共に、津谷から渡された紙に書かれていたのは、呼び込みの際に、必ず言うべきセリフと、活用するべきセリフだった。
「1年3組で甘味処をやっています。よろしかったらどうぞ。」
まずは、そう言って、チラシを渡す。
「へぇ、外人?日本語上手いじゃん。」
「いやぁ、浴衣に白いエプロン、可愛いよね。名前、何て言うの?」
馴れ馴れしく名前を聞かれたなら、
「1年3組に来てくれたら教えますよ。絶対に何か注文してくださいね。」
と言う。
「写真、撮っていい?」
という言葉には、
「写真を撮るスペースも用意してありますので、ぜひ、1年3組に来てください。」
だった。
あとは、笑顔で手を振り、急いで立ち去り、また、別の人に声を掛ける。
果たして、1時間半で20人に声を掛けるのは、多いのか、少ないのか……。
マリアは、分からないまま、声を掛けていた。
「へぇ、甘味処ね。」
マリアからチラシをもらった私服の男の子が、チラシの文字を見てから、興味深そうにマリアを見た。
一緒に居るのは、私服の大人しそうな女の子だった。
どちらもマリアと同じぐらいの年頃で、おそらく二人とも都ヶ丘高校の生徒ではないと思われた。
「わざわざイギリスから来て、何やってんの?宮司になりたいんじゃないの?」
「……っ⁈何の話ですか?」
突然の、マリアの身の上を知っているような発言に、マリアは驚き、男の子の顔を凝視した。
知っている顔ではなかった。
それは確かだった。
「ま、いいや。じゃあね。」
男の子は、そう言って、手を振り去って行った。
一緒に居た女の子は、軽く会釈をしてから、男の子の後について行った。
「………。」
マリアは、不思議に思いながら、2人を見送った。
校内で呼び込みをしているのは、マリアだけではなかった。
各クラスに呼び込み係の人は居るようで、それぞれがクラスの出し物に沿った格好をして、呼び込みをしていた。
マリアと同じようにチラシを渡す人も居れば、クラスと出し物が書いてある大きなボードを持って歩いている人も居る。
体育館でやる劇の題名と公演時間を書いた段ボールを被り、まるでロボットのように頭と腕を出して歩いている人も居た。
「あれ?マリアちゃんじゃん。」
「………?」
調子の良い、軽い声で呼ばれた。
振り向くと、何処の王子様かと思うような白いタキシードを着た男の子が、立って居た。
背景にバラが描かれているのではないかと思うような登場だった。
周りには、目をハートにしている女の子が5~6人いたが、タキシードの男の子は、その子達から離れ、マリアに近づいて来た。
「やっぱ、可愛いよね。似合ってるよ、浴衣。すっごくいい。」
歯の浮くようなセリフを躊躇うことなくスラスラ言うあたり、王子様ではなくホストなのだろうと、マリアは判断した。
編入して来た当初、何度か話し掛けてきたことのある男子生徒だった。
いつも女子達に囲まれている印象がある1年7組の橘和樹だ。
話し掛けられる度、取り巻きの女子達にマリアが睨まれていることを、橘は気付いていないのだろう。
今も、先程まで一緒に居た女子達に、マリアは睨まれていた。
「ホスト…、似合ってます。」
ハマり役ですね———とは、胸の内に留めておいた。
「そう?マリアちゃんも後で来てよ。サービスするからさ。」
どんなサービスなのか、聞くのも恐ろしかった。
後ろに居る女子達の目が、鋭く光ったような気がした。
「ありがとうございます。3組にもいらしてくださいね。」
サービスはしないけれど……
これも、胸の内に留めておいた。
そして、マリアは走って逃げた。
「………。」
1年3組に戻ると、廊下に人が溢れていた。
甘味処に入る人が並んでいるらしかった。
「あ、月城さん、おかえりなさい。」
整理券を配りながら、注文を先に聞いていた沢井萌々が、マリアの姿に気付いて手を振った。
すると、溢れ出ていた人の目が、一斉に振り向いた。
「うおぉーー‼」
雄たけびと共に、人垣が動いた。
フラッシュの光で、目の前がチカチカした。
「………っ‼」
恐ろしくなって後ずさりしたマリアは、足が絡んで転びそうになった―――
―――が、後ろから支えられた。
「危ないぞ。気をつけろ。怪我をする。」
「………。」
キャー――っ‼
途端、女子達の悲鳴が聞こえたような気がした。
「文化祭と言うのは、どこも人ばかりだ。ここがマリアのクラスか?」
B・Bだった。
もう、マリアに触れても、煙が出ることは無かった。
それでも、社殿に入ることは出来ないのだから、神域は奥が深い。
いつになったら、御弥之様はB・Bと使い魔達を認めてくれるのだろうか———と、マリアも気にはなっていた。
「誰?」
「誰?誰?」
「外人?外人でしょ?イギリス人?」
「月城さんのお友達?兄弟?」
「彼氏?彼氏じゃない?」
ヒソヒソ声が聞こえた。
「………。」
マリアは聞こえないふりをした。
ふと見ると、B・Bは1人だった。
「あれ?1人?あの子たちは?」
マリアは、B・Bの周りを見て、聞いた。
「あれらは、わたしよりも先に来ているはずだが……、まだ来ていないのか?」
「ええ。他を見て回っているのかもね。」
B・Bが、不思議そうに首を傾げていたのだが、マリアは、あまり気にしていなかった。