表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
約束と契約2  作者: オボロ
10/30

#10 二足のわらじ



「では、1年3組は甘味処に決定します。」


LHRロングホームルームの時間、来月に開催される『文化祭』という行事で、何をやるかを話し合った結果、マリアのクラスでは『甘味処かんみどころ』というものをやることに決まった。

マリアには、聞きなれない言葉ばかりで、説明を受けるまでは、何を話しているのか、チンプンカンプンだった。


『文化祭』は、高校のお祭りのようなもので、各クラスが様々な出し物を用意して盛り上がるのだという。

『甘味処』は、日本の古典的な喫茶店らしい。

メニューは、あんみつやわらび餅、お団子やお汁粉などのおやつ的なもの。

画像を見せてもらったが、食べた事の無いものばかりで、マリアは楽しみになった。

『文化祭』は、生徒主導で行われる行事だそうで、準備から片付けまで、全てを生徒だけで行うという。

なので、明日から少しずつ、準備を始めることになった。


月城つきしろさんは、何やりたい?」


ふんわりとした口調で、前の席に座る沢井萌々さわいももが聞いてきた。

マリアは、この学校では、「月城さん」と呼ばれていた。

『マリア・月城・グレース』という名は、日本人の名前としては長い。

「マリア」と、いきなりファーストネームで呼ぶには抵抗があり、「グレースさん」と呼ぶのも違和感があるのだろう。

結果、馴染みのある日本語のミドルネームで呼ぶことにしたらしい。

どちらも自分の名であることには変わりないので、構わないとは思っているが、これまで、人に呼ばれることの無かった呼び方なので、慣れるまでには多少、時間が掛かった。

マリア自身、自ら話し掛けて仲良くなるタイプではないので、親しい友人を作るのも難しかった。


「買い出しも飾りつけも、両方やんなきゃだけど、萌々、重いのは無理だから、買い出しは雑貨がいいなぁ。月城さんは?」

「わたしは…、あんみつとか、お団子の材料に興味があるから、その買い出しに入れてもらえたらと……。」

「へぇ、そうなんだ。委員長~!月城さん、買い出しA班がいいそうで~す。わたしは、C班でお願いしま~す。」


マリアが、正直に自分が興味のあるものを選ぶと、すぐに沢井は申告をして、黒板に書かれている、それぞれの場所に名前が記入された。

沢井萌々は、ふんわりとした話し方をしているので、のんびりしているのかと思いきや、意外にも行動が早く、ちゃっかり思い通りの班に、いち早く入ることに成功していた。


その後、当日までのスケジュールが組まれ、それに従い、明日から放課後に残って、準備を少しずつ進めることになった。











「文化祭の準備…だと?」


学校から帰って来たマリアは、毎日、必ず七曜神楽しちようかぐらの練習をしている。

型を体に覚えさせる為、なぎに指摘された箇所を直しながら、何度も何度も繰り返し舞を舞っていた。

今日も、マリアは学校から帰宅した後、巫女装束に着替え、本殿の裏へ行き、凪の指導のもと、型だけの七曜神楽を舞っていた。

何も持たず、型だけの七曜神楽を一通り舞ったマリアは、明日から帰宅時間が遅くなることを、凪に告げた。

来月、『文化祭』があることも、マリアのクラスでは『甘味処』をやることになったことも伝えたのだが、『文化祭』は、生徒主導で行われる行事で、準備から片付けまで、全てを生徒が行う為、明日から少しずつ準備を始めることになったのだと、話した途端、凪は眉間にしわを寄せた。


「一度に二つ以上のことを全うするなど、お前に出来るとは、思えないのだが?」

「でも、学校の行事だもの、仕方ないわ。まさか、わたしだけ参加しないの?」

「琴音は?琴音には話したのか?」

「おばあちゃんは、まだ仕事中でしょ?後で話すわ。でも、おばあちゃんは凪と違って、そんな顔、しないと思うわ。」

「七曜神楽のことだけを考えていればいいものを……。」


考えを変える気がないマリアに、ムッとした凪の指導が、その後、きつくなったことは、言うまでもない。











「なぁ、今日のマリア、いつもにも増してボロボロじゃね?」


散々凪にしごかれて戻って来たマリアを見て、クロが呟いた。

初めの頃ならいざ知らず、最近は、疲れてはいるものの、もう少しマリアは元気だった。

玄関に入るなり両手をついて、這うように部屋へ向かう姿は、神楽を教わるようになった初日の姿を彷彿させた。


「マリア、無理していない?」


ヴィゼが、くたくたのマリアに聞いた。


「ありがとう、ヴィゼ。わたしは、無理はしたくないんだけど、無理をさせる人がいるのよ。」


マリアは、何とか作った笑みをヴィゼに向け、恨めし気に凪を見た。


「まだまだ先は長いというのに、練習時間が減ってしまうのだから、仕方あるまい。」

「練習時間、減るの?」


ムスッとした顔でさらりと言った凪の言葉に、疑問を持ったノラが、マリアに聞いた。


「うん。日本の学校には文化祭って言う、学校のお祭りみたいな行事があるの。」

「ハロウィン?」


ドドが目を輝かせた。


「ううん、違う。でも、それをやるクラスはあるかもしれないわね。わたしのクラスでは、甘味処っていう日本の古典的な喫茶店をやるの。その準備が始まるから、帰って来る時間が遅くなって、練習する時間が削られてしまうの。そのことを凪は怒っているのよ。」

「小さい男だな。」

「あぁ、小さい男だ。」


マリアの説明を、聞いていたB・Bとバトが呟いた。

カチンとした凪は言い返した。


「七曜神楽は、次期宮司のお披露目の舞だ。失敗して恥をかくのは、マリアだけじゃない。舞を教えたわたしはもちろんだが、次期宮司にマリアを指名した琴音が一番恥をかくんだ。それなのに、学校の祭りなんかに時間をかれて、時間が足らなくなったなんて、絶対に許されない。足らなくなった時間の分、内容を濃くするのは当たり前のことだ。」


「まぁまぁ、そう熱くならないで、凪。」


部屋に入って来た琴音が、微笑みながら凪をなだめた。


「そんなにスパルタにしなきゃならない程、マリアの出来は酷いのかい?マリアは勘の良い子だから、コツさえ分かれば、覚えるのは早いと思うのだけどね。」

「コツが分かるまでに時間が掛かっては意味がない。」

「でもね、神楽を舞うのが嫌いになってしまっては、それこそ元も子も無くなってしまうのではないの?」

「それはそうだが……。」


途端に凪の歯切れは悪くなる。

透かさず、琴音はとどめを刺した。


「ね?だから、ほどほどにね。」

「………わかった。」


凪が観念したのを見届けた琴音は、切り替えるように笑顔になって、両手を叩いた。


「さぁ、ご飯にしましょう。マリア、ほら、起きて。ちゃんとごはん、食べなさい。」


半分、夢の中のマリアは、琴音の声に反応し、おぼつかない動きで、夕食を食べ始めた。


B・Bと使い魔達は、この時、2人の力関係を見てしまったような気分だった。


マリアには強く出ることが出来る凪。

しかし、琴音には絶対に勝つことが出来ない。

それは、言葉が巧みだからだという理由だけではないような気がした。

少し怖い。


これが宮司?

だとしたら、いずれマリアも、こうなるのかもしれない。


「………。」

「………。」

「………。」

「………。」

「………。」

「………。」


B・Bと使い魔達は、睡魔と闘いながら食事をしているマリアを見て、マリアには、今のままで居て欲しいと、密かに思うのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ