#10 二足のわらじ
「では、1年3組は甘味処に決定します。」
LHRの時間、来月に開催される『文化祭』という行事で、何をやるかを話し合った結果、マリアのクラスでは『甘味処』というものをやることに決まった。
マリアには、聞きなれない言葉ばかりで、説明を受けるまでは、何を話しているのか、チンプンカンプンだった。
『文化祭』は、高校のお祭りのようなもので、各クラスが様々な出し物を用意して盛り上がるのだという。
『甘味処』は、日本の古典的な喫茶店らしい。
メニューは、あんみつやわらび餅、お団子やお汁粉などのおやつ的なもの。
画像を見せてもらったが、食べた事の無いものばかりで、マリアは楽しみになった。
『文化祭』は、生徒主導で行われる行事だそうで、準備から片付けまで、全てを生徒だけで行うという。
なので、明日から少しずつ、準備を始めることになった。
「月城さんは、何やりたい?」
ふんわりとした口調で、前の席に座る沢井萌々が聞いてきた。
マリアは、この学校では、「月城さん」と呼ばれていた。
『マリア・月城・グレース』という名は、日本人の名前としては長い。
「マリア」と、いきなりファーストネームで呼ぶには抵抗があり、「グレースさん」と呼ぶのも違和感があるのだろう。
結果、馴染みのある日本語のミドルネームで呼ぶことにしたらしい。
どちらも自分の名であることには変わりないので、構わないとは思っているが、これまで、人に呼ばれることの無かった呼び方なので、慣れるまでには多少、時間が掛かった。
マリア自身、自ら話し掛けて仲良くなるタイプではないので、親しい友人を作るのも難しかった。
「買い出しも飾りつけも、両方やんなきゃだけど、萌々、重いのは無理だから、買い出しは雑貨がいいなぁ。月城さんは?」
「わたしは…、あんみつとか、お団子の材料に興味があるから、その買い出しに入れてもらえたらと……。」
「へぇ、そうなんだ。委員長~!月城さん、買い出しA班がいいそうで~す。わたしは、C班でお願いしま~す。」
マリアが、正直に自分が興味のあるものを選ぶと、すぐに沢井は申告をして、黒板に書かれている、それぞれの場所に名前が記入された。
沢井萌々は、ふんわりとした話し方をしているので、のんびりしているのかと思いきや、意外にも行動が早く、ちゃっかり思い通りの班に、いち早く入ることに成功していた。
その後、当日までのスケジュールが組まれ、それに従い、明日から放課後に残って、準備を少しずつ進めることになった。
「文化祭の準備…だと?」
学校から帰って来たマリアは、毎日、必ず七曜神楽の練習をしている。
型を体に覚えさせる為、凪に指摘された箇所を直しながら、何度も何度も繰り返し舞を舞っていた。
今日も、マリアは学校から帰宅した後、巫女装束に着替え、本殿の裏へ行き、凪の指導の下、型だけの七曜神楽を舞っていた。
何も持たず、型だけの七曜神楽を一通り舞ったマリアは、明日から帰宅時間が遅くなることを、凪に告げた。
来月、『文化祭』があることも、マリアのクラスでは『甘味処』をやることになったことも伝えたのだが、『文化祭』は、生徒主導で行われる行事で、準備から片付けまで、全てを生徒が行う為、明日から少しずつ準備を始めることになったのだと、話した途端、凪は眉間に皺を寄せた。
「一度に二つ以上のことを全うするなど、お前に出来るとは、思えないのだが?」
「でも、学校の行事だもの、仕方ないわ。まさか、わたしだけ参加しないの?」
「琴音は?琴音には話したのか?」
「おばあちゃんは、まだ仕事中でしょ?後で話すわ。でも、おばあちゃんは凪と違って、そんな顔、しないと思うわ。」
「七曜神楽のことだけを考えていればいいものを……。」
考えを変える気がないマリアに、ムッとした凪の指導が、その後、きつくなったことは、言うまでもない。
「なぁ、今日のマリア、いつもにも増してボロボロじゃね?」
散々凪にしごかれて戻って来たマリアを見て、クロが呟いた。
初めの頃ならいざ知らず、最近は、疲れてはいるものの、もう少しマリアは元気だった。
玄関に入るなり両手をついて、這うように部屋へ向かう姿は、神楽を教わるようになった初日の姿を彷彿させた。
「マリア、無理していない?」
ヴィゼが、くたくたのマリアに聞いた。
「ありがとう、ヴィゼ。わたしは、無理はしたくないんだけど、無理をさせる人がいるのよ。」
マリアは、何とか作った笑みをヴィゼに向け、恨めし気に凪を見た。
「まだまだ先は長いというのに、練習時間が減ってしまうのだから、仕方あるまい。」
「練習時間、減るの?」
ムスッとした顔でさらりと言った凪の言葉に、疑問を持ったノラが、マリアに聞いた。
「うん。日本の学校には文化祭って言う、学校のお祭りみたいな行事があるの。」
「ハロウィン?」
ドドが目を輝かせた。
「ううん、違う。でも、それをやるクラスはあるかもしれないわね。わたしのクラスでは、甘味処っていう日本の古典的な喫茶店をやるの。その準備が始まるから、帰って来る時間が遅くなって、練習する時間が削られてしまうの。そのことを凪は怒っているのよ。」
「小さい男だな。」
「あぁ、小さい男だ。」
マリアの説明を、聞いていたB・Bとバトが呟いた。
カチンとした凪は言い返した。
「七曜神楽は、次期宮司のお披露目の舞だ。失敗して恥をかくのは、マリアだけじゃない。舞を教えたわたしはもちろんだが、次期宮司にマリアを指名した琴音が一番恥をかくんだ。それなのに、学校の祭りなんかに時間を割かれて、時間が足らなくなったなんて、絶対に許されない。足らなくなった時間の分、内容を濃くするのは当たり前のことだ。」
「まぁまぁ、そう熱くならないで、凪。」
部屋に入って来た琴音が、微笑みながら凪を宥めた。
「そんなにスパルタにしなきゃならない程、マリアの出来は酷いのかい?マリアは勘の良い子だから、コツさえ分かれば、覚えるのは早いと思うのだけどね。」
「コツが分かるまでに時間が掛かっては意味がない。」
「でもね、神楽を舞うのが嫌いになってしまっては、それこそ元も子も無くなってしまうのではないの?」
「それはそうだが……。」
途端に凪の歯切れは悪くなる。
透かさず、琴音はとどめを刺した。
「ね?だから、ほどほどにね。」
「………わかった。」
凪が観念したのを見届けた琴音は、切り替えるように笑顔になって、両手を叩いた。
「さぁ、ご飯にしましょう。マリア、ほら、起きて。ちゃんとごはん、食べなさい。」
半分、夢の中のマリアは、琴音の声に反応し、おぼつかない動きで、夕食を食べ始めた。
B・Bと使い魔達は、この時、2人の力関係を見てしまったような気分だった。
マリアには強く出ることが出来る凪。
しかし、琴音には絶対に勝つことが出来ない。
それは、言葉が巧みだからだという理由だけではないような気がした。
少し怖い。
これが宮司?
だとしたら、いずれマリアも、こうなるのかもしれない。
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
B・Bと使い魔達は、睡魔と闘いながら食事をしているマリアを見て、マリアには、今のままで居て欲しいと、密かに思うのだった。