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お世話になります 【5】

カーバルダ伯爵は娘の意図を掴みかねて戸惑った。マクダルも、不信を顕わにした顔付きで姉の方を窺っている。キエナはもう何も考える事が出来ないような状態、共犯者(?)であるティアレですらこの思い切ったチェレミーの発言は予想の範疇を一気に越えており、どう受け取ってよいのか理解が及ばない。そして、当の本人__チェレミーから申し出を受けたタツローだが。

“どういう意味なんやろ__”

彼もまた、チェレミーの真意を掴みかねて混乱していた。或いは貴族社会の儀礼、もしくはこの地方に伝わる一種の習慣(ならわし)か何かなのかとタツローは仕切りと頭を捻っていた。客人を持て成すという意思を表す為、当主の息女が滞在中の世話を申し出る、こんな仕来たりでも有るのかと、タツローは考え続けた。

しかし、周りの雰囲気から察するにどうもそういった意味は無さそうだった。しかし、どの様に答えればよいのかまではタツローにも分かりかねた。こういうとき、彼が取る行動は決まっている。何も考えていない様なとぼけた無表情でその場をやり過ごすのである。

昼行燈__ボーっとして何を考えているか分からない様子をこのように表現するが、日常のタツローはまさに昼行燈の手本のような面付きであった。

「タツロー様」

いつまで経っても答えの無いタツローに、チェレミーが問い掛けた。

「御承諾いただけましたでしょうか?」

「え?ええ……あの……」

当然の事ながらタツローも答えに窮していた。

「いかん!」

割って入ったのはカーバルダ伯爵であった。

「お父様?」

チェレミーが不思議そうな眼で父を見返した。タツローは何も考えられぬように、茫然と間の抜けた無表情で伯爵に目線を向けた。

「チェレミー、なんだ、その格好は!」

「なんだと申されましても……」

ワザとらしく困ったような笑みを浮かべると、悪戯っぽく指を一本立てて肩を竦めるチェレミーだった。

「御覧の通りの格好ですわ」

「バカ者!」

伯爵が一喝した。

「以前からあれほど言っておいたにも拘らずその服装で__それも、大事な客人の前で!」

燗を募らせた伯爵が更に続けて言った。

「このわたしにとんだ恥をかかせおって!おまけになんだ、お前がタツロー君の世話をだと?ふざけるんじゃない!」

「あら、お父様__」

チェレミーが、やや真剣な表情で父に向き直った。

「聞き捨てなりませんわ。何故わたくしがタツロー様のお世話をする事がふざけているのですか?」

「チェレミー__」

この反応には伯爵も閉口したと見えて、苦りきった表情で言葉を切った。

「タツロー君は当家を訪ねてくれた、大事な客人だぞ」

今一度、先程と同じ言葉を繰り返した。

「その客をもてなすにはそれ相応の人物をもってするのが礼儀と言うものだ。彼の身の周りの世話ならば常に屋敷に奉公してくれている女給達に任せるのが当然ではないか!お前のような、遊びでメイドの制服を身に付けただけの偽女中などに、客人の世話などが務まる筈がなかろう!」

どうも、伯爵もチェレミーも理屈よりも感情が先に立っているようで、御互いに自分の主張を通す為に言いたい事を口にしているだけのように見える。両者の議論はどこまでも平行線である。要するに、どこにでもある、親子喧嘩の一場面と言う訳だった。

“御立派ですわ、チェレミー様__”

そんなチェレミーに、ティアレが無言でエールを送った。

とは言え、確かに事情の分かった者から見れば今まで一度も正式にメイドの仕事などやった事の無いチェレミーがいきなり見ず知らずの来客の接待などと言うのは不自然と言うものであろう。第一、それ以上に館の令嬢が行きずりの風来坊に身の回りの世話を申し出るなど、貴族社会の、ハッキリ言えば世間の常識からいえば無茶と言うものであった。しかし、チェレミーとしても引くに引けない理由がある。その、切実な事情をよく分かっているのは今の所ティアレ唯一人であった。

「それならば__」

チェレミーがタツローの傍らに駆け寄った。

「事の一切はタツロー様ご本人に決めて頂きましょう」

“__”

いきなりこちらに思いもよらぬとばっちりが降りかかり、タツローは完全に思考を停止した。

「__タツロー様」

囁くように、まるですがるような眼差しをこちらに向けるチェレミーに、どう答えていいか分からずタツローはオロオロと畏まるばかりである。

「いい加減にせんか!」

伯爵が更に怒声を上げて一喝した。

「長旅で疲れた訪客になんと言う無作法な!お前の様な娘はだな__」

正直伯爵も何を言いたいのか纏まっていないらしい。

“なんだか分からないけど__”

傍らでは御曹司のマクダルが好奇心をむき出しにこのやり取りを見守っていた。

“面白くなってきたぞ”

最初こそ、姉の思いもよらぬ姿に戸惑ったマクダルだったが、事の成り行きがややこしく、意外に楽しめそうなのを幸い完全に野次馬根性で傍観者を決め込んでいるらしい。

「えーい、分かった!」

とうとう伯爵が切れたように叫んだ。

「お前がそこまで言うならば、好きにするがいい」

立ち上がった伯爵がタツローを振り返った。

「タツロー君__」

何やら凄むような目つきでこちらをうかがうカーバルダ伯爵に、タツローも腰が引けているようだ。

「このバカ娘を、好きなだけこき使ってやってくれたまえ」

「__」

「お父様__」

伯爵の一言に、タツローが言葉を失い、チェレミーが瞳を輝かせた。

「ちょ、ちょっと、御前__」

口を挟んだのはキエナである。

「チェレミー様に、お客様のお世話だなんて、それは__」

「構わん!」

伯爵が吐き捨てる様に言った。

「どうやらこの瘋癲娘は幾ら言っても分からぬようだからな。実際に女中の仕事を体験させて如何に厳しいものか、面白半分で務まるものではない事を思い知らせてやった方が良さそうだ」

伯爵は、宣告するように言い放った。

「お父様、感謝いたしますわ」

「ただし__」

伯爵はチェレミーに突き付けるような口調で言った。

「もしも、タツロー君がお前の仕事ぶりに不快を申し出たその時は、二度とその服を着る事は許さん!これはお前と私の間の約束だぞ、いいな!」

「ええ__」

チェレミーも、父に負けじと自信と希望に満ちた表情で答える。

「タツロー様__」

こちらを振り返ったチェレミーの、輝く様な笑顔にタツローは何故か不吉な、それも最大限不吉な予感を、破滅をはらんだ危機感を覚えるのだった。

「御喜び下さいませ、タツロー様。たった今、父の了承を取り付けました。この上は、誰にはばかる事も無くタツロー様に御奉仕差し上げる事が叶いますわ」

「承知仕る__」

既にいやとは言えぬ雰囲気の中で頓珍漢な言葉遣いとともに反射的に、ほとんど自動的に頷くタツローであった。

「タツロー様__」

行き着く所まで行ってしまったようにひたむきな、チェレミーの乙女の瞳には最早周りの何物も見えていない。

「何分にも、ふつつか者ではございますが」

その威圧的なまでに純真な瞳を前に、気の遠くなるような想いでその場に座り込むタツローだった。

「わたくし、真心を込めて、御奉仕致しますわ」

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