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お世話になります 【4】

「タツロー君?」

「これはどうも__」

貴人の面前で思わぬ無作法を犯してしまい、タツローは恐縮して答えた。

「なんとも__あいすいませんで……」

「いやいや__」

相手の気を和ませようと、伯爵も意識して笑顔で答えた。

「色々各地を回っているうちに風邪の一つも拾ってきたか」

「御無礼のほど、申し訳御座いません」

「構わん、楽にしたまえ」

矢張り、初対面の、それも伯爵などと言う大層も無い身分の仁を前にして、未だにタツローも緊張が取れないようだ。

しかし、彼のくしゃみの原因はそれだけではないようで、今一度、タツローは寒気を覚えたように身を震わせた。

「……大丈夫かね?」

その姿に、伯爵は少し気がかりな色を見せた。

「どうも、お気遣いなく__」

タツローはそう言うが、今しがた全身を走り抜けた悪寒に似た緊張感はただ事ではなかった。

「誰かが君の噂でもしているのかな」

「どうせロクでもない噂やと__」

その時__客間に、十二、三歳くらいの少年が入ってきた。

「次男のマクダルだ」

客間では、チェレミーに先駆けて弟のマクダルがタツローと顔を合わせていた。

「おいら、マクダル・ゼオリス・ド・カーバルダってんだ。よろしく」

「こら、マクダル__」

初対面の客人に対してざっかけない挨拶を述べるせがれを見かね、その無作法を伯爵が嗜めた。

「すまない、タツロー君。どうも甘やかしたせいか、とんだドラ息子に育ってしまったようだ」

確かに、その口調と言い奔放な表情と言い、貴族の子弟としては少しばかり元気が良すぎるようである。

「失礼致します__」

ドアをノックする音に続いて、少女の声が室内に届いてきた。

「チェレミーか、入りなさい」

“チェレミー……”

タツローはその名を思い出した。確か先程廊下で対面したメイド姿の少女たちの一人ではないか。

そんなタツローの怪訝そうな気配を機敏に察すると、脇に控えていたキエナがクスッと悪戯っぽく笑みを漏らした。

“このお客様ったら、チェレミー様が入ってきたらどんな顔を為さることかしら__”

先程廊下でチェレミーと顔を合わせたというものの、タツローは彼女が当屋敷の令嬢だ等という音は全く知らないだろう。その、メイド姿の少女が伯爵の娘だと知ったらさぞやタツローも面食らうであろう。そう思うと自然と可笑しさが込み上がって来るキエナだった。

「それでは__」

扉が開くと、先刻同様の身なりでチェレミーが入ってきた。その姿を見て驚いたのは__キエナの予想に反し、タツローではなかった。

室内に姿を現したチェレミーを目にするや、伯爵にマクダル、そして既に先程彼女のメイド姿を目撃している筈のキエナまでがアッと息を呑んだ。

一座を意味不明の驚きが支配していた。

チェレミーの登場と共にその場に突如出現した、不可解な空気の意味を読みきれないタツローは、何が起こったのかと警戒心を胸に沈黙を飲み込んだ。

「失礼致します」

意味深な疑惑の渦巻く光景を、芝居の一幕を見物するように気楽な気分で見守るのは、一声掛けてからチェレミーの後ろから室内に入ってきたティアレだった。

客間に居合わせた面々の当惑を他所に、一人チェレミーだけが何やら妙に自信に満ちた物腰で、上品に室内を歩いて行く。

一同の曖昧な緊張に引き摺られて、矢張り息を殺して辺りを憚るような気配でソファに身を沈めたタツローの目の前に立つと、少しはにかむように肩を竦めてチェレミーが小さく御辞儀をした。タツローも釣られて、どうも、と慌しく叩頭した。

「タツロー様__」

呆気に取られて混乱気味の外野を無視するようにタツローに意味深な眼差しを向けたものの、やや踏ん切りの付かないような仕草でおとがいを引いたチェレミーは、うっすらと頬を赤らめた。

「先程は__失礼致しました」

「い、いえ、こちらこそ」

再び頭を下げたチェレミーに向かって、タツローも同じように会釈を返す。

「……姉さま、その格好……」

ぎこちない静寂に小石を投げ込むように、マクダルが呟いた。その一言に?を覚えたのはタツローである。

“姉さま__?”

伯爵の御子息が“姉さま”と呼ぶ、メイド姿の少女の正体とは一体__タツローの頭が混乱した。

「……チェレミー、彼とは……」

「タツロー様とは、先刻廊下でお顔を合わせました、お父様」

本心はその身なりについて言及したいであろうが、客の前という事が理由なのかどういう配慮でか別の方面に疑問を転換させた父、カーバルダ伯爵の問い掛けに涼しい顔で答えるチェレミーだった。しかし、その答えに衝撃を受けたのがタツローである。

“お父様?”

ここまで来れば自ずと疑問は氷解する筈だが、思考が追いつかないのか、その事を認めたくないような気分のタツローだった。

「ねえ、キエナさん」

チェレミーに同意を求められて、キエナも答えに窮してしまった。

あの時、ティアレと共に二人の出会いの瞬間に立ち会ったキエナも、チェレミーのこの服装を目にしてはいた。しかし、まさかチェレミーがこの恰好のまま伯爵たちの前に現れるなどとはキエナは思いも寄らなかった。伯爵に見られたらと、一抹の不安も無いではなかったが、すぐに着替えるだろうと高を括っていたのだ。如何にここに居る客人には既に見られたからと言ってそのままメイド姿でやって来るなどとは思わなかったのである。

正直言えば、正装したチェレミーの姿を目にした時、タツローがどんな反応を見せるかなどと一人笑いを噛み殺しながら控えていたキエナだったが、その予測が完全に覆ってしまった。メイド姿のまま伯爵の前に現れたチェレミーに、有り体に言えば肝を潰したというのがキエナの本音であった。

「タツロー様」

言葉の出ないキエナを無視するように、再びタツローの方に向き直ったチェレミーが、純真なはにかみ笑いを見せつつ宣言した。

「御滞在の期間中は、このわたくしが__チェレミーが身の回りのお世話をいたします」

そう、まさに宣言であった。その思いもよらぬ大胆な一言にその場の全員が一驚した。


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