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お世話になります 【3】

さて、チェレミーである。

「チェレミー様」

先程、廊下で客人と思わぬ邂逅を果たした後、女中達の支度部屋からメイド姿のまま自室に戻ったチェレミーを、ティアレが気遣わしげに見詰めている。

「__チェレミー様」

衝撃の運命と遭遇したような、夢見る眼差しのまま、心ここに在らずと言ったチェレミーに、ティアレが声をかけていたが__

「チェレミー様」

チェレミーは、相も変わらず上の空。

「チェレミー様」

「え、あ、あの……」

漸くティアレの呼びかけに気が付いたチェレミーが、中途半端な笑顔で振り返った。

「そ、そうですわねえ、全く。その通りですわ」

そんなチェレミーに、流石にティアレも何も言う事は無い。

不意に、と言うより何やらちぐはぐな間を払拭するような都合の良いタイミングで、部屋の扉からノックが響いた。

「お嬢様」

ノックの音と共に、ドアの向うから呼びかける声が室内に届いてきた。メイドの一人、ライザだった。

「お客様がいらしたので、お越しになるようにと御前の仰せです」

御前とは、この屋敷の主カーバルダ伯爵の事である。

「あ、はい、すぐに参ります__」

反射的に答えたものの、今の呼び出しはチェレミーの胸に小さな衝撃を与え、その繊細なハートに深々と余韻を残していた。

客と言うのは恐らく先程彼女たちと出くわした、あのタツローと言う男であろう。

そう思うと、体中が不意に熱くなってしまうチェレミーだった。

「さあ、チェレミー様」

「そうですわね」

ティアレに促されたチェレミーが、すっくと立ち上がった。

「それでは__」

「チェ、チェレミー様__」

ドアに向かって歩き出すチェレミーをティアレがやや狼狽しながら制止した。

「その格好じゃ……」

チェレミーが、どうやら未だにポーっとなったままなのかと合点し、苦笑いしながらチョイチョイとばかりに掌を上下させたティアレ。しかし、チェレミーは些かも動じる事はない。ばかりか、彼女の答えはティアレを驚かせるものであった。

「いいえ」

ティアレに背中を見せて一言、芝居がかった呼吸と共に社交ダンスか何かを思わせる、いやに勿体つけたような仕草でクルリと振り返ったチェレミーは、レースとフリルをあしらったスカートのすそを抓みながら、小首を傾けて愛らしいポーズを取って見せた。

「わたくし、この姿で参りますわ」

「ちぇ、チェレミー様__」

チェレミーの大胆な発言に流石のティアレも面食らった様子。

「お客様には先程この姿をお目にかけてしまいましたもの。でしたら変に改まった衣装を身に着けるより、こちらの方が自然でしょう?」

「……」

意味も何も通らない強引な理論だったが、チェレミーとはツーカーの中であるティアレには、彼女の言わんとする所が阿吽の呼吸ですぐさま理解できた。

「そうですわね」

先刻の、客人とチェレミーの意味深な姿を思い出したティアレは、野次馬根性剥き出しの真心を込めて懐の深い笑顔を作って見せた。

「初恋記念日には、それらしい装いが必要ですもの。きっといつものチェレミー様とは一味違う姿の方がふさわしいですわ」

「もう__ティアレさんたら」

真っ赤な頬を小さな掌で押さえながら、身悶えするようにはにかむチェレミーだった。

「初恋だなんて……そんな……」

そこまでは言うものの、それ以上ハッキリとは否定しないチェレミーだった。

「さあさあ、お急ぎ為さいませ。彼が待ってらっしゃいますわよ__チェレミーさまの事」

「もお__いやあ__!」

ティアレに手を引かれて弾むような足取りで“彼”の待つ客間に旅立つチェレミーの小さな胸の中は、絵に描いたような夢見る少女のトキメキで弾けそうなまでに膨らんでいた。

その頃客間では__

「へっくし__!」

伯爵の目の前でタツローがいきなりくしゃみをしていた。


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