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お世話になります 【2】


「タツロー君は試合を稼業としていたとの事だが……」

「全くお恥ずかしい限りで……」

実際その通りである。

いやしくも武道家とも在ろう者が、その腕前を金儲けに、それも武術を見世物にするなどと言う行為で食い扶持を稼ぐのだから、上品な貴族の美意識からすれば蔑むべき事なのではないかとタツローは身を縮めた。

「いやいや、若者ならばその位の血気が有ってこそと言うもの__」

伯爵は鷹揚に笑って見せた。

「いやしくも武道家とも在ろう者が、満足に実戦も経験する事も無く、取り澄ましたような顔で精神論だけを口にした所で言い訳に過ぎぬ。そうやって腕を磨いてこそ真の武芸者と言うものだ」

己の身に過ぎた賛辞に、タツローは如何にも正直者__見た目だけではなく、実際、余り誉められた意味でなく彼はその通りの性格なのだが__と言った印象を与える不器用な愛想笑いを浮べた。余りそこに何かを秘めた様ないやらしさは感じられないが、ハッキリ言えば素直に芸の無い媚を含んだ物悲しい表情であった。

「話に寄れば、今は試合を遠ざかっているとの事だが__」

「……まあ、仰せの通り……」

正直な所、余り話題にはしたくは無い事である。何せ早い話が、仕事を首になって現在失業中と言う境遇なのだからして、大きな面で話せる事ではない。

「……試合を干されまして……」

それでも話してしまう辺りがタツローの意思の弱さと言うか、要するに甘えのある所であった。彼が意志の強い人物であればそう言う類の弱みなどは意地にかけてでも他人には聞かせられない筈である。こう言う、言わば恥を平気で暴露してしまう辺りに彼の甘さと言うか、弱さが有ると言えよう。厳しく言ってしまえば社会人としての自覚と自立心が欠如していると言えるかも知れない。

タツローの情け無い正直さがこう言う所に現れると言うものだった。哀れを催すその姿に伯爵は、聞くべきではなかったかとタツローに同情した。

尽々情け無い男であった。

「__ああ、話したくなければ無理に話す必要は無いのだが__その理由を、差し支えなければ聞かせてはもらえぬだろうか。私などで役に立つかどうかは判らんが……何か善後策を考えられるかも知れん」

「痛み入ります、伯爵様」

タツローが、何やら媚を売るように頭を下げた。見てみれば、ソファに慣れた感じで深々と腰を下した伯爵に対し、タツローの方は座り方が浅い。客の立場で遠慮があるとはいえ、矢張りその姿から小心者と言う印象はぬぐえないタツローであった。

「__ええ、まあ……」

言い辛いと言うより、どう言う所から話せば良いのかという趣でタツローが言葉を区切った。

「……実は、プロモーターに負けろと言われた試合で……勝ってしまいまして……」

「何?!」

伯爵の目が、鋭く輝いた。

「すると何かね、それは八百長……?」

「はい、まあその通りで……」

恐れ入った様子でタツローがうなずくように頭を下げた。

“八百長”と言う言語に何やら濃厚な反応を見せる伯爵に、只でさえ低頭のタツローが更に身を屈めるようにヒクツな気分で相手の機嫌を伺っているようだった。

「成る程、君は興行主に逆らって八百長を蹴った訳だな」

「……はあ、その通り……」

「天晴れな心掛けだ!」

声調子は抑えてはいるものの、膝を打つような勢いで伯爵がシャープに頷いて見せた。

「全く持って八百長など言語道断、武道家たるものが受け容れる事など出来るものではない!」

「いや、それは……」

タツローはどこか浮き足立ったような物腰で何かを言おうとしたように見えたが、感心する事仕切りの伯爵に何も言えない様である。話の断片だけで勝手に一人合点して、小気味良さげに何度も点頭する伯爵に、どう説明すれば良いのか困惑気味のタツローであった。どうやら今の説明で、伯爵はタツローが八百長など受け入れない潔癖な武術家だと思い込んだらしい。困った、と言うか、追詰められたような心境のタツローは言葉を失った。何故なら伯爵の解釈は、とんでもない勘違いと言うものだからである。こういった試合に於いては八百長など日常茶飯事で、勿論タツローも普段はおとなしく言われるままに勝ち星を譲っていたのだが、偶々プロモーターの命令に逆らって八百長破りをやらかしてしまった為に試合を追われただけの話である。伯爵が直接統轄しているイグベノンと言う商業都市はこうした格闘技興行が盛んだと聞いていたが、矢張り貴族ともなると、そういった下賎の娯楽などに関与もしていないのか、そこ等辺りの事情には余り詳しくないようである。

しかし、この件に関して深く説明するのは後日に控えよう。今は兎も角、伯爵に取り入って寝泊りする場所を確保する事が先決である。下手に事情を詳しく話して相手の機嫌を損ねては元も子もない。

さもしい打算を押し隠したタツローの歯切れの悪い追従笑いに、幸い伯爵は気付いていないらしい。

「タツロー君」

伯爵が顔を輝かせるような表情で言った。

「このような田舎の小領主ゆえ大したもてなしもできないが……君さえよければしばらくの間この屋敷に逗留してはくれまいか」

「もったいない御言葉を__」

今の勘違いで伯爵は思いのほかタツローの事を気に入ってしまったらしい。怪我の功名、という言葉を使うべきかどうかはともかく、タツローからすれば願っても無い状況となった。

「こちらこそ、御厄介掛けますがなにとぞご寛大なお計らいを__お世話になります」


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