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お世話になります 【1】

「ようこそ、タツロー君。我がカーバルダ伯爵家を尋ねてきてくれるとは、光栄の至りだよ」

「どうも、ご迷惑お掛け致します」


宿無し男タツローを相手に、館の主カーバルダ伯爵が丁重だが砕けた物腰で挨拶を交わしていた。その部屋には先程タツローを案内していたメイド、キエナも本職の風格を漂わせるように隙の無い挙止で控えていた。


「私もかなり昔は太輪拳の修行をしていたのだが……同門を頼って来てくれたのは君が初めてだ」

彼、タツロー・コガもまた、伯爵と同じ太輪拳の修行者である。しかし、只の同門と言うだけの理由で他国の__最もタツローは現在住所不定の無国籍男であるので、同国人など無い。敢えて言えば精々同郷出身者位である__領主の屋敷に押しかける無作法者など初めてであった。


「どうもお恥ずかしい限りで__」


正直、厚かましい事はタツロー自身も重々承知の上であるようだ。その彼が何故このような羽目に陥ったのか__そのいきさつを詳しく話せば長くなるのだが、かいつまんで話せばとどのつまりは行き詰って伯爵の所に転がり込んだのである。




「カーバルダ伯爵?」

「この先の、ライマーダって王国の領主様だ。昔うちの道場で修業なさってた事が有ってな、お前様の事を手紙で知らせたら喜んでお招き下さった。歓迎するとさ」



居候していた道場でタツローがこんな会話を交わしたのがつい十日余り前の事だ。

腕一本を頼りに各地を渡り歩く若き武芸者であった彼が、流派の道場を頼って草鞋を脱いだのが去る事一月半ほど前である。以前には賭け試合に出場して生計を立てていたのだが、つまらぬ事からプロモーターとイザコザを起し、試合に出られなくなったのは更にそれから半年以上さかのぼる。要するに失業したのである。それからヤクザなどと関って取り敢えずの生活費を稼ぎ(業界用語で言う“シノギ”と言う事であろうか?シノギと言う言葉も、後にヤクザの本業のように捕えられたが、本来は生産性とは無縁の稼業の人間がその場を“凌ぐ”為と言う意味合いであったらしい)、同門の太輪拳の道場に転がり込んでほとぼりの冷めるのを待っていたタツローだったが、矢張り先方としても彼の事を持て余していたようだ。同門のよしみで道場に寝泊りはさせているものの、彼は思わぬ厄介者だった訳である。



蒸気機関が実用化されて約四半世紀、時代は産業革命の真っ只中、消費は美徳を合い言葉に世間は商業経済振興の上潮に乗っていた。時代の歯車と共に回りだした工業化の大車輪が社会を激しく動かすや市民の生活を急速に変化させ、過重労働から開放された人々は機械文明の発達によって与えられた余暇と、日々の仕事で搾り出した汗と引き換えに稼いだ懐の貨幣を消費せんとあらゆる娯楽を求めて無意味な営みを滅多矢鱈と精力的に試みていたが、その一つが客を集めて格闘士に試合をさせるといった見世物である。

古代国家の時代から、暴力を見世物にすることは人間の野蛮で残酷な性向を最高に満足させる通俗的な娯楽だが、時代が変わっても人の性に根本的な変化は無いらしく、この手の試合はたゆまぬ労働によって都市の殷賑を支える市民(シチズン)にとってその血を沸き立たせる催しとして今も昔も変らぬ人気を誇っていた。そして同時にこう言った試合の殆どは金の賭かったギャンブルでも有った。

タツローはそんな試合で生計を立てる、旅回りの武芸者であったが、今ではその仕事も絶たれて同門の道場に居候と言う境涯だった。



「そのカーバルダ伯爵がどないなったんでっか?」

「伯爵にお前様の事を手紙で知らせたら甚く同情なされてな、それならば屋敷を訪れてはどうかと色よいご返事を賜った。安心して伯爵に身を任せればよかろう」


説明と言うよりは説得と言う気配を漂わせる道場主を、恨みがましい気分を隠しながら眺めていたタツローだったが逆らう訳にも行かない。この口調から察するに今すぐにでもタツローに出て行ってもらいたいという感じである。

同門のよしみで最初の数日こそ歓迎を受けたタツローであったが、居候も十日経つ頃には言葉にしづらい居心地の悪さが足元から漂い始め、半月一月と長引いて行く毎にその度合いが強くなってきた。とうとう道場主も我慢出来なくなったのだろう、居候のタツローをそのカーバルダ伯爵とやらに押し付けるつもりであるらしい。



「そうは言うても……」

突然そう言われてもタツローには踏ん切りが着かない。


「伯爵て言うたら貴族でッしゃろ?」

「当然だ」

「わし、貴族なんちゅう身分のお方と会うた事あらへんから……」

ここ三、四年腕一本を頼りに各地を転々と放浪してきたこのタツローも、流石に爵位を賜った領主などと言う人種に謁見した事など一度も無いのだから戸惑うのは当然であろう。


「こんな宿無しの平民がそないなお方に……」

「ああ、その点だったら心配する事は無いぞ」

強引な笑顔を見せると、是が非でもタツローを言い包めんと道場主は躍起であった。


「うちの道場で修業なさってた事が有ると言ったろうが。気さくで心安いお方だ。慈悲深い領主として領民からも慕われて為さるゆえ、宿無しのお前様も安心してご厄介になれば良かろう」

「それはそうかも知れへんけど……」

そうは言われてもハイそうですか、と納得できる話ではない。


「伯爵様は是非一度屋敷へ来て欲しいと手紙に書いておられる。断るのは御無礼という物じゃ」


どうあってもタツローをカーバルダ伯爵なる貴族に押し付けるつもりらしい。タツローも諦めて従うしかなかったのである。



そうしてやって来たのが王制国家ライマーダの内陸部に位置する商業都市イグベノン。国境の傍らを大陸横断鉄道が横切り、停車駅の出入り口を兼ねた検問所の目の前には安宿が林立していた。このイグベノンと言う都市は地政学的に見ても実にややこしい位置に存在しており、ライマーダ王国としてもその帰属や扱いに苦慮していたのである。


万年雪を頂くバジナブラ山脈の麓に位置するイグベノンは大陸に於ける陸路交易の途上にあるターミナルポイントで、商人たちが行き交い或いは品々を売買するに丁度良い地理的条件に在るのだが、ライマーダ王国に取っては隣国との国境線、国防上の要所でもある。このライマーダと言う国の王室が誕生して僅か二百年余り、内外の小規模な戦乱が収まって百年も経ってはいない。太古の昔よりこのイグベノンは大陸を行き来する商人が品物を売買する一大商都であったが戦乱この方その行き来も一時は途絶えていた。これが百年近く前。そのうちに漸くライマーダ王国が支配地の平定に成功し、逆にその当時の交易路の方が利益を目当てに火花を散らす周辺国の争いで荒れ果て、以前の商業ルートが蘇ったのである。


その商業都市イグベノンだが、一応ライマーダ王室の直轄領という体裁であったが、王都から離れている事などの地理的条件の為、現実には周辺を裁量する三人の領主が統治し、王室には商業利益が齎す莫大な租税を納める事と引き換えに独立地帯同然の状態を維持していた。よそ者が大手を振って領内を出入りするのは愉快ではないが、立ち入りを制限すれば商業活動は停滞し王家の懐に入って来る収入が減る為、このイグベノンは殆ど人種の坩堝とも言うべき無国籍都市であった。殊に十三年前に鉄道が敷かれてからはそれが顕著になったのである。


そのイグベノンを統轄する領主の一人がカーバルダ伯爵であった。

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