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はじめまして 【3】


その傍ら、ティアレの後ろで息を呑むような想いとともに、肩を竦めて佇んでいたのはチェレミーだった。

“ど、どういたしましょう__”

彼女は大層緊張していた。その胸中は殆ど追詰められていたと言っても大袈裟ではない。只でさえ、ハラハラドキドキのメイド姿デビュー(?)で穏やかではいられない所に持って来て、その姿を見ず知らずの外来客に見られたのである。屋敷の誰かに見られたらと心配していたのだが、それ所ではない。誰かに見られたら恥かしい、だけどやっぱり見て欲しい、と言った微妙にして大胆な冒険に乗り出したばかりの、おっかなびっくりな心持ちのチェレミーには少しばかり刺激が強すぎたようだった。

その上、悪い事に彼女には軽い男性恐怖症のような所が有って、普段でさえ初対面の男の顔を堂々と眺められるような肝っ玉は無いのだ。この位の年齢の少女には珍しい事でもないが、状況が状況である。性別を感じさせない高齢者か幼児、否、せめて同年代くらいの少年ならまだしも、相手は一回りほど年上の、如何にも男性的な年齢の盛にある青年だった。

いけない遊びに手を染めたように微妙な気分の少女にとって、どれほど深刻な衝撃か、察するに余りあるというものであろう。

“ホントに、どう致しましょう__”

今すぐにでもその場から逃げ出したい思いのチェレミーだった。

恐る恐ると言う風情で来客の方に目を向けたが、目が合いかけると思わず俯いて視線を外してしまう。

“し、失礼ですわ、お客様に対して__”

自らを叱咤すると、今一度チェレミーはすすけた身なりの客人の方に目線を向けた。男は、チェレミーに呼吸を合わせるが如く、鋭い顔を不器用そうに崩して妙に愛嬌のある微笑を見せると、何やら申し訳無さげに軽く会釈を繰り返した。その如何にも人付き合いの苦手な感じの居住いに、チェレミーは不思議な安心感を覚えた。

“……”

少し気持ちが和らいだチェレミーが、もう少し思い切って男の方にその不安げな瞳を向けると、今度は相手の方が決まりが悪くなったように照れ臭そうな苦笑いを見せた。

“まあ__”

男のそんな純朴な姿に、チェレミーの警戒心はすっかり解けてしまっていた。

“あらあら__”

そんな二人の微妙なやり取りを、興味深そうに見守っていたのはティアレだった。

“チェレミー様ったら……”

一言も言葉は出ないものの、初対面の若い男に、これほど自然に接するチェレミーというのはティアレも始めてであった。いやいや、そんな過去の事例を持ち出して前後の脈絡を交えて考えるような、表面的なやりとり以上に何事かを予感させる雰囲気を二人は__具体的にはチェレミーが感じさせていた。

「お、お客様、こちらの方に__」

やや当惑気味のキエナはティアレほどに状況を的確に見て取る事は出来ないらしく、取り合えずという趣で男を客室に促した。

今一度チェレミーと視線を交わすと、懐の深い温かな微笑と共に肩を竦めて見せた男が、背中を丸めるようにキエナの後ろを歩き出した。その時である__

「あ、あの__」

恰も訴えるような、悲痛なほどの声を上げたのはチェレミーだった。

「あの、わたくし……」

何事が起こったのかと振り向いたキエナの後ろでは__二人の向きから言えば前に立った男が、見守るような表情で何かを伝えようとこちらを見詰めるチェレミーに向き直った。

「はじめまして、わたくし、チェレミーと申します__どうか、よろしく__お願いします」

「はじめまして。どうも、タツロー・コガて言います。こっちこそよろしう__」

タツローと名乗った男は、今一度チェレミーに向かって頭を下げた。

「あ、あの、ホントに、なんて言うか、あの、よろしく__」

「よろしく」

どこか照れ臭いような、妙に嬉しそうな愛想笑いを作ったタツローに、チェレミーが救われたような想いで笑顔を返した。否、それはまだどこかぎこちない、中途半端な笑顔である。それは意図的な、例えば営業の為に一部の隙も無く作られたスマイルの仮面とは対照的な、本当に素直で自然な、そして直向きな笑顔だった。懸命に、精一杯の想いと共に、言葉にも、表情にすら出来ない胸のうちを伝えようとする、笑顔未満のチェレミーだった。

「あ、あのう……」

もうよろしいでしょうか、と言わんばかりのキエナの方に、申し訳無さそうにタツローが振り返った。

キエナの後について今度こそ、その場から立ち去るタツローを名残惜しそうに見送るチェレミーは、相手に見える訳でも無いのに、何故かその後姿に向かって大袈裟に御辞儀をした。

“あらあら、チェレミー様__”

そんなチェレミーの姿を目の当りにして温かい野次馬根性を小さな胸に宿したのは、彼女の様子を見守るように窺っていたティアレだった。

“これは見逃せませんわね”


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