おてやわらかに 【5】
“__どないしたもんやろか__”
チェレミーが茶を立てに部屋を去ったのち、やっと一人になれたタツローは、漸く解放された気分でほっと一息付いていた。
“折角エエ具合に行っとったんやけどなあ”
食うや食わずで転がり込んだ伯爵邸で、早速可愛らしい少女に手応えを覚えた筈が__
“何をどう間違うたんやろなあ……”
相手は館の主の娘。
“こらアカンわ”
選りにも選って、伯爵の娘であったとは。
“気イ付けなな”
下手に手を出したりすれば屋敷を追い出されるくらいではすまないだろう。間違いなく打ち首である。
“もったいないけど__”
相手はかなりの上玉、モノにできればこれほどの幸運は無いのだが。タツローもこういう美味しい獲物を目にすれば当然食指は動くものの、命を賭けるほどの女道楽ではない。世の中には貴族の妻女などを口説いては誑し込むつわものもいるだろう。だがタツローは女に関しては淡白な方で、無理に身分の高い女を口説いて征服感に浸るような豪傑ではない。
“世の中、ほどほどが肝心やからな__”
どうやらこの館には他にも多くのメイドが居るらしい。その中から、安全そうなのが引っ掛かったらそれはそれで儲けものである。只、無理してまで誰かを口説き落とすほどの事もあるまい。その場の成り行きで一人くらいモノにできたらそれで十分である。
喉元過ぎれば熱さ忘れると言う諺もあるが、現在のタツローの心境がまさにそれと言えよう。故郷を後にして腕一本を頼りにそこら中をほっつき歩いてきたこの男は、過去に合計四回の同棲を繰り返している。その全てはロクでもない顛末に終わり、特に二度目の同棲相手にはいわゆるドメスティックヴァイオレンスも経験した事があった。ただ、DVと言ってもかっとなって思わず手を挙げた位の事であったが、気の小さいタツローにすればそれでも充分トラウマになりうる事態だった。にも拘らず、懲りもせずその後もお水系の商売女の元に転がり込んではだらしない、流石にヒモと言うほどの体たらくにはならなかったが、居候と言うような肩身の狭い思いで同衾を繰り返した。
“まあエエか。別段無理せんでも、引っ掛かったら引っ掛かったであり付いたらエエねんし、まあ、お嬢様の機嫌さえ取っときゃ屋敷を追い出される事もあらへんやろ。今は兎も角、寝床と食い扶持を手に入れる事が先決やからな”
己の身の上に差し迫った重大な運命の転機も知らずに、気楽な皮算用にふけるタツローの顔は、見るからに間の抜けた底無しの瘋癲そのものであった。