おてやわらかに 【2】
「__全く」
居間で、カーバルダ伯爵が深々と溜め息をついた。部屋の中にはマクダルと、ティアレが居る。
「一体何を考えているのだ、チェレミーは……」
「なあんにも考えてないんじゃない?」
父の言葉に、マクダルが気楽な答えを返す。
「そうだな__」
伯爵も眉根を引き寄せながらマクダルに答えた。
「前々から言って聞かせていたというのに、あの娘ときたら……」
「だけど、案外似合ってない?」
「マクダル!」
息子の軽口に、伯爵がやや厳しく言った。
「ティアレ__」
部屋の中に控えていたティアレに、伯爵が問い掛けた。
「君は、知っていたのかね?」
「はい」
その、なんの屈託もない返答に伯爵も返す言葉が無い。
「__まあ、メイドの服を着た位ならば只の悪戯で済む事だが……」
伯爵の心労の原因は別にある。
「あのバカ娘が、事もあろうに客人の前にあの姿を現すとは……」
「タツロー様は、既にご存じでいらっしゃいますわ」
「なに?」
意表を衝くティアレの答えに、伯爵は怪訝そうな顔を見せた。
「実は……」
ティアレは、先刻初めて顔を合わせた折のタツローとチェレミーの邂逅をかいつまんで説明した。
「なるほど」
伯爵が納得行ったという風に頷いた。
「そう言えば……」
それらしいような事をあの時チェレミーが言っていたのを伯爵も思い出した。
「流石にその時はチェレミー様もどうしていいか分からなかったみたいで……」
クスクス笑いながら、ティアレがその時の事を話して聞かせた。
「あの後、わたしも一応着替えた方がよろしいのではと申し上げたんですけど」
益々嬉しそうに、何かが詰まったような笑顔で話し続けるティアレだった。
「まさかそのまま御前たちの前に御出になるなんて……」
おかしくて仕方がないという感じのティアレに、伯爵もさじを投げたように溜め息をついた。
「それで、か」
「だけど__」
マクダルが口を挟んだ。
「あの姉さまが、よく男の人に世話するなんて言ったもんだ」
「全く__」
伯爵もその点は不思議に思っていた所だが。
「前々からメイドの格好をしたいなどと言ってはいたが……その挙句にそこまで愚かな事を言い出すとは、呆れてものも言えん」
伯爵は言葉を継いだ。
「どうやら、思いもよらず自分のメイド姿を彼に見られたせいで頭に血が上って開き直ってしまったようだな」
「そうかな?」
「何?」
「ホントにそれだけが原因かな?」
マクダルの疑問に、伯爵が引っ掛かったように答えた。
「あの姉さまが見ず知らずの男の人にそこまで言うんだよ。これはもしかして……」
「バカを言うな」
伯爵はマクダルに笑って見せた。
「あのチェレミーが__只の気まぐれに決まっておる。まあ、相手が悪かったようだな。男性恐怖症のあの娘が、事もあろうにあのような青年に仕えるだと__」
伯爵は、無理にでも笑い飛ばしたいという様に声を上げた。寧ろこれは、父親としての感情が先にたった事が原因であるようだ。
「まあ、これで決まりだな。チェレミーもすぐに音を上げて泣き出すだろう。そうなれば二度と馬鹿な真似もすまいて」
ティアレはチェレミーの事情をよく分かっており、伯爵の甘い観測が事態を正確に見る目を曇らせているらしいことも承知していた。しかし、ここは逆らわず黙っていた。無用に口を挟んで話をこじらせる愚を避け、ひたすら事態が進行し、深間にはまっていくのを静かに見守る事に方針を決めたようだ。