おてやわらかに 【1】
「タツロー様」
カーバルダ伯爵邸の一室では__めでたく館に居候が許されたばかりの宿なし武芸者タツローに向って、屋敷のメイドたちと同じ制服を身に付けたチェレミーが声を掛けた。
「それでは、本日只今よりわたくし、チェレミー・セシル・ド・カーバルダがタツロー様専任の個人的な使用人となって御奉仕申しあげます。御用の向きには何なりとお申し付け下さいませ」
「これは御丁寧に__」
チェレミーのあらたまった挨拶に、タツローもこれまたあらためて会釈を返して見せた。
「何分にも、女中としては駆け出しの身でございます故__」
駆け出しも何も、今の今まで一度たりとも女中の仕事など実際にやった事の無い、紛う事無きなんちゃってメイドのチェレミーである。
「色々と至らぬ所もございます。そこは、大きなお気持ちで__」
「いえいえ__」
タツローも如才なく答えて見せる。
「こちらこそ、分不相応な歓待を受けまして……些か恐縮しておる次第では御座いますが」
「まあ__」
タツローの取って付けた様な敬語がおかしかったのか、その挙動が滑稽だったのか、それとも何か取り立て理由など無いのか知らぬが、チェレミーがおかしそうに笑みを漏らした。
「ここは一つ、何卒御随意にお願いいたします」
「はい、タツロー様」
チェレミーが今一度ニッコリと頷いた。
タツローの背筋に戦慄が走った。
「おてやわらかに__」
その、幸せに彩られた笑顔に、何故か恐怖にも似た予感を禁じえない想いのタツローであった。
「……おてやわらかに……」