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はじめまして 【1】

ええ、実を申しまして小生、恋愛とか萌えとかはさほど得意な分野ではないのです。

元々本作はリング上の試合を中心とした格闘アクションものとして書き出したのですが、今回投稿するのは本編の前ふりみたいな話でございます。

とある田園地帯の邸宅にて__姿見に使う大きめの鏡の前では少女が二人、何やら秘密めいた気分で言葉を交わしておりました。



「これでカンペキですわ」


二人の少女は何れも、同じ服装だった。

頭の上には花束のようなボンネット。

軽快で活動的な、弾むようなエナメル質の靴。

全体に柔らかで清楚なフリルをあしらった、いかにも動き易そうなエプロンドレス。


その姿は紛れも無くメイドである。どこから見ても完璧にメイドだった。


「まああああ__」

一方の少女が両手を頬に当て、瞳を輝かせながら身悶えせんばかりに嬉しそうな声を上げた。もう一人のメイド姿の少女は、何やらぎこちない仕草で幸せそうに、恥らうように鏡の中の自分を見詰めていた。


「なあんて可愛いんでしょ!」

「おかしくないですか、ティアレさん__?」


慣れない挙止でメイド服に袖を通した少女が、傍らで頓狂な声を上げながら盛り上がりに盛り上がりまくる少女に尋ねた。


「いいえ!」

ティアレと呼ばれた少女が、力強い鼻息と共に、確信を込めて首を振った。


「おかしいだなんて、とんでもございません!もう、カンペキにカワイイですわ!」

お世辞とは到底思えなかった。ティアレの目に宿る、真剣な__ハッキリ言えばかなり危なめの光は圧倒的な説得力を備えた、紛う事無き真実の輝きに満ち満ちている。


「そ、そうですか?」

ティアレの言葉に、少女は微かに戸惑い、はにかむように応えて見せた。


「そうですよ」

二人は幸せそうに温かな笑顔を交し合った。


「やっぱり何をお召しになっても素敵ですわ、チェレミー様は」

ティアレの正直な言葉に、チェレミーと呼ばれた少女も笑顔で答えた。


「けれど、父に見付かったら叱られてしまいますわね」

「いいえ」

またまた頭を振りながら、ティアレが言った。なれぬ様子のチェレミーに比べて、彼女はかなりこのメイド服が板に付いているように見える。


「御前様も、お嬢様のこの姿を目になさったらきっとお考えを改められるに違いありませんわ」

ティアレの熱っぽい言葉に、この服装に何やら不慣れな様子のチェレミーが嬉しそうに肩を竦めて見せた。慣れないのも無理は無い。


お嬢様__チェレミーは、本職のメイドではない。彼女の正体(?)は当屋敷の主、カーバルダ伯爵の息女で、名をチェレミー・セシル・ド・カーバルダ。


それに対してティアレの方は、もう二年この屋敷に奉公する本物のメイドである。



「本当にカワイイですもの、チェレミー様は」

「もお、ティアレさんてばァ__」

柔らかな頬を赤く染めて、上目遣いに相手を窺うような仕草でチェレミーが言った。


「メイドさん達のお召し物が素晴らしいから……」

「いいえ!」

只でさえ禁じ手のメイドコスチュームに浮き足立っている所に持ってきて、カワイイ、の一言を浴びせられて感じた、くすぐったいほどのプレッシャーから身をかわさんと謙遜を口にして尻込みするチェレミーに、ティアレは畳み掛けるように断言した。


「幾らメイドの服装を身に付けても、こおーおおおおおんなに可憐で愛らしいのは、チェレミー様の他にはいらっしゃいませんもの!」

小さな拳を握り締め、嘘偽りの無い言葉で力説するティアレに、チェレミーは更に嬉しそうに赤面した。


「わたくしも、このエプロンドレスに袖を通すたびに、なんだかとっても充実いたします」

令嬢チェレミーがメイド姿に扮するのは今回が初めてではない。今までにも周りの目を盗んではこっそりとこの服装を身につけてはティアレと一緒に盛り上がっていた。言わば二人だけの秘密なのである。


「なんだか、身の引き締まる想いですわ」

「チェレミー様ったら」

ティアレとチェレミーは再び笑顔で互いを見合わせた。


「お父様にも見せたい気分ですわ」

「はい__」


チェレミーが少し気負ったように言うと、ティアレもうなずいたが、実際には少し思い切ったジョークといえよう。

何故なら、チェレミーがメイド服を着てみたいと言うと、父であるカーバルダ伯爵が彼女を叱り付けるのである。


「この服装は、屋敷の為に身を粉にして奉公してくれている女中達の制服、言わば彼女たちの誇りでも有るのだぞ。お前などが遊び半分で身に付けるようなものではない」

カーバルダ伯爵は昔、下々に交じって太輪拳なる武術を修行した事があるせいか余り身分による差別意識は無い代わりに折り目正しい性格でもあった為、こう言う点で変に拘る所があった。



因みに、この屋敷のメイド達は主に領内の若い娘が奉公に上がっており一応形だけは給金も支払われているのだが、専門職というよりは言わばボランティアに似ている。カーバルダ伯爵家領内における代々の習慣のようなもので、領主と領民の信頼関係を維持すると共に、家事などを憶える為の花嫁修業的な意味合いも兼ねて彼女たちは奉公しているわけで、召使と言うよりはお手伝いさん的な感じだった。現在屋敷に奉公している女中は九人、そのうち毎日六人が交代で邸内に勤務しているが、滅多に忙しくなる事は無かった。



「ねえ、ティアレさん__」

少し遠慮がちに、チェレミーが尋ねるとも頼むともつかない口調で言った。


「この姿で、お屋敷を歩いてみたら__」

「__え?」

チェレミーの、思い切った申し出にティアレも一瞬目を丸くして言葉を失った。当然であろう、今まではメイド服を着てみるだけで、邸内を歩き回るなどと言う大胆な試みは無かったのだから。


「あ、いいえ__」

その様子を見て、チェレミーも慌てて掌を振った。


「済みません、少し言ってみただけですから……」

「いいえ!」

屋敷に奉公する前からチェレミーとは幼馴染で気心の知れた、NOと言えるメイドのティアレがまたまた首を左右に動かして力強く言った。


「やりましょう!」

チェレミーの大英断に、ティアレが思いっきり雷同した。


「__そうですわね」

確信を込めて賛同してくれたティアレに、チェレミーは頼もしげな微笑みを返した。


「もしも叱られた時にはその時の事ですもの__」

「ええ。叱られましょう、二人で」

恐いもの知らずな笑顔でうなずき合った二人の少女は、小さな小さな冒険に大きな一歩を踏み出したのである。


人類にとっては取るに足らない一歩ではあるが、その小さな一歩はチェレミーにとって途方も無い一歩となる事など、彼女自身は勿論、何者と言えど知る由も無かったのである。

チェレミーは知らない。


彼女にとっては運命を変える大きな一歩である事を知る者など、同伴するティアレは勿論、当の本人も含めて誰一人として存在し得なかった。


そう、チェレミーと顔を合わせて大きく運命を変えることとなる、もう一方の当人ですら。


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