少女
意外にも桃花はあまり手のかからない女の子だった。夜泣き自体が2歳児にあるかは知らないが、全くしなかったし、起きていてもひとり遊びをしている。しかも、毎日死んだように眠るので時々、心配になって起こしてしまう時がある。
子供はすごい寝るんだな。と、菫は実感したところだった。
『お久しぶりです!どうですか?いっぱい寝るでしょう?桃花ぐっすり寝ちゃうからビックリしますよね』
電話越しに桜子がアハハと笑う。その桜子のあっけらかんさに菫は少し苦笑した。
「うん。一日目はもう1回も起きてこなくて、よほど疲れたんだろうね」
『甘えんぼなんでいっぱい可愛がってやって下さい。あ、寝顔写真送って欲しいです』
「寝顔写真?」
『はい。それで心を清めたいので』
「うん。分かった」
桜子の娘への少しだけ変わったオタク愛が分かったところで、桜子に急用が入ったらしく、電話は切れた。
菫は大きなゴミ袋をもって裏口から出る。少し歩くと路地裏についた。路地裏に入っていくとゴミ捨て場がある。
そこにゴミを捨てた時に、少し奥に大きな黒い物があった。
(なんだろう?)
好奇心が勝り、近づいていくと物はピクっと動いた。
物はゆったりと動きこちらを見た。
長い前髪からは綺麗な顔が見えた。少女だった。
青臭い匂いが、少女からしている。
(売春か…)
菫も何度も嗅いだことがある匂いだ。
菫は口の中が酸の味でいっぱいになった。未だに昔のことを引きずり続けるこの体が嫌になる。
(未だに昔のことを引きずり続けるこの体が嫌になる。もう10年以上前のことだ)
そう思い、雑念を払うように首を振った。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
声をかけると、答えは帰ってきたが少女の声は枯れていた。
大体売春をしている人は家がないことが多い、だから質問をしてみた。
「帰る家ある?」
ゆるゆると少女は首を振った。
「ねえ、俺の家に来なよ」
少女は目を見開いた。
「で、でも」
「いいから。」
強制的に手を引いて、喫茶店の隣にある菫の家まで連れて行く。
家の中に入ると、若葉と桃花がソファーの上で手遊びをしていた。
若葉はこちらに気づくとビックリしすぎて、唖然としている。
「若葉、この子お風呂に入れてあげて。今日からこの家に住むから」
「「え!?」」
少女も若葉も驚きの声をあげた。
「いや、今日から!?」
「そんな!!申し訳ないです!」
「うん。お風呂に入ってきてね」
菫はたんたんと告げた。
若葉はぎこちないが、少女の腕を引いてお風呂場まで案内していた。
「だぁれ?あの女の人」
可愛らしくコテンと首をかしげながら桃花が聞いてきた。
「ここの新しい住人さんだよ」
「遊んでくれる?」
「どうだろう。桃花ちゃん次第だよね」
「うん。いい子にする」
グッと握りこぶしを作って決意を決めた顔は不覚にも可愛く、菫は頬が緩んだ。やはり子供は癒される。と、そう思った菫だった。