天才と努力家のスクールライフ
「努力家!」
大声で名前を呼ぶ声が教室に木霊する。
「なに?」
そんなぶっきらぼうな、されど不快ではなさそうな声が返される。
「えっ?何反応してんの?唯の鳴き声だけど?」
……これは、怠惰なる天才と、努力し続ける秀才が織り成す日常の断片である。
◇
彼は天才であった。
その才は紛れもなく天より与えられたまさしく贈り物であり、その才を存分に活用した暁には全ての物事が上手く進んでいた。
だが、他ならぬ彼自身がそれを活用したがらない。
一目で全ての数字を覚え、人の心理を読み解き、万象を把握するその才を決して使おうとしない。
それは彼自身の諦め故か、それとも周囲の環境が異常を排除する……「普通」を望むが故か。
ともかく、彼はその溢れ出る才を使おうとしなかった。
……最もその「こぼれ落ちた才」のみで学業に、部活に、その全てにおいて軒並み最上位に君臨しているのもまた、事実ではあるが。
◆
彼は秀才であった。
万象を理解出来なくとも、その未知を解き明かし、道と為すための努力は誰よりもしている。
小学生……それどころか、その前段階である幼稚園の時から将来の設計を綿密に立て、情報収集を怠らず、自分の「才のなさ」を補完するように、人一倍努力していた。
別に彼は努力が好きなわけではない。
彼は「凡百な」人間故にその努力を面倒だと、やりたくないと思う時も勿論ある。
だが、その怠惰により生じるデメリットが一時の感情の振れよりも重いと──昔から集めている「人生失敗談」も相まって過剰なまでな──わかっていた。
◇◆
二人はこれ以上ない程に正反対の人種であり、これ以上ない程に反対の性格である。
されど……だからこそ、お互いに密かなる対抗心が湧くのであろう。
一方の彼が将来への布石として、生徒会長という役に就き、その鞭撻を存分に振るえば。
努力なんてするだけ無意味だ、と主張しようとするばかりに片割れが文化祭の指揮長を務め、その年の文化祭は例年以上の盛り上がりを見せる。
一方の彼が学年成績で全教科一位、という偉業を成し遂げたと思えば。
もう片方の彼は狂気とすら思える勉強量、そして積み上がる膨大な過去問による傾向分析と努力によりその天上の一位に切迫し、立ち並ぶ。
そんな正反対尽くしの二人の日常の断片。
正しく異常な高校生達のとある1日の話である。
これはある日の昼下がりのこと。
穏やかな春の日差しと、昼食後の緩慢とした雰囲気が教室を支配する。
次の授業が現代文だということも相まって余計に机に突っ伏している人も多いが……
「はーっ!!何これ草!」
そんな大声量により、強制的な目覚めを強要される。
皆が眠い目を擦りながら何事かと振り返る中、その天才は大声で叫ぶ。
「この積分面白!!綺麗すぎね!!?」
なんだ、いつもの発狂か。何でよりによってこんな眠くなる時間帯に。
各々が不満を抱きながら、うららかな微睡みの世界へと意識を移す一方、それに興味を抱く人がいた。
「どんな積分?」
彼のことは認めたくはないが、自分自身よりも圧倒的に優秀であり、独特の「数字への感性」を持っている。
そんな彼が面白い、綺麗だ、と評した……それ即ち「自分では確実に思い付かない」ということである。
彼は尋常ではない演習量を積んできたからこそ、知っている。
数学の……特に積分や整数問題では、常人には決して思い付かない天才的な変形を要求されることがある。
そんな変形をすることを彼は皮肉を込めて「宇宙からの電波受信」や「虚空から引っ張り出す」と表現し、もう片割れの天才は「天啓を授かる」と大真面目に表現する。
そんな彼が「面白い」と評した積分。
どうせ怪電波シリーズだろう、と当たりを付けて……そして、自分では絶対に思い付かないからこそ、知識として覚えておこう。
そんな心持ちで天才へと質問する。
その返答は至極単純であり、万感の煽りが含まれたものだった。
「え?この凄さが理解できるの?」
裏に「この天啓が天啓たる所以を努力家であるお前が理解できるのか」という圧を込めた煽りをぶつけられる。
そして、そんな煽りに対する努力家の返答も単純なものである。
「わからないけど?」
その瞬間、天才は苦虫を噛み潰したような苦渋の表情と、何かへの勝利による達成感と優越感、そして他の様々な感情が同居した複雑な表情を浮かべる。
「わからないから覚える。当然のことだよね」
天才様にはわからないかも知れないけど、と嫌みを付け加えながら返す。
しぶしぶとその積分の書かれたノートを手渡す天才。
それを受け取り、写真を取ってすぐに返す努力家。
そんな様子を見て、ふと湧いた疑問をぶつける。
「あれ?なんで写真取るの?」
それは煽りではなく、純粋な疑問。
写真を取らなくても、この場で理解すればいいし、仮に理解と暗記に死ぬほど時間がかかるとしても、このノート自体を借りればいい。
この数学落書き帳とも言えるノートは大量にあるのだから、一つぐらい借りても困らないし、何ならすでに数十冊単位で失くしている、ということは彼も知っているはずだ。
だから、借りるのを躊躇う理由がない。
そんな思いから出た疑問だった。
「それはフェアじゃないから、わかるよね?」
その思いを受け取り、珍しくその才を発揮し……そして数秒の後、その意味を理解する。
その数秒の間に努力家は自分の席へと戻り、その名に恥じぬ努力を積み上げていた。
それを見た天才は悪戯をする子供のような表情を浮かべ、大声を発する。
「努力家!」
大声で名前を呼ぶ声が教室に木霊する。
「なに?」
そんなぶっきらぼうな、されど不快ではなさそうな声が返される。
「えっ?何反応してんの?唯の鳴き声だけど?」