楽園の対価 後編
9月21日。細かい設定の変更に伴い文を少し修正しました。
2022/08/26 改稿しました。
「君はどうしてこの世界に召喚されたか分かっているかな?」
「......わ、かりません」
弱弱しく声に出す。
せめてもの反抗か外すように真横の壁に視線を合わせ青髪の研究者の姿が入らないようにするが、あまり意味のないようで、平然と話を続ける青髪。
「うん。では記録の前に説明しておこう。私の研究分野は祝福。そして、その研究には強い能力者が必要不可欠でね、数も必要だから少し前までは、研究が進まないことが多かった。奴隷を使うのも考えたが、強力な能力を有している奴隷はどれも高額。数を揃えるには現実的ではない。実験体の安定的に手に入れる方法が急務だった」
「その為の召喚術式ですか」
確か、僕がこの世界に来たとき誰かがそう言っていた。
その言葉に頷く青髪。
「その通り。この世界には能力の他に魔法と魔術と言うものがある。、ラグナロク歴以前、神がまだいた時代に、妖精族が編み出した力だ。自分の魔力を引き換えに、超常的な力を引き起こすことが出来る」
そう言いながら白衣のポケットから不思議な模様が書かれた手袋を取り出し、手にはめる。
そして、指を鳴らすと、空中に火柱が立ち上がった。
肌に伝わる熱波は確かに、火のそれで、幻でも何でもない本物の火がそこにはあった。
しばらくたち弱まっていく火。
突然のことに驚いていると、手袋を外し白衣に仕舞うと話を続ける。
「このように人間にも魔術を行使することが出来る。しかし、この魔術も皆平等に使うことは出来ないよ。―――話を戻そう。ある国の古い文献に、異なる世界から条件の合う人物をこちらの世界に呼び寄せる召喚術式を見つけた。唯一の障害は相当量の魔力が必要なことだが―――魔力だけならどうとでもなったよ。魔力量が多い者も貴重ではあるが、祝福者と比べて数が少ない訳ではないからね。価値にしてそうだな。高位祝福者一人の十数分の一といったところかな。それに魔動機に調整を加えれば魔力供給者が簡単に死んだりしない。例え死んだとしても数度に一人程、それぐらいのリスクで足の付かない高位祝福者を手に入れる事が出来るんだ。素晴らしい術式だよあれは」
ハハハと笑う青髪。
訝し気な顔で睨みつけているのに気付いているにも関わらず、平然とした面持ちでそこに立っている。
胸糞悪い。
「僕にそんな能力ある訳が......」
「心辺りはあるだろう? 小銃を踏み砕いたり、相当量の薬物を投与しても動いていたり」
青髪の言葉に思い出すように気付く。
確かに自分でもおかしいと思うところはあった。今思えば普通の人間では出来ない事だ。
「でも、そんな能力持っていませんでした。使えるようになったのもこっちに来てからです」
「ふむ。まぁそうだろうね。だが、そんなことは知っていたよ。何せ今まで散々召喚して来たからね。君達実験体は君達の世界と私達の世界、その間を通る時、何らかの影響で君達に眠る力を発現させるんだろう。それが何なのか、気にならないと言ったら嘘になるけど、今はそんなこと調べている余裕ないから放置しているよ」
ふざけんな。ふざけんなよこのクソったれ。
「貴方達には罪悪感は無いんですか? 勝手に人を連れて来て少しも悪いとは思わないんですか?」
「無いね。私は、私の研究の為に幾ら犠牲を払っても構わないと思っている。それ程、重要な研究を行っているんだよ。人族だけじゃない、この世界に住む全ての種族に関わることなんだ。他人の世界の事なんて考えてはいられないよ」
震え声の言葉に落ち着いた声音で言う。言い切った。
どうしようもない怒りが恐怖と混じり合い、形状しがたい感情が湧き立つ。
気付いた時には目端に涙が流れており、どうしようもないこの感情を目の前の男にぶつけた。
「こ、この悪魔!」
「幾らでも罵ってくれて構わない。それ程の所業を私達はしているのだから。だが、先にも言った通り、謝罪もしないし悪いとも思っていない。君達実験体に敬意を持ってはいるがね。―――さて! そろそろ研究を再開しようか」
身体のどこかにあるスイッチ。
カチリと切り替わると、自分でも分からない誰かが僕の身体を支配される。
それが、今まさに起ころうとしている。
「ふざけんな! ふざけんな! 殺してやる! 絶対にころっ―――あぁぁぁああっああがっがああああ!!」
人格が変わったのを感じる。
まるで爆発したかのような怒気を露わに青髪に掴みかかる。
だが、手が届かない。
寸での所で見えない力で身体を床に押さえつけられ、阻まれた。
それと同時に手足に付けられている魔動機から異常なまでの激痛が走る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
ついさっきまで思っていた青髪への殺意は消え去り、身体の中から無数の針に刺された痛みだけがが残った。
「さっきも言ったけど僕は君達実験体を尊敬している。だからこそ、君の働きに報いようと子供達の住む区画に移動させたし、出来るだけ君の希望に沿うよう努力するつもりだ。......でも、それは私に従ってくれている間に限った話だ。言っている意味は分かるね?」
穏やかな口調でうつ伏せに倒れている僕の傍に屈む。
まるで子供を諭すように言ったその言葉。
その優し気な声に含まれる真意を察した僕は、忘れられる筈もなかった記憶が一気に押し寄せると同時に、しなければならないことを恥ずかし気もなく実行に移した。
「ごべんなざい。すみまぜんでした! い、いうこと聞きます。貴方に従いますから痛いことしないでください!」
自分の無力さに涙を流す。
目から溢れだす雫でまえが見えない中で、必死に声を上げ許しを請うその様に、自分自身を嫌いそうになる。
情けない、情けない......。己のみすぼらしいその姿で、痛みが治まるまで諸悪の根源である白衣を着た悪魔に許しを求め続けた。
「安心しなさい。君は今までの実験体より優秀だ。それに実験にも良く耐えている。君が優秀で従順でいる限り、君は今の暮らしが出来る。それは忘れず、努力をして欲しい」
そう言いながら白衣から取り出したスナックバーをそっと僕の手に握らせる。
「......はい」
僕はそれを握り締め、これから始まる記録と言う名の実験に耐えるのだった。
「主任。少しやりすぎではないですか? あれでは......」
「いいんだよ。あの程度で壊れるようならそれまでの物だったということだ」
ハンナの控え気味な抗議を一蹴すると、腕を組みモニター越しに説明を受け怯えながら能力を使うあの子を見ていた。
その目は期待で満ち、今まで欲しかったものがやっと手に入った子供のように明るい表情の青髪を一瞥し、同じくモニターに移っている彼を見る。
時折、流される激痛に苦悶の表情を浮べながら涙を流し、言われた通りにこなす子供。
それを、嬉々として見入る大人達。
話す声は上擦り、笑顔を浮かべる者までいる。
狂ってる。
手に力が入り、両手に抱えるように持っていた書類に皺が付く。
「ごめんなさい......」
小さく呟くその言葉は、スピーカーから聞こえてくる悲鳴に打ち消されてしまうのだった。
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