無垢な者達の暴力
9月27日誤字脱字修正を行いました。
2022/8/23 改稿しました。
「さぁ。ここが今日から君の住む家だ」
扉の傍にある装置に端末を翳す。
電子音と共に開いた扉に、僕を誘った。
中には子供達が大勢おり、絵本のを読む者、玩具で遊ぶ者、走り回る者、数十人の子供達が遊んでいるではないか。
「あ! おじさんだ!」
「本当だ、おじさんだ!」
子供が青髪を見つけると皆、口をそろえて駆け寄る。
「こんにちわ皆さん。今日も元気ですね」
「おじさん今日のお土産は?」
「ちょっとアイリス! ごめんなさいおじさん」
「良いんですよリゼッタ。―――皆さんにお土産の代わりに今日はお友達を連れてきました」
男は両脇に抱きついてきた子供の頭を撫でながら、優しい声音で話す。
「ともだち?」
「新しく一緒に遊ぶ仲間が増えるってことだよ」
口々に話し始める子供を微笑みをもって見守る青髪。
子供達が落ち着くまで待ち、頃合を見計らい、僕に前に出るように促した。
「こっちへ来なさい」
「......はい」
大人しく指示に従い、前に出た。
思わず身じろぎしてしまう程の、 好奇の視線が身体に刺さる。
それは、怒りや恐怖以外に久しく感じた他人の感情。
おそらく、僕が裏で何をさせられているのか知らないのだろう。
「まっくろなかみ!」
「おばけみたい......」
「コラ!」
転校したら初日のような緊張を感じながら、子供達の表情を眺め、青髪の言葉を待った。
「今日からこの子もみんなの仲間になります。困っていたらみんなで助けて上げて下さい」
僕の頭に手を乗せ、子供達に紹介する。
青髪の手が自分の頭に乗っていると思うと気持ち悪くて堪らないが、目の前の楽園が見えているから我慢できた。
ああ......また、身体の中から何かが溢れそうになる。
抑えろ......。
「ねぇあそぼ!」
「あそぼ!」
何時の間にか青髪の話が終っており、知らない間に部屋から出て行っていた。
ほっと一息吐き、自身を落ち着かせる。
無邪気な子供達に両手を引かれるまま部屋の奥へ。
その間、子供達にヘズのことを聞こうとするが―――。
「あの......「こっちでえほんよんで!」」
女の子に絵本を読ませ。
「えっと......「わたしたちとおままごとしましょ!」」
他の女の子達と一緒にままごとをした。
何故か、僕が姫様になった。
「ちょっと......「こっちでおいかけっこしようぜ!」」
部屋の中を男の子達と走り回った。
ずっと部屋の中で生活していたから体力が殆どなく、直ぐに息が切れてしまい、最後には馬になってとせがまれ三人同時で乗られ、重さに耐え切れずに潰された。
「はな「こんどはわたしたちとお話をしましょ!」」
「いいやおれたちとかけっこするんだ!」
「ちがうわ! わたしたちとまたおままごとするのよ!」
「お話!」
「かけっこ!」
「おままごと!」
潰れた馬の状態から立ち上がろうとする。
だが、四方八方から現れた子供に、うつ伏せに倒れてた僕の手や服や髪を掴まれ、それぞれの方向に向かって引かれた。
「ちょっ! 痛い! いたたたたたっ!」
それを見た他の子供達も何かの遊びと勘違いしたのか、我先へと僕の身体に飛びつき、更に多数の方向へと伸ばされる。
力の加減がまだ分からないのか、所々の力が凄く強い。
かと言って、振り払おうとして、何かの拍子に能力が発動したら大変だ。
「かみ長いね! 切らないの?」
「よく見るとお顔がとってもきれいだわ! こんど中庭のお花ばたけでお花のかんむりを作ってあげる!」
「お願いだから上から退いて!」
割と本気の声。
でも、幼い者達は留まる事をしらず、ただ己の欲望のままに動き続ける。
ダメだ......。
このままでは死んでしまう。
子供達はこんなに元気があるとは予想外だった。
最終的には数人の子供達が、身体の上へと勢い良く飛び乗り、最後にはうーうーとうめき声しか出なくなった。無念だ。
そんな、諦めかけていたその時。救いの女神が僕の所へやって来た。
「コラ! 貴方達! 何をやっているのですか!」
「ヘズねぇーちゃん!」
「ヘズねぇーが帰ってきた!」
鶴の一声とは正にこのこと。あれだけ欲望のままに僕を玩具にしていた子供達が、波が引くように退いて行き、ヘズの所へ走って行った。
何とも勝手な事だ。
あれだけもみくちゃにしておいて、誰一人として心配する声が聞こえない。子供はこれくらい元気な方がいいのは分かっている。でも、これだけしてあげたんだから少しぐらい感謝してくれても......いや、小さな子供に何求めてんだ僕は。
「くろいかみのおねぇーさんにあそんでもらったの!」
「黒い髪? ......っ! まさか! その人は何処に居ますか?」
「こっちこっち!」
「みんなであそんでたらたおれちゃった!」
子供に手を引かれながら僕の傍に来ると、膝を付き手探りで僕を探し出す女神様。
ボサボサになった頭を撫でられた時には、ヘズの顔は神妙な物へと変わっていた。
「貴方は!? ―――貴方達。この人に何か言う言葉がある筈です! 見てみなさい。貴方達が寄ってたかって上に乗るからこの人はこんなになっていますよ!」
僕を指差し子供達を叱り付ける。
そんなヘズを見た子供達は、急いで僕の周りに集まった。
反省しているようで、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
声を出し過ぎて疲れた為、手を上げて謝罪を受け入れると、身体をおこし、ボサボサになった頭を手櫛で直す。
「「「「ごめんなさい......」」」」
「大丈夫ですか? この子達がすみませんでした......」
「......良い。ヘズ、悪くないし。僕も楽しかった、から」
玩具にされただけではあるが、久しぶりに誰かと遊んだからか結構楽しかった。
比較するようなことではないが、実験に協力しているより万倍こちらの方が良い。
「この子達がここに来た時は、貴方と同じようにされたんですよ。皆、元気が有り余っていて手加減を知りませんから。困ったものです......」
困ったとは言っているが、顔は笑っている。
十中八九嫌いだとは思っていないその表情は、子供のことは好き何だなと簡単に推察することが出来た。
「みんな、許してくれるそうですよ。今度からが、遊んでもらう人のことも考えて遊んでもらいなさい。良いですね!」
「「「「はーい!!」」」
「本当にすみませんでした」
もう一度ヘズが謝る。
元々そこまで嫌と言う訳ではなかったから、別にそこまで謝罪する必要はない。
そう、ヘズに言おうと口を開くが、再度、後ろから小さな刺客に襲われた。
「良いよ。そんなにおこ「じゃあぼくとあそぼ!」っ!? 痛い! ちょっと! いたたたたたっ!」
背中から抱き着き、子供自身が後ろに倒れそうになる所を僕の髪の毛を掴み、自身の身体を支えた。
「コラ! 言ってる傍から!」
「ヘズおねぇがおこったぞ! にげろー!」
「もう! ―――大丈夫ですか?」
ヘズは心配そうに、僕の乱れた髪を整えてくれた。
しかし、子供達と言うのはどこまでも無邪気で、恐れを知らないものだ。
「う、うん。だいじょう「わたしとあそびましょ!」ぶっ!」
正面から駆け寄って来た少女に抱きつかれ、勢いよく僕の鳩尾に小さな頭がめり込んだ。
ビリリと身体に稲妻が走る。
痛みに悶絶し、膝を付くと前のめりに倒れる。
「ちょ、ちょっと! 貴方達本当に人の話を聞いていたの!」
「う、うぅー。さ、すがに痛い」
結局、この日はヘズと満足に会話は出来ず。
次々に襲い掛かった子供たちの遊び相手に一日を費やした。
加減を知らない子供達に、あれやこれやとして挙げている内に夜になった。
心地いい疲労感を感じながら、床に寝転がっていると、ヘズに呼ばれ、子供達と一緒に軽く部屋の案内をしてくれた。
僕が入って直ぐ、子供達に襲われた遊ぶ為の部屋の他に、数人毎に部屋が割り当てられており。
比較的年長者の子供が部屋長となり、他の幼い子供達の世話をしている。
また、子供達全員が食事をする為の食堂もあり。
驚いた事に専用の料理人たちが、朝、昼、晩と食事を作ってくれると言うではないか。
食堂内も何というか、近代的で、テーブル毎に設置されている端末から注文。自動で配膳するロボットがテーブルまで運んできてくれる。
昼にご飯を食べに行ったが、今まで僕が食べていた味のしないペースト状の物体ではなく、ちゃんとした料理だ。
ハムやベーコンやチーズなどを野菜と一緒にパンに挟んだサンドウィッチとコンソメスープ。
それも、ちゃんと味がする上に美味しい。
その上、デザートにアイスクリームもあるというのだから久しぶりに満腹を味わうことが出来た。
食事が終わり、残るはお風呂と就寝。
大きな浴場もあり、時間毎に男女で分かれて入るというので色々迷って後に、渋々ヘズと一緒にお風呂に入る事にした。
自身の身体に葛藤しながら、素早く手早く身体を洗い、周りを見ないように大きな湯船に肩まで浸かる。
久しぶりに入った風呂はとても気持ちよく、思わず寝てしまいそうになる。
それが終わると、あっと言う間に就寝の時間に。
「大勢子供が居てヘズは疲れないの?」
二段ベッドの上から下に寝ているヘズに話る。
暫く、間が開き。
落ち着いた口調でゆっくりと話し始めた。
「そうですね......私自身子供は好きですし、何時もはハンナさんが一緒に子供達の世話をしてくれます。それに、今日はありませんでしたが、頻繁に開放して子供達と遊んだり、中庭に出たりする事があるので、四六時中一緒と言う訳ではありません」
確かに、僕が初めて隔離室の外に出た時にも廊下を走っている子供を見た。
この研究所はどれだけ広いんだよ、なんて思いながら、会話を続ける。
「ハンナがここに?」
「はい。今日はなんだか忙しいみたいで来れませんでしたけどね。―――それより貴方は疲れませんでしたか?」
「疲れた。でも、楽しかったよ。こんなに楽しかったのは久しぶりだ」
思えば、ここに来てからというもの四六時中気を張り詰めていた。
毎日、薬の痛みに悶えながら、この先どうなるんだろうとか考えていると、自然と気も張るというもの。
でも、ここに来てから、心が安らいだ気がする。
これも、子供達のおかげか。
「それは良かったです。でも明日から、毎日のように今日みたいなことが何度もあるかもしれません。辛くなったら言ってくださいね?」
僕に気を遣って優しく声を掛けてくれるヘズ。
「......あそこよりマシ。それに、あんなに美味しい食べ物を食べれるのなら子供達に何されても許せる」
「? あそこ? ふふ......そうですか。明日も早いです。今日はもう寝ましょう」
「―――うん。おやすみヘズ」
「おやすみなさい」
その言葉を最後に僕は目を閉じ、静かに夢の世界に入って行くその時を待った。
今日は良く眠れる気がする。
「......んん」
朝。
窓から朝日が部屋の中に差込み、遠くから鳥の囀る声が聞こえてくる。
目を閉じたまま、耳を凝らす。
ヘズはまだ寝ているのか寝息がベッドの下から小さく聞こえてきた。
まだ起きる時間じゃないか。
もう少し寝ようとシーツを肩まで深く被り、寝返りをうつ。
「んん?」
すると、何かが僕と同じベッドにいるのを感じた。
シーツの中から自分じゃない熱の持ったなにかがいる。
僅かに覚めた頭。瞼を開き、その何かを確かめる。
「......」
子供が寝ている。
僕のベッドの中で。
もしかして、寝惚けて入って来たのか?
同じようにシーツを被り、クマのぬいぐるみを両手に抱いたまま寝ている女の子。
一瞬、起そうと手を伸ばすが、気持ち良さそうに寝息を立てて寝ている顔を見ていると手が止まった。
「......寝かせて上げよう」
少し出ている女の子の身体に全体が入るようにシーツを被せる。
それから、僕は小さく欠伸をすると、そのまま再び夢の中に落ちていった。
「朝ですよ」
「―――おはようヘズ」
「おはようございます。―――あら? アメリアったら貴方のことを気に入ったみたいですよ?」
ヘズの視線の先を見るとワンピースの端を握った状態で寝入っている女の子が見えた。
「朝起きた時もう居てた。どうしてこの子がいるって分かったの?」
「目が見えない代わりに耳が良いんです。起きた時に二人分の吐息の音が聞こえました。一人は貴方。もう一人はアメリアの寝息の音です」
「覚えているの?」
「自然と覚えてしまうんです。貴方の寝息の音も覚えましたよ?」
「......そう」
何だか照れくさくなり赤くなった顔を隠そうすると、ふと視線を感じる
「くろいかみのおねぇーちゃん。なんでおかおあかいの?」
「......」
「あらあら」
いつの間にか起きていた女の子は、無垢な疑いのない表情で聞いてくる。
さらに恥ずかしくなった僕は、声が出ずにそのまま梯子で下に下りると、廊下へ逃げるように部屋から外に早歩きで出て行った。
足早に出て行ったが、目の不自由なヘズを置いていくのはどうかと思い、部屋の外で待つことにした。
それから、暫くしてからアメリアに手を引かれながらヘズが出てきた。
「ごめん。一人で出て行って」
「いいんですよ。身支度を済ませて朝食にしましょう」
気を取り直してアメリアと二人でヘズの手を引きながら洗面台に向う。
僕達が着いた時にはもう子供達は起きだしており、長い洗面台に皆犇き合っていた。
「ヘズねぇーちゃんおはよう!」
「おはようヘズねぇーちゃんとくろいかみのおねぇーちゃん」
「おはよう」
「皆朝から元気ね」
ヘズが来ると皆洗面台の前から退き、皆ヘズの為にスペースを開けてくれている。
僕は用意された歯ブラシで歯を磨くと、顔を洗い、子供の一人から渡されたタオルで顔を拭く。
身支度を済ませると、子供達と一緒に食堂へ。
「ヘズ」
「―――? 何ですか?」
コップに注がれたオレンジジュースを飲んでいるヘズに、昨日から思っていたことを話すことにした。
「髪切り「ダメです」......え?」
言い終わる前に否定される。
まるで、分かっていたかのような速さ。
「あの......ヘズ」
「ダメです。そんなに綺麗な髪なのですから、切るのは勿体です。結ぶだけにしましょう。ね?」
何時もは優しいゆっくりとした口調のヘズが、何だか真剣な面持ちできっぱりとした口調で僕に言い放った。
あまりの変化に僕は言葉を失い、ただへズの『いいですね?』と言う強い口調に小さく頷くことしか出来なかった。
何で、髪の毛を切りというだけで、そこまで止めようとするのか些か疑問ではあるが、ヘズのいう事だ。
大人しく従おう。
気を取り直して目の前の暖かい食事を楽しむ。
柔らかくモチモチとしたパンの触感を味わい。
その上に乗ったイチゴのジャムの味を噛み締める。
カリカリのベーコンも、シャキシャキとしたサラダも、全部美味しい。
髪の事を忘れるほど朝食を楽しみ、味わい尽くした。
最後にオレンジジュースを飲み干すと口の中に広がっている甘い余韻に浸る。
「......」
視線を感じその方向に視線を向けるとヘズがこちらを見つめていた。
「......どうしたの?」
「いいえ。美味しそうに食べるなと思いまして」
「え? でも見えないんじゃ......」
「今朝言ったように音で大体何がどうなってるのかが分かるんです。今は貴方の食べる音で分かりました」
「っ! ―――うるさかった?」
口元に手を当て、申し訳なさそうに視線を落とす。
そんな僕に対してヘズは笑い。首を横に振るう。
「違います。貴方の咀嚼音が大きいのではなく、私の聞き取る聴力が特別いいのです。聞き取るだけじゃなくて、聞き分けることも出るんですよ?」
「......すごいね、ヘズの耳は」
「褒めてくれるんですか? ありがとうございます」
「......」
失敗したな。
これからはもう少し、落ち着いてご飯を食べる事にしよう。
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