百合に挟まる兄
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不定期になりそうな予感......。
専属にする、と言われて数時間。
静厳の自室にある、執務室で移動したのだが、やることと言ったら、棚から書類を取って渡したり、換気してくれと言われ窓を開けたり、雑用にも満たないお使いのような、事ばかり。
そんなんだから直ぐに、手持無沙汰になってしまった。
本当なら、あの手この手でここを抜け出して、直ぐにでもハウメアの部屋を探したい所なのだが、如何せん相手は当主の実子、無理に離れてことが荒だったら、事だ。
ことを焦れば仕損じる。
ゆっくり、機を伺おう。何、夕食までに帰れば彩華にも勘繰られない、時間はまだある。
「時に」
「はい」
「お前の家はどこにある?」
「......へ?」
「婚約した旨を報告せねばなるまい」
背筋を伸ばし、机の上の書類に目を通しながら、そう言う。
「............はい?」
間抜けな声が出てしまった事を気にすることなく、何かの冗談だともう一度、聞き返した。
「お前の実家はどこにある? 生家は何処か? 大事な娘を貰い受ける故、それ相応のことはせねばなるまい」
「それはダメです! いけません」
思わず声を上げてしまう僕に、特に驚く様子はなく、紙に視線を落とし、ペンでスラスラ書いている。
まさに、初志貫徹。
己の心を律している証拠だ。
「何故だ? 七五三木の人間たるもの、礼を欠いては沽券にかかわる「いやそっちじゃなくて、結婚の方です」」
話が終わる前に、矢継ぎ早に言葉を投げかける。
「もしや、許嫁がいるのか」
「―――いや、許嫁と言うか、恋人と言うか......」
ボンッ! と顔が爆発するほど赤くしながら、ハウメアの事を思い出し、誰も聞いていない言い訳を並べ始めた。
そんな、僕を一瞥し、『そうか......』と吐息を漏らすように呟く。
「分かって貰えました「では、その者の名を教えよ」......え?」
書類の束を重ね、数度机の上に立て、叩き、整えると、机の上にある棚に仕舞う。
「七五三木家当主、七五三木正十郎の子、静厳が、我が名誉と誇りを以て、その者に決闘を申し込む」
「......何言ってるんですか」
思わず本音が出てしまった。
そして、静厳とハウメアが僕を取り合い、戦う姿を想像してしまった。
「七氏族として生まれたのなら、戦いを以て委細を決めるのは常。己が愛した者を嫁にしたくば、強くなければならない。お前の許嫁もそれは重々承知しているだろう。ならば、夫となるのはどちらかなど、言の葉を交わさうまでもない。刃と刃、拳と拳を交えば、自ずとどちらが相応しいか見えてこよう。
何を言ってるのかさっぱり分からない。
確かに、僕は男だが、女になることも出来る。だから、理論上は男と結婚することも出来るだろう。
しかし、精神の上ではしっかりとした男性であり、恋愛対象も女性だ。
......待てよ?
求愛を交わす為の術を思いついた僕は、直ぐに実行へた移した。
「私こう見えて結構、若いんです」
そう言いながら、どう見ても幼気な少女にしか見えて胸に手をあてる。
作戦一、子供であることを利用する。
静厳は見た目から推測するに十八歳から二十歳。
現実世界で見れば、小学生に向かって高校生が『結婚してくれ』と言ってるようなもの。
メイドの恰好をしていたから、年頃の女性と勘違いしたのだろう、その考えを、年齢と言う現実を与えれば、自分がどれだけ非常識なことを言っているか理解するだろう。
「幾つだ?」
それきた。
「確か今年で十一歳だったかと」
「そうか......」
これで分かってくれただろう。
「だから、私は「構わぬ」......」
絶句。
こいつ、数年前まで幼女だった子供に......。
「年の差など些末事。私の前では障壁にならん」
作戦一、失敗。
ならば、作戦二、身分の差を利用する。
ロッテにお茶に誘われた時、聞いたことがある。
王城に努めるメイドは貴族の子供が多いらしい、それだから、仮に王族の誰かに見初められたとしても、貴族の名を冠していることから、つり合いが取れ、側室になることがあるそうだ。
話を戻そう。
ならば、この屋敷内で働いている者も、少なからず高貴な生まれの者が従者やメイドをやっているのだろう。
だから、そうだと思い込んだ静厳は、僕に結婚を申し込んだのだ。
現に、静厳は家のことを聞いてきた。これは、自身の家と、相手の家を天秤にかけようとしていると予測される。
つまり、僕の身分が低い家の生まれだと言えば、つり合いが取れないと諦めてくれる筈。
「それに、私の生まれは......スラム。そう、貧民街の生まれでして、静厳様と結婚するなど、あまりにも恐れ多く......」
一瞬、ペンの動きが止まった。
これは効いた筈。
そう確信した僕は、思わず上がった口角を戻し、必死に無の表情を作ることに努める。
「......そうか」
「はい、ですから「構わぬ」......へ?」
「我が父の後妻、妹の母は流浪の冒険者の血を継し者だった。父は母と大恋愛の末、婚姻に至ったと聞く。幼少の時、二人を見た際は、正に理想の夫婦であった。故に、私もそうしよう思う。例え、お前が悪魔の腹から産み落とされた忌子であったとしても、お前を愛すと誓おう」
筆を止め、隣に控える僕を見上げそう言う。
相変わらず、感情の色は見えなかったが、その真剣な視線には同姓の自分であっても、胸を高鳴らずにはいられない。
「......」
ときめいてなんかいない。相手は男、しかも恋人の兄だぞ? あり得ない。
ヘズにハウメアで僕の心は既に定員オーバー、他の誰かを愛すのは無理だ。
作戦二、失敗。
仕方がない、使いたくなかったが、最後の手段を使うしかない。
作戦三、性別を利用する。
全ては、女性と男性が前提で静厳は僕に行為を抱いている。
そう、女性だと思っているからだ。
なら、本当の性別を明らかにすれば、それだけで好意の前提条件が破綻し、恋の対象から外れるだろう。
しかし、それには、一つ、デメリットがある。
僕の正体が、バレるかもしれない。
そうでなくても、メイド服を着た男が屋敷内にいるのだ。
明らかに、侵入者だし、即捕縛なんてこともありえる。
だが、僕はやる。
ここまで好意を抱いてくれた人に対して、小手先の良い訳で躱すのは可哀そうと言うもの。ダメなら、ダメと、ちゃんと理由を言わなければ筋が通らない。
筋道を通した上で、断れば、相手も分かってくれるだろう。
その結果、正体がバレたとしても、それはもう仕方ないこと。
「私は、僕は男です」
「......何?」
「だから、貴方の想いに答えることは出来ません」
「............そうか」
先ほどより、熟考した様子で、書類に目を落としている。
そのペンを持った手は動いておらず、真剣に考えているのがうかがい知れた。
「すみま「構わぬ―――は゛ぁ゛!?」
「同姓であっても構わぬ」
「いや、構えよ!」
本音が溢れだしてしまい、瞬時に取り繕うと、一度、深く深呼吸してから、再度、静厳を諭そうとする。
「―――しかし、子供を産めぬのは考えねばな」
「いえ、ですから」
「お前の姿形を変えているのは知っている」
「ッ!? 何で......」
「最初、壁に感じた気配と、お前と出会った時に感じた気配に違いがあった。この私が気配を感じ間違えることはあり得ない。故に、一つの正体に二つの気配が存在する。―――そして、気配とは、人の身体から無意識に漏れ出す魔力の残滓、魔力の長けた者であるならば、漏れ出す魔力の量で、能力を使っているかどうか容易に予測は可能だ。そして、何故、私が、お前の姿を変えていると分かったのは身体の動かし方におかしな点が見受けられたからだ」
書類を整理し、先ほどと同じように棚に仕舞うと、立ち上がり、隣に立っていた僕の目の前まで近づく。
「身体と言うのは、年齢を重ねる度に、少しずつ大きくなってく。当然、伸びた手足、大きくなった体躯にあった動かし方も一緒に身に付くもの。それが、お前にはなかった。二つの魔力の残滓、慣れない足運びに身体の動かし方、二つの点を加味し、私は変身か変化かの二つの結論に至り、さらに、そこから漏れた魔力量から、身体を|魔力で覆い変身しているのではなく、魔力を使い身体その者を変化させていると思い至った」
後ろに下がる僕に、にじり寄って来る静厳、次第に追い詰められ、本棚を背に、逃げ場を失くしてしまう。
「そこまで分かっていて、何故僕を捕まえないんですか?」
「先ほどから言っているだろう。―――愛故だ」
「馬鹿にしないで下さい」
「伊達や酔狂で言っている訳ではない。あの場所、あの花畑で私は見た。お前の大空のように澄んだ魔力の残滓を、一目惚れだ。ここまで、人に夢中になったのは初めてだ」
「そんなことで一目惚れ?」
「人は人に好きなるなど、恐ろしい程単純なことだ。他愛もない問題を助けてくれた、美味な食事を作ってくれた、魔力の色と言うのは、持ち主の心の色と言われるように、その者の真意を表している。―――私はお前の美しい心に惚れたのだ。惚れた相手の年齢や家柄、性別など私にとっては全て取るに足らない些末事よ。この腕を以て、全ての障害を払いのけ、お前を我が妻よして迎え入れる覚悟」
片膝を付き、視線を合わせると、未だ頭の整理が出来ずに震える小さな白い手を優しく握り、己の想いを告げる。
「懸想している相手がいると言うのならそれもいい、その者が私になるまで愛することにしよう。お前が誰かの回し者で私を殺しに来たのならば、構わない。我が力で、か弱い身体に巻き付いた茨の蔦を千切り払おう」
「いや、あの......」
あり得ない! あり得ない!! あり得ない!!!
この僕が男にときめいている何て。女性の身体になり過ぎて精神までも女によって締まっているのか?
アワアワしながら、顔を夕焼けの如く赤う染めながら、優しく掬われた手を振り払えずにいる。
「迷いがあるなら私の手を握るがいい。そうすれば、お前が我が腕の中に眠っている間に、委細の全てを片付けてやろう」
二人の間には、桃色の空間が形成されており、まさに、姫と王子いったように、物語の一幕が演じられている最中である。
本物の演劇と違うのは、演技が嘘か真かと言う点だけ。
そんな、大演劇には勿論、観賞する者はいるようで、『伊達た酔狂で―――』の辺りから、騒ぎを聞きつけたメイド達が集まり、外に繋がる扉の隙間には無数の人の目が二人の行く先を見守っていた。
それに、静厳は気付いているが、肝心のエリスの方は点で気付いておらず、未だ、演目が行われていると言う訳だ。
「ご、ご、ごごごごごごごッ! ごめんなさ――――――ーいッ!!」
顔を両手で覆いながら、大声を上げ、部屋を出た。
何故か、廊下には何十人ものメイド達が同じ場所を掃除していたが、そんなことはどうでも良い。
今は、このどうしようもない感情を発散させなければ。
取り残された静厳は、未だ本棚の傍から動かず、しかし、傷ついていると言う訳でもなく、反芻するように、目を閉じ態勢を維持している。
「愛い奴だ」
エリスが閉め忘れた扉からは、遠ざかって行く謝罪の声と、女性の黄色い歓声が漏れ聞こえてきた。
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