イチャイチャは程々に
結局、今日中に読み切ろうと思っていた本を読めずに、ほぼ一日ハウメアとイチャイチャして気付けば夕方。
「帰るわ!」
「はい」
じーと何かを求めるように僕の顔を見る。
それに、訝しげに彼女を見て、右左と見渡し誰もいないことを確認すると、ハウメアに近づき。
「......」
「っん......ちゅ......」
そっと唇を重ねる。
人目を気にして恋人になるというのは、何かと気を遣う、だから、キスをするのは一日一回。誰もいない、この建物でと言う決まりを作った。
当初、ハウメアはこの決まりに反対した。
『折角、恋人になれたのに!』、とそれはもう烈火の如く荒れ狂った。
これだけ反対するのも僕を愛するが故。
本当なら僕だって......恋人らしいことをしたいし、してあげたい。
しかし、今はそれよりも優先すべきことが山積しているのだ。
時間は有限、もう半年もない。
今日だってオネアオスキア魔法国の具体的な順路を考えるために、有名な旅人を題材にした小説を読みたかったのに。
夜寝る前に読むか。
「......ずっとこうしていたいわ」
「......ですか」
「国の外に出たら毎日出来るわよね?」
燃えるようなに上気した顔で、頷く。
「私、頑張るから。絶対に奈鬼羅になるから」
「無理だけはしないで下さい」
その言葉にもう一度、唇を落とし『努力はするわ』と言って、名残惜しそうに帰って行った。
はぁ......可愛いな......。あんなに可愛い子が僕の彼女で良いのかな?
なんて、去り行く後ろ姿を見つめながら惚気ていると、仕事から戻って来た彩華の姿は見えた。
手を振ると、彩華も手を上げ返してくれる。
帰ろうと、玄関へ行き靴を履くと扉を開き、本邸へ向かった。
次の日。
前までは、彩華の居る時は彩華に授業をしてもらっていたのだが、能力が使えるようになった時点で既に教えてることはなくなっていた。
彩華はお役御免でハウメアも週に一度だけ。そのため、今は自主鍛錬になり一人で練習をしている。
「おはようございますエリス」
「おはよういろ「お姉様」......お姉様」
授業がなくなったが、本邸に一緒に住んでいるから毎日顔を合わせる。
朝昼晩ご飯。彩華が家に居る時はお茶を飲みながら話したりもするし、前なんて外に出た時の話をしたら、興味を持ったようで二人で外に出かけた。
ガチガチの護衛付きで。
だからむしろ、離れに住んでいる時より一緒にいる時間は長いのだ。
挨拶を済ませ、だだっ広い部屋で朝食を取る。
食べている時は話したくないのか、食事中の彩華は終始無言だ。僕も、それに合わせて話さずに食事をとる事にしている。
メニューはパンに、野菜やベーコンの入ったコンソメスープ、ベーコンにスクランブルエッグとごく普通の一般的な朝食。
だが、味は絶品で、今まで食べたどのものよりも美味しかった。
離れでも同じようなメニューは出て来たのに、どうしてこれほど味が違うのか何て疑問に思い、メルビット達に聞いてみたら、どうやらあの時は六人のメイド達が離れに備え付けられた厨房で作っていたらしい。
食事をすませ、二人でお茶を飲みながら会話を楽しんでいる。
因みに佐々実は、夜が遅かったようでまだ寝ている。
あの人もあの人で、最初は怖い人かと思っていたが、話せば普通に優しいおじいさんだった。
『困った事はないか?』
『必要な物があるのなら遠慮なく言いなさい』
『離れを壊してごめんなさい? ハハハッ! 構わん構わん。あの程度なら幾らでも壊しなさい!』
なんて、親戚のおじいさんかと見紛うくらいの懐のデカさ。
どの遺伝子を受け継いだら奈鬼羅クレイジーサイコが生まれるのか分からない、なんて考えたほどだ。
聞くところによると、彩華が生まれて直ぐに妻を亡くし、二人の娘は一切手のかからない子供で子育てらしい子育てをしてこなかったから、もう一人ぐらい子供を育ててみたかったらしく。
それならと、子供の仮面を被り、存分に甘えることに。
最初は『~と言う本が欲しいです』とメイド経由でお願いしていたが、どうやら佐々実は直接お願いをして欲しいようで、次から直接言うと『そうかそうか分かった用意しよう』から始まり礼をすると『可愛い娘の為だ』から彩華も参戦『これが欲しいならこれも買って差し上げたらどうです?』とあれやあれやと話している内に、一冊本が欲しかっただけなのに、部屋一杯になるぐらいの本の山が送られてきた。
甘やかされ過ぎて怖い。
「エリス。今日の予定は?」
「外に散策へ出ようかと。い「お姉様」お姉様は?」
反応早いな。
「私は今日も仕事よ」
「前々から聞こうと思ってたんだけど。お姉様はどんな仕事をしているんですか?」
「え? そうね......氏族内の関係を保つ為の催しを企画したり、区画外にいる分家から国内外の情勢を聞いて六花家がどのように動けば利になるか考えたり、かしら」
「大変なのですね」
「それなりにね。でも、止めたいってほどではないわ。前に出てバチバチ戦うより、頭で考えて手を回す方が性にあってるのよ。で何で急に仕事の話を?」
「い「お姉様」お姉様が仕事をしているのに、僕だけこうしているのは何だか悪い気がして」
その言葉に扇子を広げ口元を隠すとクスクスと笑った。
「そんなことを気にする必要はないわ。仕事と言っても、これはこれで楽しいですからね。それに、可愛い妹が出来ただけで満足だし、それ以上のことを望まないわよ」
「可愛いはちょっと。これでも、僕は男ですので」
「あらそうだったわね」
『エリスは男の子だったわね』と言いながら席を立ち、僕の前に来る。
「じゃあ、私はそろそろ行くわね」
そう言って両腕を広げる彩華。
エリスから六花エリスに変わってから、決まりのようになっているハグ。
着物とは言え、彩華の身体は結構のわがままボディーなので、抱き着くと色々当たってしまうのだ。
男だからそれはちょっとやめて欲しいと言ったのだが、『一日の仕事を頑張るのに必要なの』と頑なに譲らない。
世話の礼と思えば、なんて考えながら席を立ち、ぽふっと優しく抱き着いた。
「いってらっしゃい」
「はい。いってきます」
抱き着いた後に毎度、三度深呼吸をして離れるのが自身の中でのルーティーンらしく。
十中八九、身体の匂いを嗅がれているだろうと思いつつも、大人しく、なされるがままに、されている。
奈鬼羅もハウメアも彩華も、何で人の匂いを嗅ぎたがるのか。
そんなことを考えていると、彩華は従者を引き連れ出て行った。
僕も行くか。
「メルビット。ネムとセイジは?」
「朝稽古の最中でございます。宜しければお呼びいたしますが」
「......いいや。稽古が終ったら外に出るから付いてきてって言っておいてくれる? それまで、自室で読書をしておくから」
「かしこまりました。―――セリス」
メルビットが礼をすると、傍に控えていたメイドの中からセリスを呼ぶ。
「はい」
返事をした後に、僕に一礼すると二人を呼ぶため出て行った。
それを見送った僕は、両手を天にグッと伸ばし、筋肉を解す。そして、ごちそうさまと小さく呟き部屋を後にした。
「おはようございますお嬢様」
「おはよう」
「おはようございますお嬢様」
「おはよう」
廊下を歩いていると、横切る者、近くで作業している者、兎に角目に見える従者全てが僕が視界に入るとその場で背筋を正し、深くお辞儀をしてくる。
最初、つられてこっちも頭を下げたが、メルビット達が青い顔をしながら必死に止めに来た。
本家のご令嬢たるもの、簡単に頭を下げるのは六花の家名が霞む行為にあたるとお小言を受けてしまい。今は、意識して挨拶をしている。
面倒くさいが、仕方ない。
そんな感じで、自分の部屋に辿り着くと、先回りしていたメルドがドアを開けてくれた。
「ありがとう」
「とんでもございません」
自室に入る。
無駄に広い部屋には多くの本棚。そこには、種類別に分別された本がぎっしりと収められている。
それ以外には、別段変わったものはなく。知らない者が部屋を見たら、学者か何かだと誤解されそうな程大人びたデザインになっている。
椅子に座り、机の上に置いてある栞が挟まった本を手に取る。
どの道を通ったか、旅の途中で必要な物なんかが書かれているから勉強になる。それに、物語としてかかれているため、結構面白いのだ。
特異な一族に生まれた主人公で、自身の力を過信し傲慢な態度をとる一族に嫌気がさし、国を抜け旅人に。
頭脳と魔法を武器に、度重なる困難を乗り越え、様々な国に行き、その国の文化やどんな所かを記録していく、と言う話だ。
読みやすい文章に、時折入ってくる冗談が面白く、さして集中力がなくても読み切ってしまえる。
コンコンと扉を叩く音。
ちょうど読み切った所で、本を机に置き立ち上がる。
「お嬢様。ネムです」
「どうぞ」
許可を出すと、静かに扉が開く。
そこには、少女と青年。ネムとセイジが立っていた。
「稽古の邪魔したかな?」
「いいえ。ちょうど、終わり頃でしたから」
セイジが答えてネムがうなずく。
「そう。なら良かった。―――外に出たいんだけど、一緒に来てくれる?」
「はい」
短くそう言うと『支度をしてまいりますので、少々お待ちください』と外へ出て行ってしまった。
固い。
あの二人は、何と言うかきっちりしていて、入る隙間がない。
出来れば二人の僕に対しての好感度を上げておきたい所だけど、いまいち話に乗ってきてくれないんだよな。仕事とプライベートをきっちり分ける感じだ。
脱出の時に、もしバレたら見逃してくれないかなー、程度なので、積極的に行動を起こそうとは思っていない。
まあ、出来ればでいいか、出来ればで。
準備を済ませた二人と共に、区画の外へ向かう。
彩華には散策と言っていたが、行く所は決まっている。
まずは、本屋。
「いらっしゃいませ、六花様!」
「医学の本。精神に関するものはありますか?」
「―――申し訳ございません。当店にはそのような物品は......」
「そうですか。ありがとうございます」
本屋で探しているのは、ハウメアの為の本。
彼女が悩んでいる、祝福が不発に終わってしまう原因。
魔力の問題でも、祝福の問題でもない。精神に由来するものではないかと考え、ハウメアに言った。
しかし、肝心の本人は、奈鬼羅との決闘に備え、鍛錬に時間の大半を使っているため、中々区画外まで足を向けることが出来ない。
ならば、週に一度。僕の所にくるのを我慢して、その時間を情報収集に充てれば良いのではないかとハウメアに言ったのだが、『嫌よ! この時間は私の貴重なリラックスタイム。この日の為に六日もきつい鍛錬に耐えてきたのよ! そんな事よりいいでしょ? ―――え? 人の目があるからダメだって? 大丈夫よ、人の目に見えない程早く済ませるから』とのこと。
だから、こうして僕が都市中の本屋に出向いていると言う訳だ。
そう言った本さえ見つけることが出来れば、後はハウメアが勝手にやるだろう。ハウメアはああ見えて頭が良い。僕にはさっぱりな文章でも、理解出来ているみたいで、最初小難しい論文を読んでいるのを見た時は。頭の出来が違うのだと肩を落としたものだ。
それならば、本当なら、鍛錬よりも先にそういった本を探して解決の糸口を見つけなければいけないのだが、限られた時間の中、見つかるかも分からない物を探すよりも、その時間で鍛錬を行った方が良いというのがハウメアの考えのようだ。
本人が決めた事なら、僕は信じて手伝うだけ。
馬車を使い、行きつけの本屋を探したが目当ての物は見つからず、目的を変え、貴金属店へと向かった。
場所は貴族が住む区画。
扉の前には、ガタイの良い男がドアマンをしている。
中に入ると、僕を見るや否や腰を低く、揉み手で近づいてくる初老の男性。
「いらっしゃいませ六花様。今回はどういったものをご所望で?」
「金貨百から五百枚の中で指輪かネックレスみたいな小物を少々」
「かしこまりました。では、何時ものように個室でお待ちください。―――おい、ご案内しろ!」
ニヤっとした表情を貼り付け、部下に案内をさせる男の姿に僅かに嫌悪感を抱きつつも、何時ものことだと直ぐに気持ちを切り替え、店員の一人についていく。
ここに来た目的は、所持金を換金率の高い者に帰る為。
この国を出た後、金は必要になってくる。でも、一万枚も運びながら脱出するのは不可能だ。だから、宝石、魔石、指輪にネックレス。小さなもので金に換えやすいものを選んで買っている。
その中でも、魔石はかなり高額で、小指程の大きさのものでエイル金貨千枚も値がついていた。
理由を聞くと、元々エイル王国や近隣諸国は魔石の産出量は少なく、その全ては国が管理し魔動機のエネルギーとして使われてしまうため、店には降りてこない。だから、ミリゼット大陸の一番端『シュークネルベルム王国』から取り寄せて販売していた。だが、今から数十年前にシュークネルベルム王国内で起こった原因不明のグール大量発生。国民が次々にグールにされ、王都とその周辺都市数個。そして、ミリゼット大陸一の埋蔵量を誇る、リリネット鉱山以外の全ての国土をグールによって壊滅させられた。
そのため、今まで輸出していた魔石を、国家生存の手札としてロプトやエイルと言った魔導機技術が発展した国に卸し、その代わりに食料、武器、兵士を送ってもらっているようで、店から魔石が消えて久しいと言う。
ただでさえ希少だった魔石が更に希少になったと言う訳だ。
暫く待っていると、数人を引き連れて何種類かの小物を持ってきた。
それから、説明が始まる。
「今回ご紹介したいしなは此方でございます―――」
どのように作られただとか色々言っているが、ハッキリ言って全く興味がない。
そこそこ高くて小さかったらそれでいいのだ。
あまり高すぎると、換金できない恐れがあるから予算という形で制限を設けているが、まだまだ金はありあまっている。
この調子だと、金貨一万枚分は無理だな。
と言うか、説明が長い。長すぎる。
何時もよりも長い気がする。
「―――となっています。いかがいたしましょうか?」
あまりの長さに若干苛立ちを覚えながら、待つ。
説明が終ったようで、支配人がこちらに視線を向ける。
「魔石はないのですか?」
「申し訳ございません。何分、希少な物で先日六花様にお売りしたあれだけで、今後入って来る目処もたっていないのです」
「......全部買います」
「ありがとうございます。お届け先は何時ものように?」
「はい」
セイジに視線を送ると、スッと支配人の前に行き、サインを書いた。
これで、後日この店の人が金をとりに来る。
書類に不備がないことを確認すると、セイジがこちらを向いて小さく頷いた。
立ち上がり、外に向かって足を進める。
「こんにちわ」
個室から出て扉に目を向けると、そこには車椅子に座る桜色の髪の少女が僕を見ていた。
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