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盲目の能力者

8月22日細かなストーリーの修正を行いました。9月26日誤字脱字修正しました。

2022/08/20 設定変更に伴い、文章を改稿しました。

「―――あ......」


 ハンナから言葉を習い始めてからしばらく。


 まだ、若干分からない所はあるが、かなりこの世界の言語を理解することが出来るようになってきた気がする。

 だが、以前解決しない問題、声の問題がある。

 面会室で、ハンナに言葉を教えて貰うようになってから日に日に話したい欲求が強くなっている。

 しかし、いかんせん話し相手がいないのが現状であり、時々、一人で練習をしたりするが、いまいちやる気が上がらない。



 早くハンナ来ないかな......。



 座った状態から、後ろにドスンと勢い良く倒れ。

 大の字で寝転がると、天井の監視装置(カメラ)を見つめた。

 何時ものように、僕を追ってグルグルと目のような部分が移動している。

 しばらくそうしていると、手探りで勉強ノートを拾い上げ、寝たままの状態で広げた。

 あれから今までの努力の軌跡をゆっくりと巡る。

 全てのページにぎっしりと書かれた文字。

 ページが進む毎に、文字が綺麗になっていっているのが分かる。

 我ながら、ここはでよくやったと思う。

 学校に通っている頃は、それ程勉強と言うものに関心がなく、『テスト前に取り敢えずやっておくか』程度の思いしかなかった。

 しかし、今はどうだ。

 心の底から、言葉を教わりたくてしかたがない。

 そんなこんなで、前の世界のことを考えていると、途端に寂しくなってしまう。

 

 首を振り。今まで考えていたことを霧散させ、一度リセットする。



 後、もう少しで上手く会話が出来る......。そう思うともどかしい。



 首元に手を当て、あーいーうーと声を出してみる。

 何やってんだか。

 四六時中見られていると分かっていても、恥ずかしくなり、僅かに頬を紅潮させ、何もなかったように取り繕う。



『入るわよ』


「―――」


ハンナの声が耳に入った瞬間、僕は飛び起きると扉に視線を向けた。


そこには、何時ものように微笑む彼女と、その彼女に手を引かれている少女。

まるで親を見つけた子供のようにハンナの元に駆け寄った。

我ながら子供っぽいと思うが、こればっかりは抑えれない。


「そのこ?」


「そこはこの子は? って言うの。少し、考えがあって連れて来たのよ」


「こんにちわ。私、ヘズ・アーベルって言います」


「この前言ってたでしょ? 話し相手が欲しいって。だから連れて来たのよ」


 ヘズに視線を移す。

 僕と同じくらい......しかし僕と違いよく手入れされている、伸びた、ラピスラズリのような深い青い色の髪。

 やや垂れた目は閉じており。

 身長が低いことから僕より歳が下なのだと勝手に予想する。


「私も貴方と同じ祝福者なんですよ?」


「能力のことはこの前、勉強の時に軽く説明したわね」


 祝福者または能力者。

 

 この世界に存在する者が使える不思議な超能力。

 生まれて持っている人と、持っていない人がおり。

 能力の強さもバラバラ。

 元々人が持っていたモノなのか、それとも、ないかしらの外的要因により、現れたモノなのかは分からないらしく。

 未だ、謎が多い。


 目を閉じている少女。

 ヘズはハンナに手を引かれながら僕の近くに来ると、僕の目の前で足を止め、その場でペタリと座る。


「お見せしましょうか?」


「そうね。論より証拠」


 ハンナは、ヘズの手を掴むさっきの投与で傷ついた怪我。

 治りかけの小さな傷にそっと手を当てた。


「それでは、始めますね」


 ヘズの手が緑色の淡い光。

 それは、ヘズの手から傷口に、そして次第に患部全体を包み込む。

 すると、次第に発行する箇所が、淡い温かさを帯びるようになってきたではないか。


 不思議と心地いいその光を浴びていると、やがて光量が弱くなり、最後に緑の光粒となって消え去った。

 終わったのと同時に、ヘズは手を離す。 


「終わりました」


「どう? 治っているでしょ?」


「......本当だ。治っている。その力そうさ? せいぎょ? できてる?」


 僕のたどたどしい言葉に、ヘズは柔らかな声音で優しく言葉を返す。


「はい」


「ぼく上手くできない......」


 暴走した時は、上手くいってたのに、何故か今は上手く出来ない。

 自分なりに、色々試してはいるが、何かがつっかかりになったように、能力の発動を妨げている感じがする。


「大丈夫ですよ。私も最初は出来ませんでした。でも、この能力を使っていると分かってくるんです。誰かに教えてもらった訳ではなく一人でにね」


 そう言うと両手で僕の手をそっと包み込んだ。

 能力はとっくに切れているのに、何故か温かいその手は心の中にある、勇気の灯に火をくべる。

 

 今、言おう。


「ハンナ。この部屋から出たい」


 言わなければと思ってた。

 ハンナと言葉の勉強を始めてから何時かは言おうと決めていた。


 ハンナは僕の顔を見て。

 深く考えるような素振りを見せる。


 それから、何かを決心したような面持ちで僕の言葉に返した。


「―――分かった、上の人に交渉してみる。でも、それには貴方も譲歩してもらう事になるわよ?」


 僕が、そう言うとハンナは両肩に手を置き、影を落とす表情をもって、僕の要求に必要な、しなければいけないことを話し始めた。

 その条件は一つ。能力の実験に大人しく協力すること。

 一度だけ、行おうとしたが、暴走したことが原因で止まっているようで。

 今まで、中止してきたそれらに、協力すればある程度相手も譲歩してくれる。


 何もしないで、ここから出れるとは思っていなかった。

 それどころか、十中八九、実験、或いはそれに類する行為に協力するように言ってくるだろう、予想出来ていた。

 最初は、元の世界への期間。

 次は、研究所の脱出。

 それから、実験から逃れることを望み。

 最後に、隔離室から出ること願っている。


 徐々に小さくなっていく希望。

 自分が、元の生活に戻れる未来が見えず、今は目の前の苦痛を逃れる為に、他の痛みを伴う道を選ぶ他のない状況に身をやつしている。

 

 そんなことを考えていても何も始まらない。

 何か行動を起こさないと、最後に何も出来なくなってしまう気がする。

 ここで動くんだ。茨の道、行先が地獄だったとしても一歩、一歩、耐えて歩け。


「ハンナも付いてきてくれるの?」


「そうね。実験を円滑に進ませる為に同行すると思うわ」


「......なら協力する」


 了承した。

 これで、少しだけだが前に進むことができた。

 これでいい。

 

 決心した僕。ハンナは分かったわと言いながら頷く。

 次にヘズにお礼を言う。


「ヘズ・アーベル? さん。ありがとう」

 

 正しく発音出来ているか、疑問符を付けてしまった。


「ヘズと、そう呼んでください。私が貴方の役に立てたのなら。私は嬉しいです」


 微笑みながら、そう答えた。


「......ヘズ。目、見えないの?」


「はい。十歳の時に突然。......私の能力は自分には効きませんので、治せないんです」


 ヘズはそう言うと自分の手でそっと瞼の上をなぞり『気にしないで下さい。生まれつきなので何とも思いません』笑っていた。

 それでも、僕に好意的に接してくれた人だ。

 気にしないでと言われ、『はいそうですか』と簡単に引き下がれない。

 だからと言って彼女の目を治す力は僕にはなかったので、今は頭を下げることしか出来なかった。


 せめてもの感謝の印で手を握り返す。


「大丈夫ですよ。―――それに、父様が私の為に薬を造ってくれているんです。だから、心配しないで下さい」


 ドクンと胸が高鳴る。


 ヘズのその顔を見た瞬間、心臓の鼓動を感じた。

 今までに感じたことがない感覚で、不思議に思いながら胸に手を充て、彼女に悟られないように思考をめぐらせる。


 恋? 一目惚れ? そんな感じじゃなかった。

 何だこの変な感じわ。


 結局、分からず仕舞い。

 一瞬の出来事。それに、身体の不調ではないからハンナに聞くのは止め、そのまま二人が出て行くのを見送った。



 何日か、何ヵ月かの時が経つ。



「この世界には三つの世界がある―――」


 言葉が話せるようになってからは、本格的にこの世界の事についての勉強も、言葉と平行して行われた。

 最初に貰った本が、この多世界群(・・・・)世界樹ユグドラシルの仕組みについてに関する書籍。


 この世界には三つの大地と九つの世界があり。

 一つ目の大地、最下層の世界。ロキの娘、ヘルが支配する死者の世界ヘルヘイム。

 邪悪な魔龍ニーズヘッグ棲む氷の世界二ヴルヘイム。

 ムスペルが棲み、入り口を炎の巨人スルトが守る炎の世界ムスペルヘイム。


 二つ目の大地、中層の世界。霜の巨人族、丘の巨人族が支配する巨人の世界ヨトゥンヘイム。

 耳長族、闇妖精(ダークエルフ)が住む黒い妖精の世界スヴァルトアルヴヘイム。

 そして、今現在僕がいる、人間が住む世界ミズガルズ。

 

 三つ目の大地、上層の世界。

 耳長族、光妖精(エルフ)が住まう、光の妖精の国アルヴヘイム。

 ヴァン神族が支配する世界ヴァンヘイム。

 最後にこの多世界群を支配し、全ての種族の頂点に立つ神。

 アース神族が住まう世界アスガルド。


 

 オーディンが率いるアースの神々とヨトゥンヘイム、ムスペルへイムの巨人達との間で戦争が起きた。

 ギャラルホルンの笛が世界中に鳴り響き、最終戦争、世界の終焉であるラグナロクの始まったのだ。

 その戦いは凄まじく。最高神オーディンを始め、雷の神トール、アスガルドの番人ヘイムダルなど多くの神々が死に絶える。

 三つの大地はスルトの炎で埋め尽くされ、世界と世界を結ぶユグドラシルが崩る。

 次元が裂け、世界と世界が混じり合い、衝突し、崩れ。

 アース神族や巨人族だけではなく全ての世界の種族が滅びの淵に立たされた。黄昏の時代。

 人族が世界を繋ぎとめる『聖楔』を作り出した時には、種族、国、文化、あらゆる物が混じり合った歪な世界、アスガルドが出来上がっていた。


 耳長族、獣人族、半漁族、竜人族、人族......多数の種族が、時には衝突し、時には肩を並べ、成長していき、再び平穏な世界が訪れる。

 

 ラグナロク歴の始まりである。

 

 そんな中、世界を跨ぎ、現れた女騎士。

 神々が死して尚、世界を見守る最高神の忠実なる部下。

 美しい戦場を駆ける戦乙女であるヴァルキュリア達は、主の最後の命令を遂行する為に空を翔る馬に跨り、世界を駆け抜けた。

 

 最早、神なき世界。

 平穏訪れようとも、何時か再来する災厄に対抗する力はあるだろうか?

 生き残った種族で、起こりうる禍いに抗えないと予見していたオーディンは『死んだら、同じように死んだ神達と共に神格と権能を抜き取り、砕き、それに相応しい者に与えよ』指示を出していたのだ。

 ヴァルキュリア達は命令を遂行した。

 神々の力を使い、ヨトゥンヘイム、ムスペルへイム、アスガルド、ヴァンヘイムを除く五つの崩れ固まった世界に渡る。

 下界におり、見て、聴いて、感じて......。

 そして、然るべき者達(・・・・・・)に神の力を与えると、再びラグナロクが訪れた時の為に、より強い戦士達(エインヘリヤル)を生まれるようにと、残しておいた僅かな神力を砕き、最も栄えたミズガルズへばら撒いた。

 それを浴びた種族が特異な能力を発現させ。何時しか、神々から祝福を得た者達と呼ばれるようになった。

 そして、ヴァルキュリアに直接分け与えられた者達は皆、虹色の光り輝く瞳(・・・・・・・・)で世界の全て見張り。

 神の如き力を振るったと言われる......。


 プリムローズ・レヴェリッジ著『世界崩壊から再生へ』


 分厚い本を閉じると何冊も積んだ本の塔の上に乗せる。


 ふっと息を吐くと、傍に置いたトレーを持ち上げ、味のしない食事を胃の中に流し込み、扉の前に投げ滑らせる。


 良し。


 頭に思い描いていた場所にトレーを滑らせることが出来、小さくガッツポーズを取ると、楽しみのスナックバーを咥えながら、本の塔と反対に置いた別の本の束から次の本を手に取る。


「―――」


 新しい本のページを捲ろうとした時、ふいに扉が開く音。

 青い髪。

 僕をここに閉じ込めた研究者の一人。

 あの青い髪の男だ。


 カチリと自分の中の何かが変わる音がした。

 途端、溢れ出した憎悪に身体を動かされ、怒気の籠った拳を青髪に向けて、振り下ろそうと駆ける。


 いける。殺せる。

 

 殴れば届くほど近づいたそのとき時、頭の中にハンナとの会話がふとよぎる。

 理性を働かせ、寸の所で足を止め、紙一重の距離で殺意を込めた双眸で睨みつける。

 僕の一連の行動を見た青髪は頷き、手を叩いた。


「素晴らしい。彼女から聞いたよ。言葉を覚えつつあるらしいね」


「......」


 僕が何も出来ないのをいいことに青髪の男は僕の頭を撫でる。


 不快でしかなかった。

 冷たい彼の手が僕の頭に乗った時にその体温が僕に伝わるような感じがして、悪寒が走った。

 油を差していない機械のように、手足の関節が上手く動かず、何も出来ない。

 目の前に、自分をこんな目に合わせた張本人がいるのに触れることが叶わない。


「良い......凄く良い。君は他の使えない実験体と違い私の予想以上の結果を残し、更に周りの馬鹿な職員より自分の立場を客観的に捉え、自身に少しでも有利になるように行動を起している。君のような最高の実験体には今まで出会ったことがないよ」


 僕の頭から手を離し、背後に回り。僕を見下ろす。


「さぁ! 学んだ言葉で話してごらん?」


 肩に手を置き、顔を当たるんじゃないかと思うほど近づくと、耳元でそう呟いた。

 口を震わせながら、これはやらなくてはならないことだと考え、顔を顰めながら重々しく口を開く。


 喉に突っかかるその言葉を無理やり引き釣り出す。


「―――きょうりょくする。じっけんする。ここからだして、ください」


「ああ。いいよ。実験に大人しく協力してくれるのなら隔離室から出して上げよう」


 青髪は自身の時計型端末を僕に付いている首輪に(かざ)す。

 

 ピピッ!!


 電子音が鳴り響くと腕と足に付いたチューブを取り付ける為の枷が外れ、床に落ちる。

 ドンッ! と言う重い音が部屋に響いた。

 その音からどれだけ腕と足に取り付けられた物が重かったかが見て取れるだろう。


 自分がやったことは間違っていない。

 そう思い込む反面。

 自分の願いを叶える為に、大事なモノを悪魔に売り渡してしまったのではないのか? 思ってしまうのだ。

 今の僕は何を引き換えにしても、この部屋から出たかった。

 この男の言うことに従わなくてはならない。

 いいや、従うべきだ。

 いずれ、その時がくれば。


 こいつを殺してやる。


 その思いを最後に、ポッと蠟燭の火が消えるように、どす黒い感情が消え去った。


「さあ。私に付いて来なさい。君の新しい住む所に案内しよう」


 手を引かれながら、部屋の外に出る。

 僕をこの部屋に閉じ込めた男が、僕を閉じ込められた部屋から救い出そうとしている。

 何とも可笑しな話だ。

 視線を落とし、大人しく手を引かれる。

 そんな僕を青髪の男は懐からある物を取り出した。


「兵士達から聞いているよ。私の贈り物を気に入ってくれたみたいだね」


「―――え、あ......そ、れは......」


 スナックバーだ。

 何時も食事と一緒に持って来た物。


「私からだと分かると君は受け取らないだろうと思ってハンナに持たせたんだ」


 ハンナが持ってきてくれた物ではなかった。

 彼女が持って来てくれた物だと思っていた物は、実はこの男から送られてきた物。

 分かった瞬間、猛烈に吐き気が襲ってくる。


「っ! うっ!」


 男の手を払い、蹲ると必死に口に手を当て......耐える。

 食道を駆け上がる、それをグッとこらえ、押し返す。

 指の間から、唾液が垂れ落ちた。

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