波長
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時間は流れ七五三木邸。
「この大馬鹿者!!」
「っ......」
六花から、四方を従者で囲まれた状態で七五三木家に帰ったハウメアは、自室に放り込まれると、そこに立っていた初老の女性に叱責を喰らっている。
顔の所々に皺が現れ始めてはいるが、未だ気品と美貌を兼ね備えた容姿。
赤い髪を後ろで一つに纏め、腰にはハウメアと同じ型の剣を帯刀していた。
ハウメアがばあやと呼んでいるその女性はサリエル・ミドグラス。
元冒険者であり、その剣の腕を買われ、七五三木の専属指南者として雇われている。
ハウメアは生まれてからは、専属従者のような扱いで、身の回りの世話は勿論剣術の師範も彼女が行っている。
生まれた時から傍に居る、ハウメアの親のような存在。
皆目一番のその言葉。
部屋が震える程の轟音。
目を見開き、眉間に皺をよせながら怒りの表情を見せている。
ハウメアは一瞬ビクつかせるが、直ぐに姿勢を正した。
「一体何を考えているのです! ハウメア様の枯葉積みな行動が、七五三木全体の威信に関わるのは分かっている筈。それなのに何故このような蛮行に......っ!」
「後悔はしていないわ! 気に喰わないのなら、放逐なり除名なりしなさい!」
肌がピりつく程の怒りを向けられていても尚、眼前の女性に喰ってかかる。
「―――っ!! ......我々七五三木は序列一位。他の氏族の指針になるように行動をしないいけません。それなのに、今回の件で六花に借りを作り、その他の氏族長にも迷惑をかけてしまいました。奈鬼羅様にも目を付けられた。方々で正十郎さまが動いて下さっている最中に......」
七五三木は七氏族の中の頂点にいる。
歴代で最も奈鬼羅を輩出した氏族であり、どの時代に於いてもその影響力は凄まじく、七氏族の中でご意見番的立ち位置に属している。
それが、最近乱れ始めた。
終日の宴で貴族を殴り飛ばしたのを皮切りに、ここ二、三年の間に粗暴な態度が酷くなっている当主の娘。
もみ消すにも限度があり、態度を改めさせようにもあの力で抵抗されればどうしようもない。
結果、氏族内外においての七五三木の立ち位置が変わろうとしている。
今、直ぐにと言う訳ではない。
変わる兆しが見え始めているだけ。しかし、これを放って置けば今代で序列が変わってしまう可能性は大いにありうる事で。
そう考えた正十郎は、何とか娘の態度を軟化させようと、あの手この手で試しては見たが、どれも芳しくなく。その結果が、現在のハウメアである。
「今回は友達の為のやったこと。後悔も反省もしないわ!」
「......彩華様ですか?」
友と言う言葉に胡乱気な顔で、半ば諦めた目でハウメアを見る。
叱られる時は何時ものように、あの手この手で、この場を切り抜けようとする。ハウメアの言う友達も、その類だろう。
しかし、今回のは違った。
首を横にふり『違うわ! 新しい友達よ!』と言い返すハウメアに、まるで幽鬼を見たかの様な顔でハウメアを見た。
「ハウメア様に? 新しい友が?」
「何よ! 私だって友達ぐらい出来るわよ!」
ふん! と首を回し、サリエルから視線を逸らす。
「では、今回の騒動は自身の利己的な行為ではなく、友の為に全てやったことだと?」
サリエルは考える。
今回の奈鬼羅の所有するものを、勝手に区画外に持ち出したという騒動。
友の為という事は、十中八九その奴隷が友だろう。
しかし、ハウメアに新な友が出来るとは。まだ、比較的まともだった頃に出来るのなら兎に角、今のこの現状でハウメアが友達になりたいと思える人物はいるとは思えない。
その友達に興味はない訳ではないが、知る気はないし、知った所でどうともする事は出来ない。それに、重要なのはそこではない。
ハウメアが自分じゃない他人の為に動いたという所だ。
自己中心的で、乱暴なあの子が人の為に行動を起こした。
それだけでも、眉唾物の話に思えるが、先ほど会議に出席していた従者に聞くところによると、奴隷を守るような言動を取り、更には外野に謗られた際、暴力ではなく無視を決めたという。
それが本当なら、ハウメアにも変化の兆候が表れたという事。
「そうよ!」
「―――分かりました。このことはこれでおしまいです」
「何もう良いの!」
『失礼します』と退室すると、背中から『私の勝ちね!』という声が聞こえて来る。
毎度、小言を言う度に去り際にそう言い放つハウメアに、サリエルでは分からないレベルの何かが変わっている。
そんな気した。
これが、本当のことならハウメアは―――
曇天の空に、小さな一筋の光が差し込んだ。そんな気がした。
もう少し、もう少しだけ様子を見よう。
僅かに微笑みを浮べながら、サリエルは去って行った。
何時もとは違う、少し軽い足取りで......。
場所は変わり、六花邸から出て、関所とは逆向きに進んだ先にある奈鬼羅の屋敷に居る。
区画の突き当りにあるそれは、広さは六花邸の二倍ほど。
門、庭、屋敷、全てが大きく、僕達が到着した頃には門の前まで続く、迎えの列が出来ていた。
『おかえりなさいませ! 奈鬼羅様!』と歓迎されながら屋敷の中へ。
屋敷とは言っているが、周りの屋敷群とは違い、奈鬼羅邸はエイル式で、家の作りが違う。
洋風の豪邸といった感じで、土足のまま家の中へと入って行き、僕が食事を取っていたテーブルの数倍大きなテーブルで食事をとり、白い石で出来た大きな湯舟につかり、今は庭にあるテラスで夜空を眺めている。
夜に外に出るのが久しぶりで、何だかソワソワしていると奈鬼羅が『別に怒ったりなんかしないから、落ち着きなさい』と緩めのお叱りを受けた。
今はただ、全てを忘れて夜景を楽しもう。
天下の奈鬼羅が言うのだから誰も文句はないだろう。
「綺麗ね」
「はい、そうですね」
暫くすると、気温が下がり肌寒くなり思わず身震いをしてしまう。そんな僕を一瞥した奈鬼羅は給仕を呼びつけ、何やら命令している。そして、給仕から受け取った羽毛で出来た白い上着とひざ掛けを受け取ると、そっと僕の肩と足に掛けてくれた。
つい前まで、足を投げ出しただけで、腕を切り落とした人間とは思えない行動に困惑を禁じ得ない。
「......聞いてもいいですか?」
「内容にもよるわね」
空を見ながらそう答える。
「何で僕に子供を産ませようとするのですか? ハウメアに聞きました。奈鬼羅様の一族は皆強い人達ばかりなんですよね? なら、別に僕じゃなくても良いんじゃないでしょうか?」
「主と二人で楽しんでいる最中に他の女の名前を出すなんて、貴方は本当に馬鹿ね」
やや睨みつけるように、僕を一瞥する。それを怒っていると感じた僕は慌てて謝罪をすると『別に怒ってないわよ』と優しく返された。
この人の心が分からない。
そう思っていると奈鬼羅が話し始めた。
「そうね。確かに世間で言う所の強者は多くいるわね」
「なら「でもね」っ」
「私程強くはないは。精々、一騎当千程度の強さ」
それで十分じゃないのか。喉を通ろうとするその言葉を抑え込み、奈鬼羅に耳を傾ける。
「奈鬼羅の使命は、エイル王国の守護と、一族の繁栄。それとは別に、もう一つ、『前の世代よりも強い者』を産まなければいけない」
前の奈鬼羅の世代よりも、更に強い子供を......。
ある者は、強者を求めて外へと旅立ち。
ある者は、噂を広め。そうして集まった強者を見極め、血を混ぜ自身を超えゆる、より強い者を産み育てる。
世界中の強者を、己が、あるいは別の者の腹に種をまき、または逆に強者の腹に種を付け、強く、強く、強くなり続ける。
「僕はそんなに強くないと思いますよ。根性があるわけでも、頭が回るわけでもないですし」
「そんなのどうでもいいわ。エリスにはその力があるじゃない。それに、強さだけでエリスを選んだ訳じゃないのよ。―――何て言うか、他の奴らとは波長が合わないのよね......」
「波長?」
波長とは曖昧な表現が出て来た。
気が合うと言う意味だろか? それとも、相性の事を波長と呼んでいるのか。
流石にそれじゃ分からない為、再度聞き返す。
「言葉にするのは少し難しいわね。......まず、話す前に教えておきたいのだけど―――」
と、先代の、三代目奈鬼羅の話をし始めた。
三代目奈鬼羅。
ラグナロク歴百年に知神メレクが引き起こした人族対魔族の世界的な戦争。『知神大戦』と呼ばれるその争いの中で、災厄と呼ばれた『破壊神アドラ』を倒し、覇神、英雄神、龍神と共に、知神を封印した四傑の一人であり、後の聖ウルスが定めた十二神王に於いて、異神としてその名を刻んだ絶対強者。
その三代目が、知神討伐の為に世界を渡り歩き、仲間を集めている時。
英雄神リンデルリウス、龍神ロストラムの他、当時覇権を握っていたシュークネルベルム王国や多数の国々を団結させ、最後の一押しとして、南の果てのノディンケーナ大陸を支配する、現世最強の覇王グリザリウスを仲間にしようと使いを送った。
しかし、結果は芳しくなく。
どんな条件を提示しても、首を縦に振らなかった。
だが、三代目はどうしてもグリザリウスに仲間になって欲しかった。だから、最後に三代目自身がその地へと赴き、直接、助力を請うた。
すると、三代目が現れた途端、あっさりと助力の願いを聞き入れた。
それがどうしても気になった三代目はグリザリウスに聞いた。
『どういう意図でご了承なされたのでしょうか?』その言葉に、グリザリウスは一言言った。『波長が合ったからだ』と。
グリザリウス曰く、波長と言うのは魔力でも、性格でも、ましてや気の相性でもない、もっと心の奥底。魂と呼ばれる根源的な物の事を指しているらしい。
そう言って、互いの出生や生い立ちを話し合い。その内に友となり、戦争が終わっても三代目が死ぬまで親交は続いたと言う。
「子供の頃。その話を聞いて、何でグリザリウスが三代目にそこまで好意を抱いたのか分からなかったわ。―――でも、エリスに出会った時に、何となく分かった気がしたの」
組んだ足を正すと、こちらに視線を向け、足にポンポンと叩く。
奈鬼羅の膝と顔を交互に見る。
何となく何を望んでいるのか見当が付いた。しかし、この歳でそれをするのは少し、いいやかなり憚れる。
だが、自身の身分は奴隷であり、奈鬼羅の言う事は聞かなければならない。
もじもじしていると、奈鬼羅が不満げな顔へと変わり、地面から人程の大きさな鬼を出すと、その鬼に抱え上げられ、有無を言わさず、奈鬼羅の膝上に乗せられた。
やや同年代よりやや低い身長だった僕に対して、奈鬼羅は頭一つ分程大きい。
奈鬼羅の膝上にすっぽり嵌った僕は、居心地の悪さに、身じろぎをしていると、肩に掛けたコートを取り払われる。
奈鬼羅はそれを放り投げると、身体同士を密着させるようにくっつき、両手で僕を抱きしめた。
「は、恥ずかしいです......」
「もう少し、小さくなりなさい」
「え、あ............はい」
異論は認めないらしく。
無言の圧に負けた僕は、能力を使い、更に小さくなる。
見た目は、完全に少女と言うより幼女。
相変わらずの毛量の長い髪で、切りそろえ、着物を着せられたら座敷童そのものだ。
女性的な様相にげんなりしていると、奈鬼羅が話を再開した。
「さっきの続き。......エリスを見ていると、心の何かが満たされた気がするの。この子とだったらもしかしてって思わせてくれる。不思議よね?」
奈鬼羅の身体が僅かに上気しているのを、肌で感じる。
「そんなことないですよ」
「謙遜する必要はないわ。貴方は自分が思っている以上に、魅力的よ」
「そ、外に出た時はこの雰囲気があって避けて通られました」
この年で、年もそう変わらないであろう女性に抱かれる羞恥。
身体中が熱くなり、集中できない。
「その『雰囲気』だって時間が経てば、慣れるわよ。それを超えれば、見れば見る程可愛いわ。その目、その唇、鼻も耳も、勿論、身体もね」
舐めるような目で僕を見て来る。
普通、そんな目で見るのは男の方じゃないのかと心の中にツッコみを入れると、せめてもの抵抗にと口を開く。
「そんなに相性が良いとは......あの、思えないです」
怒らせてしまったかと、恐る恐る、顔を上に向け、表情を確認する。
夜空を見上げる顔を依然として変わることなく穏やかなまま、しかし、僕を抱く両腕が胸部と下腹部に向かって移動している。
「っあ! あの、奈鬼羅さま!?」
「そんなに相性を確かめたいのなら今直ぐしてあげても良いのだけれど?」
右手は胸を撫で、手首だけになった左手で股間の上をスリスリと撫でまわされる。
襲われる。
そう、確信し、何とか危機を脱せようと立ち上がる努力をするが、直ぐ後ろで体温を上げている女の鬼からは逃げられず、愛撫するその両腕は、まるで岩のように動かす事が出来ない。
「っん! ちょっと!」
生まれて感じた事のない、妙な感じが現れだし、もう終わりだ。そう思い始めた時、唐突に撫で回す触手が引いていく。
「冗談よ。子供を創りたいのはやぶさかではないけど、今妊娠する訳にはいかないからね。少なくとも今している事をきっちり終わらせないと、ね?」
『そろそろ休みましょう』奈鬼羅は僕を下ろすと、最後にもう一度空を見上げ、僕の方を見る。
「今日、エリスに言ったことは絶対よ。その時がくればお前には子供を産んでもらう。本当は私が一人占めしたいけど、これは奈鬼羅になった私の役目。だから、私も我慢するわ」
「......」
必死で考えないでおこうとしている所に、教え込もうと奈鬼羅より突きつけられた現実。
奥歯を噛みしめ、目を伏せると『でも』と付け加え。
「残りの時間。エリスの態度次第で、少し修正を加えて上げる」
「......え?」
「男の貴方が、産むのに抵抗があるのは分かっている。だから、産ませる方に変えて上げる」
「本当ですか?」
「全てはエリスの態度次第よ。本当は最初からそうする予定だったけど、貴方があの女とデートなんてするから遂、頭に血が上ってしまったの」
『貴方がいけないのよ』と胡乱気な表情の奈鬼羅。
僕に罰を与えていた人間とは思えない。
思えば、あの大広間からこっち、奈鬼羅の雰囲気が少しだけ、柔らかくなったような気がする。
初めて、会った時のような無慈悲さが薄まっている。
突然の朗報に驚いていると、『今日はは一緒に寝ましょう。そのままの身体でね』と再度、抱き上げられ、こうしてこのまま二人は寝室へと消えて行った。
余談だが、奈鬼羅の寝顔は凄く綺麗だった。
面白いと思って頂きましたら下に御座います★★★★★といいね!をいただけると執筆の励みになります。感想をいただけるともっと励みになります。
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