籠の外へ
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「エリス様。朝でございます」
カーテンを開ける音、外から小さく聞こえる小鳥の声。
メメルンが寝ている僕を、優しく揺さぶりをかけ朝を知らせてくれる。
垂れた薄い菫色の髪から放たれた、女性的な香りで脳内が刺激され、急激に意識が覚醒した。
のっそりと起きた僕はメメルンに礼を言うと、ベッドから降り、掌を口元にあてあくびを抑えながら、メメルン他数名に導かれるまま洗面台へと向かう。
ノロノロ歩く僕の背中に手をあてながら、進んでいると、あれだけよそよそしかったメルルン達ともだいぶ打ち解けたのだと分かり、思わず頬を緩んでしまう。
「今日はナターシャが休み?」
「はい。休暇で街に出ております......。―――あ、申し訳ございません」
作業的な動作で身支度を済ませ、化粧台の前に座りながら髪の毛を解いている間に世間話をしていると、はっと何かに気付いたかのように片手で口元を隠し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「え? ああ大丈夫。別に気にしてないよ。ナターシャから話を聞くのが楽しみだから」
ここ最近、休暇を終えたメイド達に外の世界の話を聞くのが日課、というか習慣になっている。
テレビもなければゲームもない。
やる事と言ったら能力の練習のみのこの生活で、なんとか暇をつぶそうと考えていると、ふとメイド達が休暇を取っている事を想いだし、聴いてみたのが始まり。
最初は、渋っていたが偶々彩華の居る時にメルビットに聞き、困り顔でどもっていると、『それくらいなら構わないわよ』とメイド達に許可を出した。
それから、今日まで毎日尋ねるものだから何時しかメイド達の間では『外に出れない奴隷の女の子がせめてもの慰みとして話を聞きたがっている』という事になっており、こっちから話を聞いても、何故か謝罪が帰って来る。
外に出たいのは本当だ。
でも、もう二度と出れない訳ではないし、脱出する事を諦めている訳じゃない。
祝福も順調に操れるようになっているからそこまで悲観していないから気に病む必要はないのだが......。
流石に『いいよ。脱出する予定だから別に気にしないでー』何て言えず、こうやって毎度ルーティンの如く謝罪を受け取っている。
メメルンが先日休みだった為、話ついでに外の世界の事を聞きながら朝食を取り、何時ものように縁側に座ると、石に向かって能力を発動する。
一つの対象に対しての能力練度は完璧と言っても良い。
今はその次の、二つを対象にした能力の発動を目標に力を注いでいる。
それと並行して、動作も改善したい所だが、先日試しに手を突き出すのを止めて発動してみると、やりにくくてしょうがなかった。
彩華先生にその事を聞くと『手に通っている魔力路が曲がってると、魔力を供給する難易度が跳ね上がる』と言っていた。
どうやら片手間で出来る技術ではないらしく、現在行っている練習がある程度形になってから執り行うべく、保留にしている。
彩華先生がいれば、上達速度も違うのだが、最近彩華が姿を出さなくなった。
数日に一度、朝の間顔を出す事はあるものの、一言二言助言をしてからまたどこかに出かけていく。
その為、十二神王やこの国のことを未だに聞けないでいる。
メイド達も許可が無ければ何も言えないようで、まるで、餌を前にお預けを食らっている犬の気分だ。
「エリス! 外に出るわよ!」
二つの石を同時に動かしていると、ダダダダ! と門から入って来たハウメアが開幕一番で告げて来る。
腰には何時ものように剣がそして、右手には何かの服? のようなものが抱えられていた。
ハウメア自身の服装も違い、何時のもロングスカートではなく黒色のパンツを履き、何時も袖にスリットが入ったややダボついたトップスではなくピチッとしたローマンカラーシャツ。
全体的に、動きやすい恰好になっている。
そして、その上には瞳の色と同じ灰色のフード付きの外套を羽織っていた。
「はい?」
「だ、か、ら! 町を見に行くわよって言ってんの!」
思わず聞き直した僕に言い聞かせるように、強い語調で再度言い放つ。
「前にも言いましたよね。僕は奈鬼羅様の許可が無いとこの建物から出られないんです」
「そんなこと分かってるわ! だからちゃんと許可取って来たんじゃない」
「え? 奈鬼羅様が許可出したんですか?」
「出たわ! 早く支度しなさい!」
にわかに信じがたい。
三月も半ば。年が明けてそうそう、出て行った奈鬼羅は姿を見せておらず、つい昨日彩華に聞いたら戻っていないと言っていた。
つまりは嘘。
だが、どうだろう。
ハウメアの目は真っすぐこちらに向いており、その表情からは一遍の後ろめたさを感じられない。
まさに清廉潔白、嘘をついているとはとても思えない。
明らかに嘘だという言動が、ハウメアの屈託のない自身に満ち満ちた佇まいで相殺され、僕を混乱させた。
「では一応、彩華様に確認しますので「私の言う事が信じられないの!?」......いいえ、そう言う訳では」
目をカッと開き、僕だけじゃなく傍で控えているメイド共々威嚇する。
セリスが本邸に確認を取ろうとした時に足を向けるが、ハウメアの眼力に竦んでしまい、その場で動けなくなってしまう。
「あの、今日は彩華様は公務で一日家におりません」
「そう! じゃあ確認のしようがないわね!」
メルビットの控えめな報告にハウメアは致し方なしという感じで笑った。
「えーと......」
本当か嘘か分からなくなってきた。
うんうん悩んでいると、ハウメアが右手に持った服を投げよこし、それに気づかず頭から被る。
「エリスはそれしか服ないの?」
「―――はい。これ以外持ってない......よね?」
視線をメイド達に向けると全員頷く。
奈鬼羅は何が理由でこの服を着るよう言ったのか分からない。
研究所で散々、スカートみたいなのを履いていたから今更違和感を感じるということはないが、女性物の服に袖を通していると、時々自分が本当に男かどうか不安になってくる。
だからって男に成れば、下半身が心もとなくてしょうがないのだが......。
そんなことはさておいて、僕自身の推測ではあるが、罰を与えた際に直ぐに脱げるからだと思っている。
少なくとも、あの暴力女のことだから可愛いのが理由で同じ服を着させるという事はないだろう。
モゾモゾと投げ渡された物を頭から取り、見た。
それは、白色のポンチョで、大きな紋章が刺繍されており恐らく七五三木の家紋だろう。
フードを被れば顔の半分以上覆える程の大きさがある感じで、身体全てを隠すことが出来そうだ。
「ならその服で良いわ! メイド! エリスの靴を用意しなさい」
「え? あ、はい!!」
視線を向けられたメメルンは、声を詰まらせながら離れの奥へと小走りで駆けていく。
そして、直ぐに戻ると、手に持った黒い靴を縁側の外へと並べて置いた。
「さぁ! 行くわよ!」
「え? ちょっ!」
未だ嘘か真か決めあぐねている中で、強引に手を引かれ、靴を履かされ、手に持ったポンチョを奪い取られると、上からズボッと着けさせられ、フードを目深に被させられるとあれよあれよと連れ出された。
未だ、しどろもどろするメイド達を後ろに見ながら、庭を走り抜け、花壇を飛び越え、途中すれ違う従者達と目を合わないように門に近づく。
気を失っていた時に通ったであろう外への入り口。
内と外を区切る為の壁。
それを今―――
「外まで走り続けるわよ!」
潜り抜けた。
外は石畳の敷かれた広い通路、疎らな人通り、馬車を引く御者は通り過ぎながら僕達を目で追っていた。
「ここ以外にも屋敷ってあったんですね」
「当たり前じゃない。一族に一つ。後、奈鬼羅の屋敷が一つあって合わせて八つあるわ!」
『それがどうかしたの?』と何時ものような大声で走っているのに息を乱すことなく手を引き続けるハウメアを見て、何処か頼もしく思える。
僕より少し小さいハウメアの背中を大きく見えたのを、クスっと小さく笑い、いつの間にか視線が地面から前方に変わっており、広い状景が目の前に広がっていた。
壁もない。監視する目もない。
空は何処までも続き、果てがなく、何処までも歩いていける。
左右に点在する建物は六花のような大きな屋敷のみで、店や家は存在せず、前後を見るとハウメアの言う通り、八つあった。
石畳が途切れるまで止まることなく駆け抜け、突き当りにある大きな関所が見えると、門を守る兵士達に向かって、ハウメアが一睨み。
すると、まるで海を渡るモーセのように兵士や通行人達が左右に分かれた。
『突っ切るわよ!』と一瞬止まると、態勢を崩し倒れる僕の首と膝裏に手を通し、速度を落とさずに関所入口に張ってある腰ほどの高さの障壁を飛び越えた。
突然の出来事に、思わず目を瞑ると、暫く進み、人々の喧騒が聞こえた辺りでハウメアは止まる。
「良し! この辺りで良いわね!」
快活の良いハキハキとした物言いで手に持った僕をゆっくり下ろした。
「―――おお」
思わず声が出た。
六花の所の通路程の広さではないが、それでも十分の広さのある通路。乱雑に敷き詰められた色とりどりの石畳、そこは人々が行き交い、左右には果物、野菜、パン、と言った食材から食器、や剣を売る人々が自身の自慢の商品を通り過ぎていく人に声高々に宣伝している。
その人も人でこれまた新鮮。
ハウメアのように剣を携帯している者、杖を持ったローブを着ている者、変わった姿の者達がちらほら見える。
聞くと『冒険者』という職業の人達だそうで、この辺りには魔獣や魔物、迷宮が少ない為、補給や休暇の為にこの国に来たのだろうとの事。
キョロキョロ見渡していると、ハウメア口を開く。
「さぁ! 何処から見る?」
「取り敢えず歩きながら考えましょう」
「そうね!」
我先に進むハウメアに特に振り解く理由もなかった為、引っ張られながら進む。
フッと通路内に吹いたそよ風で片手でフードを抑え、歩調を合わせながら街並みを観察した。
全体的に中世と言った感じ、しかし、所々に近代の名残も見える
例えば、等間隔に立てられた街灯。一見普通の街灯だが、点灯部分が火を使うランプではなく電灯だ。
次に目に付いたのは排水溝。鉄のような素材で出来た格子状の蓋、汚物が溜まっている訳でもなく、綺麗な訳でもないが決して汚くもない。
元の世界に合ったものと変らない......気がする。
名前が思い出せない時から、時間を見て前の世界を頭の中で思い浮かべようとしてはいるのだが、やっぱり靄のようなものが掛かって上手く景色が見えない。
一時的な記憶障害ならいいけれど......。
「七五三木様。視線が......」
「放って置きなさい!
歩いていると、チクチクと刺さる視線に気付いた。周りの人たちに避けられているような感じもする。
奈鬼羅の言う『雰囲気』が関係しているのだろうか。
この雰囲気が原因で、妙なことにならないといいけど。なんて考えていると、自身のフードを整えながら、『見られるだけなら構わないわ! 放っておきなさい!』
僕の不安とは裏腹に、右へ左へ、店を覗き込み、野菜を掴み匂いを楽しみながら『切られてない野菜だわ!』と意味不明な感想を言い、武器屋に入り大人程の大きさのある大剣を片手でブンブン振り回しながら『私の剣より大きいのに軽いわ!』とニカっと笑い、肉の串焼きを買う時に『金貨十枚くらいかしら!』と腰に紐で括り付けていた皮で出来た巾着袋から手掴みで取り出した金貨に、亭主を仰天させていた。
「銅貨二枚何て安いわね!」
歩きながら思ったのだが、区画の外からここまで、一度も奴隷にあっていない。
「奴隷って本当にいるんですか?」
「? エリスは奴隷でしょ? 何言ってるの?」
バカな質問をしてくる奴を見る哀れな目。
「いえ。そうではなくて......。奴隷ってボロ着せられて、首輪につながれているイメージだったので」
「それは別の国の奴隷ね! エイルの国は奴隷事態は禁止していないけど、奴隷を傷つける行為は禁止しているの! ほら見なさい!」
ハウエアの指さす方に視線を移すと、そこには、商人らしき、小太りでこぎれいな男と、その後ろに付き従う、男女二人。
その男女二人をよく見てみると、腕に何やら文字の彫られたブレスレットをしているようだ。
それから、ハウメアが串焼きを頬張りながら教えてくれた。
奴隷は基本的には三つのパターンで奴隷になる。
戦争により、敵地から連れてこられた民、戦いに敗れた捕虜と言った戦争奴隷。
生活苦で奴隷商に売られた子供や大人と言った売却奴隷。
犯罪を犯し、国の裁量で市民権を剥奪された犯罪奴隷。
この三つが存在し、それぞれに値段や扱い方が違って来る。
違うと言っても、奴隷事態は国の法によって守られており、寝食に服、仕事に見合った給料が与えられ、犯罪奴隷以外は、金が溜まったら国に申請し、受理されると飼い主に金を渡し、奴隷の身分から脱する事が出来るようだ。
因みに、最初会った時。僕の事を奴隷と気付かなかったのは、手首にブレスレットが巻かれていないからだと。
目に付く店と言う店に入り、物と言う物を見て回った。
昼頃になって、串焼きを豪快に食べるハウメアを見てあること気付いた。
「七五三木様」
「―――んくっ 何よ! せっかく買って上げたのに全然食べてないじゃない!」
右手が以前塞がっている為、左手でタレが掛かった何かの肉の串焼きを持ち、声をかけると、口の周りをタレで汚しながらまるでリスのように串焼きを食べまくるハウメアが上機嫌な笑顔串を放り投げていた。
「つかぬことお聞きしますが町に出たことはありますか?」
「ないわ! 今回が初めてよ」
......え?
「は、じめて?」
「区画に居るよりずっと面白いじゃない! こんなことならもっと早く抜け出すんだったわ!」
『弥乃に礼を言わなきゃね!』と言い、胸を張り、視線を前に、人の目も気にしないハキハキとした声で話す威風堂々たる様は、まるで魔王を倒した勇者が凱旋しているよう。
しかし、やっていることは口の周りをべたべたに汚し、抜け出したことを自慢げに話しているだけ。
............抜け出した?
「ちょっと抜け出したって!」
「? 何よ」
「な、な、ななな奈鬼羅様にちゃんと許可取ったんですよね? ね?」
驚いた拍子に手から串焼きが滑り落ちた。
それをハウメアは振り向いたのと同時に空中で拾い上げ、大きく口を開け、一口で食べ、モグモグと咀嚼し嚥下する。
「取ったわよ! 後でね」
「......へ?」
血の気が引いていく。
「だ、か、ら! 帰った後に許可取るわ!」
「そ、れ、は! 許可を取ったって言わない!」
奈鬼羅に知られればまた身体を切り刻まれる。
最初は右腕一本。
でもあの女の事だ、徐々に罰を重くしていくことは十分あり得る。
帰らないと......。
「何よ! 後も先も同じでしょ!」
「全然同じじゃないです! ―――どうしよう......とりあえず帰らなきゃ」
手を離し、来た道を小走りで戻ろうと足を踏み出す。が、再び腕を掴まれた。
「今から帰った所でもう遅いわよ」
「―――そんな......」
頭の中の澄んだ空に急激に曇っていく。
奈鬼羅のあの顔が浮かび上がり、右腕に僅かな痛みが走った。
手遅れ。
ハウメアの言葉を聞いた瞬間、目から涙がポロポロとあふれ始めた。
「え? ちょっ、嘘。......あんた泣いてるの?」
「き......る......ま」
突然泣き出した僕に見た事ない程狼狽し、左手で拳を作り口元に寄せ、左右を見渡すと、『何て言ってるのよ!』と僕に口元に近づき、耳を傾ける。
―――また、手首切られちゃう。
僕の声を聴いた瞬間、ハウメアの雰囲気がガラリと変わった。
赤毛交じりの髪をぶわっと逆立て、目を見開き、そこには怒りの表情が見える。
だが、その顔は何時も見ている、自己中心的な怒りではなく、悪人に対する正義の怒り。
握られた手は痛い程力がこもり、先ほど以上に強い力で引っ張られ、前からくる人達を構うことなく足音を鳴らしながら進んで行った。
先ほど通り過ぎた広場、円状に置かれたベンチに座らされ、その直ぐ隣にドスンと座ると、腕を組み、噴水を見ながら抑え気味の声で口を開いた。
「誰にそんな事されたの」
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