変化
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彩華から魔力制御を教わって三ヵ月。
寒すぎず、熱すぎない、人が暮らすには丁度いい季節。
こんな日は、ちょっとそこまで散歩っと言いたいところだが、現在置かれている状況から気軽に外にでることは叶わない。
そんな時期でも僕のすることは変わらず、朝起きて、メイド達に身支度をされ、朝食を祝福制御の練習。
彩華達に能力を言った手前、光線をビュンビュン撃ちまくる事は出来ないので、今は、念動力を中心に行っている。
昼食まで、ひたすら練習。
彩華に時間があれば彩華に練習に付き合ってもらい、彩華がいない時は一人で練習した。
ハウメアにはあれ以外、それと言って教えられたことはなかったが、毎日六花邸に来て、僕の練習をしている横で自身も祝福制御の練習をしている。
時折、顔を真っ赤にしながら木刀で素振りをしたり、真剣で型の確認なんかをしてした後、夕方頃になるといつの間にか帰ってると言うのが何時もの流れ。
『何で能力が使えなくなったんですか?』『もしかしたら、何か大きな原因があるんじゃないんですか?』色々聞きたい事があったが、返事の代わりに拳が飛んできそうだったからやめた。
一々、ハウメアに疑問を投げかけていたら命が幾つあっても足りないのは、身を以て経験している。
何せハウメアは返事の九割が拳。
この三か月、何度かアプローチを試みたが、顔面、腹、果ては脛に蹴りまで食らわされた。
そんなこんなで昼からの練習も終わると。
汗を身体を風呂で洗い流し、身体中をケアされた後に夕食。そして、寝るまでまた祝福の練習。
寝るときはヘズに挨拶をして一日が終了。
最近の一日の流れになっている。
ああ、後。身体は暫く女性のままにしておくことにした。
着るものは下着まで全て女性物、身の回りの世話も教えてくれる人も全て女性、そんな環境で男のままでいるのは......その、色々と困るからだ。
この世界の人達は総じて、容姿が優れている者が多い。
あったことがある人達が偶々そうだっただけという可能性はあるが、ヘズにハンナ、アメリアにオティックスの研究所の面々。
ここに来てからあった、メイドに彩華、ハウメアに奈鬼羅。
男女問わず、皆端正な顔をしている。故に、少なくともこの世界では容姿が優れている人の割合が多いのだろう。
そんな美女に美少女の中で、男の状態で過ごしていたら、ドキドキして練習どころではないのだ。
だから、少なくともここから出て行くまでは、女性として過ごすことにした。
それと、先日、魔力の他に彩華に僕の身体から出ている雰囲気について質問した。
彩華が言うには『その独特な雰囲気は、何らかの特異能力によるモノなのか、祝福に属するモノなのかは分からりません。しかし、後者が原因ならば、追々自身で制御することが出来るようになるでしょう』とのこと。
ハウメアと違って彩華は親切で丁寧だ。
一を聞けば、十を返してくれる。
今や、困った時の彩華先生となっている。
それに比べてハウメアはどうだ。
以前、魔力制御の練習をしている時に、気まぐれに分からない所を聞いてみたら『? そんなのグッ! とやってドーンッ! てすれば良いのよ。分かった!?』と自信満々な顔で言われた。
分からないと言えば不機嫌になるのは明白なので『分かりました』と言い練習に戻ると、ハウメアは木刀を下ろし、僕を見始め『全然分かってないじゃない』から始まり『もっとグッ! って感じ。エリスのはふわって感じだわ!』と続き『何でこんな事が分からないのよ!』と最終的には拳が降って来た。
殴られクラクラする頭で、その日から剣気以外で、二度とハウメアには教えを請わないと誓った。
ハウメアの拳という災いもあったが、良い事も勿論あった。
遂にこの前、彩華が来た時にこの世界の事について聞いてみることにした。
ダメで元々。僕のことを色々聞いているだろうと思い、断れる前提で教えを請うたら、驚くことに聞いた事を全て答えてくれた。
彩華曰く、奈鬼羅が本を読むことを許可しなかったのは、無用な知識を付けて面倒なことにならないようにする為。ようは、反逆されたり、逃げ出されたりされない為だな。
だから、一般的な情報なら別に知っても構わないと言う。
授業の終わり、彩華の帰り際のことだったから多く聞く事は出来なかったが、この国がエイル王国と言う国だと判明した。
次、あった時は洗いざらい教えて貰おうと思う。
まあ、色々あるが、そんなこんなで順調に力を付けている。
「アニラ、今どう?」
「......すみません。あまり変わらないと思います」
「んー」
現在僕は、メイド達を相手に身体から漏れる雰囲気を止める事が出来ないか実験を行っている。
身体変化が出来るようになってから、一段落したタイミングでメイド達と交流を深めるようになり、その過程でメイドの名前が判明した。
青い髪がセリス、茶色の髪はハモイ、長い青い髪がナターシャ、金髪碧眼がメルド、薄い菫色の髪はメメルン、身長の高い薄い赤色のショートカットがメルビット。
それぞれ、七氏族の分家の分家......区画の中で住むことが許されない程末端の家の生まれ。
しかし、一応は勇者の血は受け継いでいる為、区画内でメイドとして給仕の仕事に就くことが出来たと言う。
区画内のメイド。と言うより、給仕全般の待遇が、王宮や貴族の者より待遇が良く、高収入で週に一回の休暇に加え年に二回程の長期休暇を与えられ、その休暇に入る前は功労者褒賞金と称したボーナスが貰えるようで、宮使いの中では羨望の的だとか。
それを聞いて『他の所は休みがないのか』と若干引いたが、文化や常識が異なる世界で前の世界の常識を持ってくるのは、おかしいと思いそれが普通なのかと納得した。
文化の違いと言ったらお金だ。
この世界は基本紙幣ではなく金貨や銀貨、銅貨と言った鋳造貨幣が使われている。
国によって大きさが異なり、大陸によっては魔石を一定の大きさにし、それをお金だったりするらしい。
エイル王国ではそれぞれ銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚。
金貨一枚あれば、三人家族の三日間の食事を賄うことが出来るようで、色々聞いていると金貨一枚で一万円ぐらいの価値のようだ。
メイド達と他愛のない話をしていると、こうして為に役に立つ情報が降ってくることがあるから、バカに出来ない。
セリス達と雑談を交わした後、祝福の練習をしようと縁側に座り、庭にある石に向かって手を突き出す。
正確に物体を動かせるようにと、始めたこの練習。
庭先にある頭程の石を、決められた場所に移動させると言ったシンプルなものだが、この一つの練習で色々なことが出来るから、祝福の操る為の練習に非常に良い。
日に日に精度が上がっていく事に、ある種の達成感を感じる。
己の能力に研鑽を重ねていると、遠くから大きな足音が聞こえて来た。
その音は、彼女が来る合図。
傍に控えたセリス達ビクリと震え、襲来する小さな野獣に向け覚悟を決める。
髪を揺らし、スカートをはためかせこちらに向かって駆けて来る。
「来たわ!」
袖の切れ目から見える腕から滴る汗、僅かに乱れる息に何時ものように自信満々な灰色の瞳。
「おはようございます」
「おはようエリス! さっさと能力の練習を始めるわよ!」
「今日は彩華様が一日家を留守にするみたいで、僕達二人で練習しましょう」
「分かったわ!」
相変わらず、扉からではなく縁側からブーツを脱ぎ捨て入ってくると、座っている僕のドスンと腰を下ろす。
それから、腰回りを手をかけ、剣帯ごと剣を外すと傍に置く。そして、僕と同じように右手を付き出し、ムムムと唸り始めた。
それからしばらく経ってから、勢い良く立ち上がる。
「出来ないわ!」
ブーツを履くと、縁側に置いた鞘から剣を取り出し素振りを始めた。
そんな、ハウメアを尻前に、自身の能力に集中する。
前に横に、後ろに、決められた距離を動かす。その間、魔力を流し続け、祝福を制御する。
......よし、上達してる。
魔力制御を覚えてからというもの、祝福の関するあらゆることが目に見えて上達し続けている。
精度に操作、発動速度、やはり基礎が出来ているから相対的に能力が向上したのだろう。
自身の上達速度に驚きを見せつつ、ふと、ハウメアに目を向ける。
燦燦と輝く太陽の下、元気よくブンブンと風切り音を鳴らし、ひたすら剣を振るう少女の姿。
そんな、ハウメアを見ていると外に出たい欲求が大きくなっていく。
隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもので、外に出られないと分かっていると、途端に魅力的に見えるのだ。
「何!?」
やきもきしていると、視線に気付いたのか、額の汗を手で吹き払いながらズバっと聞いてきた。。
「いいえ、僕もそうやって外に出れればなって思っただけです。......不快ならやめます」
平坦な声音で素っ気ない口調。
何が逆鱗に触れるか分からない以上、余り関わりになりたくない。
当たり障りのない態度を心がける。
視線を戻し、再度能力を発動させようとするとハウエアが『タオル!』とメルドからタオルを渡されると乱暴に顔や首元を拭きながら、鞘に剣を戻し、再び隣に腰を下ろした。
「もう良いんですか?」
何時もより切り上げるのが早いことに気付き、思わず声に出してしまった。
『早く終わってなんか文句あるの!?』と怒気のふんだんに籠った拳をご馳走されないかと、身構えながら、千恨万悔の想いで少し前の自身の言動を恥じる。
無意識は恐ろしい、幾ら気を付けていても出てしまうのだから。これも、一重に集中力のなさが招いたことだ。もっと練習しないとな。
しかし、待てど暮らせど、飛んでくるものはなく。
恐る恐る目を開くと、先ほどと同じ、能力を繰り出そうと奮闘するハウメアの姿が見えた。
「エリスが外に出れないの忘れてたわ! イヤなもの見せたわね!」
前を向き、集中しながら途切れ途切れに話す。
「―――もしかして、僕に気を使ってくれたんですか?」
「―――っ! ふぅー......三か月も毎日一緒に居るのよ! 気くらい遣うわよ! ......その、私鈍感だから、で、出来ればそう言う事は教えて欲しいわ! その時は、別に殴らないから......」
魔力が安定せずに一瞬苛立ちの表情を見せるが、一度息を吐き、顔を元に戻す。
それから、こちらに身体ごと向けると、所々ごもりながら語調の強弱が激しくそう言った。
頬は紅潮し、熱気で上気した身体を見られまいとはぐらかすように庭へ向き直し、訓練を再開した。
野獣のようなハウメアの態度が軟化した? 確かに僕を気遣うような行動や言動をした。
あの、質問には拳で答えるハウメアが、あり得ない。いいや、でも人は変わるものだ。
......もう少し確かめてみる必要があるな。
ふと閃いたそれを、心の中で下衆な笑みを浮べ、日ごろの恨みとばかりに口に出す。
「七五三木様。今日の下着は何色ですか?」
さぁ、どっちだ。
「? 黒だけど。どうしてそんなこと聞くの!」
恥じらいの一切ない真っ直ぐな声。
僕の下心に気付いておらず、こちらに顔を向け、頭の上に疑問符を浮かべ首を傾げると『練習に集中させて!』とごもっともな意見で封殺された。
「すみません......」
心からの謝罪。
自身が吐いた言葉に対して自責の念を抱きながら、質問の意図を理解していないハウメアの将来が不安になった。
メルビットの言葉で昼食にすることする。
「―――今日も私に剣を持つ腕と、生きていく為の食事を与えて下さったことに感謝します」
ハウメアは何時ものように、食事前のお祈りを済ませると、我慢できないとばかりに、分厚い肉が挟まったサンドウィッチを被りついた。
ハグハグと美味しそうに食べるハウメアを見ていると、研究所にいた頃を思い出す。
隔離室から出た次の日の朝。食堂でご飯を食べてる時、ヘズが僕に『美味しそうに食べますね』て言ってたっけな......。
彼女のことを想うと、胸が苦しくなる。
最愛の人に会えないというのはこれ程まで辛いものだとは。
手首に巻いた髪飾りを撫でながら、想い馳せていると、ふと視線を感じた。
「それは大事なものなの?」
「はい。大事な人から貰ったものです」
モグモグと食べながら、僕の話を聞くハウメア。口一杯に食べ物を詰め込み、数度咀嚼すると、コップをグッと呷り胃に流し込む。
それから、胸元から再度ペンダントを取り出すと、僕に見せた。
「これと一緒ね」
その目は寂しさの色が見え隠れしている。
それは誰から―――。そう聞こうと口を開くが、喉まで出かかった言葉をグッと飲み込み、更に乗ったサンドウィッチ掴むと口に含んだ。
ハウメアは他人だ。奈鬼羅を嫌っているようだが、七氏族の人間だ。
身の上話をして、情が生まれれば、逃げる時に障害になるかもしれない。
距離を詰め過ぎず、離れ過ぎず。必要以上に仲良くなる必要はないのだ。
そう、自分に言い聞かせ、あえてハウメアの言葉を無視するように食事に集中する。
僕が二つ目を食べ始めた時には、既にハウメアは食べ終わっており『先に始めてるわ!』と言い残し、縁側の方に走っていった。
それから、僕も食事をすませ、再び鍛錬に入る。
昼前に言った通りハウメアは一度も外に出て素振りをすることはなく、途中何度か怒りの表情を見せるも、自身で抑え込み最後まで能力を出すことにうちこんでいた。
そして、夕方頃の休憩中、テーブルに座りお茶を飲みながら向かいに座り、カップを傾け、飲もうとしているハウメアに疑問を投げかけた。
「七五三木様は家の仕事とかしないのですか?」
「しないわね! そう言う面倒くさいのは全て兄がやっているわ!」
「お兄さんいたんですね」
何となく我儘だから一人っ子と思って居た。
兄と言うワードが出た時、一瞬顔を顰め、テーブルに顎を付き、庭の方を目線を移す。
「血が繋がってるだけの赤の他人よ......」
半分? ......ああ、両親のどちらかが違うのか。
何にせよこの話題は聞かれたくなさそうだからやめておこう。
そこで会話が途切れ、静かな時間が流れる。
遠くから聞こえる誰かの事を耳にしながら、カップを傾け、皿の上にある焼き菓子を一枚口に放り込んだ。
そよ風が吹き込み、ハウメアの髪が揺れる。
何を話すべきか、脳内の人と話せそうな話題を探し、しどろもどろしているとハウメアの方から話題が降って来た。
「ねぇ。エリスは能力使う時何考えてる?」
「? そうですね......」
唐突に投げかけられた質問に面を食らいつつも、考えた。
能力の事......かな?
変身なら変身する姿、念動力なら対象を動けと考える。
発動中は制御に夢中で他のことを考えている余裕がないといった方がいいか。しかし、別に余裕があったからって別段、頭に思い浮かぶことはない。
「特には。能力を上手く発動させることだけ考えています。七五三木様は?」
「―――......私は家のことを考えてるわ」
「家? 家族のことを?」
首を振る。
「一族の方よ」
ハウメアは温くなったお茶をグイっと一気に呷り、正面を向き僅かに俯く。
「......」
「ちょっと前から能力を使う度にあいつらの顔が頭から離れないの。そのせいで何時までたっても祝福が発動しない。このままじゃ、次の試しの儀に―――」
そこで話を中断すると『ほんと最悪』としおらしい顔で右手を握りしめた。
その顔は何時もの元気のあるハウメアではなく、何か深くて重い悩みを抱えているような感じだ。
余り見た事がないその憂いの帯びた表情に悩みを聞くべきか聞かないべきか考え、仲が良すぎるのは困るが、距離があるのもダメだ......よし。
意を決し、声を出す。
「あの僕でよか「もうこんな時間だわ! 今日はここでおしまい! ―――もぐっ ......また明日ね!」あ......」
辺りの景色が赤みがかって来るのを見ると、僕の声を掻き消す様に声を出し、皿の上にある焼き菓子を片手で掴むと、数を確認する事無く口に放り込む。
そして、咀嚼しながら、右手を上げて剣帯を腰に巻くと、電光石火の如き速さで去って行ってしまった。
「......言えなかったな......」
何時ものように去り行くハウメア見つめながら、心なしか寂しさを感じるその背中にチクりと胸が締め付けられるような僅かな後悔を覚えたのだった。
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