閑話 Sideハウメア 腫れ物
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これは夢だ。
名前を知らない女性の腕に抱かれ、七五三木の屋敷の庭、桜の木の下にある椅子に座り、桜吹雪を見ていた。
たなびく風に、夜を溶かしたような美しい髪を揺らしながら、優し気な黒色の瞳でハウメアを見下ろす。
記憶にないが、どこか懐かしく感じる光景。
女性は泣くハウメアに歌を歌い宥めている。
穏やかな顔で、慈悲の籠った声で、ゆっくりと......。
遠目に見える従者達は彼女に目を向け、何やらヒソヒソと話すと、進む方向を急転換し、別の道へと歩みを進める。
それは、明らかに女性を避けての行動だろう。とハウメアは思う。
そんなことに気付かずに、ただ、平穏を噛みしめるように、女性は歌を歌い続ける。
それが、終わると、顔を上げ桜を見ながら言うのだ。
「ハウメア。私は何時だって貴方のことを―――」
女性の言葉が終る前に、辺りが酷く光り輝き、幕を閉じた。
「お嬢様。朝でございます」
「......ええ」
扉の前から聞こえるメイドの声。
最初は部屋の中まで入って来て起こしていたメイド達も、貴族を殴り飛ばした一件からこっち、どこかよそよそしくなってしまった。
未だ、覚醒しきっていない身体で起き上がり、メイドの代わりにカーテンを開く。
「......」
今日も曇り一つない快晴。
窓を開くとフワッと心地の良い風が頬を撫でた。
しばらく、窓の前で立ち、脳が起きるのを待ったハウメア。
十分、太陽の光を取り込んだと感じると、乱雑に寝間着を脱ぎ捨て、用意されていた服に袖を通した。
そして、机の上に置いていたウルス教のペンダントを優しく摘まみ上げ、首に付けると机に立てかけてあった剣を剣帯毎拾い上げ、腰に取り付けながら、部屋の扉を開き外へと足を進めるのだった。
ハウメアは基本、決まった時間に起きる。
次期当主と言う肩書を持ちながらも、仕事らしい仕事をしていない。だから、本当なら何時までだって寝ていられるのだが、そんなことはしない。
それは単純に性に合わないからで、起きているい間は何かをしていたいのだ。
本当なら、名家らしくダンスや歴史、語学に数学と言った勉学に勤しまなければならないのだが、類まれなる天賦の才と言ったように、ハウメアにも、異常に飲み込みが早いと言う才能が備わっている。
普通の子供が一時間かかるのを、ハウメアは十分で理解してしまう。
そんなこともあり、必要な勉学と言うのは既に修めており、これ以上やる義務がない。
そんな、暇を持て余したハウメアが目に付けたのは剣術。
剣術というのは分かりやすい。どれだけ上達したかが直ぐに分かるから好きだ。
祝福を使えば一瞬で片が付くのだが、それでは面白くない。戦いに楽しみを感じられないのだ。
七氏族に生まれた者の性か、争い、戦闘、いざこざ等々色々言い方があるが、簡単に言ってしまえば戦うのが大好きで、争いことには目がない。
戦争が起これば喜び勇んで前線へと趣、龍が現れたと言えば、我先にとはせ参じる。
そんな、傍の者が見たらただの頭のいかれた一族に生まれたハウメアは、例に漏れず、そのいかれた性質を受け継いで生まれてしまった。
しかし、そんな戦闘狂集団にも悩みがある。
それは、自分自身が強くなりすぎて、戦う相手がいなくなってしまったということ。
老人でも数百人の武装集団を壊滅させ、年端の行かない子供ですら大人数人を簡単に組み伏せることが出来る。
年頃の者になると一族の面々からこう言って聞かされる『百人に勝利して当たり前、千人殺して一人前』
これは、一度に百人相手に圧勝するのは当たり前のこと、千人相手に圧勝したらやっと大人として一人前であると言った格言のようなものだ。
一般人が聞けば、何の冗談かと思うだろう。
だが、この七氏族に限っては本気も本気。
今では、弱者と強者の基準となっているぐらいだ。
そんな強者だらけの七氏族はある日、こう考えた。
簡単に倒せてつまらないのなら、簡単に倒せないように己に枷を付ければ良いと。
魔術の扱いに秀でた者は剣術に、剣術の扱いに秀でた者は射撃に、祝福の扱いに秀でた者は魔術と剣術に、それぞれ苦手な分野で戦いを挑む。
半ば無謀と言われるその考えは、今となっては当たり前のように行われている。
ハウメア自身も、その格言に従い剣士の道へと進路を変えた。
それは、結果的に良かった。
いいや、良かったと言うより、やっておかなかったら危なかったと言った方が良いだろう。
その理由は、ハウメアがエリスと名付けた少年に出会う前に遡る。
七氏族には、年が明けて、十日後に七氏族全員が集まりその力を見せ合う『確認の儀』がある。
これは、地位の高い者の力が衰えていないかの確認。それと、一族が他の一族に力を見せつけ、己の一族が序列にふさわしいと思わせるのが目的。
当主達の前での御前試合が行われ、もし、いい加減な結果を出したりすれば、地位に見合う物ではないと烙印を押され、その立場から降ろされる。
試合の他に、然るべき者には日程を教えずに、故意に起こした問題ごとを解決するということも行われているようだが、門外漢の私には関係のないことだ。
御前試合は昔からあったが、問題ごとを起こし、それに対処させるというのは今までになかった。最近になって出来たものだ。
と言うのも、平和な今においては、戦闘より政の方が多い。
故に、そう言った役職に就くには力だけではなく、知略を巡らせ、策を弄することが出来る頭脳をも必要になってくる。
早い話、文武両道に成れという話である。
そんな、一年の己の立場を確立させる為の大事な行事。
屋敷内がピリピリしている中、ハウメアは普段通りだった。
行事に向けて、鍛錬をする訳でもなく、緊張する訳でもない。
何故、大人でも浮足立つこの時期に、ハウメアが普通なのかというと、それは本人が保有している強力な能力に起因している。
『七星七権』
祝福が発現した際、誰かに名付けられたその能力。
七つの能力を一つの祝福とした複合型であり、一つ一つの能力が実戦的で実用的、その上強力なものばかり。
この内の一つでも、持って生まれたのなら一生屋敷内で安泰だろう。
そんな能力があるのだから、ハウメアにとって、確認の儀なんてものは流れ作業と同じなのだ。
ハウメア自身、そう思っているし、族長の正十郎をはじめ一族の全員もそう思っているだろう。
『出来て当たり前』
『合格して当たり前』
「―――全てにおいて問題なしと判断する。今後も、次期当主としての肩書に見合った働きが出来るよう、一層努力せよ」
正十郎の声が館内に響く。
「......」
今回も滞りなく終わった。
そう思った。
今回ハウメアは、能力を使わずに剣術のみで、相手を負かした。
相手は四之宮の者だった。名前は覚えていない。
意気込んでた割には、大したことなかったことは覚えている。
叩きのめし、気を失った男の前から立ち去り、七五三木の席に戻る。
そこで、ようやく違和感に気付いた。
「何故剣術で戦ったのか」
「大事な試合だと言うのに、祝福を使わぬとは何とも傲慢な」
「圧倒的な力を他族に見せつけれた物を」
ハウメアの耳に入って来たのは、称賛の声ではなく嘲笑や落胆、期待外れといった陰口の類だった。
褒められようとしている訳ではない。
ただ、己の力を試す為に剣術を選んだだけなのだ。
それなのに、こいつらは私の祝福にしか興味がないかのような態度。気に喰わなかった。七五三木の奴らは私に期待しているのではなく、私の能力に期待していると分かったからだ。
怒りがこみ上げ、無意識に右手を握る。
それと同時にこうも思った。
もしかしたら、能力のない自分何て価値がないのではないか?
一瞬だけ、ほんの数秒思っただけのその考え。
小さな、しこりのような考えは確認の儀が終り、家に帰った時には大きなモノへと変貌を遂げていた。
途端に、期待が身体にのしかかって来る。
大丈夫、大丈夫と自身に言い聞かせ、剣術の研鑽に身を窶すが、不安は募るばかり。
こんな時は彩華に相談するのが一番なのだが、パーティーの際に年始は忙しいから中々会えないと言われていた。
他に相談相手もいない。七五三木内で唯一まともに会話できるのはばあやだが、相談するような間柄ではない為、一人でそれをグッと抑え込み、我慢した。
夜になって、朝になって、気付けば二十日。
「............何で?」
自身の鍛錬上でポツリと呟く。
幾ら、やっても上手く能力が発動しない。
魔力を発動箇所に送る際に魔力路で散ってしまう。こうなる原因はただ一つ、集中不足によるものだ。
おかしいでしょ。何で、能力が発動しないのよ。
魔力を散らすのは初歩も初歩、基礎がなっていない者が起こすこと。
四歳で魔術制御の全てを修めたハウメアが、なる筈のない失敗。
一時間、二時間と行い。結局、祝福は一度も発動しなかった。
まずい。
頭の中で思っていた、思い描いた最悪が起こる可能性が出て来た。
能力の使えないハウメアなんて誰も期待していない。
そうなれば、いずれ次期当主から外されるのは明白。
肩書のなくなったハウメアに待ち構えているのは、嘲りの応酬、陰湿な行為の数々、果ては見知らぬ者と結婚、子供を産むことになる。
思い浮かぶのは、私を抱く彼女の顔。
ペンダントを握りしめた、茫然自失のハウメア。
気付いた時には屋敷を飛び出し、六花へ来ていた。
土色の顔をしたハウメアが来たのだ、従者の面々は皆ギョッとして、目でハウメアを追う。
視線が肌にチクチクと刺さって気持ち悪い。
自室で仕事をしていた彩華は、ハウメアの顔を見るなり、人払いをして椅子に座らせた。
「どうしたの?」
優し気な声が心に染みる。
本来ならば、氏族間はライバル関係。他族を蹴落とし、序列を上げる。
そうやって、七氏族内で力を高め、強さを維持してきた。
だから、本当ならこんなことを別の氏族の人間に話すのはもっての他、七五三木の序列を差し出すのも同義。
自分でも分かっている。分かってるが、他に選択肢がない以上、彩華を信頼して話すしかなかった。
「......能力が使えなくなった」
「え? そんなこと......」
一瞬、ハウメアを試すような視線を向けるが、直ぐに顔を横に振り真剣な顔に。
扇子を口元に宛て、何やら考えている様子を見せた。
時間の流れが妙に襲い、汗が肌を伝う感触が煩わしい。
遠くから聞こえる、従者の会話でさえ、イラつきを覚える。
そんな中で、結論を出した彩華。
「私にもどうすればいいか分からないわ。―――だから、色々調べてからまた、考えましょう。それまで、このことは誰にも言ってはダメよ?」
失意のどん底に落ちたハウメアは、もはや返事をする気力もなく、頷く事しか出来なかった。
年が明けて一ヵ月。
能力が使えなくなってからは二十日が経った。
家の者に悟られないよう、人目を盗んで書籍を読み漁り、やれるだけのことはやった。
『祝福が何らかの原因で不全を起こしている』
祝福関連は殆ど研究が進んでおらず、情報が限られているが、これは、直ぐに違うと分かった。
何故なら、炉を通し、発動箇所まで流す魔力路の途中で散っているからだ、魔力制御で失敗している為、祝福制御まで進んでいない。
だから、祝福が原因とは考えにくい。
『魔力路が原因で、魔力が霧散している』
最初に思いついた原因。
魔術教本や、太古の文献から魔法指南書を見つけ、考えうる対処法を行ってみたが、ダメだった。
魔力路に問題があり、魔力が散っているなら、ビリビリという雷のようではなく、一点から噴き出すような漏れ出し方をする。
分からない。
過去の情報を幾ら読み漁っても、これだというものが出てこない。
「はぁ......」
焦ってはダメだ。
まだ時間はある。
悠長にしている余裕はないが、露見する可能性が高くなるのは良くない。
落ち着いて、虱潰しで当たっていこう。
そうだ、今日は確か彩華が家に居る筈だ。気分転換も兼ねて会いに行くのはどうだろうか。
椅子を乱雑に引くと、立ち上がり剣帯を腰に付け、辺りを威圧するように歩いた。
今まで、自分自身が乱暴だったと言うのは理解している。
それらは無意識で、性格からくるものだと分かっていたから特に、改めようとは思ってなかったが、今は逆に意識して乱暴な自分を見せている。
接触してくる人は少なければ、それだけバレる心配も減るからだ。
元から、人が進んで話しかけてくることはなかったからか、特段困ることが無かったのは幸いだった。
ズカズカと歩き、六花の屋敷に到着。
中へ入ろうと門の境に足を掛ける。
「......ん?」
瞬間、肌がピりつく感じがした。
一瞬、視線によるものかと思ったが、そんな感じではない為直ぐに考えを変える。
何だこの感じは? まるで、強い者の前に立たされているような、身体全体が下に抑え込まれているような重圧。
こんな覇気を漂わせている者はこの区画の中では一人しかいない。
その一人の顔を思い浮かべると、ハウメアは目に見えて不機嫌になる。
眉間に皺を寄せ、全身から近づくなオーラを出しながら、恐る恐るその重圧感を感じる原因を探る。
歩幅を狭め、慎重に探す。
屋敷の中からではない。庭の方......いいや、離れか?
視線を向けると、そこには見知らぬ少女がこちらを向いているのが見えた。
ズカズカと足音を立てながら、その少女に近づく。
異様な雰囲気を漂わせているにも関わらず、華奢な身体、まだ肌寒いと言うのにノースリーブの通気性のよさそうな白色のワンピース。病的に白い肌はより一層寒気を促す。眠たげな目はジットリ視線を固定し、長い髪は黒く、氏族の者だと分かった。
敵意むき出しのオーラをぶつけられて、苛立つなという方が無理な話ではあるが、彼女の外見から怒りよりも、不思議や好奇心の感情が勝った。
沸々と煮えたぎる怒りを抑え込み、少女に話しかけようと近づく。
「お」
少女はどもるように、声を発した。
どこか抜けたような声から発せられたその言葉を、反射的に言葉を繰り返すハウメア。
「お?」
「お前、ここがど―――」
お、お前? お前......お前?
目下か同輩につかう二人称の言葉。
この私にお前? 序列一位の七五三木家次期当主の私にお前......。
ブチッ!
身体のどこかで爆発した音が聞こえた。
『お前』その言葉が鼓膜を震わせた瞬間、抑え込んでいた怒りのマグマが吹き出し、気付いたら少女を殴っていた。
「誰に向かってそんな口聞いてんのよっ!」
これが、ハウメアとエリスの最初の会話だった。
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