奴隷少女は未だ不幸
現在、ストックを見直しながら最終確認を行っています。
完成し次第、毎日投稿を行おうと思いますので、今暫くお待ちください。
夜。
王宮の直ぐ近く、城下町程の広大な敷地に造られた武家屋敷の数々。
その一つの屋敷、その敷地内にある屋敷から少し離れたところにある小さな和風の建物にそれはいた。
「......」
縁側に足を投げ出し月を見上げる少女。
白いワンピースから浮き出る確かな大きさのある胸、風により揺れるスカートの裾から見える肌は白く、無表情に月を眺めるその顔は儚さを感じる。
「何をしているのかしら?」
「っ!?」
何処からともなく現れた人影が彼女に話しかける。
暗闇から少女に近づいてくるその正体は、七氏族の長である奈鬼羅。
いつもと違う服装、黒色のドレスに身を包んだ彼女はどこか、妖艶な雰囲気で、何も知らない者が見れば、見とれてしまうこと必至。
そう、何も知らない人が見れば。
何かを知っている少女は、途端に怯えた表情になり、緊張により息が荒れ、地面に付いた足は確かに震えていた。
あの時から一ヵ月。
気付けば僕はこの屋敷に居た。
知らない人に身体を洗われ、知らない人に身体を検査され、日がな一日この建物に閉じ込められる毎日。
ここに来た当初。
奈鬼羅は僕に言った。
一、奈鬼羅の命令は絶対。
二、どんなことがあっても許可なく建物から出るのは禁止。
三、許可なく祝福を使うのは禁止。
生きていく為に、僕が絶対に守らなくてはいけない三か条。
この三つを守れば、好きなことをして良いと言い奈鬼羅は出て行った。
名前しか知らない少女に知らない国に連れてこられ、あれやこれやと指図される。
不安で仕方がなかったし、それよりも何より、人に対してあれほどの事を平然と出来る人間がまともである筈がない。そんな、狂人の元で生きていくのが怖くてしょうがない。
思い出したくもない、でも、頭にこびり付いて離れない記憶。
それらが原因でトラウマのような状態になってしまい、奈鬼羅の顔を見るだけで精神的に参ってしまう。
故に、彼女の言う事に頷くほかなかった。
生存本能がそうさせたのだ。
「何をしているのかしら?」
久しぶりに会った奈鬼羅は前回あった時とは違い、黒いドレスを着ている。
「っ!?」
突然の来訪に驚き、恐怖と不安で身体が石のように固まってしまう。
上手く身体が動かない。初めて味わった、身体に刻み込まれる程の恐怖。
そんな、怯える僕の目の前まできた奈鬼羅は、相変わらず何を考えているのか分からない表情で見下ろしている。
「何をしているの?」
頬を僅かに上げる様に笑い、再度問いかける。
大人が、子供にやさしく問いかけるような口調が、僕をより一層不安にさせた。
「え、あ......月を見てました.......」
不思議と彼女に対してはどんな時であっても敬語になってしまう。
「そう。―――私が言ったこと覚えてる?」
ストンと僕の隣に座り、一拍おいて話す。それと同時に、右手を払い、近くにいたメイド達を下がらせる。
「奈鬼羅様の命令は絶対。許可なく建物から出るのは禁止。許可なく力を使うのは禁止」
「良く言えたわね」
自身とほぼ変わらない年齢の奈鬼羅に頭を撫でられて、ほっと安堵の息を吐く自分を情けなく思っていると『でも』と付け加える奈鬼羅に再び身体を強張らせる。
「足、出してるわよね?」
僕の足元を指さす奈鬼羅。
何を言っているのか理解できなかった僕は、奈鬼羅の指先の先をなぞる様にゆっくりと視線を下に向ける。
すると、僕の足にたどり着いた。
その足は、縁側から投げ出している。見方によっては外に出ていると言えなくもない。
が、しかし出ていると言っても足先、膝から下だけだ。
身体の大半は建物内に入っている。これを『外に出ている』と断じるのは些か以上に疑問を覚えると言う物。
だが、そんな疑問など、目の前の化け物には関係ない。
「で、出てません。足、......ほら、足先を投げ出してる、だけです」
相手は奈鬼羅。
この家、ひいてはこの区画に住む者達の長。
例え、灰色であったとしても奈鬼羅がそれは黒だと言えば黒になる。ここはそう言う場所だという事をまだ知らない僕は冷汗を垂らし、長い髪を揺らしながら、怯えた様子で必死に弁明するのだった。
その間、奈鬼羅の表情は変わらず、微笑みを浮べ、うんうんと僕の話を聞いている。
そして、遂に弁明の言葉が尽きたところで、再び奈鬼羅による裁きが始まる。
「一つ教えて上げる。この区画にいるのだったら、私の言うことは絶対なの。―――私は今、何て言ったかしら?」
まるで取り調べを受けている気分だ。
「......建物から......出ました......」
白い肌が更に青白くなっていき、正気を失った廃人のように目を上下左右に動いている。
「私は、それに許可を出した?」
頭を撫でる手を止めずに、更に追い打ちをかける様に俯き気味の顔を覗き込みながら言う奈鬼羅。
「だし、てないです......」
「それじゃあ、私は貴方に罰を与えないといけないわね」
言い聞かせるように、沙汰を下す。
僕の身体はそれだけは嫌だと拒否感応が現れ、顔を上げ、奈鬼羅に向けると必死に弁明の言葉を並べようと頭を使う。
そんなことをしても手遅れだと分かっていても、どうしても現実を受け入れられない僕は僅かな可能性に賭けるほかなかったのだ。
「っ! だって。足を投げ出しただけで外に出たことになるなんて知らなった! そ、それに、それに「口答え?」あ、ああ......ううっ!」
目の端に涙を貯め、ただ耐える。
奈鬼羅は僕の頭から手を放すと、立ち上がり、僕の足に跨る様に上に乗って来た。
「話があるの。でも、罰を与えた後にするわ」
「身体出してないっ! 出してないのにっ」
呟くよう抗議の声を上げるが、奈鬼羅は意に介さずに、僕の両肩に手を置いて後ろに押し倒す。それから、腹部辺りまで移動し、左手を僕の身体と自身の足の間に入れる様に拘束し、右手は肩と並行するように伸ばさせた。
「安心しなさい。前みたいに遊んだりはしないわ。これは罰、貴方に戒めを与える為のものだから、ね?」
「許して、許してくださいっ! 出てません! 外に出ようなんて思ってないです!! だからやめて!」
情けなく泣きながら許しを請う自分を嫌いになる。
そんな自己嫌悪に陥ってても尚、時は無慈悲に進み続ける。
何時だか使っていた短剣を取り出し、そっと丁寧に手首の上に置く。
「イヤだ! イヤだ!」
「駄々こねないの」
潤んだ瞳を奈鬼羅に向ける。
見下ろす彼女は、頬を紅潮させ、恍惚とした笑みを浮べていた。
「イヤだ! いや―――あ゛あ゛あ゛あああぁんっ!? うんんんんっ!!!」
「パーティーで主人が居ないと言っても今は夜。少し、静かにしなさい」
首を振り、涙を流しながら首を振る僕を無視する奈鬼羅はスッと引く様に切り進む、切り口から立てず血が溢れ出し、苦悶の表情を浮かべながら叫び声を上げる。
それを煩わしいと思ったのか、空いた左手で僕の口を鷲掴むように塞ぐ。
「ん゛ん゛ん゛んんんんっ!!」
「後、半分よ。頑張りなさい」
「っ!!――――」
ジタバタと足をバタつかせるが、その華奢な身体の何処から出て来るのか分からぬ程の怪力で抑え込まれ、びくともしない。
倒れた周りが血で満たされ、扇上に広がった長い髪は真っ赤に染まっている。
既に喉は枯れている。だが、余りの痛みで声を出さずにはいられなかった。
「―――はい、おしまい。今度から気を付けなさい」
「ひぐっ! うう......」
髪を乱し、痛みで見悶える僕を見て、僅かに息を荒くしている奈鬼羅。
不満、不安、恐怖。それらが、混じり合った言葉に出来ない感情が溢れ出す。
「さて、それじゃあお話をしましょうか」
まるで、何事もなかったかのように短剣を後ろに放り投げ、僕の拘束を解くと立ち上がり、再び隣に座る。
僕はと言うと、相変わらず気持ち悪い音をたてながら繋がっていく腕を見ながら泣いていた。
今僕が思っているのは元の世界に帰りたいとか、この場所から脱出してやるとかではない。
ただ、この苦痛が終ってくれたことに喜びを感じているのだ。
情けない。
オティックスの次はこのサイコ女だ。
「くっ!」
治った腕で目を擦りながら起き上がり、奈鬼羅と目線を合わせないように再び視線を地面に向ける。
これは、僕が奈鬼羅に対する精一杯の抵抗。
抵抗をする気がある。
あるにも関わらず、縁側から掘り出した足を引っ込めた。
頭ではないもっと奥底の生存本能がそうさせたのだ。
「暫くの間仕事でここを離れるわ」
足を組み、月を見上げながらそう言う。
「そう、ですか」
だから何だと言うんだ。
行かないでと悲しんで欲しいのか?
心で思っても口にしない。
「何でそんなこと言うんだって顔してるわね」
「っ。いいえ」
「ふふふ。まあいいわ。―――これからちょくちょく帰って来ると思うけど大体はいないから。その間に考えておいて欲しいの?」
顔を僕に向き直すとそう言った。
何の事か分からず、首をかしげる。
「? 考える?」
「ええ」
血まみれの左手で僕の肩を掴み、抱き寄せると右手で僕の下腹部を撫でながらニタリと笑い続ける。
―――産ませるか、産まさせるか。
「え? 今なんて」
唐突に突きつけられる言葉。
それは、予想もしていなかった方向からの、不意打ちに似た質問。
サッと寒気が襲い血の気が減っていく。
「だから、私に子供をつくらせるか、貴方が子供をつくるか考えておいてって言ってるの。そうね......一年後までに考えておいてね?」
「は?」
子供? 産ませる?
僕が? 誰に?
分からない。
目の前のこの女が何を言っているのか理解できない。
「私ここに来るまで考えていたの。男になれるのなら私達がつくる。けれど、そのまま女の子の場合だと―――王族の誰かに貴方を上げようと思ってるの」
「......」
私達? 王族?
茫然自失の僕に構う事無く話を続けた。
「私達の一族は弱い人と子供を創らないの。これは一族内での決め事、いいえ、本能のようなものね。それとは別に、定期的に王族に私達の血を入れないといけないって決まりもあるのね? でも、王の血縁者であってもさっきの本能は変わらない。......だから思ったの。私達に似た貴方が代わりに結婚してもらえばいいんじゃないかって」
「......」
狼狽える僕に、追い打ちをかけるかのように、思い出す素振りを見せ、自身の発した言葉に補足を入れる。
「結婚する前に、氏族の何人かの子供も産んでもらうから。そうね......五人から十人程かしら」
『それまで、結婚は伸ばして上げるから、出来るだけ早く孕んでね?」
真剣な表情。とても、冗談を言っているように見えない。
「あ、え......い、やです......」
絞る出すように恐る恐る否定する僕に、下腹部を撫でる手が上へと伸びていき、胸部の所で止まると優しく撫でる。
「いい? 奴隷は意見を言うことが出来ないのよ。私が子供を産めと言ったら子供を産みなさい。それが奴隷と主人と言うものなの」
「そんな......」
「大丈夫。確か貴方と同じぐらいの男の子がいた筈。顔だってほら、人並み以上に整ってるしきっと気に入ってくれるわ」
そんな事を考えている訳ではない。
愛撫する手が膝に乗せた震える僕の手を握る。
そして、耳元に顔を寄せていくと優しい声音で『分かった?』と呟いた。
「......はい」
震える身体を抑えながら、止まらない涙で前が見えない状態で奈鬼羅の命令に頷いた。
「よろしい。じゃあ私は帰るわ。―――ああ、屋敷の誰かを向かわせるから身体を清めてから寝なさい」
そう言い残すと奈鬼羅は炎を纏い、鳥になると飛んで行ったしまう。
「大丈夫......きっと何とかなる」
胸に手を充て、深呼吸。
湧き上がる恐怖が去るのを待っているとメイド達が小走りで来るのが見えた。
僕の姿を見てぎょっとするが、直ぐに湯舟に連れて行き、当たり前のように服を脱がされ全身をくまなく現れる。
頭の中は奈鬼羅の言葉でいっぱいで、恥ずかしさはなく、なされるがままに洗い清められ、湯船に沈められる。
「お加減はいかがでしょうか?」
「......」
放心状態の僕。
不思議がるメイドは無視されても気に留めることなく、湯気が立つ風呂場にメイド服を着たまま隅に移動し、直立不動の態勢のまま待機している。
子供を産む? 僕が? 何でそうなった。
何処からそんな話が出てきた。
何も分からない僕は、このことを忘れるように目を閉じ、湯船に沈んでいくのだった。
面白いと思って頂きましたら下に御座います★★★★★といいね!をいただけると執筆の励みになります。感想をいただけるともっと励みになります。
執筆状況を知らせる為にtwitter始めました。良かったらフォローして頂けると嬉しいです。
基本執筆に関係する事しか呟きませんのでご安心ください。