抜け出す為の語学
すみません。今回時間が無かったので何時もより文字数が少ないです。
手違いで月曜日に投稿してしまった......。
10月21日 プロット変更に伴い一部改編を行いました。
2022/08/19 細かな文体を修正しました。
「......」
血の汚れは中々落ちない。
洗っても洗ってもどこかに付いている。足にも顔にも髪にも―――
あいつらは居なくなっても僕を苛立たせる。
―――シャワーを浴びたい。
何時もは意識を失っている間に、身体が勝手に洗われてる。
ここには、どういう訳かシャワーや風呂と言ったものが無い。自分自身で使えないから身体が汚れたらどうしようもないのだ。
今度からは、この部屋でやる時は血が出ないようにしないと。
「......一体何を考えてるんだ僕は」
日に日に沸点が低くなっていくような気がする。
感情の波が、押し寄せ、胸が裂けそうな程の殺意が湧き上がる。
それが、自身の変化によるものか、それとも、薬物の副作用かは分からない。
ただ、変わったのは確かだ。
物騒なことを考えるようになった自分自身の変わりように思わず笑ってしまう。
手についている血を擦り落とす。
今度は手を水で濡らし、足の血を落とそうとゴシゴシと洗い流す。
しかし、血と言うのは予想以上に頑固で、濡らした手で擦った程度では中々落ちず、そうこうしている内にドンドン血が乾いていき。血の匂いが身体中から漂ってくる。
「くっさ」
気持ち悪い。
不快で顔を顰めながら手を洗っているとチューブから薬が流れてくるのが視界に入った。
四肢と首筋から入ってくるそれは、激痛ではなく急激な眠気をもたらし、身体中の筋肉が緩ませる。
その薬物が、何の目的で打ち込まれているのか大体、見当がついている僕は、抵抗せずに眠気に大人しく身体を委ねることにし、欲望のままに、瞼を閉じる。
目が覚めると、予想通り部屋は綺麗に掃除されており、風呂に入った後のように身体の芯からポカポカと熱を発していた。
着ている服も、新しいものに変わっている。
伸びきった髪もサラサラだ。
実験体の僕に身体を洗い頭を洗ってくれて、その上拭いて乾かしてくれたなんて。
ご丁寧なことだ。
やや自虐的なことを思っていると、視線を扉の方へと向けた。
「......」
食事の盛られたトレーがあるのを見ると、相当意識を失っていたのが分かる。
トレーの横にはチョコレートのスナックバー。
身体を伸ばし、立ち上がると、トレーとスナックバーを拾い上げ、何時もの場所に座った。
食事の方は作業的に口に放りこみ、急いで胃袋に収める。
何時も通りの無味無臭な味に、眉間に皺を浮かべながら少しの間、息を止め口の中の感触を感じながらジッと我慢。
それからゆっくりと息を吐き、扉に向けて滑らせた。
扉に当たり、ガタンと音が鳴り響く。
遂に本命。
素早く封を切り、優しく甘いそれに一口、口に入れ舌の上でゆっくりと味わう。
「っ! ―――」
美味しい! 甘い! こんなにお菓子が美味しいなんて思わなかった。
余りの美味しさに上半身を揺らしながら喜びを露わにする僕。
一口、一口、味わいながらゆっくりと咀嚼し吞み込む。
噛み砕いたそれが胃袋に辿り着くころには身体全体が幸せの甘さに包まれていた。
そして、思ってしまった。
満足だと。
瞬間、僕は食べるのをやめた。
嘘っぱちではあるけれど外の景色を見れて、味のある食べ物もこうして食べれる。
いいや違う。
チョコレートなんて、僕の住んでいた場所なら何時でも食べることが出来たし、家から出れば空を見ることだって出来た。
何こんなので満足してんだ。
これで満足すれば僕は完全にここの奴らの実験動物になってしまう。
奴隷になってしまう。
それだけは嫌だ。
この施設の中に僕の味方になってくれる人がいるかと少しは思っていた。
でも、そんなものは居ないのはもう分かった。
ここで待っていても助けは来ないだろう。
自分の力で何とかしてこの状況を変えなければ。
それにはまずは言葉を覚えなければ何も始まらない。
言葉を覚えて、相手と交渉する。
交渉して相手の隙を上手く作る。
自分で言うのはなんだけど、僕の力は強大だ。幾ら、研究対象に過ぎないにしても、実験を円滑に進む為なら交渉に乗ってくる可能性は十分にある。
ここからは上手く立ち回ろう。
残りのチョコレートを食べながら絵本を膝の上に乗せ、ページを捲る。
それから、僕の言葉の訓練は始まった。
最初は絵本に書いてある文字と絵を見比べて、どんな言葉かを解読しようとした。
だが、言語の壁は低くなく。まったく解読できなかった。
後々思い返せば当たり前のことだ。僕は言語学者じゃない。
見た事のない文字を、手がかりも何もなしに読み解くなんて不可能だ。
次に考えたのはあの女性研究者。
あれから定期的に部屋から出され、面会室に行くようになった。
彼女はこの研究所の中では比較的僕に協力的......だと思う。
だから、何とか身振り手振りで言葉を覚えたいことを伝え、結果、奇跡的にそれは伝わり、その女性の研究者から学ぶことになった。
結果、部屋で勉強出来るようにとペンとノート、それに色々な絵本や教材を貰う事が出来た。
しかし、一番の問題を解決する必要がある。
「―――」
声が出ない。
幾ら頑張っても話す事が出来ない。
今、打たれている薬に一時的に発声能力を阻害する副作用があると彼女は言っていた。
発声練習はこの薬の投与期間が終わるまでお預けだ。
それから、数ヵ月の時間が経過する。
『これは何かしら?』
『りんご』
『じゃあこれは?』
『メガネ』
『じゃあ私はの名前は?』
『ハンナ』
『うん。正解!』
面会の時。何時もの面会室で、彼女の手に持っている物の名前をノートに書き、彼女に見せると言う事を繰り返していた。
今まで習った言葉の復習とテストを兼ねてだろう。
最後の問いに答えると彼女は僕に微笑み、褒めてくれた。
その笑顔を見ていると気が緩みそうになる。だが、直ぐに自身の目的を思い出し、気を引き締めなおす。
問題に出てきたが、彼女の名前はハンナと言う。
一番最初に覚えさせられた。
ハンナの教え方は上手い。
あまり、僕は勉強が出来る方ではなかったが、部屋で一人勉強するのとハンナに教えてもらうのとでは目に見えて違う。
まるで乾いたスポンジが水を吸い込むように短時間に文字を覚えることが出来た。
『やっぱり声が出ないのは不便ね......』
『不便』
『ごめんね。もう少し我慢してね』
ハンナの言葉に首を縦に振る。
それから、分からない言葉が出てきたので?を書いてハンナに見せ、教えを乞う。
『我慢よ。が・ま・ん』
身振り手振りで僕に伝える。
そのあと、分かっている言葉と今ハンナに教えてもらった言葉を繋ぎ合わせ、意味が分かると返事を書いて見せた。
『我慢する』
『そうそう! 合ってるわよ。―――そろそろ時間ね。今日は終わりにしましょうか。お・わ・り』
手を叩き、広げていた教材を片付けるハンナの行動を見て、今日はお開きなのだということを察する。
僕も同じようにノートを閉じ、部屋に戻る準備をした。
それに合わせるように兵士達が入ってくる。
『部屋まで送るわ』
勉強をし始めてから、部屋に戻る時、ハンナと一緒に帰るようになった。
僕が彼女に友好的に接しているのが分かると、僕が暴れないように足枷の代わりなのだろう。
彼女もその事を自覚しているのか送ると言った時の顔はどこか、申し訳なさそうだった。
一緒に帰るようになってからは、薬を打たれなる代わりに、大きな手枷を付けられた。
その手枷と言うのが非常に重く、意識をしていないと手枷の重さで立っていられない程だ。
だからと言ってゆっくり歩いていると後ろから兵士に銃で突かれる。
廊下を通る時に当たる太陽の光が好きだ。
じわじわと身体を包み込むような暖かさが気持ちが良く、なんだか安心する。
歩きながらふとガラスの向こう側を見ると、そこは中庭になっており、子供が走り回っているのが見えた。
ちょうど中心に植えられている木の根元には、幹に身体を預け、花で花飾りを作っている子供達。
太陽の下、何処からか吹いてきた風で子供達の髪が涼しげに揺れており、僕にはそれがどうしようもなく羨ましいと感じてしまう。
「......」
『外に出たいの?』
ハンナが話し掛けてくるが、僕にはまだその意味が分からずとりあえず聞いているのを伝える為に見上げるように彼女の顔を見た。
『ごめんね。まだ分からないか』
困ったように微笑むと彼女は僕の頭に手を置き、髪を解かすように優しく撫でる。
それがまた、心地よく、暫く撫でられていると、自分の年齢を思い出し、やんわり手を振り払い上気する顔を見られまいと俯く。
『さっさと歩け』
後ろから銃で突かれる。
まるで冷水を浴びせられたように身体中の筋肉が硬くなった。
顔の筋肉は硬直し、上がっていた口角は元に戻った。
遅くなった歩調を速め、視線は中庭から廊下に移す。
楽しげに笑う子供達の事に後ろ髪を引かれる思いをしながら自分の部屋に歩みを進めた。
『入れ』
手枷を外され、言われるがままに部屋に入ろうとするが、後ろから蹴られる。
「いっ!」
バランスを崩し、顔から勢い良く倒れてしまい、ノートや文房具が当たりに飛び散る。
鼻を強く打ったのか鼻血がポタポタと床を濡らし、ワンピースの端に赤い染みを作った。
『ちょっと!』
『ハンナさんは下がっていてください。こいつは危険ですから』
一人は抗議するハンナを僕に近付けさせない為に止め、二人は僕を立たせないよう押さえつけ、天井に垂れているチューブを首元と、四肢に繋ぎ、鎖を同じ様に両足首に装着した。
そして、間髪入れずに首輪から痛みを流しす。
痛みは感じないが、身体が痺れたように痙攣し、手足を思うように動かせない。
嗚呼......こいつらを殺したい。
次、僕の身体に何かしたらこいつらを殺そう。
まただ。
火山のように、噴出する感情。
抑えられない怒りが、身体をむしばむ。
身構えていると僕と兵士の間に影が割り入った。
『やめなさい!』
入れないように扉の前に立っていた兵士を押しのけ、倒れている僕を抱き起こした。
『ハンナさん離れてください!』
『離れるのは貴方達です! 一体何を考えているの! 貴方達の仕事はこの子を痛めつけるのではなく監視の筈です!』
『しかしこいつはっ! ―――』
『この子がやったことは分かっています! でも、この子はたった一人しか居ない貴重な実験体なんですよ! 無闇にこの子を刺激する行為は絶対に許しません!』
『ッ! 分かりました......。おい行くぞ』
『『......了解です』』
兵士の一人が腕輪の端末を操作すると首輪の痛みは引き、身体の自由を取り戻した。
「っ! ......」
息を荒く、身体中から変な汗が吹き出た。
痛みには段階があるのか、何時もよりかなり強力な痛みだった。
手足が動くようになったが、足や手の指先に痺れが収まらない。
兵士達が下がるとハンナは僕の顔を覗き込んだ。
『貴方達は下がりなさい......』
『しかし『下がりなさい!』―――了解しました』
出て行き扉が閉まる。
それからハンナは青白くなった僕を抱きしめた。
『ごめんなさい......』
「......」
分からない。言葉が分からないのはこんなにも不便だとは思わなかった。
嗚咽を漏らしながら、僕に聞こえないように泣こうとしてるみたいだが、僕にははっきりとハンナの泣く声が聞こえる。
彼女はしきりに『ごめんなさい......ごめんなさい』と同じ言葉を繰り返しながら、僕の身体を涙で濡らした。
「あ、......あ......」
声を出そうとするがやっぱり出ない。
泣き止む様子のないハンナを何とか泣き止ませようと、僕は何を思ったのか彼女の頭をそっと撫でた。
『貴方......何て優しいの。......それなのに私達は―――』
そう言うとまた泣いてしまった。
さっきより一層強く、僕を抱きしめ、首筋に顔を埋める。
困ったな......
僕はどうしようもなくただ、彼女の頭を撫で続ける事しか出来ないかった。
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