終日の宴
次話からまた通常通り週に一回。金曜投稿に戻したいと思います。
もし、また十話以上ストックがたまったら一日投稿をするかもしれません。
エイル王国。
カールスラント公国やロプト帝国、ザギドネルム王国と言った大国に囲まれ、ミリゼット大陸の中央に位置する小国。
そんな、兵力も国力も周辺国に下回るエイル王国は幾度も侵略を防ぎ、大国を追い抜かす程の目まぐるしい発展を遂げた。
まず、魔動機の開発。
迷宮で発掘された魔法道具を一早く研究し、魔石を燃料に動く道具を開発した。
これにより、防衛能力の向上のみならず文化レベルを押し上げる事に成功した。
しかし、これには大きな問題が一つある。
魔動機は開発から実際に使えるようになるまで時間がかかる。
その間に、他国から戦争を仕掛けられると折角積み上げられた、知識が丸ごと奪われてしまう。
しかし、そうはならなかった。
何故か?
それは、自国に住む特異な者達の存在だ。
エイル王国には大きく分けて二つの強者が存在する。
一つは最終戦争を生き抜いた戦士の末裔エインヘリアル。
人並外れた戦闘能力、代々生まれた者に遺伝する強力な祝福。
魔動機のように冷徹に、生物を殺すのに長けた武家。
そして、もう一つは異界の英雄の末裔。七氏族。
二つと言ったが、割合で言えば七氏族が方が抑止力と言う意味でも上。
長の奈鬼羅を筆頭に一刎、二色、三大寺、四之宮、五宝、六花、七五三木の七つの一族で構成され、一族で小国を滅ぼし、七族で大陸を滅ぼし、奈鬼羅は世界を滅ぼすと言われ、一人一人、子供から老人までもが一騎当千の猛者なのだ。
これらの人達が防壁となり、敵国の脅威を排除し永遠と思える程の平穏な時を手に入れた。
時間があれば、開発が捗るのは明白。
弓を使う兵達が銃器で武装し、馬の代わりに鉄で覆われた装甲車が大地を駆け抜ける。
こうして、平和で食物が豊富な誰もが憧れる強大な国家が出来上がった。
寒く寂しい季節が終り、豊穣の季節が訪れる年の終わり。
毎年この時期は、国王主催の慰労パーティー『終日の宴』が模様され、東から西までありとあらゆる食材を使い、税の極みを尽くした料理がふるまわれることになっている。
呼ばれるは爵位の高い貴族達、一部の正体を受けた貴族や商家。グングニルの隊員、七氏族の当主と数々の要人たちが一堂に集う。
国の重要人物達と人脈を形成するには持ってこいの場所であるからか、『終日の宴』に呼ばれると死ぬまで安泰と下級貴族や商人の間では噂になっており、毎年この時の為に大枚をはたいて上級貴族に取り入り、潜り込もうとする者がいるくらいだ。
壁の彫刻や家具の一つ一つが芸術品。
上に乗れば走れる程、大きく長い机には細かな刺繍が施されたテーブルクロスが敷かれており、その上には手間暇の掛かったありとあらゆる料理の数々。
隅では、音楽団が思わず聞き惚れる程の旋律を奏でており。
グラスを片手にドレスや礼服に身を包んだ貴人達が談笑を楽しんでいた。
「あー疲れた」
「アレク。はしたない声を出さないの」
「だってオリヴィア。―――おじさん達の話長すぎるんだもん」
周囲を確認し、耳打ちするアレク。
ライラ達も例にもれずパーティーに招待されており。
礼服に宝飾剣、バッチ、コートと重装備のグングニルの面々は王に近づく為の足掛かりにと腹黒貴族達の対応に奔走していた。
「ライラは?」
「挨拶回り。あの子ああ見えて伯爵令嬢だもの」
「そうだったね。......そう考えればこっちは楽なもんだわ」
くいっとグラスを呷るアレクにふふふと微笑むオリヴィア。
「今年は多いわね」
「―――そだね。私達とアウロラ、後弥乃と護衛に九班と四班か」
グングニルの隊員は総じて忙しい。
パーティーは勿論、まとまった休日を取れない隊員達は、例に漏れず『終日の宴』に参加できる者は少なく、残りの隊員は今も何処かで仕事に勤しんでいる。
エイル王の方に目を向けると、椅子に座り、その両隣には王妃と五人の王子と王女達、それを守る様に前後に隊員達が配置されていた。
アレク達や非番のとは違い護衛の任を受けた隊員は食事は勿論、会話をする事もせずにパーティーが終るまでひたすら見張っていなければならない。
それが、意外に辛く。
何時間も同じ場所で立ち続け、王族全員に気を配りながら、貴族や国外から来賓した者達に礼をかく事なく、いざと言う時の為に気を張り続けねばならない。
隊員内で上位に入る程不人気任務なのだ。
「―――そう言えば。アレク妹さん連れてこなかったの? 身内なら一緒に入れたでしょ?」
「こんな息の詰まる場所に連れて来る訳ないじゃん。今頃学校の友達と楽しんでるよ」
「あら残念。こんなにおいしい料理があるのにね」
「そうそれ! 料理だけなら連れてきて上げれるんだけどねー」
アレクはテーブルに並ぶ料理を見ながら、しみじみとそう言った。
この世界の輸送手段は基本的に馬車か人力。
転移術式は少なくない魔力を消費する為、商人が魔力量が乏しい場合は魔力の多い者達を雇わなければならない。
その上、繋がっている所も限られ、行きたい場所にそもそも転移術式が通っていないという事もしばしば。
それに通る度に掛かる通行料も馬鹿にならず、魔力役を合わせて雇えばほぼ赤字。仮に魔力を自身で補えたとしても利益の何割かは通行料で消える。
そんなのを毎回使っていれば破産だ。
ならば車でと考えるだろう。
あれなら、少量の魔力を流せば後は魔石を燃料に何処までも走ってくれる。が、残念なことに車があるのはエイル王国の他にロプト帝国と帝国内のごく一部の富豪にしか出回っていない。
これは防衛の観点からエイル王国は一般には販売しておらず、ロプト帝国は軍の他に信用のある極一部の貴族にしか売れる程の量しか生産できないからだ。
だから、東や西の大陸にしかない食材は例え腐りかけでも値が付く程貴重なのだ。
だが、今目の前のテーブルにはその果物や野菜等と言った貴重な食材がふんだんに使われた料理が並んでいる。
それは何故か。
答えは簡単、エイル国内で生産しているからである。
魔動機技術の発展により、妖精の繊細な魔力操作技術と合わせ、各地域の独特な土壌や気候をテント内に疑似的に作り出し、生産、それを周辺国に高値で輸出しているのだ。
ごく少数ではあるが、国内でも流通しており、今では手の届かない食材ではなく国民の間では『高いが買えなくもない』ぐらいの位置付けになっている。
しかし、それでも王宮選りすぐりの料理人が調理するのだから、普通に生きていれば味わえない至福の料理の数々を堪能出来るのは王族以外はこのパーティーでしか味わえない。
「ねぇ。何か周りの人達そわそわしてない?」
「? ああ。多分もう直ぐだからじゃない」
「―――成程」
二人はそう言い、入場口の方に視線を向ける。
それと同じタイミングで執事が壁に立つ甲冑を着た近衛兵に耳打ちしているのが見えた。
「四之宮家当主、四之宮鏡月様御入来!!」
左右のに立つ近衛兵がそれぞれ門を掴み、開く。
そこから着物を着た少年が一人の付き人を従え入って来た。
鋭い瞳のやや顔色の悪い、黒髪の少年。
その服装は異国の勇者から伝来した特別な礼服。着物の背中には自身の家紋が刺繍されており、その足取りの悠然たるやまるで一国を背負う長のような雰囲気すら放っている。
この会場にいる人々の視線は鏡月に注がれているのが分かるだろう。
理由を述べると、奈鬼羅を含めて七氏族は一部を除いて専用の生活区画の中で過ごしている。
年に数回ある王主催のパーティーには来ず、七氏族全員が一堂に会するのはこの時、この場所だけなのだ。
だが、それだけだと何処までいっても珍しい人達止まり。
何とか人脈を使って入り込む事が出来た豪商や下級貴族なら兎に角、上級貴族やグングニルの気に留める程ではない。
本当の理由は他にあるのだ。
七氏族の性質。
強者こそ偉大であるという絶対的な信念によるもの。
七氏族内での結婚や婚約は全て、相手が強いかどうかによって決められる。
それは、一族の長や奈鬼羅も例外ではない。
結婚したい相手が七氏族ならば、その者を決闘による戦いで勝利を収めれば、それだけで婚約の条件は達成される。
これは、平民だろうと貴族だろうと、貧困層の育ちだろうとも構わない為、七氏族との関係を持ちたい者達は貴族ならば腕に覚えのある者達を養子に平民ならば剣術師範の門を叩き、己を鍛え、一対一の尋常なる勝負を行う。
大半は負けるが、ごくまれに勝つこともある。
その稀を狙ってみな飢えた野獣のような目で七氏族の人達を見るのだ。
「三大寺家当主、三大寺常盤様御入来!!」
次に入って来たのは白い花柄の着物の少女。
長い黒い髪。後ろ髪をそれぞれ左右に三つ編みに結び、上品な所作で歩くさまは麗人そのもの。
「一刎家当主、一刎千弦様御入来!!」
常盤のすぐ後ろを執事の号令を聞かずに早々に入って来たのは初老の男。
家紋入りの羽織を傍に掛け、自分の速度で場内へと入場し、早速顔見知りの貴族達と談笑に華を咲かせていた。
その隣に控えていた少女は恥ずかしさで赤らめた顔を袖で隠している。
「六花家当主、六花佐々実様御入来!!」
袖の中で腕を組みながらどっしりとした足取りで入場する男性。
身体は着物の上からでも分かる程筋骨隆々で歩く度に揺れ胸まで伸びた白いひげ。
その後ろには桜の刺繍が施された着物を着た少女が両手に扇子を持ちながら歩いている。
「二色家当主、スペンサー・ハウエル・二色様御入来!!」
落ち着いた雰囲気を放つ堀の深い、鼻高の黒い瞳の男性。
隣には、長い黒髪を白いリボンで止めたツインテールの弥乃、その後ろに控えるように続くのはその少女の部下である三人がコートを揺らしながら歩いていた。
「ゲッ......」
「むっ!」
スペンサーの隣を歩く弥乃を見たアレクは思わず声に出してしまう。それが、弥乃に聞こえていたらしく、互いに鋭い目つきでにらみ合いに発展した。
「コラコラ。パーティーの席でその目はやめなさい」
「っ! も、申し訳ありませんお父様......。つい、反射でやってしまいました」
スペンサーが窘めると弥乃達は王へ招待の礼に向かっていった。
「五宝家当主、五宝家和彦様御入来!!」
僅かに笑みを浮かべる壮年の男性。
後ろには年端もいかない程の少女がてくてくと和彦の後ろを続くのが見える。
そんな、少女に気を利かせてか、僅かに歩幅を狭くし、速度を落とす。逆に少女は和彦に合わせようと姿勢が崩れない限界ギリギリの速さでスタタタと早歩きで歩いて行った。
「七五三木家当主、七五三木正十郎様御入来!!」
鋭い眼光の僅かに威圧感のある男性。
その直ぐ後ろには同じ雰囲気を出す少年、そして、そのまた後ろには不機嫌そうにソッポ向く赤毛交じりの黒髪の少女が見える。
「あ、七五三木の子龍がいる......」
「しっ! コラ、聞こえたらどうするの」
「あ、ごめん......」
ぎろり
「「っ!!!......」」
子龍と呼ばれる少女はアレクの方を向き、人を殺せるような目で睨みつけた。
危機を察知した二人は目にもとまらぬ速さで少女から視線を外し、アレクは上を、オリヴィアは下へ向き、グラスを傾け出来るだけ顔を隠す。
二人の顔には冷汗が滴っており、どれだけ焦っているのが目に見えて分かった。
「......い、行った?」
アレクが虫のように小さな声で聞く。
「―――行ったわ......。もう! 貴方のせいで死にかけたじゃない!!」
「ごめんて。―――ほら、食べ物持ってきて上げるから、ね?」
「自分で持ってくるわよそんなの!」
「どうしたの?」
声を抑え気味に涙目で怒るオリヴィア。
ちょうど挨拶回りが終ったようでライラが皿を片手に此方に近づいてきた。
「アレクがねハウメア様の事をこ、りゅうて言ったの......」
「だからごめんて言ってんじゃん」
「謝ってすむ話じゃないっ。三年前のこと忘れたの? ハウメア様にそう言ったフォーリエ男爵が殴り飛ばされたの」
「あれは凄かった」
パクリと料理をつまみながら呟くライラ。
「中庭の木に引っかかってたね......」
そう言って乾いた笑いを漏らすアレク。
「だから! っ......だから、その話はもうしない事。はい! おしまい!」
「オリヴィア」
グラスに入った飲み物を飲み干し、話を切り上げるオリヴィアに、いつも通り、無表情のライラが料理をつまみながら抑揚のない声で告げる。
「後ろ」
「「う、しろ?」」
朧げな語調でアレクとオリヴィアは後ろを振り向く、すると、そこには両腕を組み、肩幅に足を広げ立っている少女の姿。
「私が何ですって!?」
「「ひっ!」」
眉間に皺がより、身体中から怒りの空気を吹き出している。
怒髪天を衝く勢いで声を荒げ、髪を逆立て、目を絞り、睨みつける様はまるで龍のようで、二人は思わず声を漏らし、ライラの後ろへ避難した。
「私が何だってのよ! 言ってみなさいよ!」
「は、は、は、ハウメア様。ご機嫌麗しく!」
「いや、あの、私は何も! ......アレクが何か言っていたみたいですけど」
ライラの後ろで顔だけ出して、声を震わせながらアレク。押しつぶされそうな空気に耐えられないオリヴィアは早々に仲間を差し出した。
「うぇ!?」
驚くアレク。
「あぁ!?」
威圧するハウメア
「はうあっ!」
圧に押され涙目なオリヴィア。
口の端から炎を吹き出し出さんばかりの勢いで標的をアレクに絞るハウメア。ズカズカとスカートをはためかせながら近づき、ライラの身体を挟んで直ぐの距離まで近づいてきた。
ハウメアの右手は握られており、既に発射体制に入っている。
それを見たアレクは全身を震わせながらどうしようか考えていると後ろから救いの手が伸ばされた。
「ハウメア。そんな大声を出してはしたないでしょ」
そこに居たのは佐々実と一緒に入場した少女。
「だってこいつらが!」
「一々噂で怒っていたら身体が持ちませんよ。それに、前みたく会場で大騒ぎしたらまた、剣術禁止令が出て代わりに勉強をさせられますよ?」
「―――っ! ふん! あんた達命拾いしたわね!」
そう言い残しズカズカとその場を去って行くハウメアを見て恐る恐るライラから身体を放す二人。
「ありがとうございます。彩華様」
「ありがとね」
オリヴィアに続く形でほっと息を吐きながら礼に続く様にアレクも感謝の意を示す。
「良いんですよこれぐらい。私も友人に死なれては困りますからね。―――それより、ハウメアの居る時にその言葉は言わない方がいいですよ。あの子、結構耳が良いですからね」
扇子を広げずそのまま口元に宛てふふふと小さく笑う。
「肝に銘じます。......あの、奈鬼羅様は?」
「お姉さまは少し遅れて来ると言っておりました。―――噂をすればほら」
扇子を入口に向ける。
「七氏族族長、奈鬼羅様御入来!!!」
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